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重なる問題、不吉な予感

「あの、うちの息子は助かるのでしょうか?」

 そう訊ねてくるその女性は、やはり得体の知れないものへの恐怖が滲んでいる。

 ティエラも不安そうな顔をして、俺の言葉に注目している。

 分かったことは三つ。

 ・これが呪術ではないということ

 ・魔法の影響によるものではないということ

 ・能力による他者の干渉が行われてないこと

 こうして状況を抽出した上で、眠ろうとしない要因を夢の中の出来事の影響だと断定する。

 やはり本人に会えば情報量が増える。

 さて、どう治したものか……

 思いつくのはただ一つ、再び長時間に渡ってトラウマに曝露させること。

 しかし、睡眠が安全な行為なのかはまだ分からない。

 サンプルがほしいところだが、それを指示するのは論外だ。

 まず重要視すべきは、彼ら被害者の安全、命あってこその健康だからな。

 今の彼らを表現するなら、虫の息と言うのが一番ふさわしいだろう。

 体もかなり衰えているが、それは精神的な部分が大きい。

 精神が死にかけていることが一番の問題点。

 睡眠をとれなければ疲弊し続ける一方だが、その安全性が確保されない段階でそれを推奨することはできないというジレンマ。

 さて、どうするのが最適解か……

「……眠らせよう」

「へ?」

 思考の結果出した答えに、患者の母親が間の抜けた声を上げる。

 ティエラも驚いた様子で俺を見る。

 同席している医者が、その根拠は、と目で訴えてくる。

「やけくそに出した答えではない。そうだな……順を追って説明しよう」

 その疑問を解消するべく、俺は丁寧に状況説明と過去の事例の説明をする。

「まず、こいつは睡眠を恐れていることや、証言とカメラ映像の不一致から、寝ている間に何者かに襲われたと推測される。そして、他の患者においても同様の症状が確認され、故に推測をそうであると断定する」

 これはまず間違いない。

 だからこそ、睡眠の危険性が排除できずにいたわけだが……

「次に、彼がこうして目を覚ましたということ。他の患者も順当に目を覚ましている。よって、この騒動を引き起こした何者か、或いは何かは、人を殺すつもりがないだろうと仮定」

 これは仮定段階をでない。

 しかしそれを裏付けるものはある。

「最後にこの事件と中国で起こった事件の関連性から、これが同一の何かによって起こされたもの、或いは類似した何かによって起こされたものだと仮定される。また、そこにおける死者数がゼロであることから、やはりそこに殺意はないだろうと予測」

 日本の被害者には、一つ共通点が見つかった。

 彼らはみな、悪事を行っていたという共通点。

 たまたまかもしれないが、そこには人の意思のようなものが感じられた。

 じゃあなぜ生かしているのか、それはきっと更生を目的としているから。

 中国も日本も光と闇の境界が曖昧な場所、中国で警官に被害者が出ているのも、そうした何かへの関与を防ぐためと考えられる。

 異常性の存在を知らない人にとっては、それは何者かによって引き起こされたものだとしか考えられない。

 だから、その何者かの意思さえ分かれば、相手は納得してくれる。

「しかし結局、予測の域をでないではありませんか?」

「そうだな。結局予測の域をでない。だが、これが人為的なもので、なおかつ明確な共通点として現れているものがあるのなら、それはそいつ自身の主張である可能性が高い」

 人間の尺度で測れる共通点があれば、人間の尺度で読み取れる主張があるはずだ。

「愉快犯でなければ、ということにはなるが、相手を選び、命を残し、そうし続けて国を越えたということは、国際的な主張であるという証。その共通点を崩してしまえば、その行為が非常に軽薄なものになってしまう」

