#18 予感
やっと、エステポルナに、帰ってきた。
あの要塞に出入りするようになってからというもの、半月ほど宇宙に出ては、3、4日この街にとどまったかと思えばすぐに出かけてしまう。つまり、このところ調子に乗って働き過ぎた。気づけばここ数ヶ月、働き詰めだ。だから俺は、ここらで少し長い休暇を取ることにした。
で、俺は3週間ほど休むことに決めた。各々、故郷に帰ったり、趣味に没頭したり、あるいは昔の友人と飲み交わしたりと様々な休暇を過ごすつもりのようだ。俺はと言えば、グレースを連れて、とある場所へと向かう。
そこは、エステポルナ港から浮遊バスに乗って3時間ほど南に行ったところにある海沿いの街、カレビアだ。
バスの発着場を降り、そこから無人タクシーに乗って海岸沿いを走る。そして到着したのは、古いホテルだ。
「いらっしゃい。あら、マカリオさん、久しぶりね。」
「おう、女将、久しぶりだな。」
ホテルといっても、木造3階建ての幽霊屋敷のような風貌の建物だ。この街唯一のホテルを、この初老の女将がただ一人でやりくりしている。
「そうだ女将、今日は2人で泊まりたいんだが。」
「あら、初顔ね。こちらは?」
「俺の妻だ。」
「えっ!?マカリオさん、あんた、いつの間に結婚したの!?」
妻と言われて、急に恥ずかしくなったらしく、グレースのやつは黙ったまま、こくりとうなずくだけだ。
「まあ、いいわ。あんたほどの男なら、妻の一人や二人、いてもおかしくないわね。ちょっと待ってね。今、2人部屋を用意するから。」
一人はともかく、二人いたらおかしいだろうというツッコミはともかく、俺はロビーらしき場所にある椅子に腰掛ける。グレースも、俺の向かい側に座る。
「ねえ、ここはなんなの?」
「ここか。俺が海賊を引退したら、移り住もうと思っている街だ。」
するとグレースはスッと立ち上がり、窓際に向かうと、しばらく外を見回して戻ってくる。
「ねえ、街っていっても、ほとんど人気がないわよ。建物はそれなりにあるようだけれど……ほんとにここ、人はいるの?」
「そりゃそうだ。かつては街だった、といった方がいいかもしれねえ。最盛期の頃と比べると、10分の1の人口しかねえからな。」
「10分の1って……それ、もうすぐ消滅する街ってことじゃないの?」
「いや、そうでもねえ。今は人の数も安定している。この場に見合った人の数に戻った、といった方が正しいな。」
「てことは以前に、何かあったの?急に人口を10倍も増やしてしまう、何かが。」
「ああ、あった。」
「なんなのよ、それは。」
「この先の海の中に、海賊の財宝が眠ってるって噂が立って、それを探すために大勢の人がここカレビアに押し寄せてきたことがあったんだ。」
「か、海賊の宝!?何よそれ、すごいじゃない!」
元々ここは、単なる漁村だった。ところが15年ほど前、あるネット番組が、200年前に活躍した海賊を乗せた船がこのカレビアの沖で沈んだことを紹介した。その海賊船には、今の金額にして2000万ユニバーサルドルに相当する財宝を載せていた、という情報とともに。
それを聞いた多くのトレジャーハンターが、この閑散とした漁港の田舎街に押し寄せる。そいつらは連日、海に出ては潜り、難破船がいくつか見つかると、その熱狂はピークに達する。
街中はお祭り騒ぎになる。中には海賊のお宝そっちのけで多くの人が集まり、建物を建て、商売を始める者まで現れる。休日には道沿いに屋台が並び、さらに夏になれば海水浴客が押し寄せ、とにかく大変な騒ぎになった。
が、結局、海賊船らしき船は見つかったものの、お宝なんてものはなかった……そしてこの街は再び、閑散とした静かな街へと戻った。
「なんだ、それじゃあ何も見つからなかったのね。」
「いや、確かに沈んだ海賊船はあったぞ。学術的には、大きな発見だったらしい。」
「そんなの、普通の人には面白くないわよ。やっぱり、金銀財宝が詰まった宝箱が出てこないと、海賊らしくないわ。」
何を期待しているのやら。だいたいこいつ、海賊嫌いじゃなかったのか?いや、もうこいつは海賊の一員だったな。
「で、どうしてこの街に住もうと思ってるのよ。」
「知りたいか?」
「……いや、どうしてもとは言わないけどさ。」
「まあ、この旅行で話すつもりだったから、教えてやろう。」
「うんうん。」
「実はな……俺はその海賊の財宝の、再来をやろうと思ってるんだ。」
こいつ何をいっているんだ、という顔をしているな。俺は今、何かおかしなことを言ったか?
