第13章 Kの声明
記者会見はこれまで何度も経験してきたはずだったが、これほど緊張したのははじめてだ。
川本孝義はハンカチで額の汗をぬぐう。
東京の元麻布にある中国大使館の大ホールには、百名近い報道陣が詰めかけていた。
白いテーブルクロスで覆われた長テーブルに五人の登壇者が座っている。川本はその一番左端だった。
この建物にいるかぎり、自分の命は治外法権で守られているが、一歩外へ出れば、日本政府から国家反逆罪で逮捕されても処刑されてもおかしくない。
もっとも中国大使の話では自分が沖縄に帰るまで人民軍が安全に護衛するとのことだった。
だが中国がどこまで信用できるのか。
戦後、日本と米国の関係は表向きは同盟国、実質は植民地と宗主国だった。中国はそれと同じ関係をわれわれ琉球共和国と構築しようとしている。これは地政学的に明らかだった。
彼らはわれわれを飼い犬にしたい。だから犬をなつかせるために、今、餌を与えているのだろう。
だがその中国より警戒すべきは、真日本帝国の磯崎という男だ。
今回、琉球共和国建国を裏方に回って仕掛けたのは磯崎だ。
彼が何を企んでいるのか、本当のところよくわからない。
「われわれは」川本はマイクに向かって言う。「本日、琉球共和国の独立を正式に宣言いたします。すでに国連には正式に加盟国申請を届け出ております。
琉球共和国は、旧沖縄県、旧中華民国、そして奄美大島を領土といたします。公用語は英語。ただし旧日本領だった地域には日本語、旧台湾領だった地域には台湾語と中国語を暫定的に公用語として認めます。
国家元首の大統領には元中華民国総統の呉恵民、首相には元沖縄県知事の私、川本義孝が就任させていただきます。
首都は沖縄本島の辺野古に建設を予定しております。
現在、日本政府、米国政府は、われわれの存在を断固否定しておりますが、このほど中華人民共和国から、正式に独立国家として承認を得たところであります。
なお、ブリックス各国、すなわちブラジル、ロシア、インド、南アフリカからはまだ正式な発表はありませんが、琉球共和国承認について前向きに検討するとの報告をいただいております」
プロジェクターが背後のスクリーンに映像をうつす。
中国大使館広報官の王浩字が立ち上がる。
「続きまして呉大統領の所信表明演説をお聞きください。現在、琉球共和国の呉大統領は保安上の理由から台北にいます。大統領ご自身も本当はここで演説したかったとおっしゃっていましたが、かわりに動画をご覧ください」
そもそも国籍など人為的に作り上げた幻想にすぎない。
川本はそう思う。
川本自身、生涯の大半を那覇で過ごしているにもかかわらず、国籍が何回か変った。
生まれてから小学校の途中まで米国籍だった。
それが一九七二年の沖縄返還で日本国籍になった。
そして今、自分は琉球共和国の首相だ。
そもそも自分の両親は戦前、北海道から沖縄に移住した。だから自分には琉球民族の血は入っていない。
先祖は北海道の住民だが、母方はアイヌ部落出身、父方は満州から渡ってきた、と聞いている。
だとしたら自分の民族的アイデンティティーは何なのか。
そう考えれば、琉球共和国民が自分にふわわしい国籍ではないか。
「さて、ここで質疑応答にうつります」王が言う。「質問のある方、挙手を願います」
すると赤いツーピースを着た女性が手を上げる。
王がマイクを渡す。
「フリージャーナリストの姉ヶ崎姫香と申します」赤いツーピースが言う。「今回、川本首相が建国を決意されたのは、旧県民の辺野古基地建設反対運動が動機の一つにあったのではないでしょうか」
「回答します」川本がマイクを握る。「辺野古基地建設にかぎらず、沖縄の米軍基地問題と日本政府の対応に業を煮やした旧県民の声が、今回、琉球共和国独立の原因の一つになったと思います」
「ところで中国政府はなぜ琉球共和国を承認したのでしょうか。尖閣諸島付近の石油採掘権を中国に大幅移譲する見返りに、今回、独立国を承認したのではないでしょうか。ネットではそのような内部リーク情報が飛び交ってますが」
すると王が顔を真っ赤にしてマイクを取り上げる。
「そんなことはありません。それはデマです。中国政府はそのような取引はしていません」
「ネットではもう一つ内部リーク情報があります」姫香はまだマイクを離さない。「実は真日本帝国が尖閣諸島付近を巡回していた中国海軍を撃沈して軍事的圧力をかけたのではないでしょうか。
現在、米CIAと中国共産党の親米派が組んで、中国国内の工場を爆破するなど、様々な自作自演テロが相次いでいます。
共産党の親露派がこれらのテロを防ぐため、真日本帝国と裏取引したのではないでしょうか。
琉球共和国を認めるかわりに、国内のテロ防止に真日本帝国軍が力を貸すという取引です」
「でたらめです。ネットの情報を当てにしてはいけません・・・・」
突然の地震だった。
会場にいた記者たちの半数はテーブルの下に潜った。
記者会見はしばらく中断した。
ひどい揺れだったが地震はすぐにやんだ。
一人の若い職員が早足で王に近づき、メモを渡す。
「みなさん落ち着いてください」王が言う。「地震はおさまったようです。これは自然の地震ではありません。実は今、皇居に核爆弾が投下された模様です」




