196 お守り
市場は、随分賑わっていた。
リトの予定では、ここで物資を揃えて明日には発つという強行軍だから、荒野で必要な食糧はしっかり準備する必要がある。
「りと、こっち!」
「あのな……食いモン以外もいるんだからな? どっちかっつうと食いモン以外の方が必要だからな!?」
保存食は結構持ってんだから、とブツブツ言うリトを引っ張り、色々な食べ物が並ぶ一角へやって来た。
空気が乾いているからだろうか、これだけ食べ物があるのに、あまりいい香りがしない。
ひとまず、腐敗やカビはあまり考えなくても良さそう。その前にカラカラになってしまう。
当然のごとく乾物が多いけれど、料理の時は戻せばすむ。
「水を気にしなくていいのは助かるな」
「でも、りと、みじゅがない時は?」
「んー。1人なら、剣技で水っつうか氷が出るヤツもあるから……魔物倒すついでに……。お前がいるとその点、すげえ便利だ」
なんと人外。
それでも、ひとまず私も役には立っているようでにんまりする。
水も、火も、いくらでも。さらには、毎日清潔でぴかぴかだ。中々、そんな旅はないだろう。
「お前の服を調達してえんだけどな」
「あとで、りとが行って来て」
「お前がいねえと無理だろ!」
ペンタと私で大騒ぎして、干した果物をたくさん。そして、あのスルメモドキも。
あとは、美味しく食べるための調味料も必須。
「お砂糖、いっぱい」
「砂糖はいらねえだろ。どうすんだよ」
「ちゅかう」
「何にだよ!」
何に、とは。水に入れたって美味しいだろうに。
むっとしたものの、ここは冷静にリトを説得しなくてはいけない。
「砂糖は、普遍的な価値があるもの。ちゅかわなくても、いざという時貨幣の代わりにもなる。ちかも、お料理の総えねゆぎーを簡単に上げることができる。こえは、旅において非常に貴重な――」
リトの目が、平坦になった。理解しづらいだろうか。リトにも分かるだろうメリットを挙げているつもりなのだけど。
「おうともよ! 砂糖は何にでも使えらぁな! 別に甘いモンじゃなくてもよぉ。分かってんじゃねえか! つうか、なるほど……金の代わりに……なるほどなるほど」
いつの間に。
思わぬ援護が入ったと思ったら、ラザクが深々頷いている。
余計な知恵をつけさせてしまった。でも、まあ砂糖を買い漁ってもそう悪いことはないだろう。私にとっては。
「ちゅまり、砂糖はいくやあっても困らない。肉は獲れても砂糖はとえない。確保しゅべきもの!」
「その通りぃ! なあリト、美味い飯食いてえよなぁ?」
「しれっと混ざってんじゃねえ。なんで来た」
「そんなつれないこと言いなさんなってぇ! だって俺様、脱獄したばっかだしぃ? 金持ってるわけねえのよ」
ラザクは、脱獄する前からお金は持ってなかったと思うけれど。
でも、ここはラザクの力が必要な場面だ。私のために。
「りと、りゅー美味しいもの食べたい」
きっと、それはリトも同じはず。
じっと見上げると、深々溜め息を吐いたリトが、がしがし頭を掻いた。
次いで、ラザクの胸ぐらを掴む。
「おぉっとぉ?! え、何?! 今は何に怒ってます?! どれ?! 俺様心当たりが多すぎてぇ……」
「うるせえ。てめえ、料理には自信があるんだよな?」
物凄く低い声で、じりじりっと圧迫感を伴う気配。
ラザクが、息を止めてこくこく頷いた。
「なら、適当なもの買わねえよなぁ……? 余計なモン買ったら、その腕落とすぞ」
それ、切り落としてもこちらに何のメリットもないのでは。
むしろ使えなくなる分、デメリット。そう思ったけれど、ラザクには効果があるようで。
青くなって頷くのを確認して、リトがその手を離した。
どさっと崩れ落ちたラザクが、すうはあ深呼吸している。
「リュウ、これを渡しておく」
差し出されたのは、紐のついた小さな筒状の金属。
「こえ、何?」
「信号笛。魔力型だから、魔力を流せばいい」
「ふえ?」
頷いたリトが、私の腕に紐を結んで、その金属を握らせた。
笛なら、魔力じゃなくとも吹いたらいいのでは。そう思って筒を咥えて息を吹き込んでみたけれど、音は鳴らない。
「お前な……いきなり使おうとすんな。使い捨てだからな? 笛っつってもそういう笛じゃねえ。俺と離れてる時、何か報せる時に使うモンだ」
そうなのか。でも、なぜ今?
ハッと顔を上げて、リトとラザクを見比べた。
「俺は他の物資を揃える。リュウ、お前ならこの野郎を監視しながら、必要なモンを買えるな?」
ぱあっと顔が輝いたのが分かった。
ぎゅっと笛を握り、何度も頷いてみせる。
「俺も市場内にはいるんだけどよ……お前、すぐ何か余計なこと引き起こすからな」
「りゅーのせいなない」
「そうでもねえと思うけどな……!?」
予算はこれだけだ、と渡された小袋の中身を素早く確認する。
よし、この額でバリエーション豊かな食事をとるために必要なものは……。
私というAIだけでも足りない。経験と、相場と、実際の柔軟な対応能力をもつ頭脳が必要。
そこに、余計な要素が大いにあったとしても。
ぴょん、とリトの腕から抜け出して、まだへたり込んでいるラザクを引っ張った。
「らざく、行くよ」
「きゃうわうっ!」
張り切って前へ立つと、パンたちも私の方へついてくる。頼もしい限りだ。
「ええ……なんで俺様が子守りを……。どうすんのよ、俺様が人さらいのとばっちり食らったら」
「ちやう、りゅーがらざく守りちてる」
「まったく……ここは、我が保護者となって引率するほかないとみえる」
「……安心要素が全然ねえな……」
心配げなリトの視線を振り切って、私たちは颯爽と市場の中へと潜り込んで行った。




