第1章 1945年の手紙を見つけた日
東京では雨が降っていた。
道場に響くのは、屋根を叩く雨音だけだった。17歳のケンジは床に倒れていた。傍らには折れた木刀。
祖父が彼を見下ろす。
「また床か、ケンジ」
ケンジは答えない。頭の中ではただ一言。
『俺には、あの刀を継ぐことなんてできない……』
同じ瞬間、9000キロ離れた場所で。
パリ。ケ・ブランリー美術館。誰も入らない収蔵庫。
20歳のクロエ、フランスとカメルーンのハーフは一人で古い錆びた刀を磨いていた。
ゴリ、ゴリ、と錆を削る音。
そして突然、錆の下から文字が浮かび上がった。
M A N G A - B E L L
彼女は後ずさった。
「マンガ・ベル?……おじいちゃんと同じ名前?」
そして同じ瞬間、ドゥアラ、ンドコティ。朝の5時。
俺は布団の中にいた。まだ真っ暗だ。部屋はぐちゃぐちゃ。
ドアが壊れそうな勢いで揺れた。
「サミュエル!大家が7時に来るよ!屋根裏を片付けなさい!」
ママだった。朝の5時に。マジかよ。
屋根裏は蒸し風呂だった。埃だらけ。クモの巣。咳き込む。
そして一番奥の暗がりに、小さな鉄の箱があった。色褪せた日の丸が貼られている。
日の丸?ここに?ンドコティに?
俺は開けた。カチッ。
中には二つのものが入っていた。
一枚の写真。肩を組んで笑う二人の男。日本兵とバサ族の男。
そして一通の手紙。震える字でこう書かれていた。「1945年。マンガ。許してくれ、友よ。燃やせなかった。森が歌う場所に置いてきた。-タケシ」
タケシ?
俺の祖父は45年に日本人と友達だったのか?
写真を裏返すと、こう書かれていた。「BASSA - 誰も入らない場所」
同じ瞬間、東京で。
電話の声。「中村師範……タケシの写真がカメルーンで見つかりました」
ケンジの祖父は凍りついた。
「ケンジ。荷物をまとめろ」
「カメルーンに行くの?」
「我らのものを取り戻してこい。さもなければ帰ってくるな」
パリ、館長室。
館長がファイルを置いた。「この刀は『1946年戦利品、カメルーン』として登録されている。ヤウンデが返還を求めている」
クロエは眉をひそめた。「なんでここに私の名前があるの?」
「それを聞きに行くんだよ」
ンドコティで、俺は友達に写真を見せた。
彼は笑った。「バサにサムライ?屋根裏で寝すぎだよ、兄弟!」
俺は真剣な顔で言った。「よく見ろ。合成じゃない」
グーグルで検索した。「Takeshi Nakamura」
結果:「1945年より行方不明、炎の神殿の最後の継承者。遺体は発見されず」
炎の神殿……バサ……
翌日。ドゥアラ空港。
重い空の下、二機の飛行機が着陸した。
ケンジが剣道のバッグを持って降りてきた。迷子になっていた。「すみません……バサ?」
クロエがすぐ後ろに、美術館のスーツケースを持って降りてきた。「誰か英語話せる人いないの?」
ンドコティの交差点。騒音、バイク、人混み。
そして真ん中に、三人の俺たち。
俺は手に手紙を持って。
ケンジは同じ写真を手に持って。
クロエは錆びた刀を手に持って。
俺たちは顔を見合わせた。
「な……何を探してるんだ?」
沈黙。ケンジが写真を見せた。クロエが刀を見せた。俺が手紙を見せた。
そして同時に同じことを言った。
「BASSA……」
通りかかった年老いたバサ族の男が三つの品を見て、膝から崩れ落ちた。
「ダメだ!盟約だ!三つを持ち寄ってしまった!あれを起こしてしまう!」
「誰を起こすって?」
同じ瞬間、バサの森で大地が揺れた。
ゴオオオォ……
森の奥で、見えない古い神殿がひとりでに光り出した。そして真ん中で、石に突き刺さった一本の刀が、ひとりでに輝き始めた。
森の中の声が囁いた。「彼らが戻ってくる……」
老人はパニックになって俺たちを見た。
「三人で入れば、刀が選ぶ。一人しか出てこられん」
ケンジはバッグを握りしめた。「行かなければ。俺の血だ」
クロエ。「私は私の名前のため」
俺は拳を握りしめた。「俺は俺の地元のためだ。俺なしで誰もバサには入れない」
夕暮れ。俺たちはタクシーに向かって歩いていた。
「約束だ。見つけて、理解して、分け合う。喧嘩は無し」
ケンジ。「はい!」
クロエ。「今、喧嘩するって言った?」
バサへの道。暗かった。森は真っ黒だった。
運転手。「本当にいいのか?夜のバサには誰も入らないぞ」
俺は笑ったが、怖かった。「大丈夫。三カ国いるんだ。なんとかなる」
そして突然。
キイッ!
タクシーが急ブレーキを踏んだ。
森の中のヘッドライト。沈黙。
カメルーンの泥道の真ん中に、巨大な赤い日本の鳥居が、ツタに覆われて、 intactに立っていた。
ケンジの目が大きく見開かれた。「ありえない!うちの神殿の門だ!」
クロエ。「なんで日本の門がここにあるの?!」
そして俺は、鳥居を前にして後ろから言った。
「ようこそ、バサへ……」
第1章 完




