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Heven's door  作者: 三月
2/8

scene1 伊藤健司の場合

伊藤健司、職業は医者。

東京でとある医大を卒業し2年間の研修医を経て地元に帰ってきた。

そしてこの街の病院で医師として働き始めている。昔から医者になることが夢だったので、働くことに喜びを感じる。

とはいえ、27歳の若造があなたを診察します、と言ったところで、ベテラン医師のように患者から信頼がある訳でもなく、今もさきほどのご老人に診察を断られてしまったばかりなのだが。


良くも悪くも田舎の病院。若者は少ないが老人は多い。ということは病院も繁盛する訳なのだが、病院が掛かりつけとなっている彼等(患者さん)にとっては必ずそれぞれ贔屓にしている先生が居る。その先生でないと診察を断る患者も居るのだ。

ましてや彼等から見れば、27歳の医者になったばかりの若造である。先ほどの老人のように診察を断ることは稀ではあったが、俺が診察を担当するとあまり良い顔はしなかった。



毎日毎日嫌な顔をされながら患者を診察し、見送る。

そして仕事が終わると白衣を脱いで車に乗り自宅へ帰る。これが俺にとっての日常風景だった。

だが、そんな日常がある日を境に変わった。

その日俺は診察で訪れていた老人に診察拒否をされて、意気消沈しながら自宅へ帰る途中だった。

鬱々とした気分を変えようとラジオを回すと最近流行っているアイドルの新曲が流れている最中だった。あまり流行に疎いので詳しい話は知らないが、紅白歌合戦にも出場するほどの人気グループらしい。俺は何の気なしにラジオに流れてくる音楽をただただ聞いていた。

やがてひっそりとした林道に差し掛かってきた頃、普段混まない道が異様に混んでいるのを感じブレーキを踏む。どうやら何かあったらしい。

何か嫌な予感がした俺は車を路肩に停めると、前方で人だかりが出来ているほうへと向かった。

人だかりの中心に近づくと一人の男が倒れているのが見えた。どうやら事故に遭ったらしい。

俺はその光景に居てもたっても居られず、私は医者です、と名乗りを上げて倒れている男性の様子を観察する。幸いにも頭部に外傷はみられないが胸部を打ったらしく出血している。意識も混濁している事もあり、非常に危険な状態であった。

「まだ救急車は来ていないんですか!」

俺が悲鳴のような叫び声を上げると周りに居た人が「電話で呼んでんだけど、まだ来ねーんだよ!」と半ばパニックになりながら答えた。

私は倒れている男性の軌道を確保しながら強く呼びかけてみたが反応は見受けられない。

「困ったことになった………」

私は医者ではあるが、駆け出しの医者にすぎない存在だ。ましてや医者の命とも呼べる医療器具は病院に置いてきている。そもそもプライベートで持ち歩くものではないからだ。

病院が所有する往診で使用するワゴン車の中にはトランクの中に簡易の医療器具が積んであるのだが、生憎と今乗っている車は自分の車だ。積んであるのもせいぜいスペアタイヤくらいなもんだ。

「くそ………医療器具さえあれば………」

道具が無い医者ほど使えない存在はないのではないだろうか。ふとそんな愚にもつか無い事を考える。せいぜい自動車学校で貰う教本に載っているような応急処置くらいしか出来ない。自分の無力さを思い知った気分だった。

「医療器具とやらがあれば良いのですか?」

 声のした方をみると、そこには一人の男が立っていた。身長180センチ位の細身の白人でスーツを着込んでいる。その手にはステッキが握られておりシルクハットまで被ったその姿は何かのコスプレを彷彿とさせる格好で、この事故現場にはあまりにも不釣合いな存在であった。

「そうだが、あんたは?」

この緊迫とした空気の中で何を言っているんだと俺は思った。

「私はただの旅行者ですよ。それよりも医療器具とやらはどこにあるのですか?良ければ私が取ってきますから」

そう言うと男は俺を安心させるかのようにニッコリと笑った。

「俺はこの町の○○病院に勤めている医師だ。医療器具があるのはその病院の中………いや、持ってくるとしたら病院の後ろに停めてあるワゴンの中のトランクに入っているが………ここから車で30分は掛かる距離だ。この様子では1時間と持たないし、何より救急車を待った方が良い」

俺はそう言葉を締めくくった。すると突然、病院に電話を掛けていた男が叫んだ。

「おい!すぐに来れないってどういうことだよ!」

「何かあったんですか!」

私は嫌な予感がふつふつと湧き出してくるのを止められなかった。

「救急車が事故に遭っちまったらしい!代わりの救急車も出動中で、今隣町の救急車を出動させたがすぐには来られないって言ってやがるんだよ!」

「なっ!」

俺はその事実に戦慄を覚えた。

倒れている男の様子を見れば、ここから車で30分ほどの位置にある病院に連れて行く事すら出来ないだろう。恐らく輸送中に死亡するだろうと断言できるほど衰弱し切っている。今、この場で何とかしなければならない。

