曖昧な未来への投資に価値なんかなく、それが具体性を持った時初めて人は価値を知る
選抜戦2試合目。
今度の試合はすぐには終わらなかった。
誰一人と倒されない。
フラッグの位置情報も消えて、相手は完全に姿を消した。
なかなか賢い選択だな。
俺が動かなければ戦闘が長引いて消耗していくだけだろう。
それを待っているのだろうな。
端末でチームメイトの野並に連絡をつなぐ。
「おう。元気か?」
『それチームメイトにする挨拶じゃないンじゃない?さっき会ったじゃん』
「そう?今どこにいる?」
『今?エリアの西端にいるけど……それがどした?』
「周囲を警戒しながらそこで待機していてくれ。すぐに行く」
『へ?ちょっ待って?じゃ防衛どすんの?』
「あー、それなら、ティナが空飛んどくから問題ない」
『は?ちょっ待って?飛べんの?聞いてないンだけど?』
「すぐ行くから」
『ちょっ待っーー
まだ何か話そうとしていたけど、そんなこと知らん。
ティナはフラッグを持って翼を広げる。
俺の血を大量に抜いて作られた大きな翼は、それを一度羽ばたかせるとティナの体を浮かせて、そのまま壁を切り刻んで空に飛び出していく。
さて、さっさと仕留めて終わらせるか。
「おう。元気にしてたか?」
「はっや」
2分くらいか?
まあ確かに無能力者が到着できる距離じゃなかったからな、驚くのも無理はない。
「いやちょっと待って。え?あんた無能力者なんよね?」
「おう」
「早くない?」
「そうだな。まあ、普通に走って移動しても、十分はかかる距離だろうな」
「どうやって来たの?」
「走った。まあ、常識だけで語れることばかりじゃないってことだな。常識外のことだから、他言無用で頼むぞ?」
「う、うん。それはいンだけど……」
合流できたし、さっさと敵を倒してしまおうかな。
「それじゃあ、周囲に空気を震わせるためだけの音を飛ばしてくれ。人間には聞き取れない程度でいい」
「え?それでなにすンの?」
「敵の感知」
「はあ?」
「ああ、もちろんこれもオフレコで頼む。あまり知られたくないからな」
「でもあーしには知られていンだ」
「いい。直感でそう感じたからな」
「ふーん……」
なにその横目でチラッと見るの、たまに夢花がやってるけど。
「なんか、信頼されてるっていーよね」
「は?」
「は?何言ってンだろ。キモッ。あーしキモッ」
まあ確かに信頼されてるのはいいものだが、それを口にすると恥ずかしいよな。
「恥ずかしがることはない。このご時世、人に信頼されるって自信を持って言える機会はほとんどなくなった。そんな中で信頼されてるって一目で分かるようなことを言われれば、誰だって嬉しいと思うものだ」
「それな。言われることなくなったから喜ぶのとーぜんだから。あんま気にしないでね?」
「ああ。それなら気にしないでおこう。さて、それじゃあ俺の言ったように頼む」
「ん」
空気が揺れて、それが戻ってくるのを肌で感じる。
暗技の一つ、暗技流水制・鏡索と同様の手順だ。
微弱な空気の振動を暗技で感じ取り、それで人の位置、物の位置を把握するという、そんな技術の粋を集めたような技、それが鏡索。
それを能力を使ってしただけ。
あまり使ってないが、技術が衰えるってことはない。
最近だと、イギリスでティエラを攫う時に建物にサーチをかける際に使ったな。
それ以来だが、問題なく使用できた。
「この付近にはいないな」
「今のでわかンの?あんたすごいね」
「だろ?そうなんだよ。俺ってすごいんだよ」
「あ、もう隠すつもりないンだ」
「隠したって仕方がないだろ?もう知ってるんだからさ」
俺が笑いかけるとどうしてか顔を逸らす。
信頼されてるって分かるとその意識が先行して、目にそんなフィルターがかかって輝いて映って見えちゃうんだよな。
そうして俺は……ってなぜ身の上話を始めようとしているのか。
「さて、移動するぞ。何箇所かでそれすればいずれ見つかるから」
5分も経たずにそいつらは見つかった。
そこには単独で行動していた大曽根が先に来ていた。
だが、大曽根にはまだ発見できていないようだな。
どうやら敵は透明化か何かの能力を持ってるらしい。
見えないだけだから俺に見つけられない道理はない。