「なるほど……たしかにそれが主張であるなら、彼らに危害がこれ以上及ぶことはありません」

「大丈夫だ。もし何かしらの危険がありそうでも、精神の保護は俺がする。必要になれば、だが」

 薬を飲んで魔力を帯びる。

 夢に干渉はできないが、精神に干渉はできる。

 絶望の二つの作用、その一つが、精神をより強固にするものだ。

 本人も俺の説明を聞いているが、やはり信用できないようで、嫌だ嫌だと叫んでいる。

「大丈夫だ。お前は反省しているんだろう?だったら、きっとそいつは許してくれるさ」

 気休めの言葉に聞こえるかもしれないが、しかしこれはただ言葉をかけているだけではない。

 人間には落ち着く声、心安らぐ声というものが存在する。

 暗技として身につけているそれを耳元で囁くことで、強引に心を落ち着かせる。

「さて、やってくれるか?」

「あ、ああ」

 説明した。

 本人の同意も得た。

 医者に視線を送ると、頷き睡眠薬を処方する。

 そいつはゆっくりと目蓋を下ろして、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 眠る準備をすると、それまでの疲労が全て襲ってきたのだろう、そいつから起きている人から感じる流れがなくなる。

 眠り始めから1時間ほどで深い眠りに落ちるはず、そこまで待って異変がなければ、睡眠という行為に問題はないと言えるだろう。

 緊張感の漂う室内で、俺は椅子に腰掛けその顔色を眺め続ける。

 安定した呼吸音、時計の秒針が時間を刻む音、緊迫した空気だからこそ聞こえてくる音が、より空気を重たくする。

 戦場では全体に意識を張り巡らせるが、今はこの患者、ただ一点に全てを傾ける。

 そんな滅多にしない暗技の使い方のせいか、体から尋常じゃない量の汗を流す。

 しかしそれにさえ気付くことなく、その人の観察を続けている。

 気が付けば、1時間を越えていた。

 何かしらの異変は感じられず、体の働きは正常に行われている。

 問題なさそうだな。

「おそらく大丈夫だ。だが、経過観測は怠るな。事態が急変する可能性は拭えていない」

「分かりました。何かあれば連絡します」

 病室を出ると、体が水浸しになっていることに気付く。

「ティエラ?俺が真剣に観測している間に、バケツで水を被せたか?」

「そんなことしませんわよ!」

 ならこれは汗か。

「はぁ……二度とやりたくないな、こんなことは」


 疲れ果てた俺は、家に着くなりすぐにシャワーを浴びる。

 奏未が入ろうとしてきたが、それをなんとか阻止することに成功し、汗と一緒に疲れを流す。

 そうしていると、今朝校長に言われたことを思い出してしまう。

「個人戦、選抜戦、どちらも励みなさい」

 それを口に出してみて、校長の目的と照らし合わせる。

 わざわざそれを言った意味はなんだ?

 俺に何かを伝えようとした?

