180 リュウのちから
「りゅー、しじゅかになる」
集めた情報の海に潜って来なくては。
だけど、リトがへにゃりと眉尻を下げた。
「……アレはやめてほしいんだが。もう起きねえんじゃねえかと……」
「大丈夫。ぱんたちを置いて行く。ぱんたちに言ったら、りゅー起きる」
パンたちは残しておかなくては、時間感覚を失うと困る。
3体が私と視線を合わせて、任せろと言ったよう。
「そう、か……。まあ、召喚獣が無事なら、お前も無事か」
こくり、頷いてリトの腕の中で目を閉じる。
五感を遮断して、完全AIモードへ。データの多重照合へ。
最初から辿ろう。
この町で、見つかるはずのない緋晶石……つまり加工前の偽赤琥珀があった場所。
そこは、必ず輸送ルート、アジト、加工場所、いずれかの近くであるはず。
……もしかして。
セイリアと父は、そこへ行ったのでは。
商人の父ならば、確認に行くだろう。もし原石が採れるのならば、と。
何の警戒もしていなかっただろう。のこのこ行ったそこが、アジトの近くなら。
――それが、リトの言う『奴らの都合』では。
だから、簡単に攫われた。セイリア父に決定した。
ならあの時の男……町人のふりをしたり、異国人の恰好をしたり。あれは、表で取引をする人間?
覚えている。あの男なら、私が探せる。
漂う意識の中、ガルーに依頼する。あの井戸を。あの周囲の情報を。あの男を。
そして、町中の会話ログから欠片を拾い集めていく。
『ピルルッ』
曖昧な時間間隔の中、どこかから、その声を感じた気がした。
「……お? 早かったな」
ぱちっと開いた目の前に、揺れるディープブルーの髪。
どうやら幸い、まだ詰所へ向かう途中のよう。
「りと、待って。あじとの目星がちゅいた」
「は? はぁ?!」
「まじゅ、せいりあがさわわれたのは、石をみちゅけた井戸のそば」
「あ……あーそうか。そもそも、それを見つけた場所に行くべきだったか!」
くるりと方向転換しようとしたリトの頭に、ガルーが舞い降りた。
「りと、そっちなない。井戸、もうちゅかえない」
「え?」
明らかに、塞がれていた。
井戸の中が、どうなっていたのかは今となっては分からない。入口だったのか、ただの保管庫だったのか、地下通路の入り口だったのか。
ただ、セイリアはそこにはいないということ。
「海にちゅながる場所。赤潮の発生する場所……生息域のちやう貝がいる場所!」
バタバタ暴れて下りようとするのを、しっかり抱え直されてしまった。
「行かせるかよ! 俺が行く。案内しろ」
「ピルルッ」
一声鳴いたガルーが飛び上がった。
そうか。私の足の方が遅い。すぐさま駆け出したリトの髪が、後ろへなびく。
時間はある。あるけれど、長くはない。
セイリア父が犯人として仕立て上げられたなら、真犯人たちもここで『商売』は続けられなくなる。
逃げるだろう。ここは港町、間違いなく船で。
……石を見つけた井戸は、港から近くもない。ただの保管場所とするには、不便だ。
じゃあ、そこが出入口、もしくは地下通路。
いずれにせよ、アジトは地下。私が悪人なら……ひとつしか出入口のない地下など選ばない。
「海に出たぞ、どこだ?!」
「まだ、わかやない。りと、みちゅからないようにあの側へ行って」
「……? 何もねえぞ?」
波が打ち寄せる岩壁の側。『ここらの貝』ではないものを見つけた場所。
岩壁を前に、目を閉じて集中を始める。
エコーロケーション。波音を頼りに、音を弾く岩壁の内部を観察しようと試みた。
……難しい。
ノイズを排除して、空間に流れ込む音を、内部空間の反響の差を。人間の耳で、AIの精度で、捉える。
「もうちょっと、こっち」
「ああ……」
言われるままに、少しずつ移動するリトに体を任せ――目を開けた。
「何か分かったのか?」
「分かった。きんたろ、いける?」
勇ましく頷いたキンタロが、ナイフをリトに預けて岩壁を駆け上がる。
小さな姿が打ち寄せる波の間際まで進んで、こちらからは見えない向こう側へ。
「……みちゅけた!」
「え? は? どこだ?!」
急激な脱力感に襲われて、くたりとリトにもたれかかる。
ああ、身体の能力を随分酷使したから……ひどく消耗するのだな。
「この、中にどうくちゅがある。きっとこの中で、石を加工ちてる」
「なんで加工してるってことまで分かる?」
「赤潮……そえが、赤潮ななかったら? 緋晶石は、絵具になる。加工ちてるのが漏れ出ちたかも」
どれも不確定情報ではあったけれど……。全ての条件が一致する場所から探すのが定石だろう。
はふ、と息を吐いて倦怠感を逃がそうとする私に、リトが視線を強めた。
「なら……行くか? 俺が」
銀の瞳を見上げ、私は少し躊躇して。
首を振った。
「時間は、まだある。かくじちゅに、ばんじゃくに」
「……まだ、何かあんのか?」
リトは強いけれど。でも。
それに、セイリアがこの中のどこにいるかは分からない。リトが辿り着くより先に手を出されてしまえば元も子もない。
「衛兵に、ちゅたえる」
「……いいのか? 目の前にアジトがあるって分かったのに」
「いい。こちやも、手数がひちゅよう。そえと――」
作戦を、立てよう。真正面から突っ込むなんて真似はしない。
私は、リトを見上げてそれを伝えた。
「――ホントですか?! なら、確認取れ次第、突撃できる手はずを取ります!」
「ああ。だから、コイツも用済みになる。」
「え? な、なら俺様出てもよくねえ?! もう安全っつうことじゃねぇか!」
大人しく格子の中で座っていたラザクが、私たちの話に聞き耳を立てていたよう。
「てめえは、どっちにしろ罪があんだろが。あと、絶対邪魔になる」
「なるわけないですよぉ! そんな荒事、俺様が関わるわけねえ!」
「どうだか。偽赤琥珀の現場だぞ。保管されてんのは100個や200個じゃねえだろ」
「……」
途端に脳内で何やら計算を始めたラザクに、ほら見ろとぬるい視線が向けられる。
「それで、この男が分かっている一人……」
「ああ。港の登録情報からだ。間違いねえだろ」
「お前はこの男を知ってるか?」
牢へ歩み寄った衛兵が、ラザクに男の絵姿を見せる。
じっくり眺めたラザクが、首を振った。
使えないヤツだ、と不服そうに戻って来た衛兵と、リトが話を詰める。
まずは、本当にアジトがあるかを確認。衛兵たちは逃げ道を塞ぐよう、海側から突入する方針のよう。
「なら、俺は勝手に動かせてもらう。陸側の入り口を――行ったか」
「えっ? な? はあ?!」
リトの視線を追って振り返った衛兵が、素っ頓狂な声を上げた。
私は、ここでワイルドカードを切る。
トリックスターの投入だ。
衛兵が駆け寄った牢の中は、既にもぬけの殻だった。




