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あなたがすき、だったから……。  作者: 友坂 悠


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23/25

コーラル。

 困ったわたしは、もうこの場を逃げ出したくてしょうがなくて。

 でも、ただ逃げたってすぐ捕まってしまうだろう。

 それに、マドラさんに何の説明もしないで逃げ出しても……。


 そう逡巡している時だった。


「フローラ、ここで話してると他のお客さんにも聞こえるから、奥に行って話さないかい? ほら、あんたも、奥の部屋貸してあげるからさ」


 そう、声をかけてくれたマドラさん。


「ああ、おかみさん、すまない」


 コーラルさん、素直にマドラさんに頭を下げる。


「いいよ、あんたはこの子を心配してここまできたんだろう? そんなにドロドロになってまで、歩き回ったってことだよね。そんな奴が悪い人なわけはないや。いいよね? フローラも」


「ええ。マドラさん、ごめんなさい」


「ほらほら、背中のマオちゃんもお腹が空いた頃だろう? 乳でもやってから、その人とゆっくり話してみな。そう悪いようにはならないと、あたしは思うね」


 マドラさん、そう言ってわたしの肩をとんと叩く。


 うん。そう、ね。


 まずは誠実に話してみよう。

 逃げるのなら、いつでも、できるもの。



「フローラ様……。この度は、ご無事で何よりでございます……。エドワード様も、さぞお慶びになるでしょう……」


 キッチン横の休憩スペース。

 長方形の素朴なテーブルの向こうにコーラルさん。反対側にわたし。

 わたしがマオにお乳をあげてる時間に、マドラさんが気を利かせてコーラルさんにお食事を出してくれていた。

 具沢山の賄いスープを飲み干し一息ついたのか、何とか肩の力を抜いた感じのコーラルさん、やっと言葉も出てくるようになって。


「エドワードには、知られたく、ないの……」


「それは……。せめてあなた様の無事だけでもお知らせさせてくださいませんか……?」


「でも……」


「その、お子さん、エドワード様のお子、でございますか……?」


 うう。

 これは、隠しても無駄、だろう。

 マオの髪色や瞳の色は、どう考えたってエドワード様の色だもの。


「エドワードは、子供はいらないので……」


 それだけ何とか口にする。

 ああ、と、声を漏らす、コーラルさん。


「その子は、あの夜の、お子、でございますか?」


「ええ」


「なんと。そういうことでございましたか……。旦那様は……」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、コーラルさんはわたしの顔をじっと見つめた。


「わかりました。そのお子のことは、このコーラル、必ず内緒にいたします。旦那様とフローラ様の婚姻の事情は、私も存じておりました。なのに……。あの時二人きりにしてしまったこと、悔やまれます……」


 そこまで言って、項垂れる。


 ああ、違うの。違うのよコーラルさん……。


「違うのよコーラルさん。あの人は悪くないの。拒めなかったわたしが悪いのだもの」


「いえ。それでも、です。申し訳ありませんフローラ様」


「だって……」


「いいんです。旦那様がもっとちゃんと素直にフローラ様に接していれば、このような事態にはならなかったのは間違いないのですよ。ほんとに、あの人は……」


 え?


「フローラ様は、旦那様の行為を酒の上の過ちだと、そう思っていらっしゃいますか?」


「え? だって。それ以外、考えられないもの……」


 そして、そんな過ちに溺れたエドワードでも、触れてもらえて喜んでしまったわたしがいたことも……。


「私がこんなことを言うのもおかしな話ですが、旦那様はあれはあれで臆病なのですよ。自分自身に対する肯定感も低く、他人に好かれることも、人を好きになることにも、慣れていないのです……」


「そんな……」


「どうしようもなく情けなくて。それでも、そんな旦那様だからこそ、私は護って差し上げないと、と、ずっと思ってお仕えしてきました……」


 目を伏せ。

 そう続けるコーラルさん。

 あのエドワードがそんな弱い人だった?

 にわかには信じられないけど、嘘を言っているようには見えなかった。


「旦那様はあなた様に、真摯に謝罪をしたいとおっしゃっていました、が……。どうやら自分にはもうフローラ様に会う資格がないと、そうも思っていらっしゃるようでした」


 ごめんなさいエドワード……。資格がない、とか、そんなことないのに……。


「お二人の間に何があったのか、それを案じておりましたが……。どうしようもないですね。本当にあの方は……。自分の気持ちを抑えられなかったのでしょう」


 え?


「あの方は、あなた様が思っている以上に、あなた様を愛していらっしゃいます。自分にはそんな資格がない、と、そう卑下をしていらっしゃいましたが、私にはわかります」


「そんな! そんなこと……」


 エドワードはわたしを救ってくれた、ヒーローだった。

 そんな彼の優しさに、わたしは彼のことを愛してしまって……。

 偽装結婚であったのに、それをまもることもできなくなって、逃げ出したのだ。


 お酒に酔った上での過ちをわざと拒まなかったことは、彼への裏切りだと、申し訳ない、と、そう思っていた。


 だから逃げた、のだ。


 逃げずにはいられなかった。



 だけど……。


「あなた様がいなくなった後の旦那様の憔悴ぶりは……、本当に痛々しく……。ですから、何としてもあなた様を見つけて差し上げなければ、と、私も……」



 ああ……。


「ありがとう、ございます……。迷惑をかけたこんなわたしのことを、そんなになってまで探してくださって……。すみません……」


 最初は、見つかってしまった、と、逃げなきゃ、と、そう思った。

 でも……。

 コーラルさんの言葉を聞くにつれ、苦労をしてでもわたしを探してくれたコーラルさんに、感謝の気持ちが湧いてきて。

 申し訳ない、そう思え。


「いえ、あなた様が謝るような事ではないのです。まあでも、私も、どうしてもフローラ様に旦那様の本心を伝えたくて、ここまできたのですよ……」


 そう。

 今でも信じられない。

 エドワードがわたしを愛してくれていた?

 だって、でも、そんな……。


「嬉しい、です……。エドワードがわたしのことをそんな風に思ってくれてただなんて、考えもしなかったから……」


「それでは……」


 でも、だめ。

 ほだされてコーラルさんと一緒に帰る、そんな流れになりそうだけど、だめ。

 それだけは、ダメ、だ。


「エドワードには、わたしが無事に暮らしている、と、それだけをお伝えください……」


「しかし……」


「この子、マオのことだけは、彼には内緒にして欲しいのです……」


 わたしは胸に抱いたマオの寝顔を見ながら。


「この子がいたら、エドワードを苦しめてしまうかもしれません……。だから、お願いです……」


「わかりました。フローラ様がそこまでそうおっしゃるなら。それに最初にそうお約束しましたしね。ただ、お願いがひとつあるのです」


 え?


「お願い?」


「私がこの地であなた様のおそばにとどまることを、許していただけませんでしょうか?」


「だって、そんな、申し訳なくて……」


 この人は、わたしたち親子の力になってくれると、そう言っている。

 それくらいはわかる……。

 まるで、エドワードの代わりに、と、そう思ってくれているのだ、と……。


「きっと、エドワード様もそう望まれるでしょう。あの方は、それくらいあなた様を愛していらっしゃいますから……」







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