 こうして俺を悩ませることが目的という可能性もあるが、しかしそれは校長に言われなかったとしても、ティンダロス事件の影響で行っていたはずだ。

 それをあいつが予測できなかったとも思えない。

 であるならば、自分が楽しめるようにその何かと拮抗した戦闘、或いは解決に至らせるための思考、それらに至らせるヒントと捉えるのが妥当か。

 ただ一つ分かるのは、選抜戦で何かが起きるということ。

 俺を推薦し、ナイフを渡して、それでなにも起きないなんてことは、あの校長に限ってはありえない。

 ついでに髪を洗ってから出ると、困った様子のリーラが出迎える。

「どうかしたのか?」

「大変です。ベッドが足りないですよ」

 大変と言うわりには大変そうに見えない。

 今空いてる部屋は親父たちの部屋だけ。

 ティエラとウォルレスの部屋がない。

 いや、お前らはホテルに泊まれよ。

 そんなことを心の中で言ったって仕方ない。

 リビングでカメラ映像を確認し、その詳細をメモしているウォルレスの肩を叩く。

「なんだ?俺は今忙しいのだが?」

「お前外泊しろ」

「何?お前、それ本気で言っているのか?」

「当たり前だ」

「それで、『がいはく』とはなんのことだ?」

「外で泊まるってことだ。ホテルなり旅館なり使えと言っているんだ」

「ああなるほど。理解した。始めからそう言ってくれ。やさしい日本語じゃないと分からない」

「悪いな、親切じゃなくて。それで、お前の答えは?」

「ホテルなら予約してある。姫様はここに泊まると言って聞かなかったから、予約していないがな」

 となると、誰か一人がリビングのソファーで寝ることになるのか……

「親の寝室を使えば良いだろう?」

「あの部屋はダメだな。俺でも長居すれば気分が悪くなる」

「あれしてもらった方がいいんじゃないか?」

「あれ?」

「日本のトラディショナルコスチュームの人に紙の付いた棒を振ってもらうあれだ」

「ああ、お祓いか」

「そうそれ」

 してもらうって、うちはそれをする側のはずなんだがな……

「いや、霊的な何かがいるわけじゃないから」

「『れいてき』?ああ、おばけと呼ばれるあれか」

「今はその表記で合ってるよ。一昔前まではおばけは妖怪のことを指していたが、認識がいつの間にか変わったんだ」

 って、だんだんと話が逸れていってしまっているな。

 俺の悪い癖だ。

「さて、会話はここで終わりにしなくてはな。夕食はホテルで食べるつもりで来ていたからな」

「そうか」

 会話の始めを覚えていてくれたようで、映像データとメモをポーチに入れる。

「姫様を預ける。狙われることはないだろう。しかしもしもということもある」

「奏未に言え。俺は大観覧祭に始めから出場しなければならないから、あまり自由な時間がないんだ」

「預かってくれるならなんでもいい。何か分かれば伝えるから」

「了解」


「そういえばお前、ずっとうちにいるけどどうかしたのか?」

 俺の部屋で椅子に座って漫画を読む日溜に、思い出したかのように突飛に訊ねる。

 昔から度々こういうことはあったが、基本的に用事なんてものはなかった。

 リーラと暮らし始めてから初めての急な訪問だから、なにもないだろうと思いながらもそうせざるを得ない。

「いや、これちょっと伝えておいた方がいいかなーって、思ってさ」

 本当に何かあったようだな。

「どうした?」

「最近中国マフィアがここら辺をうろうろしてるらしいぜ。『九鬼仙(きゅうきせん)』、中国読みは知らないけど、そいつらが何かしようとしてるらしいぜ」

 九鬼仙(ジゥグゥシィェ)なら先日対峙したばかりだが……

「ソースは?」

「言っても分からないと思うぜ?」

「いいから」

「マキナだ」

 マキナ、知ってる名前だ……

 機械仕掛けの天才博士、サイボーグ、マキナ。

 名前が同じなのは、偶然か?

「ま、知らないだろうな。そいつ、第一位の仲間だから、正確な情報だと思うぜ。嘘を吐く理由もないしな」

 イギリス行ってちゃっかりコネ作ってたんだな、こいつ。

 しかし、一位の仲間か……少し複雑なものがあるな。

 おそらくそいつは、俺の敵になるからな。

 まあ、情報はありがたく受け取らせてもらうが。

「その九鬼仙とかいう組織、何かやらかそうとしてるらしいんだ。少し前に爆発事故あっただろ?」

「ああ、山で突如として起こったあれね」

 第四研究所の爆発、それは世間的には山内部に滞留したガスに何かしらが原因で引火、爆発した、ということになっている。

「それ、実はガス爆発事故なんかじゃないんだ」

 都市伝説でも嗅ぎつけたか?

「実はそこには研究所があって、そこに侵入者がいて、それを倒すために爆発させたんだって」

「都市伝説あるあるだな。いや、陰謀論と言った方が近いか?」

「真面目な話だ。そこにはかつて第四研究所と呼ばれるものがあって、それが再開していた。だからそこに攻め込んだ。そして爆発から逃げる博士たちを、殺した」

 何者かに殺されていた博士たち。

 まさかそいつは、その事件の全体像を知っているのか?