「……まさかあんた、おかしくなったんじゃないでしょうね。何よその、宝の再来って?」
「わかんねえかな。おい、俺は今、何をしている?」
「海賊でしょ。人様のものを奪う、悪の権化みたいな職業。」
「……で、その俺がここに移り住む。そのうち、寿命が尽きて亡くなる。だがその直前、俺は死に際にこう言い残すんだ。」
「何を残すっていうの?」
「『この街のどこかに、財宝を埋めた。』ってね。」
「はぁ!?宝!?ちょっと、どこにあるのよ、それは!」
「いや、今はまだねえ。けど、いずれはどこかに隠そうと思っている。」
「……もしかしてあんた今、貯金してるっていってたけど。」
「そうだ、俺の貯金の目標金額は、まさにこの2000万ユニバーサルドルだ。もうあと少しで、それを達成しそうなんだよ。」
唖然とした顔で俺の顔を見るグレース。まさか俺が海賊の宝を作り出そうとしているなど、考えてもいなかったようだ。
「呆れた……で、そのお金を全部、お宝にしちゃうの?」
「まさか。だけどその大半は使いきれねえから、残るであろう金を予め財宝に変えてこの街のどこかに埋める。しかも一箇所じゃねえ、何箇所にも分けて埋めりゃあ、今度こそ本当にトレジャーブームになるぞ。どうだ、面白いだろう。」
「まさかあんた、そのためだけにわざわざ、海賊になったの?」
「いや、俺は海賊になる前からここに隠居することにしていた。ここはいいところさ。冬でも暖かいし、食べ物は美味いし、何よりも静かだ。」
「その静かな街を、またメチャクチャにしようっていうの?」
「いや、それ以上に俺は、海賊のイメージってのを変えたいだけさ。」
「妙なことを言うわね。宝一つで、海賊のイメージなんて変わるのかしら?」
「変わるね。現にお前、さっき海の海賊の宝の話をした時、ワクワクしてたじゃねえか。」
「うっ……」
「海にいた海賊ならロマンチックで、宇宙の海賊は残忍だなんてイメージがあるのは、俺としては納得がいかねえ。ならば、そのイメージをひっくり返してやろうと思ったんだよ。」
それを聞いていたグレースは、俺の顔をジーッと見つめ、そして応える。
「それじゃあ、引退後に贅沢するつもりはないんだ……」
「なんだお前、贅沢したかったのか?」
「そんなつもりないわよ。だけどさ、熱心に海賊業に励んで、とんでもないお金を貯め込んでるから、そうじゃないかなぁと思っててね。」
「俺は贅沢が似合う男じゃねえ。それよりも、伝説の男になりてえんだ。後世に語り継がれるような、そう言う男にな。」
「でも海賊でしょ?悪名が残るだけじゃないの。」
「こっちの宇宙を荒らさなきゃ、どうってことはねえさ。で、お前はその片割れの女海賊ってことになる。」
「嫌な言い方ね……でもまあ、今となっては事実だから、否定はしないけど。」
「財産作って、宝を埋めて、その後は毎日寝て暮らしてりゃあ、それだけで歴史に名を残せる。楽なもんだろう。」
「楽なもんだって言われても、今が大変じゃない。」
「まあ、そうだけどよ、それもあと少しだ。」
「ちょっと待って、ここに暮らすって言ってたけど、こんな寂れた街でどうやって暮らすのよ!全然、楽とは言えないんじゃないの!?」
「そうか、お前、この街を知らないんだな。」
「ええ、そうね。知らないわ。」
「じゃあ、ちょっと出かけようか。」
「えっ?」
「お前に、この街の姿を見せてやる。」
俺は立ち上がると、このホテルの階段の方へ行く。そして、叫んだ。
「おーい、女将!ちょっと出かけてくる!荷物は置いとくぜ!」
そう言い残すと俺は、グレースと共に外に出た。
外に出ると、まず見えるのは砂浜広がる海岸だ。俺はその狭い砂浜に向かって歩く。しばらく進むと、波打ち際へとたどり着く。海を見てグレースは、思わず呟く。
「なによここ……海が、すごく青い……」
遠浅の海だが、砂浜から少し向こうに、透き通ったスカイブルーの海が広がっている。海にもいろいろあるだろうが、ここはまだほとんど汚染されていない、まさに絶景と呼ぶに相応しい場所だ。
「どうだ、綺麗だろう?海だけじゃねえ、他にもこの街のいいところがあるんだよ。」
俺はグレースを連れて戻ると、今度は道沿いに歩き、少し離れた場所へと向かう。小高い丘を越えると、その光景にグレースは圧巻する。
たくさんの船が、ずらりと並んでいる。入江に作られた船着場には大小様々、白い船体の船がひしめいている。そのマストには、赤や青、黄色の旗がはためいている。