吊橋を見つけられるのだから、当然なんだよなぁ。
「マジでここにいンの?全くそんな気配はないけど」
気配なんてものは普通は感じ取れないものだ。
さて、厄介なのは敵より大曽根だ。
あいつがいるわけだから、俺はそれだけで出て行きたくないのだ。
できる限り関わりたくない。
俺があいつを嫌いだからな。
「行かンの?」
「見てれば分かる」
しばらく動かず待っていると、痺れを切らした敵が動く。
無防備に見えたのだろう、一人が姿を現して背後から奇襲する。
「わかってたぞ?テメェらカスは無防備晒せば、攻撃仕掛けてくることくらいなあ!」
さすがに背後まで接近されれば気付くよな。
自分を囮にしていることくらい俺はすぐに気付いたが、彼らはそれに気付かなかったようだな。
黒い手が奇襲を仕掛けた人物を正面から掴み上げる。
軽く力が込められて、一人脱落の通知が届く。
しかしこれで大曽根の能力を知られたわけだ。
敵を確認できていなければ、こちらが不利と言えただろう。
移動し出したな。
「どうなってンの?」
小声で訊ねてきた野並に、指差しで移動することだけを伝える。
しばらく大曽根は移動しないだろうから、俺はもう好き勝手にするぞ。
というわけで後をつけていき、ある程度の狭い場所に入ったところで、そろそろ頃合いだと判断し野並の背中を押す。
「大音量をぶつけてくれ」
「りょ」
簡素に答えて一撃を叩き込む。
能力の隠蔽が解けて敵の姿が露わになる。
三人でフラッグを持って移動していたところを襲撃。
フラッグの位置情報が映らなくなったことを考えると、ジャミング的な能力を持っている人が一人はいるということが予想できる。
ジャミング能力持ちが隠蔽も使えるのなら、二人を相手取ることになるが、それぞれの能力なら、一人倒せば実質勝利だ。
まあ、そんな面倒な闘い方はしないんだけどな?
「音を操る、便利な能力だな。じゃ、後は任せてくれ」
フラッグを置いて、それを背後に隠すように三人で前に出てくる。
「三人まとめてかかってこい。それでも俺には勝てないからさ」
軽い挑発だが、簡単にそれに引っかかる。
舐められたと思い同時に襲ってくるも、そもそも俺は相手してやるなんて言ってない。
その間をすり抜けて、俺は相手のフラッグを手に取る。
「バーン」
フラッグにつけられたセンサーに、俺は腕輪を近づけて取得を通知させる。
「俺の勝ちだ。悪いな〜」
「うわ、ずっる。まさかそんなひきょーな手を使って勝つなんてなー。マジかー。あんた、えー」
ガチめに引いている野並は、しかし一方で尊敬もしてくれているっぽい。
引くだけ引いたらすぐに隣を歩き始めた。
「あんた、あれはないわ」
「うそ?かなり上手く立ち回ったと思ったんだけど。え?いい手じゃなかった?」
「あんなん闘うもんだとおもーじゃん。あんたのやったの詐欺よ、詐欺」
「嘘は一言も吐いてないぞ?」
「それでもあれはないわ。カッコ悪いわ」
散々な言われようだな。
「まあでも、特別な技を使わないでも勝てるってわかったし……その……なに?能力相手にハッタリで挑むその度胸は、素直に感心する」
こういう言葉を言い慣れていないんだろう、照れて耳まで真っ赤にしている。
そんな俺とのやりとりは、ティナが背中に突撃するまで続いた。
日溜の試合映像を観ている。
テレビの向こうでは、日溜対実の激しいぶつかり合いが行われていた。
「なんこれ。ほんとに同じ能力者?」
野並が隣で二人の闘いを観て、その能力の応酬に開いた口が閉じない。
日溜と野並は同じ階級だからな、これだけの戦闘を繰り広げる者がそうだとは思えないのだろう。
「あーしと同じ階級のはずなのに、なんで黒と張り合えてンの。黒も黒でつえーし」
「これは実が勝つな」
「へ?そなの?」
「能力の相性だ。日溜の能力は流体に弱い。闘い方次第では全然やり合えるが、場所が場所だ、もう詰みだ」
「どゆこと?」
「あと数メートルだ、それだけ後退すれば、学校が見えてくるからな。そこに行けばプールがある」
「あーね。そゆことね。たしかにそれは負けるわ」
日溜が全力を出さないこと前提だがな。
プールから水が伸びてきて、鎖を掴みプールに引き摺り込む。
