第1話 世界一の魔奏少女! その1
――眩しい。
無数のスポットライトが、一人の少女を照らしていた。
「ミソラーーーッ!!」
「アンコール!!」
「世界一ぃぃぃぃーーー!!!」
地鳴りのような歓声が、夜空を震わせる。
見渡す限りの観客席。
色とりどりのペンライトが波のように揺れ、そのすべてがステージ中央へ向けられていた。
少女はマイクを胸に抱き、小さく息を吸う。
桃色のフリルを基調としたライブ衣装。
長い髪飾りが照明を受けてきらめき、スカートの裾がふわりと舞う。
そして、その隣には。
黄金のドラムセットへ腰掛ける一人の少女。
青き光を纏い、ギターを構える少女。
翠の鍵盤へ静かに指を添える少女。
四人は顔を見合わせ、笑った。
「みんなー!」
少女はマイクを高く掲げる。
「盛り上がっていくよーーーーーっ!!」
その一言だけで。
世界中が歓声に包まれた。
――これが。
私の夢。
幼い頃からずっと憧れ続けた景色。
歌で誰かを笑顔にして。
歌で誰かを救って。
世界中のみんなが笑ってくれる。
銀色の髪の少女がこちらに微笑む。
そんな――。
「世界一の魔奏少女になる。」
それが、識戸ミソラの夢だった。
大きく息を吸い込む。
イントロが流れ始める。
歌おう。
この世界中に届くくらい、大きな声で――。
「…………ミソラちゃん。」
誰かが呼んだ気がした。
「…………ミソラちゃん!」
歓声が、少しずつ遠ざかっていく。
「起きてください、ミソラちゃん!」
世界が、ぐらりと揺れた。
◇ ◇ ◇
「ミソラちゃん! 本当に遅刻してしまいますよ!」
「……ふぇ?」
ぼんやりと目を開ける。
そこは、数万人の歓声に包まれたステージではなく、見慣れた六畳一間の自室だった。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「……あれ?」
私はベッドの上で身体を起こし、寝ぼけ眼のまま辺りを見回した。
「ライブは……?」
「世界一の魔奏少女は……?」
ぽかんとしている私の耳に、スマートフォンのアラームが鳴り響く。
画面に表示された時刻は――
**八時十二分。**
「…………」
「…………」
「…………え?」
今日の始業時間。
八時三十分。
学校まで徒歩二十分。
「…………」
頭の中で、ゆっくりと計算式が完成する。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
私はベッドから飛び起きた。
「ち、遅刻ぅぅぅぅぅぅ!!」
制服を掴み。
顔を洗い。
歯ブラシを咥えたまま部屋中を走り回る。
「どうしようどうしようどうしよう!」
「入学式早々遅刻なんて絶対ダメなのにぃ!」
食パンを口にくわえようとして、ジャムを塗る時間すら惜しいことに気付く。
「もうこのままでいっか!」
牛乳を一気飲み。
むせる。
「げほっ、ごほっ!」
涙目になりながら鞄を肩へ引っ掛け、玄関へ飛び出した。
その時だった。
靴箱の上に置かれた一枚の古い写真が目に入る。
写真に写っているのは、小さな頃の私。
そして、その隣には一人の魔奏少女。
逆光で顔はよく見えない。
だけど。
あの日、私を救ってくれた歌だけは、今でも鮮明に覚えている。
自然と、小さく口ずさんでいた。
「♪ 前を向いて 涙を拭いて――」
その瞬間。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
「……よしっ!」
私は頬をぱんっと叩いた。
「今日も一日、頑張るぞー!」
勢いよく玄関の扉を開ける。
春の風が、私を迎えてくれた。
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春の風が、街を優しく吹き抜ける。
駅前の大型ビジョンでは、一つのライブ映像が流れていた。
『――世界ツアー、大成功!』
『魔奏少女バンド《シリウス》、ニューヨーク公演も満員御礼!』
画面いっぱいに映る四人の少女。
派手な照明。
鳴り響く歓声。
リーダーのキーボード担当、リーチェ・L・トランスファーが観客へ向かって大きく手を振る。
「みんなーッ!! 最高に盛り上がってるかーッ!!」
歓声。
拍手。
そして演奏。
映像越しでさえ胸が熱くなるようなライブだった。
そのすぐ隣には、学園の広告。
> **『私立姫嶋学園 魔奏少女育成コース 新入生募集』**
さらに商店街には歴代魔奏少女のポスター。
CDショップの入口には、
> **『シリウス WORLD LIVE Blu-ray 本日発売!』**
コンビニでは、
> **『魔奏少女コラボドリンク』**
信号機の横には、
> **『Noise発生時は落ち着いて最寄りのシェルターへ避難してください』**
そんな光景が、この世界では当たり前だった。
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「……やっぱり、すごいなぁ。」
一人の少女が立ち止まる。
黒髪のボブカット。
春風に揺れる制服のリボン。
識戸ミソラ、十五歳。
今日から姫嶋学園高等部へ通う一年生だ。
大型ビジョンを見上げる瞳は、憧れで輝いていた。
「世界中を笑顔にして……」
「歌でみんなを救って……」
「やっぱり魔奏少女って、かっこいいなぁ……。」
胸元をぎゅっと握る。
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
「……私も。」
「世界一の魔奏少女になりたい。」
その瞬間。
横を歩いていた小学生くらいの男の子が振り返った。
「お姉ちゃんも魔奏少女になるの?」
「えっ!? あ、いや、その……!」
慌てて両手をぶんぶん振る。
「ち、違う違う!」
「なりたいっていうか……その……。」
「私、楽器全然ダメだから……。」
男の子は首を傾げる。
「でも、お姉ちゃん歌うまそう!」
「そ、そんなことないよ!」
笑ってごまかす。
男の子は母親に呼ばれ、小さく手を振って去っていく。
「ばいばーい!」
「うん、またね。」
その笑顔が見えなくなると同時に。
ミソラの表情は少しだけ曇った。
「……世界一、か。」
ポケットの中には、一枚の古びた写真。
十年前。
街を襲ったNoise。
そして、自分を救ってくれた一人の魔奏少女。
写真は色褪せていて、その人の顔まではもうはっきりとは分からない。
それでも。
あの日、耳にした歌だけは。
今でも忘れたことがなかった。
自然と、小さく口ずさむ。
「♪ 前を向いて 涙を拭いて
君は 一人じゃないよ――」
その歌は、十年間。
ミソラが誰にも聞かれないように、何度も何度も練習してきた、大切な歌だった。
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