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賭け腹筋とスーパー銭湯

 平和な日々が続いている。けれど相変わらず私の心は平穏ではない。旦那様も、両陛下の期待がプレッシャーとなっているのか、ここ最近様子がおかしいのよね。

 あんな事件があった後だから、旦那様の居ない状況で外出しないようにとも言われてしまったし……正確には、懇願されたのだけれど。


 あんなの完全に泣き落としだわ。それに引っ掛かってしまう私も私ね。本当に、惚れた弱みというのは厄介だわ。旦那様の成すことすべてを肯定してしまう。

 一々揺らいでいては身が持たないと思うのだけど、旦那様が安心してくれるならと譲ってしまうのよね。でもこれだけは、これだけは譲れないの!!


 旦那様の職場へと赴いたのはそのため。私の安息のためなのよ!

 騎士の皆さん達は、王女である私に驚きながらも敬礼する。あと少しで王立騎士団の執務室に到着するという所で、話を聞きつけた騎士団長達が飛び出してきた。

 恐らく中で会議をしていたのね。邪魔をしてしまって申し訳ないわ。


「これはこれはミレニアム公爵家夫人、一体どのような御用でこちらに?」

「バーキンズ卿、お久しぶりですわね。実は、皆様にお願いがあって来たのですが」

「お願い、とは何でしょう?」


 どうぞ中へ、と執務室に案内される。そのバーキンズ卿の後ろには、パターソン侯爵やアドキンズ伯爵。リーパ伯爵やドナート男爵までいらっしゃった。ここにおられる方達は皆、旦那様の良く知る方達ばかりだわ。

 苦楽を共にした同僚の方達が勢揃いしていることにほっとする。これなら、二度手間にならずに済みそうだし、すぐに帰れるわね。


 今頃お屋敷では、売り言葉に買い言葉になってしまった初の夫婦喧嘩に旦那様は泣いておられることでしょう。私の外出を止めることすらできないほど、打ちひしがれておられたもの。


「お願い、とはどのようなものでしょう? 見たところ、画家を伴っておいでのようですが」

「えぇ。実は、お時間があれば是非ともお願いしたのですが」

「何なりとお申し付けくださいませ」


 バーキンズ卿は、子供の時から知っている方だから本当に話しやすいわ。ついつい、話を端折ってしまうほどに。

 視線を上げ、彼の後ろに控えている面々に向けて言い放つ。


「皆様、服を脱いで裸になってくださいませんかしら?」

「「「「……え?」」」」


 しまったー!! とんだ痴女発言かましたー!! 違う違うそうじゃないの! 本当に違うんですぅ!! とんでもない言い方をしてしまった。皆さんドン引きしているじゃないの!

 けれど、動揺する心とは裏腹に表情はどこまでも揺らがない私。鉄壁な顔面マジ感謝。こういう時、慌てれば慌てるほどボロが出てしまうからね。

 このような願いをする理由を説明いたしますわね、と冷静な口調で皆様に説明した。


 事の発端は、侍従の一人が聞かせてくれた話に遡る。彼が言うには、数か月前に邸宅内に源泉を掘り当てた商人がいるらしい。元々売りに出すつもりだった屋敷の調査のためだったが、思いがけず温泉を見つけてしまったことでそれを商売に使えないかと試行錯誤した結果、マグノリア令嬢の助言を受けて、スーパー銭湯を考案したそうだ。

 彼女が関わったということは、地球の知識が多分に含まれていることでしょう……日本人の血が騒ぐ! 行きたい!


 スーパー銭湯はすでに稼働しているとのことだから、是非とも行ってみたいと申し上げたのだけれど……例によって例の如く、旦那様に止められた。例え淑女だけしか入れない施設があると言っても、そもそも薄着な服を着て入浴することが許可されていると言っても駄目だと譲らない。


 あれも駄目これも駄目、な旦那様に合わせて我慢することは致し方ないことと思ってきたけれど、前世の時からスーパー銭湯好きな私からしたらこれだけは譲れない問題だった。侍女を伴うこともできると言っても、透けない服を着ると言っても許して貰えない。

 あれこれ言い合っている内になぜか騎士の皆様の筋肉の話になって、同僚達の腹筋胸筋を見れば誰が誰だか分る、な旦那様に、鍛えているのは皆同じなのに見分けられるわけがないですわ、な私達の白熱した戦いで、ならば絵師に描かせた腹筋胸筋で見分けられたら諦めます、と公言してしまった私。

 ……で、今に至る、と。


 えぇ、分かりますわよ。馬鹿らしい夫婦喧嘩に巻き込まれたことを知って天を仰ぎ見る皆様のお気持ちは。けれど私も本気なの。スーパー銭湯に行きたいの!