ホテルからは丘が邪魔して見えなかったんで、これほどたくさんの船があるとは思わなかったようだ。俺はグレースに話す。
「ここの船は多くが漁船で、ところどころ富豪のクルーズ船がある。あの辺は、ヨットが少しあるな。」
「漁船ってことは、魚が獲れるの?」
「そうさ。ちょっとこっちへきてみろ。」
俺とグレースは、その船着場の一つへと向かう。ある船の側では何人かの人が、船から荷を下ろしている。
「おう、どうだい調子は?」
「あ?なんだ、マカリオか。久しぶりだな。こっちは相変わらずだぜ。」
「そうか、上々ってことだな。」
船からはいくつか箱が下されている。それを彼らが、トラックの荷台に積んでいるところだ。
「ところで、その横のお嬢さんは?」
「ああ、こいつはグレース、俺の妻だ。」
「はぁ!?なんだおめえ、結婚したのか!?」
「なんでえ、悪いか?」
「悪いに決まってるだろう!海賊のくせしやがって、妻を娶るなんてよ!何考えてやがる!」
人聞きの悪いことを言い出す男だが、別に悪気はねえ。こいつらは俺のことをすでに、海賊だと承知している。
「しょうがねえな……おい、マカリオ、ちょっと待ってろ!」
と、その男は突然、俺を引き止める。
「なんだ、忙しいんだよ。」
「そんなわけねえだろう。いいから待ってろ、今、祝ってやるからよ。」
そう言うとこの男は、火鉢のようなものを持ってきた。
「昔からカレビアの街じゃあ、祝いにこの魚を焼くんだよ。」
そういって取り出したのは、真っ赤な魚。あれは鯛だ。しかも大きい。その男はその立派な鯛を網の上に置き、その下に炭を並べ始める。
「おい、それ、高え魚じゃねえのか?」
「んなこたねえよ。こんな魚くれえ、毎日ごろごろ獲れらあな。」
といって、その場で火をつける。赤い魚はみるみる黄金色に焼けて、香ばしい匂いを漂わせる。
「で、こいつにこれをつけて食べるんだ。美味いぞ。」
そう言うとこいつはそばにあったテーブルに2つの皿を置き、そこに岩塩を砕いてパラパラと入れる。で、焼き上がった鯛をその前の大きな皿の上に置き、俺達の前に置いた。
さっと皮を剥くと、やや脂身のある白身が姿を現す。その上から半切りにしたレモンを絞り、味付けをする。
もらったフォークで身を突き、俺とグレースは皿の岩塩につけて口に入れる。
……いや、美味いわ、これ。獲れたての魚だ。美味くて当然だろう。グレースの顔も、こいつの美味さにやられている表情だ。
「がっはっはっ!いい顔しとるの!」
そういって今度はレタスを取り出し、その場で捌いてサラダを作る。上からオリーブオイルをかけて、俺達の前に並べた。
そう、この街一番の良さは、この料理だ。美味いだけじゃない。ここは魚も野菜も新鮮で豊富で安い。だから、たいして生活費がかからず暮らせる。
祝いとは言えこんな魚を、いきなりタダで振る舞うこの気前の良さ。この街ならではの光景だ。グレースはこの雰囲気を、すぐに受け入れたようだ。
「いい街だってのは、分かったわ。」
ホテルに戻り、部屋に入ると、窓の外を眺めながらグレースがこう言い出す。
「だろうな。これがこの街の日常だ。どうだ、気に入っただろう。」
「ええ、気に入ったわ。ただ……」
「どうした?何か、気になることでもあるのか?」
「いえ……なんて言うか、うまく言えないんだけど……」
「どうかしたのか?」
「私がここで暮らすというイメージが、どうしても浮かばないのよ。」
「なんだそりゃ?そいつはあれだ、まだこの街に来たばかりだからだろう。この休暇の間、ここで過ごしてだんだんと馴染んでくりゃあ、そのイメージも湧いてくるさ。」
「……だといいんだけど……」
相変わらず心配性なやつだ、グレースのやつ。まあ、その不安顔がまた、俺にはたまらないんだけどな。そのままベッドにでも押し倒してやりたいところだが、夕飯ができたと女将の声がしたので、その場は思いとどまる。
それから10日ほどを、俺とグレースはここで過ごす。街のあらゆる場所を巡り、グレースにも知り合いが何人かできた。これで少しはあの不安も消えたんじゃねえか?
だが、実は俺にも、不安がある。
グレースじゃねえが、実は俺にも、どうしてもこの先、ここで暮らすというイメージが湧かない。
妙な話だ。俺がここで暮らすと決めているのに、その俺自身に、それが浮かんでこない。
このところ、働きすぎたせいだろうか?やはり時々、休みを取らねえとな。この時俺は、そう考えた。