 だとするとまさか……

「それを行ったのがその、九鬼仙の一人らしい」

「そいつがどんな風貌かとか、分かるか?」

「いや、そこまでは分かってないらしいぜ。ただ、まだこの街にいるらしいから、お前も気を付けた方がいいかもしれないぜ?」

「そうだな。やつらは俺を知っていた」

「もう遭遇してたのか⁉︎」

「遭遇したといっても、そいつは俺を伝え聞いていただけだ。それに、そいつは多分爆発の関係者ではない」

「そうなの?」

「ああ。あいつの力ならわざわざ侵入する間でもない」

「強い感じの敵?」

「第11位だって聞いてる」

「じ、11位……お前そんなのと会ってたのかよ……」

 なにその、相変わらずだなぁ、みたいな少し安心したような顔は……

 俺結構苦労したんだよ?

「まあ、一度狙われた以上は警戒は怠れないってことは決まった訳だな。俺もできる限り協力するつもりだし、何かあったら連絡寄越せよ?」

「りょー」

「返しが雑だなぁ……」

 九鬼仙、ティンダロス、まさかな……

「それだけ言いにきた。もう一つよく分からないことが起きてるし、ほんと気ぃつけろよ?」

「分かってるって。そんな心配するなよ。それより、お前はお前の心配をした方がいい」

「だな。何が起きてるか分からない現状、もしかしたら俺が狙われてるかもしれねーしな。一応、大阪奪還の顔だしな」

「ああ」


 さて、日溜が帰ったわけだが、寝る場所の問題は継続して残っている。

 親の部屋を使うのは論外として、そうなると俺がソファーで寝るか、誰かの家に厄介になるのが妥当だな。

 まあ、厄介になるなら夢花の家だろうな。

 だが、奏未とティエラの二人の言い争いを放置して外泊するのもなぁ……

「アンタ、何を一人で悩んでんのよ?」

 米を研いでいる俺に、不思議そうに訊ねるエリア。

「いや、寝床をどうしようかと……」

 奏未とティエラの首がこちらを向く。

 水を捨ててまた水を入れてと何度か繰り返して、米を炊飯器にセットする。

 そうして夕食の準備をする俺に、二人がズカズカと歩幅大きく歩み寄ってくる。

「ど、どうした?」

 楽しそうに俺を見る二人に何かを感じ取ったエリアが、俺の背に隠れてしっかりと服を掴んで逃げられなくする。

 いや、怖がって隠れてるだけなんだろうけど、これじゃあ俺に逃げ場がねえ!

「ベッドが足りないよね?」

「それならヒロトがどうするかは決まってますわよね?」

「お、おう。だからそこのソファーで寝ようと……」

「お兄ちゃんにそんなところで寝かせるわけにはいかないよ!ほら、お兄ちゃん!誰と寝るか選んで!」

「そうですわ!客人として、家主からベッドを奪うなんてこと、できませんわ!だからあなたは、ベッドで寝るべきですわ!」

「それでなぜ俺が誰かと寝ることになるんだ……べつに、お前らが二人で寝れば俺もベッドで寝れるし、その方が俺は楽だ」

「ダメだよお兄ちゃん!お客さんに連れ以外の人と寝させるなんて!だからここはあたしと寝よ?」

「わたくしが押しかけたのが悪いのですから、わたくしがあなたと寝れば解決しますわ!イギリスでは同じ布団で寝ましたし」

「お兄ちゃん!」

「どっちと寝ますの⁉︎」

 二人とも目が怖い!

