沈黙の夏祭り (燃える花)
爆音が夜空に響いた。
大輪の炎が闇に咲き、空が赤く染まる。
彼女の横顔が、そっと光を受ける。
ふと見上げたその瞳に、思わず息をのんだ。
——今日こそは。
伝えたいことがあった。
けれど、言葉はのど元でつかえて出てこない。
一歩が、踏み出せない。
彼女を前にすると、なぜかいつも臆病になる。
「このまま、時が止まってくれたら」
そう願ってしまった自分が、少しだけ情けなかった。
花火が終わり、余韻の残る帰り道。
人波が駅へ向かって流れていく。
肩が触れ、声が飛び交い、夏の喧騒が重くのしかかる。
彼女の手を取りたい。
でも、それができない。
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
——はぐれた。
心臓が跳ね上がる。
視線を左右に走らせても、見えない。
人混みが壁のように立ちはだかる。
「なんで……なんで、手を伸ばさなかったんだ…!」
胸の奥で、責める声が響く。
自分の弱さが、すべてを遠ざけていく気がした。
そのときだった。
——世界が、止まった。
喧騒が、すっと引いていく。
声も、音も、風すらも。
世界が、凍りついたようだった。
人々は動きを止め、まるで息をひそめるように静まり返る。
——けれど、彼は動けた。
震える足で歩き出す。
止まった世界の中、ただ一人、誰かを求めて進む。
やがて、見つけた。
屋台の灯りが届かない角。
彼女は、そこにいた。
不安そうに立ちすくみ、目元には光るものがあった。
その姿を見た瞬間、胸の奥が、強く、締めつけられた。
「守りたかったのに、なにもできていない」
「気持ちを伝えるどころか、不安にさせてばかりだ」
気づけば、抱きしめていた。
この手の中にある、かけがえのないぬくもり。
離したくない。そう思った。
だけど——このままじゃ駄目だ。
止まった時間の中で触れた温度に、彼ははっとする。
「本当に伝えたいことは、こんなふうに隠れていていいものじゃない」
「彼女に、ちゃんと届く言葉で——想いを伝えよう」
決意が、胸の奥でひとつ、灯る。
そして、世界が動き出す。
人々が再び歩き始め、ざわめきが戻る。
屋台の明かりが、ふたりをそっと照らす。
「見つけた……」
お互いの声が、安堵と笑みに変わる。
彼は、今度こそ、迷わなかった。
まっすぐ手を伸ばし、彼女の手を、そっと握る。
彼女も、握り返してくれた。
駅へと向かう道。
人混みの中で、ふたりは確かにつながっていた。
夜の明かりに溶けていく青年の背中は、
——さっきより、少しだけ頼もしく見えた。
彼の中で何かが、確かに変わったのだ。
ーーその日、世界は3分間だけ止まった。




