私と体育祭。⑤
メスライオン宇多田の脅威から逃れた私達二人は、自分達のクラスである三年一組へと到着した。教室に入ると稲葉君は少し汗をかいているが、涼しい顔をしてクラスの男子達と談笑をしている。
私達二人が教室に入った事に気付いた稲葉君は、手を軽く上げて笑顔でアイコンタクトをとってきた。なんでこんな飄々としていられるのかな?放課後になれば絶対顧問の山田先生に怒られるのに……やっぱり稲葉君は大物だ。
キーンコーンカーンコーン
予鈴のチャイムが鳴り、朝練が終わった生徒が続々と教室に入ってきた。その生徒達の中には幼馴染みの松本 公平もいる。しかし、公平は何故か私の事を怪訝な顔をして、睨み付けるように見てきながら、教室に入ってきた。一体なんなんだろう?
私の席の前が公平の席であり、公平が席につくと同時に公平の背中をボールペンでつついた。
「なんだよ?」
ボールペンでつつかれた公平は、振り向き様に少し語気を強めて私に問いかけてきた。なんで少しキレてるの?私が何かしました?
「なんだよて、それはこっちの台詞なんだけど。なんで変な顔をしながら私の方を見てきたのよ?ってか、なんでキレてるのよ?」
「…別に何でもねえよ」
公平はそういって私に背をプイっと向けて、前を向いた。
かーっ!てかやっぱキレてるじゃない!本当になんなの!?公平ってたまにそういう意味が分からない感じでキレてくる時があるのよね!私と公平の関係なんだから、言いたい事があれば普通にいってこればいいのに!稲葉君のコミュ力を少しは見習ってほしい。
「あっ、そう」
ここで怒りをそのまま公平にぶつけたら授業所では無くなってしまう。私は怒りをぐっと堪えて、適当な返事で話を終わらした。
授業が進むにつれて、今朝の怒りはどんどん忘れていった。公平とはしょっちゅうしょうもない事でケンカをしており、自然といつも怒りが収まって、なぁなぁで仲直りをしているのである。
ケンカの内容を後でほじくりかえす事はいつもしないので、今回の些細な衝突もそんな感じで流れるモノだと私は思っていた。しかし、今回ばかりはそうはいかなかった。
昼休み、私と綾香は教室で二人でお弁当を食べていた。いつもは公平と、友達の桑田 大介君も一緒にお昼ご飯を食べるのだけど、今日は食堂の方に行ったようだ。
「公平君と桑田君お弁当忘れたのかな?」
「さぁ?」
綾香の他愛もない疑問に、私は適当に返事を返す。公平だって私達以外にも友達がいるし、公平は男の子だ。そりゃあ、たまには別の友達とかと、お昼ご飯を食べたりする時もあるでしょう。特にそんな事は深く気に留める事では無い。
それより!!お義兄ちゃんのお弁当美味しい!愛妻弁当ならぬ、愛兄弁当ね!昨日、私が情緒不安定であったからか、今日のお弁当は私の好きなオカズばかり入っている。本当にお義兄ちゃんは私を甘やかし上手なんだから!
お義兄ちゃんのお弁当のおかげで私の気分は最高潮に達し、弁当を頬張る私の姿を見た綾香は、お母さんのような笑顔で私を見つめていた。
「あやかぁ~。そんな顔で私を見ないでよ。照れるじゃない」
「ふふふ、幸せそうな顔をしてるなぁ~て思って」
「うん!幸せ!」
本当にお義兄ちゃんは幸せの神様だ。そこいらの神社にお祈りするよりよっぽど効果がある。お義兄ちゃんの部屋の前に賽銭箱でも設置しようかな?
「ご馳走さま」
幸せの昼食を食べ終えた私は、無性に何故かイチゴ・オレが飲みたくなってきた。ジュースが売っている自販機は食堂にしかない。ちょっと食堂まで距離があるけど買いにいきますか。
「綾香、今から食堂にジュース買いにいってくるけど、綾香もくる?」
「ごめん。この後生徒会の事で少し集まらないといけないの」
綾香は生徒会役員で副会長をしている。体育祭が近いこの時期は、生徒会も忙しいんだろうなぁ。
「大変だね。じゃあ一人でいってきますか!」
「あ、ならついでにバナナ・オレ買ってきて」
自然な流れで綾香にパシらされた。
教室を出た私は、一階にある食堂に向かう為に階段を降りる。三階から二階、二階から一階へと降りる階段の踊り場で、公平と桑田君とばったり出会った。
「やぁ浜崎さん。今から食堂?」
「うん!イチゴ・オレを買いたくて!あと綾香のパシりです」
いつも一緒に昼食を食べている桑田君は笑顔で私に話しかけてくれた。一方の公平は、ムスっとした顔で私を見ている。何?まだ今朝の事を引きずっているの?
「それじゃあね!」
せっかくお義兄ちゃん弁当のおかげで幸せ気分なのに、このまま公平とまた喧嘩をして幸せ気分をぶち壊されたくない。私は桑田君にだけ笑顔を向けてささっとその場を離れようとした。
「桜!」
その場を離れようとした私を、公平の声が引き留めた。立ち止まり振り返ってみると、先程のムスッとした顔ではなく真剣な顔をした公平が私を見ていた。
「話がある。少し時間をくれ」
「…別にいいけど」
桑田君とは解散をし、公平に引き留められた私は校舎裏へと移動した。
こんな所まで連れられてきて一体何なんだろう?家も近所だし、誰かに聞かれたくない話しがあるなら別に学校が終わってから話せばいいのに?
