暗転。
◇◇◇
月日が流れ。
マオは五歳になった。
マドラさんは身体を壊し、病気がちになってしまったことでお店を手ばなした。
「さみしいです」
わたしがそう言うと、マドラさん、あっけらかんとした表情で。
「はは。あたしも先代の店主からこの店を引き継いだのさ。今度はフロム夫妻がこの店をうまく回してくれるだろうよ。応援はするしね。時々はみんなで食べにこようかね」
と笑う。
きっと、さみしくないなんてことは、ないんだろうと思う。
だけど、このお店、エルメスタが多くのお客さんを満足させるお店であり続ける方が、マドラさんにとって大事だったんだろう。
ゾフマンさんは鍛冶屋のお仕事を続けていたし、病がちになってしまったとはいえマドラさんもおうちのことくらいならちゃんとできる。
そんな老夫婦のお隣のお部屋にわたしも暮らして。
時々はマオの面倒もマドラさんがみてくれるから、安心して外に働きにいけた。
コーラルさんは雑貨屋さんをはじめていた。
そこにわたしも雇ってもらえて。
何とかマオと二人、ちゃんと暮らしていけるくらいのお給料も頂いていて。
雑貨屋メルクは、コーラルさんが旅の途中でいろいろなつてもできていたのか、この地方にない雑貨もあちらこちらから仕入れていたからか、結構繁盛していた。
幸せ、だな……。
かわいいマオ。優しいゾフマンさん、マドラさん。コーラルさんだって、まるでマオのことを自分の娘のように甘やかしてくれる。
毎日が、そんな幸せで溢れていた。
エドワードのことを考えなかった日は無かったし、彼に会えないこと、マオに父親と会わせてあげられないことは、心の中の楔として残っていた。
でも。
それでも。
すくすくと育っていくマオが、そんなマオと一緒にいられる事が、幸せ、だった。
多分、今までの人生で一番、いまの時間がわたしにとって、かけがえのない幸せな時間、なのだろうなって。
そんな風に考えている、とき、だった。
「フローラ、さんね?」
今日はお仕事はおやすみをいただいていた。
マオは公園に遊びに行っている。
わたしは、普段お仕事の時にはなかなかできない洗濯をしながら、お家でまったり読書をしていた、そんな休日。
コンコンと、ノックの音に、ドアを開けるとそこに立っていた貴婦人?
ツバの広い帽子で顔を隠すように立っていたその女性。
少しだけ見えた瞳は、氷のように冷たい視線を放っていた。
「フローラは確かにわたしですけど、どなただったかしら……?」
「ふん、わたくしのことなど、眼中になかったのでしょうね。貴女は」
きつい声。
ギロっとこちらを睨む彼女の顔が、少しだけあらわになって……。
ああ。イライザ、さん!?
どうしてここに……?
「イライザ、さま、ですか? どうしてここに……」
「あなたのせいよ! エドワードがいつまでたっても振り向いてくれないのも、みんなあなたのせい!!」
「え? イライザさま、旦那様がいらっしゃいましたよね……?」
「ふん! ニールならもう死んだわ。わたくしはこれで晴れて自由の身よ! 後継も産んだし、エドワードと結ばれるのに障害は何もないはずだったわ! それなのに!!」
癇癪を起こし部屋にずんずんと押し入ってくるイライザ。
「あのひとがいつまでもフローラ、あなたのことを気にしているのよ!! こんな、平民になったあなたでも、それでも忘れられないって風なのよ!! だから!!」
狂気に血走った目をして、こちらに近づいてくる。
わたしは、少しずつ後ずさって。
でも、もう……。
「逃げようとしても、無駄よ。あんたなんか、いなくなっちゃえ!!」
真っ黒な塊が、イライザの胸から溢れ。
わたしの意識はそこで途切れた。何も考える事もできなかった。全くの暗黒、夢を見る事もなく、意識がバッサリと刈り取られたのだ。と、後から感じた。
次に気がついたのは、見知らぬ真っ白な部屋、だったから。




