第265話 槁木死灰の私とおまけ
『槁木死灰の私から』の、本編の色々が終わった後の話になります。別に読まなくても大丈夫です。
本編の伏線にも触れない内容となります。
「ふと、思ったんだが。」
いつものように槿と、彼女の部屋で話している時、私はある事が気になった。
「君は昼の間、いつも何をしているんだ?」
私を咀嚼するように虚空に目を向けた槿は、すぐにいつものように小さく笑うと、
「私の事、暇人だって馬鹿にしているんだ?」
とおどけた調子で言った。
「そんな訳ないだろう。」大体、そんな事を言い出したら1週間で2日しか起きていない私の方が暇人だ。
「昼間の君と会うことなんて、ほとんどないからな。まあ、その日あった出来事は聞く事が多いが、語る程でもない日もあるだろう?そういう日は何をしているのか、ふと気になってな。」
「語る程でもない事をしているよ。」
「それを語ってくれと言ったんだ。」
分かりきっているくせに、槿はわざとはぐらかす。隠し事をしている訳ではなく、ただ私をからかいたいのだろう。彼女らしいな、と私の顔は無意識のうちに綻んだ。
「えー。でも、本当に大したことしてないよ?小春ちゃんとお話したりする事が多いかな。あとは、教会の敷地内をぶらぶらしたり。」
「連花や、二葉や一果と遊んだりはしないのか?」
3人の名前が挙がらないのは、少し意外だ。特に桜桃姉妹とは仲がいいし、よく話にも上がる。なので、彼女達と過ごす時間が大半なのかと思っていた。
「うーん。連花は置いておいて、2人とは遊ばなくもないけれど。でも、2人は、結構忙しそうだから、頻繁にはない、かな。ご飯とかは一緒に食べるけれど。」
「……まるで、椿木は忙しくないかのような口振りだな。」
「小春ちゃんも、忙しいはずだけれど、何故か頻繁に会いに来てくれるんだよね。……というか、今さり気なく私を暇人扱いしたでしょ?」
先程からかわれた仕返しだ。片眉を上げて肩をすぼめ、特にその事には触れず、私は話題を切り替えた。
「椿は、君の体調の事も知っているからな。きっと、思い出を増やそうとしてくれているのだろう。」
「……そうだったら、嬉しいけれど。」
私に見せるものとは違う、緩んだ槿の笑みに、微笑ましさと、同じ位の嫉妬を感じる。300歳になっても、好きな人に自分には見せない顔があるのは、悔しいものらしい。
「けれど、改めて言われると、普段3人が何をしているのか、そんなに知らないかも。私のご飯とか、寮の掃除とかしてくれているのは、分かるけれど。」
そんな私の気持ちに気付いているだろうが、触れずにニヤニヤと笑みを浮かべながら、彼女は言った。その頬が赤く染まっているのは、私も指摘しない。
「まあ、教団関係の業務だろう。」
大して興味がなかったので、私はそれでこの話題を終わらせようとした。が、槿の目が、好奇心に満ちているのを見て、次に彼女がなんと言うのか察した。
「ねえ、今から皆に聞きに行かない?」
「行かない。」
「えー。行こうよ。……駄目?」
裾を掴み、私を上目遣いで見上げる。最近二葉にでも教わったのか、私に願い事をしたい時はこういうあざとい事をするようになった。それを理解してうえで、私に効果があるのが始末に負えない。少し照れているのも、私の拒否する意思を削ぐ。
「……仕方がないな。」
結局、私は首を縦に振ったのだった。
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「え?普段何をしているか、ですか?」
早速、隣の部屋に赴き、二葉に訊ねる。
彼女は意表を突かれたように目を丸くして、少し考えるように右上を見つめ、改めて自分の部屋を見渡すと、困惑混じりに答えた。
「……部屋を見れば、言わなくても大体分かると思うのですが。」
「確かに、そうかも。」
槿がそう呟いたのを聞いて、私も部屋を見回した。アニメキャラのぬいぐるみと、ゲーム、それと漫画の数々。彼女が暇なときに創作物に時間を費やしているのは想像に難くない。というか、正直聞くまでも無く、予想出来ていた。
「聞いた甲斐がなかったな。」
「うん、そうかも。」
「なんでいきなり部屋に押しかけられて、こんな言われようをしなければならないのです……。というか、どうしたのですか、いきなり。むーちゃんと涼が、部屋の外でイチャイチャする以外の事をするなんて珍しいのです。」
「い、イチャイチャなんて、してないもん……!!」
嘘だ。お互いに、イチャイチャしている自覚がある。が、澄ました顔で私は何度も頷いた。
「たまに声、漏れてますよ?」
「そ、そういう事は本当に、してないし……!」
それは本当だ。というか、したら槿が死ぬ。キスですら危険な時があるくらいだ。
「『そういう事は』って言う事は、やっぱりイチャイチャはしてるのですね。」
「あっ……。」
