第8話
佑樹は夢現の狭間にいた。
ぬるま湯の中を揺蕩うような安心が全身を包み込み、これまで積み重ねてきた全ての重荷が溶けて消えていく。
朧げに記憶が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。
まるで泡沫の刹那を永遠に過ごしているような多幸感と虚無感が合わさった不思議な時を過ごす。
思考は浮かんでは形にならず溶けていく。
長い夢を見続けているよう。
全てが消えていくような、「個」が「全」に溶け込んでゆくような万能感。
しかし。
「佑樹」は確固たる存在としてそこに在る。
これまでに積み上げてきたものが洗い流されようと、新たな存在へと還ろうとも。
たった一つだけ、佑樹が佑樹足らしめるものだけは消えない。
目覚めが近い。
佑樹という雨粒が大きな大きな川の流れに包まれて流れていく。
行先は大海、そしていずれまた雨粒となって何処か遠くの地へとやっていく。
無数に枝分かれする川に、地の底から沸き出す泉に、大地を覆う濃霧に。
それらを構成する一滴でありながら。
巡る、巡る、巡る。
そして佑樹は何かに掬われていく。
懐かしさを感じるその手に包まれて。
無限であり夢幻の流れから再び佑樹へと生まれ変わる。
ある日、ある時、ある世界で。
佑樹は高らかに産声を上げた。
…………。
とある世界、とある辺境の領地に住む貴族の夫婦に子供が産まれた。
英雄の名前をあやかり“ユウキ“と名付けられたその子供はすくすくと育ち、大きな怪我や病気もなく6歳になった。
物分かりがよく思いやりのある我が子に両親は深い愛情を注ぎ、活発に外に出ることが多いその子は領民たちからも慕われていた。
たまに突拍子も無いことをすることもあるが、それも子供の好奇心の範囲内である。
不思議なことに辺境の地にあるその領地はその子供が生まれる少し前から飢饉や自然災害がなくなり、モンスターや魔物による被害も減った。
領民たちは領主様のお子様は女神様の寵愛を受けていると噂し、素直で優しいその子をより一層優しくした。
多くの愛情を注がれ子供はすくすくと育つ。
時折何かを思い出せずにもどかしそうな顔をしながら。