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昭和残侠伝

 まずは、腹ごしらえ。

 ということで、ラーメン店に向かった。

 だが、ざんねんながら既に長蛇の列。

 ねえ、そこの皆さん。他に食事をするところはいくらでもあるんじゃないですか? 回転寿司にスパゲティ。ロイヤルホストも、ガストもありますよ。どうして、こんな時間から、並ばなきゃならないんですか?

 と言いたいところだが、彼らの気持ちはよく分かる。食べたくなったら、今すぐ食べたい。何時間待ってもいい。そんな気持ちにさせる味なのだ。

 でも、TSUTAYAのロゴが入った袋を下げて待つのは、ちょっとかっこわるい。

 ちょうど、信号が赤になったばかり。僕は、TSUTAYAから先にいくことにした。

 一階の返却口にDVDを投入して、そのまま店を出ようとしたのだが、これまでの流れが身に染みついていたのか、足が自然と二階に向かった。

 僕が見る作品のジャンルは、だいたい決まっている。

 SF、アクション、サスペンス。この三種。

 レンタルはよく利用するが、映画は映画館で、というのが僕のコンセプト。

 迫力がまったく違う。比べものにならない。腹に響く重低音は、ヘッドホンでは絶対に味わえない。

 見たい映画は、ネットの予告編を見る。それで見当を付ける。ほとんど、はずれがない。

 レンタル店で新作を借りないのは、予告編でパスした映画だからだ。試しに数本借りたことがある。全部無駄遣いだった。

 そんなわけで、僕が借りるDVDは古い映画だけ。それも各ジャンルのベスト100に入っている洋画。

 でもそれらは、影像の勉強をしていた二年間で、ほとんど見てしまったから、同じ映画を、繰り返し繰り返し見ることになる。今返却した十本の中の、未知との遭遇、猿の惑星、ETは、何回見たか分からない。

 せっかく来たんだから、スピルバーグ作品を何本か借りていこうか。

 それとも、このまま帰って、脳サーチの続きをしたほうがいいのだろうか。

 そんなことを考えながら「懐かしのビッグヒット、どれでも百円」のポップ文字を眺めていたとき、ひょいと脳裏にうかんできたのが、女優岩下志麻。

 なぜか、きりっとした目で、僕を睨んでいる。

 あ、そうか。

 僕は思わず笑ってしまった。

 さすがは大物女優。脳裏に浮かんだ目だけで、僕をコントロールする。

 僕はまだ、少年時代を見ていなかった。

 はいはい、そうします。今日借ります。すぐ見ます。

 僕は、心の中でつぶやいた。

 TSUTAYAに通うようになって数年。邦画コーナを見て回ったのは初めてだった。 しかし、お目当ての少年時代は置いてなかった。

 こういうとき、他の人は、どんな反応を示すのだろう。スタッフに言って取り寄せてもらうのだろうか。それとも備え付けのアンケート用紙に、こっそり要望を書き入れるのだろうか。

 僕とPの場合、そんな面倒なことはしない。ないものは、すぐあきらめる。

 しかし、その代わり、ちょっとしたゲームをする。

 大げさに言えば、運を天に任すのだ。

 でも、難しいことは何もない。さいころやトランプのような小道具もいらない。

「僕の見る映画を教えてください」

 声に出しても、出さなくても構わない。

 とにかく、意思表示をするだけでいい。

 借りる借りないは、一番近くにいた人の性別で決める。

 男だったら、借りる。女だったら借りない。その逆でもいい。

 そして、その場で後ろを振り返る。

「男だったら、借ります」

 僕は心の中で、そう言って、ゆっくり後ろを振り返った。

 すぐ近くにいたのは低学年の男の子。母親と一緒。手にはディズニーのDVD。

 借りることが決まったら、次は、左右どっちの棚にするかだ。

 都合の良いことに、両側とも実写映画が並んでいた。僕は基本的にアニメは見ない。

 左右の棚は、目に入った人の数で決める。

 全身が見えなくても、体の一部が見えていれば、一人。

 偶数なら右。奇数なら左。もちろん、これも逆にしてもいい。ちなみに、ゼロは偶数とみなす。

「偶数、右」

 小さくつぶやいた僕は、頃合いを見計らって、もう一度後ろを振り返った。

だれもいなかった。

 これで棚は右に決まった。

 でも、運任せは、ここまで。

 棚が決まれば、一番上の段から選ぶ。

 それには二つの理由がある。

 今どきの店舗にはいくつも監視カメラが付いている。短時間に何回も後ろを振り向くと、モニター画面を見ている店員に勘違いされる恐れがある。

 それと、自分の勘に頼るという行為の中にも、ゲームの要素が含まれていると判断したからだ。

 棚に目を走らせるのは、一度だけ。

 ピンときたものを、一枚だけ手に取り、受付に持っていく。

 その日のうちに見る。エンドロールも含めて、最初から最後まできっちり見る。

 それが東京にいた頃、僕とPとの間で交わされた取り決めだった。

 ほとんどの映画が、

「何だよ、これ」

 のひと言で終わるのだが、たまに、どうしてこれがベスト100に入っていないんだ、というような傑作と遭遇することがある。

 小川洋子原作のフランス映画「薬指の標本」も、そうした作品の中の一本だった。

 さてっと、

 わざと外しておいた視線を、棚に向けた。

 息を止めて、視線を右から左にすーっと走らせた。

 ビクン、一瞬からだが震えた。

 なぜか僕の手が勝手に伸びた。

 タイトルを確認しようとした僕の耳の奥で、聞き覚えのある声が聞こえた。

「俺を思い出したければ、これを見てくれ」

 ミスダツの声に似ていた。

 僕は手にしたタイトルを眺めた。

 高倉健「昭和残侠伝」

 タイトルと、ミスダツが繋がらない。

 僕は記憶を探った。

 講義中に、この映画を取り上げたことがあったっけ?

 いや、ない。

 あったのなら、あの脚本家志望が食いつく。

 彼は、東映のことなら何でも知っていた。戦前戦後の映画。会社の歴史。

 彼が作った年表には、監督、俳優、作品内容はもちろん、東映ニューフェイスの第一期生から十三期生までの俳優の名前まで載っていた。

 ミスダツが「昭和残侠伝」を取り上げたとしたら、僕が講義をサボったときだろう。

 でも、休んだ日の、ミスダツのセリフが、なんで僕の記憶の中に残っているんだ。

 Pからの又聞きだったのだろうか。

 しかし、彼も僕と同じ洋画専門。高倉健や「昭和残侠伝」の話をするはずがない。

 でもこの際、そんなことはどうでもいい。とにかく、これを借りなければ、前に進めない。

 受付カウンターで、これまで感じたことのない思いが湧いてきた。

 伝説的日本映画が、七泊八日でたったの百円。

「昭和残侠伝」の制作に携わった関係者の皆様、心をいれて拝見致します。

 心の中でそう言いながら、僕は会員カードと百円玉ひとつをカウンターに置いた。


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