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Kの冒涜  作者: カキヒト・シラズ


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第12章 Kの跳梁

 Kは巨人だった。

 無敵だった。全能だった。

 人型電脳戦車(サイバータンク)《タケル5号》に没入(ジャックイン)したKは、沖縄の嘉手納基地内で暴れまわっていた。

 広い飛行場は火の海だった。

 火災の煙はときおり、視界をくもらせる。

 足元には、戦車数台とバズーガー砲を構えた歩兵部隊。

 彼らの銃撃は痛くもかゆくもない。

 特殊合金製の巨人の肌は、弾丸やミサイルをことごとく跳ね返す。

 Kは一台の戦車を持ち上げ、別の戦車の上に投げ捨てる。

 爆音とともに炎上し、残りの戦車と歩兵部隊は退却する。

 逃げる一台の戦車を捕まえ、近くにある管制塔らしき建造物にぶつける。

 するとうるさい蠅がやってくる。

 米軍戦闘機だ。

 Kは側まで飛んで来た戦闘機を殴り、墜落させる。

「マーシャル、そのへんでいいわ。後は台湾軍がやってくれるはず」

 頭の中に《ガイア1号》の声が響く。

 自律(オート)モードに切り替え、《タケル5号》を退却させる。


 意識が正常に戻るまで、視界はぼんやりする。

 Kは司令室の操縦席に座っていた。

 ここ電脳潜水空母(サイバーサブマリン)《スサノウ3号》の中だ。

 いつもは東京湾から南の海底に潜んでいるが、今日は尖閣諸島付近の海底にいた。

「マーシャル、もう一仕事残ってるわ」

 《ガイア1号》の声が電脳戦闘服(サイバースーツ)のヘッドギアから聞こえる。

「まだあるの?」Kが言う。「少し休ませてよ」

「もう時間がないわ。それに今度の敵は、さっきより少しちょろいわよ」

「ちょろい?」

「中国人民軍よ」

 米軍基地内での戦闘は、米軍または米軍と自衛隊の混成部隊が相手だった。

 中国人民軍と戦うのは初めてだ。

「今後、世界の覇権国家は米国から中華人民共和国に移行するわ。でも軍事力ではまだ米国にくらべれば未熟なところがあるわ」

 Kは《スサノウ3号》に没入(ジャックイン)する。

 レーダーによる聴覚による視界。

 空母1隻、イージス艦6隻、潜水艦3隻。

 Kは同時に10発の魚雷を発射する。

 イージス艦がこちらに気づいて2発のアスロックで迎撃する。

 Kは1発のアスロックをよけ、もう1発のアスロックには魚雷を当てて破壊する。

 海底が揺れる。

 イージス艦、潜水艦ともにすべて撃沈。半分沈みかけた空母だけが、生き残っている。

 魚雷が完全に命中せず、横っ腹に穴を開けたようだ。

 Kは留めの魚雷を空母に発射する。

 空母が沈むのを確認してから、Kは《スサノウ3号》を自律(オート)モードに切り替える。



「遠隔ニュークリア装置の記事だけど、悪いけど没にさせてもらうよ」

 『月刊 女性と政治』の編集長、黒田俊二はそう言って吐息を漏らす。

「どうしてですか」姉ヶ崎姫香が言う。「納得いきません」

 小会議室には姫香と黒田が向かい合って座っている。他に誰もいなかった。

 パーティションで区切られた殺風景な部屋だ。

 浦島桃子からもらった遠隔ニュークリア装置の設計データと、それを簡単に説明した姫香の記事は、一端は『月刊 女性と政治』10月号に掲載された。

 ところが黒田の説明によると、この記事に関して日米合同委員会からクレームが入り、全部数を引き上げ、別の記事と差し替えて印刷をやり直したという。

「先方が全部数買うと申し出たんだ」黒田が言う。「さらに追加の慰謝料としてその倍額をうちに支払った。うちの社長は先方の提案に合意した。

 実は日米合同委員会はうちの主な広告主企業にも顔がきくようで、彼らに逆らったら、広告も引き上げると脅されたんだ」

