プロット1:Lovers
今考えている話の試し書きです。雰囲気で読んでください。
「ごめん、君の事は嫌いじゃないけど、付き合う事は出来ない。だから、ごめん。」
俺がそう言うと、赤ら顔の彼女の顔は更に赤く染まり、目には涙が溜まっていった。その顔に罪悪感で俺の胸が痛まないわけではないが、かといってその罪悪感に負けて付き合う方が不誠実で、より彼女を傷付ける事になる。だから、俺にはこうするしかできない。
「……うん、大丈夫!ごめんね、急にこんなこと言って!」
無理に気丈に振舞う、その健気さに私の胸は更に痛む。
「いや、本当に嬉しかったよ。ありがとう、俺を好きになってくれて。だから、吉川にはもっと素敵な人と結ばれて欲しい。」
「……今、そういう事を言うの、ずるいよ。」
そう言って、彼女は目で涙を拭いながら俺に背を向け、小走りでどこかに駆けて行った。通り過ぎる人々は、彼女に好奇の目を向けた後、立ち尽くす俺にどこか軽蔑するような目を向ける。いい気はしないが、きっと自分も女の子を泣かす男がいたとしたら、そんな目を向けるだろう。
彼女の優しい性格が表れているようなほわほわとした雰囲気と、丸顔でうるうるとした瞳、茶色がかったボブヘアは、大体の人が可愛らしいと思うだろう。それでいて、性格も少しおとなしいが、決して悪いわけではない。むしろ、素敵だと思う。友人としては。
つまり、恋人としては見る事が出来なかった。それが、彼女を振った理由。大学生らしく、もっと軽い気持ちで付き合っても良かったのかもしれないが、俺は、そういう事をしたくはなかった。諸般の事情で。
肩を落としながらドアを開けると、パン!と渇いた破裂音がした。驚いて目を見開いた俺にテープが巻きつく。
正面の机から乗り出すように、クラッカーを構えた紫君を睨んだ。
「よっ、色男!!おめでとう!」
これで、こいつに悪意が無いのが救いようがない。自分を落ち着けるように深く溜息を付いて、次に愉快そうな笑みを浮かべる壮一を睨んだ。
「あのさ、友人が傷心で戻ってくる事くらい、お前なら読めていたよな?」
「ああ、やっぱりそうなったんだ。お疲れ様。」
案の定分かっていた彼は、形だけ労うと、手元のパソコンに目線を戻す。あまりに冷たいその対応に本当に彼が友人なのか、俺は自信が持てなくなりそうだ。
「え、また振ったのか?色男は羨ましいねえ、色んな花をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。それでも君は引く手数多だ。君に振られた女の子だけで花束を作れるだろうさ。」
「自前の花束を持っている奴に言われたくないね。大体、俺だってそうしたくてしているわけじゃない。」
椅子を引いて乱暴に腰掛けると何故か葵が揃っていないルービックキューブを手に持ち、色んな角度から眺めていることに気付いた。俺達の会話に参加しないのはいつの事だが、こういった奇行は珍しい。
「……なあ、それ、なにしてるんだ?」
私がそう聞いても、葵は一切反応しない。もう一度聞こうとした途端、助け舟を出すように荘一が口を開いた。
「揃えているらしいよ。頭の中で。」
「……そうか。」
それを現実にアウトプットするまでがルービックキューブだと思うのだが、別に本人の中で完結しているであれば、わざわざ他人がとやかく言う事でも無いのかもしれない。
「昨日、ボドゲサークルの人達から『この間のお礼』と言ってこれもらってさ。意外と葵がハマってるんだよ。」
「へえ、『lovers』に贈り物なんて、随分気前のいい奴もいたもんだ。」
確かにこの前の依頼人がボードゲームサークルだった。いたく感謝していたが、わざわざ贈り物をくれるとは。
「揃った。荘、混ぜてくれる?」
葵はルービックキューブを手で荘一の方に押す。彼は寄せられたそれを目を向けた後、葵の方を向いて顔を綻ばせた。
「葵は凄いね。20秒もかからずに揃えられてる。」
「うん、ありがとう。」
褒められても一切表情を崩さずに、興味無さげにしてるいるが、ほんの少しだけ彼女は背筋を伸ばした。内心褒められて嬉しいらしい。
それに気がついた上で一切触れず、ニコニコと笑顔を浮かべながら、揃っていないルービックキューブをシャッフルする。
カシャカシャと軽い音を鳴らしながら回す荘一と、それが終わるのを目を瞑りながら待つ葵の2人は、とても微笑ましい様子だった。が、どうしても一言言いたくなった。
「いや、揃ってないだろ。それなら俺でも3秒くらいで揃えられるぞ。」
「楓、よく世界記録をしっているわね。」
目を瞑っていた葵は、目を開いて、意外、とでも言いたげな目を葵は私に向けた。
「いやたまたまだ。……というか、世界記録ってそんなに速いんだな。」
「ええ。数年前に、アメリカの選手が更新した3.13秒が世界記録よ。」
「はぁー凄い人は凄いんだな。……じゃなくて!手で揃えなかったらなんとでも言えるだろ、って俺は言ってるんだよ。」
その指摘をつまらなそうに一瞥して、葵は溜息混じりに言った。
「15秒。」
「え?」