 どうか、ご協力いただけないかしら。


 開いた口が塞がらなかったバーキンズ卿も、まぁ減るものではなし、と本人達がいいのならと許可して下さった。そうよね、既婚者もいるのだから本人達の同意が必要だわ。

 駄目ならば構わないのでと言った私に、皆気が引けながらも構いませんご協力いたしますと言ってくれた。ならば、と同じ師匠を師事していて画風も同じ画家達を彼等に一人ずつ付ける。画力に差が出ないよう厳選した方達だから恐らく大丈夫なはずだわ。


 数日以内には描き上がると言うので、私はそれが仕上がるのを待つことにした。さすがに本人達の筋肉を目の当たりにするわけにもいかないから、すぐにおいとましたのだけど。

 帰った途端、旦那様に泣きつかれて大変だった。どうやら、初の夫婦喧嘩で私が出て行ってしまったのではないかと心配したらしい。そんな、旦那様と別れるなんてできるわけがないではないですか。


 まるで子供みたいに泣き虫なところが玉に瑕だけれど、優しくて正義感もあって、私が危険に晒されない限り私を尊重して下さる方なのに。なにより、怠惰な生活を送っていても文句も言わずにいてくれるのよ? 馬に乗るのだって許してくれるんだから!

 剣術も、旦那様が休みの時に教えてくれる。私のやりたいことを尊重してくれる旦那様に不満はない。けれど、それはすべて敷地内でだけ。外に出る事だけは許してくれないのよね。

 ミレニアム公爵家の邸宅内に源泉があれば一番いいのだけど、こればかりはどうにもできないし。そもそも、源泉を掘り当てたとしても維持が大変そうだしね。


 魔法が存在する世界だから、魔法で湯を沸かすことはできるのだけどあまり推奨はされていない。限定的な魔法しか使えないのに、貴重な魔法を生活の一部として使うのはもったいないからということらしいのよね。

 魔法使いもいるのはいるけど、どちらかというと薬草などの知識に長けた人達だから薬師に近い。


 その点、前世の方がある意味魔法を使えたといっても過言ではないほど先進技術が発展していたわ。エレメンタルは、技術面の発展は遅い方だから。今のところそれで困ることはあまりないけれど、娯楽が少ない気はするかしら。だからこそ、疲れも取れて遊興施設でもあるスーパー銭湯への期待値は大きいのよ。

 絶対に負けられない。これは、私と旦那様の全面戦争なのよ!!






 ついにこの日がやってきた。旦那様が見分けられるといった彼等の腹筋胸筋をお披露目する時が!! 絵画だけどね。絵画なんだけれどね!

 因みに、彼等のご協力を得た後にご婦人方にもお手紙で伝えて置いた。既婚者の方の腹筋胸筋絵は、後にご本人宅にお送りしますのでと書き添えておいたのだけど、自慢になるのでそのままお持ちになっていて構いませんとの返答が。

 いえ、旦那様が興奮して鼻血を噴いたらいけないので手元には置けませんわ。いらないのであれば、芸術学の生徒さん達に寄付しようかしら?


 ここホライゾン王国では、芸術面の才能が溢れた人達を貧富の差なく受け入れる学校がある。他にも料理面や特殊技巧面などのあらゆる分野での学校があり、貴族や商人からの寄付を募って運営されていた。当然、能力の優れた者へと個人的に送られるものもあり、腹筋胸筋絵も絵画の技術を学ぶ者達にとっては大切な寄付となるでしょう……モデル本人にとっては辱めにしかならないけれど。


 さぁ、旦那様があれほど自信を持っておられた彼等の腹筋胸筋絵をとくとご覧あれ! 侍女は恥ずかしそうに、侍従は感心し、旦那様は大興奮していた。私はというと、マッチョメンに興味がないので別に、という感じである。

 絵画の裏には誰を描いたものかが記されており、裏手に一人侍従を立たせた。


 旦那様は、じっくりとご覧になっている。正直、違いが分からないほど似ていた。誰のものだか見分けるには、かなりの心眼を必要すると思われる。

 さすがに無理でしょうと思われたのだけど、旦那様は見事に言い当てられた……怖! 真の筋肉フェチならば見分けられるものなのかもしれないけれど、本当に見極められた旦那様に引く!