 ものすごい身の危険を感じるんだが⁉︎

 奏未は苛立ちティエラは焦る。

 大体察してはいるが、ここで流されればそのまま流されていきそうで怖い。

 一人で寝たいというのは許さないだろうし、外泊は論外だな。

 となると選択肢は……

「リーラかエリアのどちらかだな。一人で寝るのが一番落ち着けるが」

「んなッ⁉︎」

「そんな……!わたくしを、選んでくださらないなんて……」

 本気で衝撃を受ける二人の姿を俺の後ろからこっそりと覗くエリア。

「リーラはともかく、なんで私まで入るのよ?」

 寝るならの仮定の話のはずなんだが、なぜか気になるらしいエリア。

「決まってるだろ?何もしてこないだろうと思っているからだ。奏未は貞操の危険を感じるし、ティエラは前科持ち」

「で、貞操の危険……」

「わたくし、そんな風に思われていましたのね……」

「嫌ではない。むしろ嬉しいが、そういうことはそういう関係の人とじゃないとダメだ。そして今の俺にそんな存在を作るつもりはない!つまりそれは避けるべき!」

「やっぱりお兄ちゃん、ガードが固い……」

 固くはないと思うんだがな……

 なにせ、エリアとリーラなら一緒に寝れるとか言ってるわけだし。

「ベッドメイキング終わったです。でも、一人分足りないですよ」

 今まさにその話をしてたところ。

「一緒に寝るか?」

 なんとなくそう訊ねると、リーラはぴょこぴょこを起こして、相変わらずの無表情のままで俺を見る。

「ふ、不束者ですがお願いするです」

 何度か一緒に寝てるのに、そう改まって言われると、少し照れ臭いものがあるな。

 どこか寂しそうにするエリアだが、あ、そういえば解決手段あったわと気付く。

 そうだよな、せっかく親友同士同じ家で暮らすんだから、親友が別の友人と一緒に寝るなんてことになって欲しくないよな。

 うんうん、それは寂しくなる。

 まあ俺は、親友と寝るなんてこと絶対にしないけどな。

 中学の修学旅行の時に分かったが、日溜の寝相は最悪だ。

「待てリーラ。俺がお前と寝るとエリアが寂しいらしい。というわけで、やっぱりエリアと一緒に寝てくれ」

「広人さんのお願いでは仕方ないです」

 ぴょこぴょこが垂れ下がってテンションが下がってしまったリーラだが、ちゃんと納得してくれる。

 こうなるだろうと予想していたらしい奏未と、予想外だと驚くティエラ。

 それを望んでいたように思えたエリアも、なぜか微妙な顔をしている。

 まあ、俺にとっては納得のいく配分なのでよしとしよう。


 ティエラと奏未はなんだかんだ仲がいいらしく、食事を終えると一緒に風呂に向かう。

 リーラは食べたいと言っていたハンバーグを出されたからか、それをじっくりと味わって食べている。

 それを頬張る姿は衝動を抑えがたい愛らしさがある。

 まあそれはそれで写真に収めておくとして、ティエラがいない内に話すべきことを話しておくか。

「エリア、今日は休めたか?」

「ええ。おかげでバッチリよ」

「そうか。なら、今の内に話してしまおう」

「今の内って……二人はアンタが黒騎士だって知らないの?」

「奏未は知ってる。実の妹だ、当然悪魔の血を引いている。だがティエラは知らない。まだ知らせるつもりはない。なるべく知ってるやつは少ない方がいいからな」

「ふーん。じゃ、さっさと本題に入るわ」

 事前に連絡を受けている。

 村の連中や軍連中が、黒騎士の意図が不明で分からないからリーラに接触できるように取り持ってほしい、とその親友のエリアに頼んだらしい。

 まあ、村の連中はリーラと黒騎士が知り合いだって情報しかないから妥当だろうし、リーラを貶めていた村人たちよりエリアの方がリーラ自身何も気負わなくていいからという配慮も当然のものだ。

 黒騎士の意図、それ以上に隊長さんや現村長であるムバラクは、悪魔側に立っていた俺の意思が気になっているだろう。

「黒騎士の行動理由と、アンタが望む先について聞かせて」

「俺の行動理由と望む先ねぇ……」

「黒騎士の行動理由は答えなくてもいいわ。多分、不明の方がアンタにとって都合がいいんでしょ?」

「よく分かってるな。じゃ、後は俺の望むものだが……悪魔と人間の暮らす村の維持、混血の増加、つまりは悪魔と人間の共存、その先駆けとしての役割を望む」

「そう答えるのは分かってたわ。もっとほかにないの?こんな街にしたいとか、こんな暮らしが送れるようにしたいとか」

「ないな」

「悪魔の文化を基準にするか、人間の文化を基準にするかとか、何かあるでしょ?」

「なるようになる。どっちが中心になるか?そんなものは生活していけば自然と決まっていく。社会システムはすべて悪魔と人間が話し合って作っていくんだ。俺が対処しなきゃならない問題が発生した時だけ、俺は手を下す」

