#8 提案
吹っ切れたのか、あの日以来、グレースは変わった。
よりによって、海賊にアドバイスをしちまった。だが、この船の仲間の反応は悪くない。それで気を良くしたのか、今じゃすっかりこの船に溶け込もうとし始めている。変なやつだ。
「へぇ、それじゃあこの機関、通常運転同士なら駆逐艦より速い速度が出せるんだ。」
「そりゃそうよ。でなきゃ、海賊なんてやってられんよ。軍船に追いつかれたらおしまいだからな。まさにこの機関こそが、この船を海賊船たらしめているんだぜ。」
グレースは今、機関室でオレガリオという機関部担当の1人と話している。こいつ女のくせに、この船の機関やビーム砲に興味があるらしくて、急に機関室や砲撃室を訪れては、積極的に質問を投げかけるようになっていた。
何だこいつ、つまりはこの海賊船に興味津々だったってことじゃねえか。だからこいつ、この船に乗り込んできたのか。やはり交易商人の娘、といったところか。
そんなこいつを見るのは、悪くねえ。だがなんていうか、俺好みの顔を、あの恐怖でおどおどした表情や泣きそうな顔を、まったく見せなくなっちまった。機関室の連中に、笑顔を振り撒いてやがる。ちっ、嫌な顔だ。
「おい!ここはまだ、連合の宙域だぞ!何、気を抜いてやがる!無駄口叩いてねえで、さっさと持ち場につけ!」
そんな俺のイラつきを察してか、機関長のベニグノが機関室で連中に一喝する。それを聞いたグレースは、不機嫌な顔ですごすごと機関室を出る。
グレースを目の敵としている人物は、ベニグノとクレメンテの2人。2人とも、元々は軍人か、軍と関わった経験のある人物だ。連盟軍の一員として戦った経緯から、元連合の人間が信用できないらしい。
そういう意味では、ドロテオもグレースのことを信用していない。なにせ、海賊を恨んでいる相手だ。が、先日のあの一件以来、少し考えが変わった節がある。口では信用ならねえと言ってはいるが、昨日もレーダーサイトの前でグレースと熱心に語っているのを目撃した。
もっとも、俺は逆にグレースから警戒されっぱなしだ。地上にいる時は俺の住むアパートで寝泊まりしているのだが、ほとんど顔を合わせねえ。形の上では夫婦だっていうのに、なんと冷たいことか。
「ねえ、ちょっと、マカリオ。」
そんなグレースが、珍しく俺に話しかけてきた。食堂を出て、船橋に向かう通路でばったり顔を合わせた時だ。
「なんだ。」
「ちょっと、話があるの。」
そう俺に告げると、食堂へと歩き出すグレース。俺はまた食堂へと逆戻りする。
「で、なんだ、話って。」
「ちょっと聞くけど、また小型船を襲うの?」
なんだこいつ、話っていうのは、まさか海賊をやめろということなのか?俺は逆に尋ねる。
「なんだ、俺が海賊でいることが不服なのか?」
「それはその通りだけど、今はそんなこと、言っちゃいないわよ。小さな船ばかり襲うなんて、あんたらしくないと思ってね。」
思っていたのとは逆だ。こいつまさか、大きな船を襲えと言っているのか?
「俺も身の丈にあった船を襲いたいものだが、仲間のこともある、あまり大きいのは遠慮しているんだ。」
「ふうん、そうなの。」
なんだ、この馬鹿にした目は。気に入らねえな。ところがこいつ、この直後にとんでもねえことを言い出しやがった。
「ならいっそ、大型船を襲わない?」
「はぁ!?」
さすがの俺も、この一言には驚いた。大型船というのは、全長が1000メートル以上の船のことだ。中には10キロメートルなんてのもいる。俺はグレースに応える。
「おいおい、この船を見てみろよ。とてもじゃねえが、大型船と張り合える船じゃねえ。」
「誰が戦えって言ってるのよ。相手を沈めるんじゃないのよ、その船から欲しいものを奪うだけ。それなら別に、いや、むしろこの船の方が向いてるわよ。」
「……お前、素人だから分からねえだろうがな。大型船には、普通の船にはついてねえ強力な武器がついてるんだ。ありゃあ交易船じゃねえ、戦闘艦だ。そんなもの相手に、何を奪えと?」
「連合の船には素人な、あなたに教えてあげるわ。海賊行為を働くなら、大型船が一番よ。」
互いに素人呼ばわりして、接点を見出せねえ。俺はさらに尋ねる。
「へぇ、それじゃあお前は、その武器満載の大型船を襲う方が楽だっていうのか?」
「そうよ。」
「それじゃあ聞くが、かるく1万人以上は常駐している大型の交易船の、どの辺を襲えっていうんだ?」
「正確には、襲うんじゃないわよ。乗り込んで、掠め取るの。」
「どっちにしても同じだ。あそこにゃ数百人以上の警備員だっている。それも、武器を持った連中ばかりだ。わずか15人のこの船で乗り込んで、どうやり合えっていうんだ?」
「大型船って、意外とゆるいのよ。確かに武器も警備員もいるけど、虚をつけば案外、ザルな船よ。」
大型船など、大したことはない。そう主張するグレースだが、本当にそうなのか?
