おばあちゃん。
◇◇◇
お屋敷でのお仕事には週に一度はちゃんとお休みがある。
使用人それぞれにちゃんと毎週決まった日のお休みと、その週一のお休み以外にも月に二回は自由にお休みがもらえ、年に何日かまとまったお休みだってもらえるようになっている。
お仕事の日はあさイチで病院に走っていくあたしだったけれど、お休みの時はちゃんと午後から、普通の面会時間に母さんのところに顔を出すようにしていた。
「あら、マオちゃんこんにちは。今日は面会、先客がいるわよ」
「あ、レイン師長、こんにちわ。え、先客……? だれだろう」
もしかしてコーラルさま?
それとも……。
「うーん、マオちゃんは以前会ったこと、あったかしら……。時々みえるおばさまなの。家名を隠したいのか名乗られないんだけど、貴族の方だと思うわ。そんな物腰の柔らかなご婦人よ」
ああ。あの方、かな。
何年か前にお会いして、それからも数回遭遇したことあったかも。
多分、きっと、母さんのお母様じゃないかなって思うくらい、顔立ちや雰囲気が似てる方。あたしのおばあさま、だろうって、勝手に思ってる。
家名は名乗られ無かったし母さんのお母様だともおっしゃってくださらなかったけど、あたしが侯爵さまのもとでお世話になっているって告げると、とても喜んでくださった。
だからきっと、間違いない。
そうあたしの直感が告げていた。
ある時、おばさまがボソリと身の上をおはなししてくれたことがあった。
自分はとある男爵家の未亡人なのだって。
旦那さまには先立たれ、家は養子夫婦が家督を継いでいるからもう自分には居場所がないのだと。
一応先代の夫人ということで離れに住まわせてもらっているが、肩身が狭いのだって……。
母さんがどうして家を出たのかも、どうして今それを内緒にしなきゃいけないのかも、わからない。
でも、おばさまにもいろいろ事情があるのだろうということだけはわかった。
だから。
あたしからはそれ以上は追求したりできなかった、けど。
あたしが今、幸せだよってはなしたらすっごく自分のことのように喜んでくれたから。
それ以上は望まなかった。
「そっか、おばさまがいらっしゃってるんですね」
「ええ。いつも椅子に座ってフローラさんのことを見ていらっしゃるだけなんですけどね。話しかけるわけでもない、ただただ優しい瞳で見ていらっしゃるだけ……」
何か言いたげなレイン師長。でも、きっと推測で話すべきじゃないって思っていらっしゃるのかな。
あたしを見るめも、なんだか優しい。
「教えてくださってありがとうございますレイン師長、あたしもおばさまにご挨拶してきますね」
「ええ、そうね。せっかくだからゆっくりおはなししていらっしゃいな」
「ありがとうございます!」
レイン師長と別れ母さんの病室に向かう。
ドアを開けると、ゆったりとした木漏れ日がお部屋を照らしていた。
「おばさま、こんにちわ」
「あらあらマオさん。今日はお仕事お休みなの?」
「ええ。今日は1週間ぶりのお休みなんです。だからちょっとお寝坊しちゃいました。でも、そのおかげでおばさまとお会いできて嬉しいです」
「うふふ。お仕事の時は毎朝早起きしてこちらにきてるんですってね。看護師さんに聞いたわ」
看護師……。レイン師長のことかな……。
まったりとした木漏れ日が照らすおばさまのお顔は、とても優しそうにみえる。
母さんを愛してくださってるんだって、よくわかるから。
「一日に一回は母さんのお顔、見たくて……。そうすると朝しか無理なので……。看護師さんたちには無理言って入れてもらってるんです」
「あなたは良い子ね……」
「いえ……。母さんのところに毎日押しかけるのも、あたしのわがままですから……」
「確かに、病院のルールは破ってるのでしょうけど……。なんでも全て杓子定規に守らなければいけないものでもないわ。あなたが普段お仕事で夕方の面会時間には間に合わないことくらい、ここの看護師さんたちは皆ご存知のようですもの」
うん。ほんと、看護師さんたちには頭があがらない。
「ええ。ほんと看護師さんたちには助けてもらってます」
「良い病院ね……。ここは……。この子も、フローラも、早く目を覚ましてくれると良いのだけれど……」
目頭を抑え、そうおっしゃるおばさま。
この10年の間でわかったことが一つだけある。
母さんの病気は、実は自然な病気、ではなく、呪いの類だろう、ということ。
一体、どこの誰が母さんを呪ったというのだろう。
闇の魔法には人を呪うものがあるという。
貴族院の小等部で習った魔法の基礎に、そうあった。
貴族であれば誰しも多かれ少なかれ魔力がある。
だからこそ、貴族院という学びの場で、その魔力の使い方を学ぶ義務があるのだという。
まあ、小等部は基礎だけで、高等部に上がってから本格的な学びに入るということだったから、あたしはほんと基礎のさわりの部分しか学んでいないのだけど。
母さんは男爵家の娘で、一応貴族だったのだろう。
だったらなぜ母さんは父様の元から姿を消したのか。
平民と貴族、ならともかく、侯爵と男爵令嬢であれば、多少の身分差はあってもそこまでの話じゃない。世間ではよくある、そんな身分差結婚でしかないのだから。
日記には、あいしていたから身を引いた、それだけしか書かれていなかった。
どうして三年だけの偽装結婚なんてことをしていたのかも。
お父様の素性も、何も書かれていなかった。
だけど、きっと、あたしがお父様の子だとわかるとお父様に迷惑がかかる、母さんはそう危惧していたのだろうということは察することができた。
おばさまも、それが分かっているから、あたしに名乗り出てくれないのかもしれない。
それでも。
今のあたしの幸せを自分のことのように喜んでくれた。
それだけは、真実だと思うから。
それに……。
おばさまをみてると、昔よくみた夢を思い出す。
その夢の中のあたしはおばあちゃん子で、いつもおばあちゃんと一緒にいた。
童話の本を読んでもらったり、美味しいおやつを一緒にいただいたり。
すごく、幸せな、そんな夢。
いつか……。
おばさまに抱きついて、おばあちゃん!って呼んでみたい。
大好きだって言って、甘えてみたい。
いつか……、ほんとうに……。