 俺が何もしなくても一番合理的な形に勝手に収まるだろうと、そう俺は考えている。

「無責任ね」

「俺に責任はない」

「そうだったわね。アンタが責任を持つべきなのは、任されていた人間との会談だけだものね」

「ああ。それ以降のことは、村のみんなとそこで暮らす隊長さんたちが、話し合いながら決めていくべきことだ」

「それじゃあ、次の質問ね」

 まだ何かあったのか。

 急に聞かれても答えを出すのに時間がかかるかもだから、なるべくなら先に言っておいてほしいものだが……

「これから村と一般の人間社会は、どう関わっていくべきなの?」

 これは人間側でも上がっている議題だ。

 当然村で考えていてもおかしくはない。

 人間との関わり、これを一歩間違えれば種族間の戦争にだってなりうる。

 そこは慎重になるべきだし、その結果どちらも悩みに悩んで答えを出せずにいる。

 だが、それくらいがちょうどいい。

 なにせ、人間と悪魔の溝は深い。

 それはもう、途方もなく深く、同時に気が遠くなるほどに遠い。

 そこをひとっ飛び、なんてことはできないから、段階を経て埋めていくしかないんだ。

「なるべく関わらせない、それが一番だ。いずれ双方の混血が生まれる。そうなってやっと、第一歩が踏み出せるんだ」

「いずれって、今目の前にいるアンタじゃダメなの?」

「お前俺に人前に出ろってのか?」

「そうよ。それが一番近道じゃない」

「俺の行動が制限される上に、俺が人間に寄りすぎているため悪魔の反感を買う可能性がある。それは避けたい」

「ふーん。それじゃあ、しばらくは私たちだけの秘密なんだ?ふーん。へー」

 なぜ少し嬉しそうなのか。

 喜ぶ要素が分からない。

 質問自体は真面目なものだったはずだし、俺もそれにおふざけなしに答えたんだがな。

「質問はもういいのか?」

 のんびりしているとティエラが出てきてしまうので急かすが、特別急いで聞くことでもないらしく、エリアは上機嫌に俺を眺める。

「しばらくこっちにいるから、また気が向いた時に聞くわよ」

 食事を終えたリーラが食器を洗い終えたところで、そのリーラを捕まえて二階に上がっていく。

 話がないならゆっくり休もう。

 なにせ明日は大観覧祭だ。

 もしかすると、俺を気遣って話を切り上げたのかもな。


 開催を知らせる号砲花火の音が響く。

『いよいよこの日がやってきました!これまでの厳しい訓練、それもこれも今日この日のため……これより、大観覧祭の開会です!』

 近くのスピーカーから発せられる開会宣言。

 個人戦の開催が今日。

 都内各所の競技場で階級の低いものから行われる。

「よう。フィリア」

 呼び出していたフィリアを見つけ、そう声をかける。

 スタジアムで会う予定だったが、道中で会ったのならそれはそれで構わない。

「おはよう、広人」

「よかったな。俺たちが当たるのはかなり先になるみたいだ」

「赤が参戦するあたりだったわよね?」

「ああ。お互い勝ち進めば、だがな」

「勝てる気がしないわね」

「そう気負うなよ。何も取って食ったりするわけじゃない」

 フィリアの流れは以前と変わらないが、さらに強くなったであろうことが窺える。

「どうした?」

 俺に何か違和感を感じているようで、それが気になって仕方ないという表情だ。

 話しながらずっとそんな顔されると、さすがの俺も訊ねずにはいられない。

「ちょっと気になってるくらいのことなんだけど……あなた、少し変わったような気がするわ」

「変わった?」

「ええ。なんて言うんだろう?非日常的な性質が加わった?うーん……分からないわよね?」

「非日常、日本の日常においては神や仏というものが切って話せない。そんな日本における非日常、つまりは祭事や式だろう。祭事においてよく存在が確認されるものとしてあるのが神を降ろす依り代……」

 え?マジで?

 これを無意識のうちに理解して非日常って言ったの?