鎖がすぐに消失して試合が終了する。
「街の方へ逃げればまだ闘えただろうに」
「知ってる人なん?」
「ああ。ユニットリーダーだ」
「あ、同じユニットなんだ。慰めに行かなくていいの?」
「いいよ。絶対に落ち込んでないから」
メッセージくらいは送っておくか。
「それでも一応メッセおくンだ。やっぱ優しンだね」
そんなことないと送ったメッセージを見せる。
「ザマァって……やっぱり優しくない」
「こういうコミュニケーションをとれる関係なんだ。下らない励ましをするような薄っぺらな関係じゃないってことだよ」
「なんかカッコいいじゃん」
「だろ?」
「だーめー!先輩をカッコいいとか言ったらダメデース!」
背中にへばりついているティナがそこでジタバタと暴れ出す。
ティナに背中をさらによじ登られて、頭をがっしり掴まれて肩に腰を下ろされる。
「やっぱ愛すごいね」
「羨ましいだろ?」
「羨ましー」
適当に答えられる。
だが、その言葉に嘘はないようだ。
現代にここまでの信頼関係を築けている人はほとんどいないだろう。
一緒にいることが目的の友達(他人)しかいない、そんな人で溢れ返っている今日この頃だからな。
「俺が本当の友達ってものを教えてやろうか?」
「なにそれ、カッコつけたつもり?」
そうだよ。
「教えて」
まあそう答えるだろうな。
「いいよ。口頭でいい?」
「行動がいー」
「だよな。それじゃ、仲良くしよう」
「あ、それ言っちゃうんだ」
「そりゃあ、普段一緒にいるだけで、基本的にはスマホを触ってばかりいて、会話が行われない関係で、カラオケや飲食店に一緒に行くことで、自分たち友達だよねって確認を繰り返す。それが今の大多数の友達(他人)の形だ」
「ほんそれ」
「それは他人だ。本質的にはぼっちだ。友達は仲間でなければならない。俺は絶対裏切らないし、絶対に大切にする。喧嘩したって修復する。他人じゃだめ。身内にする」
「え?すっごい分析。でもわかる」
「だろ?だからはい、友達(身内)。今度たくさん話そう。呑みながらでも語ろうか。絶対退屈させないから」
「呑みながらって、あんた未成年じゃん。それ犯罪」
「それくらい目を瞑れよ。それに、なにごともやり過ぎなければ問題ない」
「ああ、うん。まあそうかも」
それからしばらく話をして、それから適当に言ってそこで別れる。
「あのさー」
「重たいデース?じゃあぎゅーってするデース」
「なんの解決にもなってない。じゃなくて、髪をハンドルのように握るなと言いたかったんだ。痛い」
「じゃあ頭に手を乗せるだけにしておきマース」
始めからそうしてもらいたいものだな……
「せんぱーい。なんだか空気が重いネー。何が起きてるデース?」
「さて、何が起きてるんだろうな」
祭から抜け出した俺は、のんびりと帰路を歩いていた。
空気が冷たくなったような気がする。
ティナはすぐに戦えるように、常に血の刃を展開している。
「ティナ、今日はうちでゆっくりしてろ」
これは外に出るなという指示だが、普通はそれを言えばなぜと聞き返される。
しかしティナは阿吽の呼吸で頷き返す。
なんだか分からないけどこの人が言ってるなら信用できる、そんな信頼があるからこそのやりとりだ。
俺の不安を察してか、ティナが背中まで降りてくる。
「どうした?」
ティナが首に腕を回して頬擦りをしてきた。
ティナは何も言わずにそれを続ける。
「心配していても仕方がない、か。そうだな。なるようにしかならないんだ。俺が不安になっても仕方がないよな」
「広人さんの試合、終わった頃でしょうか?」
奏未はとある学校の屋上で、不安のせいかそんな言葉を零す。
戦場と関係のないことを話せば気が紛れる、なんてそんなことはあるはずもなく、それどころか不安だけが増す。
奏未たちはバラバラに動いた。
役割分担もすることなく、各々で勝手に行動した。
そんなものには連帯感はなく、本来共に戦うということは、お互いについてお互いが深く理解しているから成り立つのだ。
奏未もほかの三人も階級は白。
能力は神権でお互いそれは理解している。
しかしその能力の汎用性は高く、戦い方は無限に想像できる。
(動く気配が感じとれました。雪華さん、術式のことは任せましたよ?)