いや、考えてもみろ、こいつは連合側に戻りたがっている。となれば、大型船に乗り込み、そのまま俺達を売り渡してトンズラするという算段かもしれねぇ。そう考える方が、合点がいく。
だが、それにしちゃあ大胆すぎる話だなぁ。もうちょっとこちらが乗りそうな話をふっかけりゃいいのに、なんだってそんな大掛かりな話をし始めたのか?
俺はグレースを船橋に連れて行く。そして、こいつの話をその場で披露した。案の定、他の奴らも同じ反応だ。
「何言ってやがる!そんなことすりゃあ俺達、とっ捕まっちまう!」
「どう考えてもこれは、罠だろう!船長、こいつの話を信用するんで!?」
まあ、そうだろうな。皆、考えることは同じだ。やはりこの話は却下で決まりだ。
と思った矢先、なんとグレースの話に同調する奴が現れた。
「いや、確かに理にかなっている。大型船てのは、油断だらけだからな。狙ってみてもいいかもしれねぇ。」
そう言い出すのは、意外にもこの船で最高齢の男、ドロテオだ。
「ちょ、ちょっと、親爺さん!何を言い出すんですか!誰がどう聞いたって、こいつの策略でしょうが!」
「策略と呼ぶには、ちょっと雑すぎるな。本当に俺達をはめる気なら、もうちょっとマシな嘘をつくはずだ。それに、こう言っちゃあなんだが、このお嬢ちゃん、そんな策を思いつけるほど頭は良くねえ。」
いきなりバカにされて一瞬、ムッとした表情を見せるグレース。だが、そんなグレースに構わず、ドロテオは話を続ける。
「実はな、過去に一度だけ、俺は連合の大型船に乗り込んだことがある。」
「な、なんだと!?それ、本当か!」
「ああ、本当だ。連合の交易船に偽装して、大型船に入港した。」
全長3000メートルを超える船には、小型、中型船が停泊可能なドックが備えられている。これは連盟、連合どちらにも共通だ。入港というからには、ドロテオのやつ、3000メートル超級の船に乗り込んだということだろう。だがなぜ、どうして、そんな船に乗り込んだというのか?
「随分と前の話だが、俺と当時の仲間で、この辺で一番大きいと言われる交易船に乗り込んだんだ。」
「一番大きいってことは、まさか……10キロ級か?」
「そうだな、それくれえはあっただろうな。ともかくその時は5人で乗り込んだんだ。」
「そんな大きな船に、何しに行ったんだ?」
「ああ、船の認識コードを奪いに行ったんだ。」
「認識コードだって?」
「そうだ。その当時、ある海賊が連合の船を捕まえたら、なんでも海賊対策で認識コードのアルゴリズムを一新しちまうとその乗員が言ったらしい。それで、その新しいコードを入手して解読するために、その大型船に乗り込んだんだ。」
意外な過去が、ドロテオから語られる。いくつもの修羅場をくぐり抜けたとは言っていたが、まさか連合の船に乗り込んだことがあったとは……
「で、どうだったんだ?」
「このお嬢さんの言う通りさ。甘い甘い、侵入者だっていうのに、いとも簡単に管制室のそばまで潜り込めた。そこで数千隻分のコードを奪い取って、そのまま船に乗って逃げた。しかしその後、だれも追って来なかったぜ。」
「……だがよ、それから何年も経ってるんだろ?てことは、今はもっと厳重に……」
「どうだろうな。何かきっかけがねえと、警戒レベルを上げるようなことはしねえと思うぜ。コードなんて、盗まれたって分かんねえからな。お嬢さんの話から察するに、多分、当時のままだろうな。」
ドロテオの話を聞いた俺達は、皆、考え込む。だが、いくら大型船に乗り込んだとしても、狙いのものが奪えるかどうかなど、保証の限りではない。しかし、だ。大型船に乗り込んだとなりゃあ……
「行ってみるか、その大型船とやらに。」
俺がボソッと呟く。すると、ラミロが反論する。
「せ、船長!本当に行くんですかぁ!?」
「ああ、そうだ。」
「だ、だけど、いくらなんでも危険すぎやしませんか!?いくら海賊だからって、そんな危険を冒す理由がねえんじゃねえですか!?」
「いや、理由はある。」
「なんです、その理由ってのは?」
「そうだな、少なくとも、連合の連中の鼻っ面をへし折れるわけだ。それを聞いた連盟軍は、どう思うか?」
もしかすると、たいしたものは奪えないかもしれねえ。だが、敵陣営の誇る大型船からまんまと何かを奪い取ったなら、それはこの連盟側ではとんでもない名誉となる。そう考えた俺は、グレースのこの案に乗ることに決めた。
