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あなたがすき、だったから……。  作者: 友坂 悠


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兄様。

 ◇◇◇



 気がついた時、ふかふかのお布団に寝かされていたことに気がついたあたしはものすごく恐縮して、旦那様に謝らなきゃと思ったのだけど。

「子供がそんなこと心配しなくていいよ。君はもううちの子だ。このまま学校にも通わせてあげるから」

 そう優しくおっしゃってくださった。


 ふかふかのお布団のお部屋は、旦那さまのお部屋のお隣だった。

 そして反対側のすぐお隣にはこのお家のおぼっちゃまがいらっしゃる。

 明らかに客間とも違う、家族用のスペースだったけれど……。

 あたしはそのまま、実は今でも、そのお部屋で暮らしている。


「うちの子だ」

 そうおっしゃってくれた旦那さま。

 その言葉に嘘は無かった。


 貴族院の小等部に入学したあたし。

 恐れ多いとは思いつつも、その善意に甘えてしまっていた。

 それに、ここに居ないと母さんのところに毎日顔を出すことなんてできない。

 今あたしが一人このお屋敷を出ても、暮らしていく事はできない。


 だから、意味もわからず言われるまま学校に通っていた。

 自分が偉くなったわけじゃない、ただただ旦那さまの善意でこうして学校に通わせてもらってるんだって、それだけは忘れないようにしようとは思って。


「ボランティア、なのよ。資産家っていうのはそういう援助をどれだけしているかが社会的なステータスにもなるのよ。よかったわね、奇病のお母様がいて」

 あたしに嫌味ばかりいうメイドのベッキー。

 ある時彼女に言われたそんなセリフに、あたしはやっと納得できた。


 彼女も結婚して退職していったからもうここにはいないけど、それでも彼女がいたからこそあたしは慢心せずに済んだのだと思う。


 小等部を卒業する時、旦那様は言った。

「良いんだよ、君はこのまま高等部まで学校に通っても。そうして卒業しさえすれば、君は立派なレディになれる。好きな人と結婚することも、好きな職業に就くことも、自由だよ」

 優しくあたしの目を覗き込むようにして、にこりと微笑む旦那様。


 この時、あたしはなんだか突き放されるような気がして、さみしくて。

 昔童話で読んだ、たぶん小さい頃に読み聞かせてもらった「あしながおじさん」のように、貧しい少女に援助を惜しまないボランティアなのだ、と、それだけの関係なのだ、と、そう思い知らされて。

 でも、だめ。

 あたしは、旦那様のそばにいたい。

 旦那様に、恩返しをしたい。

 だから……。


「あたしは……、働きたいです。小等部を卒業したら、どうかここで働かせてください」

 そう懇願した。


 最初は渋っていた旦那様。


 でも、最後は折れてくださった。


 あたしのわがままを聞いてくれる形で、そのままここ、このお屋敷でメイドとして雇ってくださったのだった。





 ◇◇◇



「おい、マオ。ちょっとお茶を入れてくれないか」


 ロビーでお掃除をしていると、そう声をかけられた。


「はい、ただいま」


 大きな声で返事をし、振り返る。


 旦那様と同じ金色の髪、サファイヤ色の瞳。あたしより五つ年上の、このお屋敷のおぼっちゃま。

 アンソニー・フリーデン様。


 厨房からアンソニー様の大好きなミルクティーを調達すると、ワゴンに乗せて彼のお部屋に急ぐ。


「お待たせいたしました」


 礼をしてお部屋に入ると、アンソニー様は机に向かって御本を読んでいるところだった。


「ああ、ありがとう。マオ。ちょっと夢中になって読み進めてたら、喉が渇いてさ」


 こちらを向いて、そう笑顔を見せる。


「それではお茶はこちらにおきますね。机の上じゃ、御本を汚してしまってもいけませんし」


「そうだね。じゃぁ、一緒にお茶にしようか」


「え? そういうわけにもいきませんよ? 私は仕事中なのですし」


「大丈夫だって、少しくらい休憩しても。それとも君は、僕に寂しく一人でお茶を飲めっていうのかい?」


 悪戯っぽい笑みを見せ、そうおっしゃるアンソニーさま。

 もう、しょうがないなぁ。

 あたしはちょっとだけ顔が緩む。

 それまでがんばってお仕事モードでいたのに、そんな仮面を剥がされてしまったみたい。


「ふう。しょうがないなぁアンソニー兄様は。私と兄様じゃ身分が違うのよ? いつまでも兄妹の真似事はできないの。わかってるでしょう?」


 幼いときはずっと、本当の兄妹のように過ごしていた。

 明るくて優しい兄様は、あたしの出自のことなんて考えもしていない、ずっとそんな自然体で接してくれていた。


 兄様って呼び方は、それこそアンソニー兄様に強要されて始めた言い方。

「僕のことは兄様って呼ぶといいよ」

 そう無邪気なお顔をして仰られて。

「そんな、恐れ多いです」

 あたしがそう返すと悲しそうなお顔をして見せる。

 結局根負けしたあたしも、いつの間にか兄様兄様と、彼のことを慕うようになっていた。


 旦那様とか奥様も、それを咎めることもなかったから、あたしももうすっかり慣れてしまっていたけれど。


「ああ、わかってるさ。兄妹じゃないのは。でも、マオが僕のお嫁さんになってくれたら、身分とかそんなの関係なくなるような気がするな」


 そんなセリフをサラッと口にする兄様。

 冗談なのかどうなのかわからないくらいの軽い口調だから、あまり本気にしちゃいけないって、そうは思うのだけど。


「ダメよ。あたしは平民、兄様は次期侯爵様なのよ? いくら幼い頃から一緒に育ったって、それは変わらないもの」


 うん、ダメダメ。それに……。


「それにね。マオ。君のその青い瞳は、絶対貴族の血を引いているからこそだと思うんだけどね?」



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