「何?どうしたの?」
私は今朝からの公平の一連の行動を理解できず、少しイライラした口調で公平に質問をした。
「……今日稲葉と一緒に登校したって本当か?」
「はぁ?」
公平の意外というか、意図がまったく分からない質問に唖然とした。いや、まぁ稲葉君がリレーの事で私に気を使ってくれて、それで今朝一緒に登校したけど、そんな事を聞く為にこの男は私をワザワザ校舎裏へと呼び出したの?てか、その事で朝から不機嫌だったの?
……ってか、公平はバスケ部だからあの時体育館で朝練をしていたはず。グランドで朝練をしているなら、稲葉君と一緒に登校する姿を見ていてもおかしくないが、体育館で朝練をしていた公平が何故その事を知っているの?別に隠す事じゃないんだからいいんだけど、なんだか気持ち悪い。
私は少し引きながら公平に質問した。
「……そうだけど、なんでその事を体育館で朝練をしていたアンタが知っているのよ」
私が少し引いている事に気付いたのか、公平は少し気まずそうな感じで私の質問に答えた。
「陸上部の宇多田が部室の前で何か騒いでたんだよ。桜と稲葉が一緒に登校しているって」
あのメスライオンの仕業か!ってか、朝のあの獲物を狙うような視線を私に向けてきたのは、稲葉君と一緒に登校していたせいなのね。稲葉君はモテるし、同じ陸上部の宇多田さんも稲葉君の事がどうせ好きなんでしょう。本当にしょうもない。稲葉君は私に気をつかって一緒に登校をしてくれただけなのに。
「……たくっ…」
私は少しイライラして、後頭部を少しかきむしる。
「ってか、なんであんたがそんな事で不機嫌になっているのよ?」
「別になってねえよ」
嘘つき。不機嫌になっているじゃない。本当にウジウジと。言いたい事があるならはっきりと言いなさいよ!本当に爽やかな稲葉君とは正反対だわ!
「じゃあ何なのよ!」
私は語気を強めて公平の事を詰めていく。私が引いていた時は少し気まずそうな態度をとっていた公平だが、私が強気な態度にでると公平は少しイラッとした態度を私に見せていた。
「何で一緒に登校してたんだよ?」
「はぁ?」
なんでイチイチ公平にそんな理由を報告しないといけないの?私を気遣っての事だけど、向こうが勝手に私と綾香の待ち合わせ場所にきただけで、私の意思で一緒に登校した訳では無い。なんでそんな不機嫌な態度でそんな事を聞かれないといけないの。本当に意味が分からない。
「何よ!?なんでそんな事をアンタに怒られながら聞かれないといけないのよ!」
「怒ってねえよ」
「怒ってるじゃない!?私が誰かと一緒に登校する時は公平の許可がいるの!?」
「そういう事を言ってるんじゃねえよ!」
「じゃあ何よ!!」
私と公平は数秒黙って睨み合った。お互い一歩も引かず、目をそらさない。ここまでの大喧嘩は長い付き合いだが滅多に無い。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴り響く。五分後の授業開始を告げる本鈴のチャイムまでに教室に戻らないといけない。
「はぁ…もういいよ…」
公平はタメ息をついて私に背を向き、この場を立ち去った。
タメ息をつきたいのはこっちよ!本当にムカつく!何よ?稲葉君と一緒に登校した事にヤキモチを妬いていたって事!?ってか、あの時綾香も一緒にいたし!考えれば考える程ムカつく!
せっかくお義兄ちゃん弁当のおかげで近年希に見る程の幸せな気分でいたのに、近年希に見る程の不快な気分へと私の気分は急降下していった。
怒りを噛み殺しながら私は授業を受ける為に教室へと向かった。教室に着き、公平と私が並ぶ席に目を向けると、そこには公平の姿は無い。
「あいつ…逃げたな」
私は不機嫌な態度を隠さず、椅子を強い勢いで引き、音を立てながら勢いよく座った。その音に後ろの席の綾香がビックリしたのか、後ろの席から机と椅子がガタッと揺れる音がした。
「どうしたの?桜?」
綾香はすぐ私の機嫌の悪さに気付いたのか、少し小さな声で私に聞いてきた。
「公平と喧嘩したのよ!本当に小さい男よ!しょうもない事をグチグチと!」
「……そう」
綾香は少し複雑そうな顔をして返事を返した。綾香も公平の幼馴染みだ。あまり公平の事を悪く言えば、綾香の立場を考えたら複雑な気分なんだろう。どっちかの味方になれないしなぁ…。
「まぁ、でもどうせいつもみたいに自然と仲直りするんでしょうけどね…」
「そ、そうだね!そうだと嬉しいな!」
綾香は私の言葉に少し安心してくれたのか、満面の笑みを私に向けてくれた。本当に綾香は可愛いんだから!
綾香の笑顔に少しは心のモヤモヤがマシになった。
「…ところで桜?」
「ん?なぁに?」
「言いにくいんだけど…バナナ・オレは?」
「……あっ」
キーンコーンカーンコーン。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。私は綾香のパシりを失敗した。
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