もちろん、反論はある。しばらくすると、2人の男が俺のところにやってきて抗議してきた。
「船長!聞きましたぜ!どういうことです!?」
その2人とは、機関担当のベニグノとオレガリオだ。わざわざ機関室から文句を言いにきた。
「なんだ?」
「なんだ、じゃねえですよ!大型船に乗り込もうって話は、本当ですかと聞いてるんですよ!」
「ああ、本当だ。俺が考えて、俺が決めた。」
「何言ってるんです!あの女がそそのかしたんでしょう!」
そういえば、ベニグノはグレースを信用してはいない。連合側の人間だから元々信用してはいないが、それに加えてこの話の出どころがグレースだと聞いたのだろう。本人がすぐ横にいると言うのに、お構いなしに名指しで批判する。
「まあ待て、ベニグノ。罠かもしれないと知ってもなお、この案に乗ろうと俺は考えたんだ。」
「なんだってぇ!?船長、何考えてるんです!」
「考えてもみろ。海賊仲間の中で、大型船に乗り込もうなんて考える奴がいると思うか?」
「……いや、いねえな。いるはずがねえ。」
「だろ?あっちだって当然、そう思っているに違いねえ。」
「だ、だけど……」
「たとえ罠だったとしてもだ、こいつの思った通りにあちらが動いてくれるとは限らねえ。そいつら出し抜いて帰ってくれば、俺達は大型船に乗り込んだ勇者ってことで、こっち側では英雄になれるんだぜ?」
「いや、そりゃそうですが……」
「それに考えてもみろ、こいつは前回、小型船の弱点を教えてくれた。つまりだ、もうこいつは仲間だってことだ。その仲間が、俺達に最高の提案をしてくれたんだ。ドロテオだって納得しやがった。悪い話だとは思わねえけどな。」
俺が「仲間」と言う言葉を使った瞬間、グレースのやつ一瞬、表情が変わりやがった。
「……分かった。船長がそうするってんなら、俺はもう何も言わねえ。だけど船長、その大型船の中で何か起こったら、すぐに俺らは逃げるからな。それを了解してくれりゃあ、俺もこの話に乗る。」
「分かった。ドロテオには残ってもらうつもりだ。もし俺に何かあったなら、ドロテオを船長として、そのまま逃げろ。」
俺の覚悟を聞いたベニグノとオレガリオは、それ以上特に何も言わなかった。そのまま機関室へと戻って行く。
が、もう一人、俺のところに抗議にやってくる。
「船長!何考えてるんです!」
「クレメンテか。なんだ?」
「なんだじゃねえですよ!何考えてるんです!」
まあ、言いたいことは多分、ベニグノと同じだろう。俺は一応、尋ねる。
「つまりお前も、大型船乗り込みは反対ってことか?」
「当たり前でしょう!なんだってこの女の策略にまんまと乗るんですか!?」
やはりグレースの提案というのが一番引っかかるらしい。さっきと同じ返答をしてもいいが、俺は少し考えてこう返す。
「なあ、クレメンテ。お前、軍人をやめたんだよな?」
「そうですぜ、ご存知でしょう。」
「その理由は確か、軍の慎重さにうんざりしたとか、そう言っていたよな?」
「その通りですよ。30万キロ彼方から、ちまちまと敵艦を撃つだけのくだらねえ戦闘を繰り返すばかりで、あれじゃいつまで経っても連合の奴らを圧倒することなんてできやしねえ。」
「そう言うお前から見て、大型船に乗り込むこの案はどうだ?慎重さを崩さねえ連中に、一泡吹かせられると思わねえか?」
「い、いや、船長、いくらなんでもこの話はちょっと、無謀すぎる気が……」
「『慎重』の裏返しは『大胆』じゃねえ、『無謀』だ。だけど、ほんの少しの可能性に活路を見出し、やつらに強烈な一撃を与えるってのが、お前の目指した軍人の姿じゃねえのか?」
「そ、それは……」
「海賊ってのは、ただ相手の交易品を奪うだけじゃねえ。その名誉や誇りをも奪うんだ。人命を奪うよりも、ずっと辛辣かもしれねえ。そう考えりゃこの話、俺はいい話だと思うだがなぁ……」
俺の話を聞いてしばらく考えていたクレメンテのやつは、こう応える。
「それじゃ船長、俺も行かせてくれ。」
「そうか……俺としては、その方が心強い。だがクレメンテ、そう入っても相手は大型船だ。武器は多分、持ち込めねえぜ。」
「俺は元軍人、それなりの体術の訓練は受けてますぜ。いざとなりゃあその女ごと、相手を倒しちまう自信はありますぜ、船長。」
こうして、もう一人の抗議人も説得することができた。そしてこの船の乗員15人は、大型船へと向かう。




