沈黙の道のり (最初で最後の合コン)
青年は、真面目な男だった。
特別整った顔立ちではないが、
人懐っこい笑顔を持っている。
友人に恵まれ、学生時代はスポーツに打ち込んだ。
華やかさはないが、成績もそこそこ——
コツコツと積み上げてきた努力家だった。
ただ、少しシャイではあったが。
穏やかな両親の背中を見て育った。
笑い合う二人に、いつか自分も——そう思っていた。
そんな青年も、結婚適齢期を迎える。
友人に誘われ、人生で初めての合コンへ向かうことになった。
「気楽に行こうや」
軽く笑う友人たちの言葉を背に、
それでも彼の胸は、少しだけ高鳴っていた。
駅に着く。
店まではすぐだ。
ネクタイを直し、深呼吸をひとつ。
気負わずにいこう。楽しい時間を過ごせばいい。
そう考えながら、歩き出した——その瞬間。
——世界が、止まった。
街のざわめきが消え、話し声も車の音もしない。
人々は、時間の中に閉じ込められていた。
けれど、彼だけが動けた。
戸惑いながら時計を見る。
凍りついた秒針が、確かにそれを教えてくれる。
——世界が、本当に止まったのだ。
見渡せば、並んで歩いていたであろう老夫婦。
笑い合いながら手をつなぐカップル。
止まった光景の中にも、確かなぬくもりがあった。
普段はまじまじと見られない光景。
見知らぬ人たちの幸せを、少しだけ分けてもらった気がした。
胸の奥に、小さな灯がともる。
背伸びするでもなく、飾るでもなく。
大切な人と、隣で静かに笑い合えるような——
そんな未来が、ほしい。
ふと、歩き出す足取りが、少しだけ軽くなった。
そして、世界が動き出す。
駅前の店にたどり着いたとき、
彼の視線の先に——ひとりの女性がいた。
少しだけ濡れた前髪。
雨に滲んだアイライン。
派手すぎず、けれど目を引く美しさ。
彼女は、他の女性たちに比べて静かだった。
無理に笑わない。取り繕わない。
けれど、自分の言葉で、自分の話をする人だった。
笑うとき、少し照れて目を伏せるしぐさが、やけに印象に残った。
——これが、合コンというものなのか?
違う。
この女性が、特別なんだ。
きっと、もう合コンに来ることはなくなるんじゃないだろうか。
彼は、そんなことを思った。
***
晴れた午後。
幸せの空気をまとった男女が、手を取り合いながら駅の改札を抜けてくる。
青年の右手には、ささやかな手土産。
左手には、そっと握られた手。
今日、彼は彼女の実家へ挨拶に向かう。
——あの日、世界は3分間だけ止まった。