「クソっ!どうすりゃ良いんだ………」

道具が無い状態で打てる全ての手を尽くした俺は、天を仰いだ。

もう駄目だ。この男はそう遠くない内に死亡するだろう。

ふいにシルクハットが視界に突然入ってきた。びっくりして目を見開くとシルクハットの男が銀色の鈍い光を放つトランクを持って現れたのだ。

「あなたが言っていた”医療器具”というのはこれの事ですか?」

「な、何故、あなたがそれを持ってるんですか!」

「そんな些細な事より先に貴方には優先するべきことがあるのではないでしょうか?」

シルクハットの男はそう言葉を締めくくると医療道具が入ったトランクを俺の前に置いて人ごみの中へ姿を消した。

俺は目の前の光景にびっくりしていたが、次第に弱くなっていく倒れた男性の脈拍を感じるとすぐさまトランクに飛び掛り中身を空けて治療を開始した。

治療を開始し出来るだけの処置をしてまもなく救急車が到着した。俺は救急隊員に胸部を強く打っていることと酸素吸引をしっかりするように言うと救急車をその場で見送った。



翌日                 

どうやら倒れていた男性は助かったらしい。車に轢かれたそうだが、まだ犯人は捕まっていないようだ。それでも命あってのモノダネだ。俺も何とか助けられて良かったと思う反面、余計な事をして男性をしなせなくて良かったとホっと一息した。

その数日後、命の恩人だということで是非お会いしたいと倒れていた男性の家族から連絡が入った。そして丁度朝の診察が終わった頃にその家族は現れた。

「私がご連絡した○○と申します。その節は主人が大変お世話になりました」

そういうと目の前の女性は深く頭を下げた。

「いえ、医師として当然の事をしたまでです」

俺はまるでドラマに出てくる医者のような台詞を言った………ドヤ顔では言ってなかったと思う。多分。

「いいえ、そんな事はありません。収容された病院では貴方の旦那さんは非常にラッキーだったと言われました。事故に遭ってすぐに医師に見てもらえたこと事態がラッキーだったと言えるのでしょうが、応急処置の段階で致命的な部分は処置されていたと言われました。かなりの技術の持ち主で、もし他の人が処置していたのならば主人に命は無かったかもしれないとまで言われたのですから」

そういうと夫人はこらえ切れなくなったのか泣き出してしまった。

「本当にッ………ありがとう………本当に」

「お、奥さん!そんな!あの時は緊急時だったし、火事場の馬鹿力?ってヤツで偶然上手く処置が出来ただけです!とにかく泣かないで下さい!さっきも言ったように私は当然の事をしたまでですから!」

あまりに急なことでテンパりすぎた俺は慌てふためいて奥さんを宥める。

「そ、それに、あのシルクハットの男性の方が居なかったら医療器具が無いまま黙って見ているしかなかったんですから!」

そう言った瞬間、はたと夫人は泣き止み怪訝そうな顔でこう言った。

「………なんの事ですか?

私は警察の方からは『車から医療器具を持った男性が駆けつけて治療を施した』と聞いて居たのですが」

「えっ!?」

俺はその瞬間、びっくりし過ぎて頭の中が真っ白になった。

「当時、私は帰宅途中で医療器具を持ってなかったんです。暫くして事故を発見し最初は道具無しで応急処置をしていたんです。その時、シルクハットを被った男が医療器具を………」

その時俺は当時の自分の台詞を思い出していた。

―――医療器具があるのはその病院の中………いや、持ってくるとしたら病院の後ろに停めてあるワゴンの中のトランクに入っているが………ここから車で30分は掛かる距離だ。この様子では1時間と持たないし、何より救急車を待った方が―――

そうだ。何が不思議かって、少し目を離した隙に持ってこられるような距離ではない。あれは一体………

ふいに目の前の夫人は何かを察したかのような表情を浮かべる。

「もしかしたら………神様が私の主人を助けてくれたのかもしれません。あなたに主人を救うよう手助けをしてくれたのではないでしょうか」



数日後、事故現場を目撃した人たちから事情聴取を行った警察から仔細を聞く機会に恵まれた。それは夫人が言ったとおりの証言で私が『医療器具を持って』倒れた男に応急処置を施した。という証言内容であったという。そして、事情聴取をした人々の中にシルクハットの男は居なかったという。あの男は誰だったのか。自分を含めてあのシルクハットの男が何者であったのかを知る者は居なかった。

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