千里眼で母である雨露を見つける。
雨露の行く先に露姫がいる。
息を飲む奏未。
覚悟を決めたはずなのに、怖くて怖くてたまらない。
しかしもう始まってしまった。
今更震えているわけにはいかないと、それは奏未にだって分かっている。
深呼吸して自分を落ち着かせる。
「大丈夫。うん。大丈夫」
そう言い聞かせて、奏未自身も飛び出していく。
敵は空にいる。
「オールスター揃い踏みじゃな」
雨露と風露の祖母にあたるその人は、十代と言っても通せるであろう容姿で、誰しもを魅了してやまないその容姿で、そんな物語の登場人物しか言わないような年齢を感じさせる口調で語る。
「包の巫女四人がかりともなると、さすがの妾とて厳しいものがあるのじゃが……一人は術式の対処に当たらなくてはならんからの、全員を相手取る必要がなくば、危うきこともなかろうて」
余裕の笑みを浮かべる露姫の様子に、三人は瞳に殺意を滾らせる
しかしすぐにそれは落ち着いていく。
それが露姫の影響によるものだと理解しているからだ。
「ふふふ……さすがにこの程度では倒せんようじゃのう」
「気をつけてくださいね。お館様は術式のみでこれほどの力を見せていますから」
「冗談じゃないのが笑えちゃうわよね」
「笑ってる場合ではありませんよ、姉さん」
そう言い合って笑い合う二人に、奏未は幾許かの安堵を覚える。
そんな二人の余裕のある様子から、奏未に余裕が感染したのだ。
「して、妾と如何様に応戦するつもりでおるのか、聞いてもいいかえ?」
そんなことを図々しく訊ねてきて、しかし奏未は危うく話してしまいそうになった。
慌てて口を押さえて止めたが、どれほどの影響力を持つのかが判明する。
「身動きが取れないほどの術式ではありませんね」
「とはいえ、まだ一つの術式に耐えられるということが判明しただけですがね」
「お母様、そういうこと言わないでください。やる気がなくなってしまいますから」
「うふふ、ごめんなさいね」
戯れもほどほどにと、奏未は神権を強めていく。
どんどん力が膨れ上がっていき、それだけの力を扱えるようになっていたことに露姫は感心する。
「少しは強くなったようじゃがしかし、それで妾と対峙しようとはの……まだまだ未熟じゃな」
露姫は空中に浮きながらそこにはあたかも椅子があるかのように足を組む。
「一つ教えておこうかの。妾は莫大な神性を含有しておる。故に、妾に神性による攻撃は意味をなさん。妾を倒したくば他の力を扱う他ない。それを踏まえた上で戦略をたてるがよい」
そうして敵に塩を送る形で挑発する。
全力で舐めプしているのだ。
それを冷静に受け止めた奏未は、それでいて神権を使うことをやめない。
それで勝てると信じている。
それは無謀ではない。
一応通じると信じる根拠とはとても呼べないような、正しいのかどうかわからない理論がある。
「奏未さん。まずは厄介な術式を破壊しますよ」
「わかっています」
そう言葉を交わして、雨露からも大きな力が放たれ始める。
しかし風露は一向に力を使おうとはしない。
すでに飛行に神権を使っているが、それ以上の出力は当然持っている。
それを怪しんだ露姫は、風露を最初の標的に決める。
露姫が消えると、奏未と雨露も同時に消え去り、超高速で移動していた露姫とぶつかり合う。
何度も、激しく、拳をぶつけて能力をぶつけて。
そんな衝撃波は空気を伝わり、地上さえもそれで震わせている。
アニメで見るような速すぎて視界から消える描写、まさしくあれがぴったりの、そんなZ戦士さながらの戦いを繰り広げる。
一人力を膨張させていなかった風露の周囲で、激しさを増してぶつかり合う。
衝撃波が激しく打ち付けるも、それに動じずただそこにいる。
「随分と熱心に守るのじゃな」
「当然です!一人でも欠けてしまえば、私たちは勝てなくなってしまいますから!」
槍を主武器とする奏未と剣を主武器とする雨露の連携は抜群で、親子故の噛み合った動きで対等以上に渡り合う。
「お主らの武器、厄介じゃな」
自らが戦いづらいと感じる要因であるそれらを、しかし余裕の笑みは崩さずにそう指して告げた。
「北欧の武器に妖刀とはの。これは想定外じゃて」
奏未のグングニル、絶対命中の力を持つそれが体を引き寄せるせいで、それを防ぐ術式を展開する必要があった。
