尽きる
アジトの内部を特に道に迷うこともなく、奥に進んでいくことができた。一人、酒を飲んだくれていた盗賊を捕まえて、アレカルの居場所を聞き出した。
一番奥の部屋にいる、ということで三人は奥へとどんどん進んでいった。途中盗賊に出会ったが、『鼓舞』によって戦闘力が増したエレグの敵ではなかった。そもそも『鼓舞』を使う必要性すらなかったかもしれない。エレグは元々強いし、ナーシャも盗賊程度なら相手にならない。
やがて三人は、一番奥の部屋へとたどり着く。
酒が散乱した、蝋燭だけが灯火の、うっすらとした小汚い部屋だった。
そこの椅子に座って酒を飲んでいるのは、間違いなくアレクスであった。
「見つけたぞ、豚のような卑劣野郎!」
「それは豚に失礼だ」
「こんな男、動物以下のクソです!」
酒を一気に飲み干して、男は空き瓶をそこらへんに放り投げた。
それが割れる音が鳴り響いた後、アレクスは静かに立ち上がった。
「好き放題言いやがって、お前ら、ただの金の癖にうるせえんだよ。金、金、金。三つの金がどうやってここまで歩いてきたんだ、ああ? 俺はなあ、お前らみたいな正義面した、まともぶった人間に嫌悪を覚えるんだよ。殺してやりてえが、ここではちっと、分が悪ぃな。俺を捕まえたいなら、追いかけてきな!」
アレクスはまたも目くらましの炎を沸き上がらせ、三人の視界を塞いだ。
その間をくぐり抜けて、アレクスはアジトの外へと向かって逃げ出した。
「待て、クソ野郎!」
三人も急いで追いかける。
アジトの中を駆け抜けて、一本道を進み、四、五分ほどで外に出た。
久しぶりの外の空気のような気がして爽快、などと言っている場合ではない。
アレクスが、外で待ち受けていたのだ。
「お前らは俺を追い詰めているつもりかもしれねえが、それは大きな間違いだ。この周辺一帯は俺の庭も同然。さらにお前らはまだ俺の特性が何なのかも知らねえ。勝てると思ってんのか? 俺はなあ、最強の盗賊なんだよ!」
アレクスが身構える。そして、火を纏ったナイフを投擲してくる。
エレグがそれを叩き落としながら、二人に叫ぶ。
「油断するな。どんな家畜以下のゲス野郎であろうとも、魔導師であることもまた事実だ。やつが使う特性次第では、また負けるぞ!」
「わかってる。だけど、特性の数だったら僕は負けていない!」
トウヤは意識を二人へと集中させる。
できるかはわからなかったが、もう『鼓舞』のコツは牢屋での修行で掴んだ。
「同時に、二人を『鼓舞』する!」
「ちっ。特性か」
アレクスは舌打ちしたが、しかし慌てた様子も、逃げ出す様子もない。人質を作れるような状況でもない。先ほどまでとは打って違って、数の上でもこちらが有利。
そう思っていた矢先に、アレクスは不自然なことをした。
骨を、投げたのである。
その骨はばらばらに投げられて、地面に転がった。
まったく意図がわからなかったが、何の意味もない行為をするわけもない。魔導の一種か、と気をつけて骨を見ていたが、特に何の変化もない。ただの骨だ。
「今のうちに、奴を叩きのめそう! 『鼓舞』を受けたエレグとナーシャなら、負けるはずもない!」
二人はその言葉に呼応してアレクスへと突っ込んでいく。
しかし、アレクスはそれでも余裕であった。
「甘ぇんだよ、魔導師ぃ!」
彼がそういうと同時に、背後に気配が突如として現れたと気がついた。
慌てて振り向くと、そこには、いるはずのないものが存在していた。
「魔鬼獣!」
しかも以前みたような子鬼だとかの小さな魔鬼獣ではない。
四本足の、まるで獅子のような化物だった。
「ははは! おい、俺に構ってる場合か、子分ども。お前らの親分が、ぶっ殺されちまうぜぇ。その魔鬼獣は超強力な、レア物だぜぇ!」
こんな化物がなぜ急に現れたのか。
まさか、これがアレクスの特性だとでもいうのだろうか。魔鬼獣を召喚した? それとも魔鬼獣を操る特性? まだ情報が少なすぎてわからないが、この魔鬼獣はやばい。僕自身を『強化』しなくては、やられる!