「15秒。それが、公式の大会でルービックキューブを揃えるまでに与えられた、観察する時間。正式名称だと『インスペクションタイム』と言うけれど。」
「つまり?」
葵の言いたいことも、これからやりたい事も何となく察しはついたが、彼女がムキになるのは珍しい。だから俺は泳がせてみた。彼女もそれを察したのだろう、得意げに軽く笑みを浮かべ、続けた。
「ルービックキューブは、実際に揃える時間より、脳内で揃えている時間の方が長いのよ。後は脳内の動きを、どれだけ正確にトレース出来るかというだけで。」
「つまり、葵は5秒で揃えられると。」
「ええ。やってみせてもいいけれど?」
「いいじゃないか!『lovers』らしい!!」
黙ってスマホを弄っていた紫君は、急に立ち上がり、そう声を張った。
「ルービックキューブを愛する葵と、その愛を疑う楓!さあ葵!今その愛を証明してみせるんだ!」
いつもの如く芝居がかった調子で、『次は君の番だ』とでも言わんばかりに葵に掌を向けるが、そんな彼の様子に、彼女も私達も、至極冷静だった。
「いや、そういう話じゃないだろ。」
「うん、そういう話ではない。」
「僕もそう思うかな。はい、これ。」
そう言ってルービックキューブを葵に手渡した荘一は、冗談めかして言った。
「さあ、愛を証明する時間だよ。」
葵は小さく笑い、すぐに手渡されたルービックキューブに真剣な眼差しを向けた。
指先だけを支点にルービックキューブをまるで3Dモデルを回転させるかのようにクルクルと様々な角度で回す。ルービックキューブの事が一切分からない私からすれば、それが何を意味しているのかすら分からない。
恐らく15秒程経った瞬間、彼女の指は機械のように正確に動き、カシャカシャカシャカシャと、回転させる音が連続して一定のリズムで鳴り続け、5秒程で葵が机に置くと、全ての面は規律正しく同色で揃った。
「ね、言ったでしょう?」
「まあ、葵ならそれくらい出来るだろうさ。」
「珍しいね、楓が負け惜しみなんて。」
からかうように荘一が言うと、葵は口元に手を立てて笑いをもらし、紫君に至っては指を指して声を上げて笑った。
「ちっ、鬱陶しいな。……というか、今更だが珍しくないか?」
ただでさえ吉川を振って気分が落ち込んでいる俺は、このままからかわれるのが嫌で多少強引だが矢印を変えた。
「何が?」
「葵が何かにハマる事が。どういう風の吹き回しだ?」
そう訊ねると、うっとりとした表情で、ルービックキューブを手に持ち、顔を赤らめ、葵は微笑んだ。
「……だって、荘がくれたから。」
「え?いや、さっきも言ったけど、ボドゲサークルのお礼だよ?」
「……聞いてない。」
「渡した時にも、言ったけれど……。もしかして、聞いてなかったりした?」
思い返せば、最初に渡した時は分からないが、先程ボードゲームサークルの話をした時は、彼女は集中していて話が聞こえていないようだった。もしかしたら、最初に渡された時は浮かれていて聞いていなかったのかもしれない。
葵の顔は一変して表情を失い、ルービックキューブを紫君に向けて投げた。飛んできたそれを紫君はキャッチして、苦笑いで俺と顔を見合わせる。俺も彼と同じ表情だった。
「飽きた。指も疲れたわ。荘、飲み物飲ませて。」
「う、うん。ごめんね、葵。」
ストローの刺さったコップをいつものように差し出しながら荘一が謝る。それを飲みながら、葵は眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「何が?」
「……本当に、ごめん。」
「だから、何が?」
不貞腐れて壮一と目も合わせない葵と、それにオタオタとする壮一は見ていて愉快ではあったが、巻き込まれるのは面倒だ。適当な口実で俺は席を立った。
「俺、購買でなんか菓子買ってくるわ。」
「ああ、いってらっしゃい。ついでに私の分も適当に買ってきてくれないか?しょっぱい系がいいな。」
案の定と言うか、紫君は2人を愛おしそうな表情で眺めていて、立ち上がるつもりはないようだった。まあ、彼ならそうだろう。
「ああ、わかった。」
悪趣味なヤツめ。内心毒づきながら部室を後にし、購買の方に向かう。
……それにしても。
結局、誰も俺を慰めてくれなかったな。
別に、慰められたくて『Lovers』に行ったわけではないが。とはいえ、少しは優しくしてもらいたい。その矛盾が人間だ。というか私だ。
肩を落とし、一服してから購買に行くか。と喫煙所に足を向ける。
それにしても、一体いつ、俺の前に現れてくれるのだろう。
『俺というガラスの靴を履いてくれるシンデレラ』は。
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「という曰くがあるルービックキューブが、これだ。」
「……他の女に告白された話を、いまの彼女に話すって。どうかしてますね。」
「いや、そういう事が言いたかったわけじゃなくてーーー。」
「冗談ですよ、先輩。……本当、単純。」
そう言って、漸く出会えたシンデレラは笑った。からかうような、眩しい笑顔で。




