179 手札
怒号と悲鳴と、激しい物音。
上に何人いたのだろう。どうもリトは分かっていたような雰囲気だけど。
祈るように手を組み、震えるセイリア母を撫でてあげた。
「しゅぐ、終わる」
果たして、ものの数分で鎮静化した物音の中、足音がひとつきり、階段へ向かう。
緊張した面持ちで、セイリア母が私をぎゅっとしたものだから、駆け寄れなくなってしまった。
2対の視線の中、二階からゆっくり下りてくる、長い脚。
ようやく緩んだ母の手を逃れ、リトに飛びついた。
「りと、せいりあは?」
「いねえよ。嬢ちゃんの気配は、家の中にない」
「いない……?」
だから、ためらいなく突入したのか。
じゃあ、セイリアはどこに……? じっと見上げる私に頷いて、リトが私を抱き上げた。
「そのあたりが、親父さんの件に関わるんじゃねえのか?」
リトに釣られるように、セイリア母を振り返る。
項垂れた彼女は、微かに頷いた。
「――そうか」
リトはそれだけ言って、立ち上がった。
話し終えたセイリア母が、縋るようにリトを見上げる。
私も、リトを見た。
「力になろうとは思うが……一人でできることは、限られる。一旦、衛兵には伝える」
「それはっ……! ダメです、セイリアが!」
「けどな、このままだと親父さんと嬢ちゃん両方失うだけだぞ。親父さんが罪を被ったとて、奴らが手の内にいる嬢ちゃんを、わざわざ解放すると思うか?」
「でも……! でも、セイリアが――」
泣き崩れるセイリア母に、私の目からもぽたりぽたり雫が伝う。
かわいそうだ。セイリア母も、父も、セイリアも。
どうしてこんなことになる? どうすれば、みんなを助けられる?
カバンにぶら下がったままの、緋晶石を見つめた。
私が、これを見つけたから。
それがいけなかったのだろうか。
「衛兵が俺の言葉を信じてアジトを探し出せれば、可能性はそっちの方があるだろ」
「……」
「ひとまず、上の奴らは連れて行く」
何も言わない母は、ただ床を見つめて力なく座っていた。
荷物のように悪人をまとめて運び出したリトは、担いで行くのは目立つから、とひとけのない海岸で悪人を下ろした。ここへ放置して、衛兵を呼びに行くらしい。
ざざあ、どどう、といつも通りの音が、体の中に響く。
「……だから、お前が泣くな」
頬を拭われて、まだ伝っていた雫に気が付いた。
「でも、りゅーのせい」
「なんでお前のせいなんだ」
「りゅーが、緋晶石をみちゅけた。りゅーが、目立ったから、せいりあ父が」
罪を押し付けるスケープゴートとして、鉱石を扱う商人が目を付けられていた。セイリア父も。
その中の一人でしかなかったのに。私がキラキラになって目立ったから。攫った人を捕まえたから。だから、きっと腹いせを兼ねて選ばれた。きっと、扱いやすいセイリアがいるのもバレていたから。
「それは、お前のせいじゃねえよ」
苦笑したリトが、大きな手で私を撫でる。
「他にも、色々奴らにとって都合のいいことがあったんだろ」
その日、帰って来たのはセイリア父だけだったそうだ。
2人で出かけた先で、攫われた。セイリア母が父から直接聞いたのは、それだけ。
大きな荷物と共に一人帰されたセイリア父は、通報を受けてやってきた衛兵に捕らえられた。
荷物からは、当然のように証拠となる品が出て。
「お前が、そんだけ悩んでもどうしようもねえだろ。お前のせいじゃねえ。俺だって助けたいからな……けど、闇雲に動いて警戒されても危ねえ。あとは衛兵に言って、捜査を待つしかねえだろ」
「りゅーが悩んでも、どうちようもない……」
頷くリトに、それはそうだと思う。悩むことに意味はない。
「りゅーは……考える」
……そうか。できることがあるだろう、私には。
何か、可能性を。
私には、武器がある。
「りゅー、せいりあ助ける方法を考える! りと、協力ちて」
「え……おう。まあ、そりゃあ」
現在の問題は何か。何を最優先すべきで、急ぐ必要があるか。何があれば解決するのか。
まず、セイリアは、生存している。ここを、揺るがすとどうしようもない。
問題は、生存しているが位置が不明であること。
ならば位置を特定すれば、解決するか――する可能性が高い。
だって私には、最強の手札――『リト』がいるから。
ただし、使い方を間違えれば、最悪の事態になる。なぜなら、相手が組織でこちらが単独だから。
けれど、組織だからこそ……セイリアの人質は戦略的なはず。セイリア父の罪が確定するまで、悪人の安全が確保されるまで、セイリアの命が保証される、はず。
「ちゅまり、せいりあの救出は最優先なない」
「は……?」
衛兵の詰所へと急いでいた、リトの足が止まった。
……本当にそうなのか。リトに、怪しい場所を片っ端から当たってもらう方がいいのではないか。
ここは島。果てしなく広いわけでもない。まず、救出に動くべきではないのか。本当に、セイリアの命が保証されるのか。
――でも。
きゅっと唇を結んだ。
「敢えて、りしゅくが高く可能性の低いことを、しゅべきなない」
そちらを選びたいのは、ただ、ただ、私を揺らす『何か』のせい。
多分……私のAIでない部分。
今、必要なのは不安ではない。
小さな肺から息を吐き出して、リトの銀色をまっすぐ見つめた。
「最優先は、せいりあの価値を保ち続けること」
今は、リトを使う時じゃない。状況を固定し、悪化させないこと。
私がすべきは、最強のカードを使う時を間違えないこと。
相手の切り札が、セイリア。最後まで大事に持っておいてもらう。
最強のカードを使える必要条件は、セイリアの位置の特定、そして組織内部の情報把握。
「りゅー、これまでの、情報を整理する」
情報は、組み立てねば意味がない。膨大な情報からの仮説は、私の得意分野だから。
胸のざわつきを抑えて、目を閉じる。
時間は、必ずしも敵ではない。相手の慢心を誘う可能性もある。
猶予は、セイリア父の刑が確定するまで。