どうしよう、という顔で私を見つめる槿のせいで、私達が普段部屋でイチャついているだけである事がバレたが、いや別にイチャついているだけではないのだが、とにかく槿の嘘に気が付かれた。
「槿が、『普段皆が何をしているか知りたい』と言い出してな。とりあえず二葉から聞いて回ったんだ。」
先程の仕打ちの仕返しが出来て満足げな二葉に、その事には一切触れず、彼女の質問に答える。
「そうなのですか。それなら、私も今日は暇だし、一緒に回るのです。」
もう少し私と槿をからかいたい様子ではあったが、このエピソードがおまけだからか、特にそれ以上触れずにそう宣言すると、二葉はえへんと胸を張った。
「いいけれど、二葉は2人との付き合いが長いんだし、知ってそうだけれど。」
「知ってますが、暇なので付き合うのです!」
「あ、うん……。二葉がそれでいいなら、私は嬉しい、けれど。」
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「え、普段何してるか?……そんな事、二葉なら知ってるでしょ。」
「知ってますが、一果の口から聞く事に意味があるのです。むーちゃんが、皆の普段の過ごし方を知りたいらしくて。」
そういう話だったか?と疑問に思って槿を見るが、彼女も同じことを思ったのか、首を傾げている。まあ、いいか。と彼女が諦めたのを見て、私もまあ、いいか。と思う事にした。人が増えると言うのは、そういう事だ。私個人の考えよりも、全体としての方針の方が大事だ、と言うのをここ2年で学んだ。
「何それ、自由研究?まあいいけどさ。」
一果も同じ思いだったわけはないが、私達の内心と同じような事を口にして、彼女は答えた。
「ゆーて、多分二葉とそんなに変わらないと思うけれど。朝5時に起きて、教会のあれやこれやをやって、ご飯作ったり、掃除したり、つっきーのバイタルチェックしたりして、気が付けば20時になってる感じかな。そこから22時には寝てるかな。あ、20時からやっている事は秘密ね。」
どうせ連花に対しての劣情の籠ったろくでもない行為だろう、という事は容易に想像がつく。椿木と連花が付き合ってからは、一果がまた一つ様子がおかしくなったのは二葉から聞いている。
「結構、健康的な生活しているんだ?」
「それは、勿論。こー見えても、シスターですから。夜にいっつも彼氏とイチャイチャしているつっきーとは大違いな、健全な生活リズムをしておりますので。」
「い、いつもじゃない、もん……!」
「たまにはしているのを認めたのですね。」
「週2日はしているね、この感じ。ね、涼?」
「槿の身体をいたわるために、月1回に留めている。」
否定するのも面倒になり、適当に彼女達の調子に合わせた。案の定、桜桃姉妹は嬉しそうに甲高い声を上げたが、槿の反応は、予想と違っていた。
顔を赤らめているのは予想通りだったが、恥じるような様子ではない。私の胸元に駆け寄り、手を繋ぐようにジャケットの前裾を掴むと、何かを覚悟したように、私の顔を蕩けたような顔で見上げた。
「……本当は、もっとイチャイチャしたいなら、いい、よ?涼だったら……///」
「ヤバいのです。むーちゃんが本気なのです。」
「よし涼!早くれーくんの所に行こう!いろいろと危ないから!!」
「……そうだな。」
少しだけ名残惜しい気持ちで、私は槿の頭を撫でながら、彼女の手を引いて、一果の部屋から連れ出す。普段私程ではないが、体温の低い彼女の手は、いつもより火照っていた。
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「私の普段している事、ですか?というか、夜分にぞろぞろとなんですか?何故か槿さんは不貞腐れていますし。」
「……別に。何でもないです。」
一世一代の勇気をふいにされたのが余程お気に召さなかったのか、露骨に不機嫌になった彼女は、そっぽを向いてそれだけ答えた。最早槿がこうなってはこのツアーの意味もないし、部屋に戻ってもよかったのだが、このまま部屋に戻っては、先程の続きが始まってしまう可能性もある。
槿の気持ちを無下にはしたくはないが、間違いなく彼女は死ぬ。その方が私は耐えられない。連花に、出来るだけ槿を喜ばしてほしいとジェスチャーで伝えると、なんとなく察したのか、仕方なし、という様子で眉間に皺を寄せながら、彼は頷いた。
「最近は……神父としての仕事を終えた後は、小春さんと過ごす事が多いですね。秋近さんの畑にも、相変わらず顔を出していますし。……『曾孫はいつか?』と毎回言われるようになったのは、少し面倒ですが。」
「へぇ~。そうなんだぁー。うふふふっ。」
「何故一果が嬉しそうにしているのですか……。」
その事に困惑しているのは連花だけで、私と二葉は、いい加減一果の趣味に辟易としてうんざりした顔だった。当の槿はと言うと、相変わらず不貞腐れた様子ではあったが、興味ありげに連花の方に何度も目線を向けていた。