 負けた……私は負けたのね。スーパー銭湯……行きたかった!! でも負けたものはしょうがないわよね。潔く諦めましょう。

 周りを盛大に巻き込みながらの初の夫婦喧嘩はこうして幕を閉じた、かに見えたけれど。気落ちした私を察してか、旦那様が提案して下さった。今度一緒に行きましょう、と。


 やはり、旦那様はお優しいわ。私が本当にやりたいことを拒まないでいて下さる。今回は屋敷外へ行かなければならないことだったから頑なだったけれど、結局私に合わせて下さるのだから。

 とはいえ、そのために色々な方達を巻き込んだのに結局丸く収まるんかいっと呆れられそうね。夫婦喧嘩は犬も食わぬとはよく言ったものだわ。後で、侍従に菓子折り持って謝罪に行かせることに致しましょう。人気の観劇のチケットを添えて。






 スーパー銭湯キタコレ! いえ、そう思っていることは顔には出しませんことよ、オホホホ。旦那様に連れて来て貰ったスーパー銭湯は、今巷で人気の場所となっている。そうは言っても定休日がないわけではないので、その定休日の数時間だけを特別に入らせて貰うことになった。

 因みに今、旦那様の笑顔が引き攣っているのですが、その理由は明白です。


「アレックス、また会ったわね」


 ステファニー令嬢がいらっしゃるから。なぜいるのかというと、帰国の途に着く準備をしていたステファニー令嬢との手紙でのやり取りで、今日スーパー銭湯に行くと書いてしまったからなのよね。

 同じ星に生まれた者として、温泉に対して郷愁を覚えてしまう。ついつい手紙に記してしまったのは浮かれた気持ちを隠し切れなかったからなのだけど、旦那様には申し訳ないことをしてしまったわ。


 笑顔が凍り付いてはいたものの、紳士としての礼儀を怠らない旦那様。本来は定休日だということもあって人もいない状態で、淑女専用の建物の中に入って行く私達を見送る旦那様。心の中ではしくしく泣いているような気がしたけれど、どうか許して下さいませ。


 侍女に止められそうなほど浮かれて遊びまくる私達。久しぶりに体を動かそうぜと、カンナは競争を持ち掛ける。いいわ乗ったとそれに応じ、大浴場の端から端までどちらが速く泳げるか勝負した。

 結果は私の圧勝。ふっ、これでも運動は得意なんだから。舐めないで!

 王宮ではあまり運動らしい運動をさせて貰えなかったとはいえ、最近は旦那様のおかげでだいぶ体を動かすことも増えた。元々前世でも水泳は得意だったし、要領は覚えているから筋力さえあればどうにかなるわ。


 まぁ、競技を提案したカンナが、水泳が得意ではなかったから勝てたというのもあるけど。楽しかった、とーっても楽しかった。いい汗かいたわぁーと、ほかほかな体をキンキンのコーヒー牛乳で潤す。

 フルーツ牛乳まであるなんて、と買い溜めして建物を出ると、入った時と同じ笑顔を浮かべた旦那様が外で待っていた。


 え!? まさか旦那様、温泉施設に来て温泉に入らなかったの!? あれから二時間ぐらい経っているはずなのだけど、同じ位置、同じ体制なんですけど!?

 ご丁寧に侍従や騎士達まで同じ位置。いやまさか、そんなわけ……


「あぁ、アレックス。私達とっても楽しかったわよ。あんたも入ってくれば良かったのに」

「楽しんでいただけたならば幸いです。私は妻が喜んでくれるならばそれでいいので」

「だったらもっと早く許可してやりなさいよね。今度アリアナに意地悪したら鞭で打つわよ!」

「肝に、銘じます」


 声が震えているー! 旦那様、耐えて! 堪えるのよ!!

 送りましょうといった旦那様に、いらぬ世話よと颯爽と馬に跨り去っていくステファニー令嬢。マジ最強すぎる。旦那様は泣きそうだし。

 今日もまた、悲しむ旦那様を慰めなければならないようです。

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