母子を救う3
子供はお腹を押さえ、お母ちゃん!お母ちゃんと苦しみながら泣き叫んでいた。
その姿を見ながら彼女は、罪のない我が子に自分と同じ苦しみを味わせてしまった後悔の念と、取り返しのつかない事をしてしまったという思いにさいなまれた。
そして今まで生きてきた事柄の全てが走馬灯のように浮かんでは流れて消えていった。
彼女の生命は、その流れて行く一つ一つの事に反応し、悔しい思いや後悔の念を生命に刻み込んでいく度に生命は重くなって沈んで行き、あの時はあれで本当に良かったと満足できる思い出に出会った時には、生命はその喜びの大きさの分だけ軽くなり浮上して行った。
彼女はそうやって一瞬のうちにその人生の清算を済ませた後、まだ生きていたかったであろう子供を道づれにしてしまった苦しみと、農薬を飲むことで受けた肉体の苦しみを生命に残したままで、何もない漆黒の中を底のほうへ底の方へと落ちて行った。
そして、もう苦しみだけの存在になってしまいそうなその時に、はるか上のほうで一点の明りが見えた。
その明りは温かさに満ち溢れ、それを認めた刹那に彼女は叫んでいた。
「嫌だ。嫌だ。嫌だあぁぁ」
「もう一度。もう一度生きたいぃぃぃ」
臍を噛むような思いの中で彼女は、はっと目覚めた。
目の前には紫色の瞳があり、テーブルの向こうには
自分を見つめる老婆の視線があった。
あ・あれは・・夢?
「どう?死ぬということがどんなことかわかりました?」
彼女は、あの夢はこの少女が見せた幻覚だと知った。
しかし、夢というにはあまりにも現実過ぎる体験に彼女は震えた。
彼女にはあれが夢だとはどうしても思えなかった。
あの肉体の痛みと悔恨からくる絶望的な苦しみが、今でも生々しく心の中に蘇って来るのだった。
あの苦しみに比べたら、自分の病気や子供の目が見えないことの辛さは遥かに軽い物の様に思えるのだった。
紫音は母親に話しかけた。
「人は生きているから周りに影響を受けて変わっていくんですよ」
「反対にあなたが周りに働きかけて環境を変えることも出来ます」
「それはこの世界が形ある物で、そして貴方以外の命がたくさんあって、あなたが何かをすれば周りから反応が帰ってくるから出来る事であって、死んでしまえば死ぬ間際の状態のまま苦しみが続いていくだけです」
「お母さん。あなたも、あの子も、幸せになる権利はあるんですよ。それはあなたの力にかかってるんです」
「頑張って、あなたもあの子も幸せになりましょうよ。ね・・・」
うつ向いて聞いていた母親の瞳に、光が宿った。
「病気は、私が治すお手伝いをしてあげますから」
この人はいったい誰なんだろう・・・
そう思いながらも、彼女は素直にはいと返事をしていた。
「じゃ上着を脱いでもらえますか?」
紫音は、裸になった母親の胃の辺りに手を当て中の様子を探ると、胃の中央辺りにすぐに末期癌とわかるほどの腫瘍が広がっていた。