本来なら神性の攻撃は効かないのだが、その槍自体のもつ力の前では、それは意味をなさなくなる。
「そもそも信仰が違えば、いくらお館様といえども攻撃は通じるでしょう?」
何かの神話が優れているとかそういうことはない。
包は神道だが、それは日本の民間信仰に含まれるものだ。
当然露姫もそれに準じた信仰を得ている。
しかしそれは北欧神話の信仰とはバッティングしない。
それぞれが独立した信仰である以上、それらをぶつけ合えば反発し合ってしまうのだ。
通じるか通じないかじゃない。
これは露姫が、世界においてどれだけの信仰を集めているかという問題なのだ。
だから奏未も確証が持てなかった。
「妖刀村正、どうです?神性ではない力ですよ?」
「どうやらお主らをみくびっていたようじゃな。やはりあの悪魔の影響じゃな。やはり早めに殺しておくべきじゃったかの」
「相変わらず物騒ですね。お館様は」
笑顔で殺意を滾らせた雨露は妖刀を悪戯に一振りする。
露姫は剣に引き寄せられそうになり、術をもって自分の体を制する。
血に飢えた剣と絶対命中の槍、そんな相手を引きつける力をもつ武器を敵にして、自分の体を操る術を解くことができない。
いくつもの術式を同時に扱うことは困難を極めることで、露姫でも三つまでが限界である。
それを知っているからこそ、二人はそうして戦っている。
「よいぞ。ならばお主らから先に倒すとしよう」
露姫がそう言い終わった瞬間に、風露から光が放たれた。
眩い光が露姫を飲み込む。
「お館様の術式、神法 天調。こうしたらこうなるの極地的術式。理性で拒めなくなったらその瞬間に負けが決定する」
そしてそれは人の感情を活発化させる特徴もある。
魔力を有しある程度その干渉を和らげれる雨露を除けば、ほとんどの者はなす術なくそれで滅びる。
「恐ろしい術式でしたが、対処完了です。お疲れ様でした」
光が収まると、それを浴びていた露姫が落下していく。
そうなってしまえば、さすがに神権を使わざるを得ない。
そうして再び浮かび上がった露姫。
「奇怪な術じゃ。悪魔の術式じゃろうな。雨露、お主が何かをしておることには気付いておったが、よもやこれほどの術を生み出していようとはの……」
「ダメですよ、気を抜いては」
そう奏未が薄ら笑う。
露姫はすぐにそれに気付く。
回避不能の一撃、グングニル。
それが奏未の手にはなく、自身の真上に迫っていたことに。
「終わりです」
槍が激突した衝撃波で風露が吹き飛ばされる。
直撃したはずだが、だからといって安心はできない。
奏未はすでに次の一撃を構えている。
「確かに強力な攻撃じゃったな。しかし、妾には届かんようじゃ。さて、それで次はどうするつもりかの?」
「想像通りの結果ですね」
当たり前のようにそう認識していた二人は、全く驚くことなく冷静に一撃を撃つ。
「雷霆!」
「村正!」
「無駄じゃ」
奏未得意の雷霆も、雨露の村正も、露姫が腕を払えば灰となって消えていく。
「ちょっと意味がわかりませんね」
「雷霆消せるなんて聞いてませんよ!」
「もう終わりかの?」
勝ち目がない、その言葉が奏未の頭をよぎった。
しかし決して口にしない。
口にしてしまったら、それが現実になってしまう気がしたからだ。
「ただ諦めきれぬだけじゃと言うのならば、終わりにしてやらねばならんのう。そうするのが優しさじゃろうて」
「笑わせないでください」
「そうは言うけど、どうするつもりですか?奏未さんももう限界でしょう?最大の一撃なら先ほど無効にされてしまいましたしね」
そう、もう奏未にはほとんど気力が残っていない。
落ち着き払っているのは意地だ。
いざとなれば広人が動く、そうわかっているから、意地になって倒そうとしているのだ。
(私なら1人でだって負けない、広人さんはそう言っていました。広人さんは嘘を吐かないからきっと勝つ手段があるんだと思います。でも、肝心のそれが私にはわかりません)
そう頭を悩ませていると、露姫が軽く指を弾いて衝撃波を飛ばす。
奏未がそれを危なく躱すが、続けて放たれたそれを受けてしまう。
落ちていきながらでは、悪いことばかりが頭の中を巡っていた。