トウヤは一旦『鼓舞』を解除し、『強化』を発動させる。
そして四本足の獅子が振りかざしてくる爪を、なんとか剣で防いだ。
しかし、剣が折られる。
「うわっ!」
その衝撃で吹き飛ばされるが、『強化』のおかげで受身を取ることはできた。
魔鬼獣はそのまま突っ込んできて、トウヤを追撃する。
「トウヤ! こいつは俺とナーシャに任せて、お前はあのゲス野郎を倒せ!」
エレグが割って入る。
「わかった」
トウヤは魔鬼獣とは距離を置き、そしてアレクスへと身体を向けた。
相変わらず、余裕そうな表情を浮かべて、ナイフを手元でくるくると回転させている。
「おやおや。魔鬼獣は子分に任せて、お前は魔導師同士の戦いに洒落込むってわけかい? ……だが、お前は魔導が使えないのに対して、俺は魔導が使える。これがどういうことを意味するのか、わかるか、光闇の魔導師」
「僕には特性が今、三つ目覚めている。二つしか自由に扱うことはできないが、この特性を生かせば魔導なんて取るに足らない」
「言いやがったな、正義面のカス野郎がよぉ! 殺す! 殺す! 殺す! てめえは、おとなしく地べたに這いずり回ってのたれ死にしやがれ、糞がぁ!」
アレクスはその場で炎を発生させて、その炎の形をみるみる巨大化させていく。
炎の槍であった。
「火炎で、燃え尽きなぁ!」
投擲される。トウヤは、しかし平然とそれを避ける。
「なっ!?」
「お前と僕じゃ相手にならない。お前の魔導は僕が知っているものと比べてまるで練度が低いし、そして僕の特性は成長を続けている。この『強化』の力は、一段階上のステップを昇ろうとしている」
トウヤはそう告げると走り出す。
一撃で倒せる。
その確信があったが、しかしそれでもアレクスにはまだ余裕があったのだ。
「保険を取っといて正解だったぜぇ。ほら、受け取りな!」
アレクスが手から何かを放り投げる。それは、またも骨だった。
この骨がなんなのか、何を意味するのか、次の瞬間にトウヤは理解することになる。
骨が、魔鬼獣へと変身したのだ。
「骨をばらまいたのは、魔鬼獣へと変えるためか。なるほど、これがあなたの特性ということか……」
「謎はとけそうかぁ、トウヤちゃんよお。魔導師たるもの、魔導と特性の両方を使いこなせてはじめて一人前なんだぜぇ」
その魔鬼獣も、巨大な四本足の獅子のような魔獣であった。
トウヤにも、これはやばいとわかった。
魔鬼獣の爪が振り下ろされる。
「くっ!」
『強化』された両腕で防いだが、血が噴き出した。アレクス相手ならば『強化』でいくらでも相手できたが、この魔鬼獣は『強化』をもってしても倒せそうにない。
後ろの二人は大丈夫だろうか。心配ではあったが、様子を伺う余裕はない。
このままでは全滅する可能性もある。
エレグの言うとおり、こいつは油断してはならない相手だったということだ。腐っても、魔導師なのだ。
「さて、お祈りでもしてるかぁ、トウヤちゃんよぉ。俺は、このとおりピンピンしてるんだけどなぁ、お前らはどうやら神頼みでもしなきゃいけないような状況だなぁ。いいか、おとなしくすれば命だけは助けてやるよ。俺はな、金さえ手に入れば後はどうでもいいんだ」
「お前にはひれ伏さない! 僕らは、命ごいをすることはない。戦う意志がある限り、本当に敗北することはないんだ!」
「吠えるじゃねえか、ならこの状況をどうにかしてみろよ。……さらに、絶望を与えてやるぜぇ」
またも彼は骨を投げた。
三匹目の魔鬼獣が、四歩足の勇ましいその魔鬼獣が、姿を現してしまった。
「死にな、雑魚魔導師」
彼は完璧に勝利を確信した。
「……ミラ!」
アレクスは呆れた。二度もそんな作戦が通用すると思ってるのか、とトウヤを馬鹿だと見下した。
それが彼の死因であった。
「死ぬのはお前だ、アレクス」
「……へっ?」
その声には聞き覚えがある、と彼が気がついて振り向こうとした瞬間にはもはや手遅れであった。彼は何も考える暇も与えられないほど一瞬で、脳みそから両手足のすべてを紅蓮の炎で燃やされて、朽ち果てた。
燃やされるのはアレクスだけではなかった。三匹の強靭な魔鬼獣もまるで種火扱いで、より炎を燃え盛らせるための道具になったかのように、全身をくまなく燃やされて、灰になってまた骨に戻っていった。
紅蓮の魔導師ミラ。それが一度降臨すれば、敵はすべて燃やされて灰に落ちる。
アレクスや魔鬼獣も、その例外ではなかったということだ。
「まったく。こんな馬鹿魔導師に捕まるとは、まだまだ実力が足りないな、お前たち」
ミラは目を閉じた。
そして再び目を開けると、
「誰だ、お前?」
とナーシャに向かって疑問を向けた。
「あ、ありがとうございます、ミラー! あなたは、私の命の恩人ですよー!」
ナーシャは泣きながら彼女に跳びついた。
なんだこいつ、とでも言いたげなうんざりした様子のミラは、ナーシャにもみくちゃにされてしまっていた。その表情は、変わらぬミラらしい様子であると、トウヤはなんだか、安心した。
しばらくすると、馬車がやってきた。
「みなさん、無事だったんですね! 急いで助けを呼ぼうと近くの村を目指していた所、ミラさんと遭遇しまして……」
御者が助けを呼んでくれたということだったのだ。
彼が一番のファインプレーをしてくれたといっても、過言ではないだろう。
そういうわけで四人は、戦いの傷を癒すために、近くの村を目指して馬車へと乗った。
その馬車内で、トウヤは、つくづく最強の魔導師というのはミラなんじゃないかと感じた。
そんなことを彼が考えていた時。
アレクスの燃え尽きた死骸に近づく姿があった。
「情けないですねぇ……アレクスさん。私のあげた骨も、全部燃やされちゃったようですし……やはり一番の障害は、ミラさんですねぇ……」
その輩は、死骸に触れる。
そして、呪文のようなものを唱え始めた。
呪文を唱え終わると、その輩はアレクスの死骸を持って、そのまま闇へと消えた。
それは誰も知らない、誰も見ていない。
その輩は、まだ時ではないと再確認してから、誰にもばれず、役割を果たした。