「そんなあ・・・・。黒田さんがいつも唱えているジャーナリズムの正義はどうなったんですか?」

「姉ヶ崎君、この世はきれいごとだけで済むようにできてないんだ。

 実は彼らの要求は、これだけ金を払った見返りに、雑誌の編集責任者か、記事を書いた記者のいずれかを退職させろ、ということなんだ。

 つまり君かおれのいずれかが首にならなくてはならない。社長と話し合ったんだが、おれには妻と子供がいる。一方、君は独身だ」

「ひどいわ。私だけ首になるんですか?」

「そこで提案だが、今後はフリージャーナリストとしてうちと契約してもらえないかな。君の記事に規定の原稿料を払うよ。

 これまで君が書いた記事をまとめて単行本として出版しようという企画も考えた。詳しくは第一出版部の部長に聞いてくれ。もう話は進めてある。

 この他、よその出版社の知り合い声をかけたんだが、君の原稿に興味を持ってくれたよ。

 うまくいけばいい話かもしれないぞ。君は独立できるんだ。君ほどの実力があれば、おれの下で働くより、一本立ちした方がいいんじゃないかな」

 前から思ってたけど、つくづく腹黒い男だわ。

 姫香は黒田を睨みつける。



 ジョナサン・シンフィールドは苛立ちを隠せなかった。

「嘉手納基地が陥落しただと・・・・そんなことあるはずがない」

 ニュー山王ホテルには、在日米軍の幹部と日本の高級官僚が十数名ずつ集まっていた。

「台湾政府と沖縄県知事は独立国を宣言しています」山本が言った。「厳密に言えば、鹿児島県管轄の奄美大島も自分たちの領土だと主張しています。

 国名は琉球共和国。新しい首都を沖縄本島の辺野古に置くとのことです。

 国家元首の大統領には中華民国総統の呉恵民(ウー・フイミン)が就任。行政の長としての首相には沖縄県知事の川本孝義が就任するようです」

 山本が日米合同委員会の非公式会議に出席したのは初めてだった。

 外務省の役人とのことだが、無個性、無表情でロボットみたいだ、とジョナサンは思った。

「台湾ごときになぜ占領された」ジョナサンが詰問するように言う。「それにこんなことをして中国が黙ってないぞ」

「実は真日本帝国が裏で台湾政府と沖縄県に協力したようです。中国から公式発表はありませんが、尖閣諸島付近をパトロールしていた中国の海軍が壊滅的打撃を受けたらしいです」

「またあいつらの仕業か」

 ジョナサンは横田基地襲撃事件を思い出す。

「しかし、そんなことより、われわれのスシボーイ計画はどうする。このまま実行できるのか」

 コードネーム、スシボーイ計画。

 それは朝鮮半島を北朝鮮政府に統一させる極東テロ作戦だった。

 まず在日米軍が東京で自作自演テロを起こし、テロの犯人をカルト宗教団体に仕立てる。

 日本政府が機能しなくなったので、臨時で表向きは自衛隊が、実質的には在日米軍が全権を掌握する。

 在韓米軍が同盟国日本の緊急事態を援助するとの名目で日本にやってくる。

 その間、北朝鮮軍がソウルを占拠し、韓国政府を倒して朝鮮半島を統一するというものだ。

 朝鮮半島を日本と敵対させることで極東を分断統治できる、というのが米国の企みだった。

 もちろん米国と北朝鮮政府はあらかじめ共謀している。

「大丈夫です」マイク少佐が言った。「沖縄がなくなっても、スシボーイ計画全体に大きな影響力はありません」

「ところでテロの犯人役は誰がやるんだ」

「日本の芸能事務所に頼んで、仕出し俳優、つまりクライシスアクターを手配してあります」

 マイク少佐の説明では、日本のテレビでは通行人にインタヴューするシーンの大半はやらせで、仕出し俳優に通行人役を演じさせ、決められた台詞をしゃべらせているという。

 政治に関するインタヴューで、極端に反体制的な意見が出るのはまずい。そこで大衆を情報操作させる目的で、通行人の意見と称して仕出し俳優に台詞をしゃべらせているのである。


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