月影の真実
王の死から数日後――宮廷の混乱は、収まるどころか深まるばかりだった。
聖女リアーナと悪役令嬢エリザベートへの疑念は根強く、特に「王の杯に最後に触れた」という事実は、リアーナを確実に追い詰めていた。
だが、その混乱の流れそのものが、あまりにも“整いすぎていた”。
「完璧すぎるのよ、何もかもが。」
エリザベートは、自室で資料を広げながら呟いた。証言、証拠、証人の言葉。そのすべてが、まるで一つの結論へと導くために用意されたかのように並んでいる。
――アルフレッド王子。
すべては、彼を指し示していた。
「まるで……筋書き通り。」
違和感は、確信へと変わりつつあった。
一方、リアーナもまた、震える胸の奥で同じ違和感を抱いていた。王から受けた最後の警告。「アルフレッドに気をつけろ」という言葉。そして、あまりにも都合よく揃いすぎた証言の数々。
何かが、おかしい。
しかし、その「何か」は、形を持たないまま、ただ不安だけを膨らませていった。
やがて、決定的な証拠が提示される。
王の私室から発見された数通の書簡。そこには、杯の配置や晩餐会の進行に関する、アルフレッドの指示とも取れる記述が残されていた。さらに、給仕係の一人が「王子から不自然な命令を受けた」と証言する。
証拠は、揃っていた。あまりにも、整然と。
「……これで、疑いは消えた」
誰かがそう呟いたとき、宮廷の空気は決定的に変わった。その場にいた誰もが、同じ結論にたどり着いていた。
アルフレッド王子こそが、王を殺した犯人であると。広間の中央で、王子は声を張り上げた。
「違う! 私はやっていない! これは――」
だが、その言葉は最後まで届くことはなかった。ざわめきは彼の声をかき消し、疑念はすでに確信へと変わっていた。
誰一人として、彼の言葉に耳を貸そうとはしなかった。その様子を、少し離れた場所から静かに見つめる者がいた。
カインだった。
彼は何も語らなかった。ただ、すべてが決められた流れの中で進んでいくのを、冷ややかに見守っていた。その瞳には、揺らぎのない意志だけが宿っている。
やがて、断罪は下される。
「アルフレッド、あなたこそが、この国の秩序を乱した張本人です。」
エリザベートの声が、広間に響いた。王子は何かを訴え続けていた。だが、その声は誰にも届かない。その姿は、かつて彼自身が他者に向けていたものと、どこか似ていた。
やがて彼は連れ去られ、その後の消息を知る者は少ない。
静寂が戻った広間で、エリザベートは一人、目を伏せた。
――すべては、あまりにも出来すぎている。
その違和感の正体に、彼女は気づいていた。気づいて、しまっていた。
視線を上げると、そこにはカインがいた。彼は何も言わない。ただ静かに、彼女を見返している。
その一瞬で、すべてを理解した。
誰が、何をしたのか。なぜ、こうなったのか。
そして――この国が、この先どうなるのか。エリザベートは、何も言わなかった。言うべきではないと、理解していたからだ。その沈黙こそが、この国を前へ進めるのだと。
「……新たな時代が、必要ですわ。」
その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。やがて、カインは新たな王として即位する。混乱していた宮廷は次第に秩序を取り戻し、停滞していた政治は動き出す。
重税は緩和され、止まっていた交易は再び動き始めた。民の暮らしにも、ゆるやかな安定が戻っていく。
その統治は、冷静で、無駄がなく、そして確実だった。まるで、最初からすべてが設計されていたかのように。
リアーナは、静かに祈りを捧げ続けていた。彼女は何かを感じていたが、その正体を掴むことはできなかった。ただ、その胸に残る違和感だけが、消えることはなかった。
そして、十六夜の月が再び夜空に浮かぶ。
その光は、すべてを照らしているようでいて――同時に、多くのものを覆い隠していた。
この夜、真実は月影の中に沈んだ。
それを知る者は、ほんのわずか。
そして、その誰もが――
口を開くことはなかった。