もう少し広げてくれ、と手で合図を出すと、苦虫を嚙み潰したような顔で、彼は深くため息を吐いた後に続けた。
「なつさんも乗り気で、困ったものですよ。しかも『老い先短いから、早く見たいわね』と言われて。困ったものですよ。結婚もまだしていないというのに。」
「もうそんな話してるんだーーー」
「ちょっと一果、黙るのです。」
被虐的な欲望が溢れてきた一果の口を塞ぐ二葉は、すっかり慣れた様子だった。疲れ切っている、諦観した様子、とも言えるが。
「……それで、結婚の予定は、あるの?」
二葉に同情していると、槿からそんな言葉が飛び出てきた。まだ少し不機嫌な様子ではあったが、その声からは好奇心が漏れていた。連花は私に一瞬目配せをして、観念したように答えた。
「……来年の、6月には結婚する予定です。」
「えっっっ……!!!おめでとう!ねえ、涼、凄いよ!!ねえ……!!」
口を手で押さえ、すっかり舞い上がった様子で喜ぶ彼女は、先程まで、何故拗ねていたのかはすっかり忘れたようだった。まあ、親友が結婚するのを聞いたのであれば、彼女ならこんな反応になるだろう。因みに言うと、親友とは椿木の事だ。連花ではない。
「そうだな。おめでとう、連花。」
それと、ありがとう。槿の機嫌を直してくれて。と心の中でお礼も言う。よかった。すっかり槿の機嫌も直って。すっかり、当初の目的は、最早どうでもよくなってはいるが。
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「本当に良かったね、小春ちゃんと連花が結婚するんだって!」
「そうだな。めでたいな。」
自室に戻り、2人きりになった後も、槿はその話を何度も繰り返し、私は何度も同じ相槌を打つ。これが他の人の話であるのならばうんざりするが、槿であれば、その嬉しそうな顔が見れるだけで、何度も聞けるのが不思議だ。
「白無垢かな、ドレスかな……。小春ちゃんなら、どっちも似合うと思うんだよね。涼はどっちだと思う?」
連花が聖十字教団なのだから、どう考えてもドレスだろう、と思うし、やはり連花の事はどうでもいいのだな、と内心苦笑しながら、一応考えるふりをして「……どちらも悪くないが、やはりドレスじゃないか?」と答える。
「そっか、涼は西洋文化圏出身だもんね。」
そういう理由ではないが、そういう事にしてもいい。私は深く頷いた。
「あ、そういえば、元の話に戻るけれど。」
「どの話だ?」
「『皆が普段何をしているか』って話。」
「そういえば、そんな話をしていたな。」
すっかり忘れていた、わけではないが、槿がすっかり忘れているものだと思っていた。
「私とか、二葉達の話は聞いたけれど、涼がどうしているかって聞いてないな、って。」
そういえば、言っていなかった。というより、私の普段やっている事は周知であるから、言う必要もないと思っていたというのが正しいかもしれない。
「槿に会いに来ているな。」
イチャイチャしている、と言い換えられなくもないが、自分の口で言うのは憚られた。というより、それが目的なのではなく、お互い好き合っているので、どうしても甘い時間が増えるだけだ。なので、『イチャイチャする事』が目的なのではなく、『会いに来た結果、イチャついてしまう』が正しい。何に対しての言い訳かはまるで分からないが。
「そう言ってもらえるのは、嬉しいけれど。」
少し照れたようにそう言って、槿は続けた。
「涼が言ってたみたいに、私が知らない涼の一面が知りたいな、って。私と会う前は、何をしていたの?」
彼女と出会うまでの300年、何をしていたのか。その質問への答えは決まっていた。一瞬、央の悪意に満ちた笑い顔が脳裏に過る。深く目を瞑り、それを拭い去るように、私は答えた。
「それまで私は、何もしていなかった。闘う事も、抗う事も。生きてすらいなかった。君と出会って、私の人生は始まった。そう思っている。」
真っ直ぐに槿を見つめる。彼女は、包み込むように薄く笑って、私の目を見つめたまま、
「そしたら、私の方が年上だね。20歳差だ。」
と答えた。恩を着せるでもなく、否定するでもなく、ただ真っ直ぐに受け止めてくれた事が、私は無性に嬉しかった。
「そうだな。『槿お姉ちゃん』とでも呼ぼうか?」
「……意外と、悪くない、かも。言われてみると、涼ってお兄ちゃん、ってより、弟っぽいし。」
「……本気か?」
「もう一回、呼んでもらっても、いい?」
「絶対嫌だ。」
「えー。お願い。呼んでくれなかったら、『真名』使うから。」
「それだけは絶対に辞めろ。」
こういう悪いところを、桜桃姉妹から学んでしまったのは、本当に良くない。
結局その日、2時まで粘られて、根負けした私は、もう一度槿を『お姉ちゃん』と呼んだ。何がいいのかは、私にはまるで分からない。