自分にはそんな力なかったのではないか、広人が語ったことはただの気休めだったのではないか、自分が足を引っ張ったから負けてしまったのではないか。そんな悪い思考ばかりが頭をかき乱し続けている。
(それだったら……嫌だなぁ)
ゆっくりと目を開ける。
もうすでにかなり落ちてきてしまっている。
雲の上で戦っていたはずなのに、アスファルトの地面が見えてしまっている。
(このまま落ちたら、きっとものすごく痛いでしょうね……広人さんとも、もう、会えなく……)
「それは……とっても嫌です!」
「追い詰められれば覚醒するタイプの人って、力を使わせるのは大変ですけど、覚醒したら本当に手がつけられませんよね」
「それには同意じゃな。たしか初めて降ろした時も、危機的状況下だったかの」
一瞬、視界に何かが映った。
それが何か、二人は瞬時に理解した。
「多少はマシになったが、それでもまだまだ足りんのう」
「知っています。ですが、勝ち筋は見えました」
「さすがは奏未さんです!」
「そこ!褒めてないで本気を出してください!」
「怒られてしまいました」
奏未は元の限界を超えて力を使っている。
それは無茶をしているわけではなく、限界の最大が高くなったのだ。
それでも限界は近い。
だから、早速決めに行くつもりである。
「簡単なことでした。あなたが持つ神性は包の範疇から出ることはありません。ですので私たちならば、その耐性を元々貫通することができたのです」
武器を使って、それのみが攻撃手段と教える必要なんかなかった。
奏未が自身の血を使って風露と雪華の術を破り発見したように、同様に露姫も攻略できるはずだと。
「よく気付きました」
空に大きな黒い輪が現れる。
太陽を円の中心に据え、見ていて不安になるようなそんな不気味な輝きへと、太陽の光を変換している。
「これは……」
風露が戻ってきていない理由を理解して、奏未は露姫を囲むように、いくつもの光の輪っかを作り出した。
一瞬にしてそこから抜け出した露姫は、雨露を背後から急襲する。
しかしそれが届く前に、再び露姫は移動してしまう。
元いた場所へ、つまりは黒い輪の下、無数の輪っかに包囲された場所へと。
「これは、『竜王』の……⁉︎」
「私作、あまつゆちゃんスペシャル〜人呼んで……暗天竜王結界」
(どっちの名前も聞いたことないです)
「存在をこの場所に固定した、というわけじゃな」
「そういうわけです。私も『竜王』とは一度あったことがありますから、その能力についても知っていたんです。なので、マネさせてもらいました♪」
楽しそうに笑う雨露が、無邪気にまた別の術式も展開する。
「奏未さんの術だけでは不安ですので、私も力添えしておきますね」
三角形の光が奏未の輪っかの周囲に現れる。
その中心にはそれぞれの辺から電気のようなものが収束し、高エネルギーの球体を作り上げている。
悪魔の力を含有した力を使うのであれば、やはり奏未より魔力との付き合いが長い雨露の方が扱いは上手い。
しかしこれだけの準備を受けて、何も手を打たないような無様を晒す露姫ではない。
「術式展開、そろそろ反撃に出させてもうおうかのう」
そう言って指を鳴らすと、それに反応したかのように雲が渦を巻き始める。
「ダメです」
しかしそれはすぐに元に戻っていく。
「どうなっておる?」
初めての純粋な疑問。
「グングニルは絶対命中の槍。穿ったのは、ご自慢の術式です」
「……」
絶対命中の槍、それは術者が意図しなければ意味がない。
それは二人の呼吸が合ったからこそできた、まさしく幸運の産物とでも呼ぶべきものだった。
張り巡らされた術式全てに雪華一人で対応することができない、だからそれを紙に起こして戦っている奏未が見えるようにしていた。
術式を破壊したところで勝ち目なんてないと思っていた。
それでもやっておいた。
砕けたグングニルの破片の一つ一つで穿つ、そこで手間が増えることはないからと。
それが今大きな意味を持った。
「たとえ無駄だと思ってみても、案外やってみるものですね」
円や三角形が高速回転しだして、盛大に光を撒き散らしながら力の本流を露姫にぶつける。
大きすぎる力が雲を吹き飛ばし、地上に太陽さえ隠してしまうほどの巨大なそれを落とし、そして誰もが目を覆った。
全てが目を閉じた時、包の戦いに決着がついた。




