【第七話】祝辞
この街は、かつて血で栄えた。
そして今も、誰かが自分の血を燃やしている。
彼は爆発犯だ、罪人だ。
それでも一部の人間は、彼をこう呼ぶ。
――仮面の英雄、と。
俺の仕事は、その男を止めることだ。
拍手が、耳の奥で反響していた。
壇上の照明が眩しい。
制服の襟がやけに硬く感じる。
俺は朝凪アレン。
特殊災害対策局A市支部の新人だ。
目の前には、笑顔の人々、無数のフラッシュ、祝いの空気。
数日前まで、焦げた臭いの中にいたのが嘘みたいだった。
「――次に、A市特別功労章の授与です!」
司会の声が会場に響く。
呼ばれたのは、俺たち三人だった。
「朝凪アレン。」
「坂津トキヤ。」
「春日井ヒマリ。」
トキヤは一歩前に出て、すぐに足を揃える。
落ち着かないのが顔に出ていた。
ヒマリは静かに背筋を伸ばしている。
視線はまっすぐ前を見ていて揺れない。
俺は、心臓の鼓動だけが大きく聞こえる。
壇上の中央に、白髪交じりの男が立っていた。
光縁寺タイゾウ。
柔らかい笑顔に穏やかな目元、手は大きく、所作が丁寧だ。
テレビで何度も見たことがある、この街の“偉い人”。
なのに、距離感は妙に近い。
「よく来てくれたね。」
光縁寺さんは、そう言って俺たちを見た。
その声は、温かい。
「A市はね、今、再び立ち上がろうとしている。
皆のような若い力が必要なんだ。」
拍手が起こる。
光縁寺さんは勲章を取り、俺の胸元へ手を伸ばした。
金属が触れる冷たさ。
「立派だよ、朝凪くん。」
俺は息を呑む。
呼び方が自然すぎた。
名前を知っているのは当然だ。
でも、家族みたいな口調だった。
次にトキヤへ。
「坂津くん。君の現場判断は素晴らしい。
勢いがあるのは良いことだ。……けれど、怪我だけはしないようにね。」
トキヤが照れたように笑う。
「はいっす!」
最後にヒマリへ。
「春日井さん。君の観察眼は、街の宝だよ。
君のような人がいると、現場は救われる。」
ヒマリは小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
光縁寺さんは一歩下がり、会場を見渡す。
「若者を育てるのは、大人の責任だ。」
笑顔のまま、続けて言う。
「未来は君たちのものだ。だから私たちは全力で支援する。この国を、より豊かにしてくれると信じているよ。」
その言葉に、会場がまた拍手で満たされる。
俺は胸の勲章を見つめた。
誇らしい、はずだった。
なのに。
なぜだろう。
この拍手が、少しだけ遠く感じた。
光縁寺さんが、握手のために手を差し出す。
温かい、ちゃんと人の体温だ。
「頑張りなさい。困ったことがあればいつでも助けになるからね。」
光縁寺さんが微笑む。
その目は優しい。
表彰式が終わり、会場を出る。
外の空気は冷たい。
トキヤが勲章を指で弾いた。
「やば。俺ら、マジで出世コースじゃん!!」
ヒマリが小さく笑う。
「浮かれすぎ〜!」
俺も笑うべきだった。
けれど、胸の奥がざわついていた。
支部に戻る途中、立花さんがぽつりと言った。
「……上手い人。」
「え?」
俺が聞き返すと、立花さんは何も答えない。
ただ前を見て歩いている。
獅子さんが、少しだけ歩幅を落とした。
「アレン。」
聞きなれた低い声に、俺は顔を上げる。
獅子さんは、前を見たまま言った。
「勲章に酔うなよ。俺達がやることは変わらない。」
俺は頷いた。
「……はい。」
胸の金属は冷たい。
なのに、あの握手の温もりだけが、妙に手に残っていた。
【登場人物】
主人公:朝凪アレン
同期1:坂津トキヤ
同期2:春日井ヒマリ
上司1:獅子レイジ
上司2:立花ミカ
市長:光縁寺タイゾウ