「人間に向けて言うってことは、人間自身が依り代ってことだろ?その場合その依り代たる人間は、巫女(ふじょ)なんかが通常の人間から離れるため、厚化粧をする。人間との差異を設けることで神に近づく」

 たった一言でここまで表現するか。

 フィリアってこんなにも賢かったんだな。

「なるほど、非日常か。言い得て妙だ」

「そんなこと少しだって思ってないわよ」

「無意識でこれか。これは驚いた」

「違うわよ。人間から離れてるって言うと、少し差別的でしょ?だから、別の表現を探したの。ごめん。誤解を招く発言だったみたいね」

 まさかの意図だったな。

 差別的か、そこに注意が向くのは、やはりフィリアが被差別側だからか。

「まあ、人間から離れてるっていうのは事実だしな。差別的かと言われれば、まあそうはならないだろう。この場合でいう人間から離れてるってのは、どちらかと言えば神聖な方向へ向けてだ。マイナスの意味合いがなければ基本的にはそう言われないはずだ」

「広人が不快にならないならいいんだけど……」

「じゃあいいな」

「それにしても……まさか本当に神性を得たなんて……」

「そうだな。俺も驚いたよ。俺は巫女(ふじょ)じゃないんだがな……」

「でも、家系的にはそうなんでしょ?」

「ああ。一応はそうだが、本来は女性の体に宿るものだ。こんなことはこれまでなかった。もしかすると、神の中にも男女平等の思想が浸透したのかもな」

「見方が独特ね。それだと神様の価値観が人間の価値観より遅れてるってことになるわ」

「人間があてがった概念に何を付加しようと人間の勝手だ」

「巫女の家系とは思えない発言ね」

 仕方ないね。

 うちは信仰を力に変えるから、そもそも神とかどうでもいいんだよな。

「私たちに似たところがあるわ」

 私たちって、新人類にってことかな?

「実際似てるんだよ。考え方だけじゃなく、神性の獲得ってところも含めてな」


 競技場に向かう途中で、よく知った後ろ姿を見つける。

 まあこっちに戻ってきていてもおかしくはないか。

 大観覧祭には多くの狩人(ハンター)が駆り出されているからな。

 無視して通過しよう。

 さりげなく流れに潜って通り抜けようとするが、失敗。

「挨拶もなしにどこに行くつもりだあ?」

 肩を掴まれ動きを止めたそいつは、あまりにも鋭い殺気を俺だけに向ける。

 それだけで痛みを覚えるほどだが、俺も負けじと殺気を放つ。

「一丁前に抵抗なんてしやがってよぉ」

「息子に殺気向けるな。だから奏未から嫌われるんだ」

 その一言で衝撃を受けて手を離してよろける親父。

「む、息子?」

「ああ、お前は会うの初めてだったか。こいつは俺の親父の六火だ」

「広人の、お父さん……は、はじめまして!」

 背筋を伸ばして改まって挨拶するフィリア。

 さっきまで剣に手をかけていたからだろう、ちょっと困った表情をしている。

「何しに帰ってきたんだ?出場選手だから仕事は頼まれてやらんぞ?」

「必要ねぇよ。今回戻ってきたのは、そのためじゃねぇ。こないだ帝と潰した組織に、面白い情報があったから、それを狼破(ろうは)の嬢ちゃんにくれてやりにきたんだぁ」

「面白い情報?」

「お前が今知る必要はねぇ」

 聞かれたくなさそうだし、必要ないと言うのだから実際今は必要ないってことなんだろ。

「話は変わるが」

「ダメだなぁ。わしはこれでも忙しい身なんでなぁ」

 発言を先読みするな。

「まだ何も言ってない」

「話は変わるがって言ったじゃねぇか?」

「それを否定するな」

「で?話ってのはなんだあ?」

「俺を手伝え」

「断る」

「だよなぁ……」

「助っ人一人きてくれてんだろぉ?そいつで十分だぁ。こいつは適当に言ってるわけじゃねぇ。この意味、分かるよなぁ?」

 本気で言っているということは、能力で見たってことだろう。

 しかし、たとえ親父が大丈夫だと言っても、これまでの親父の大丈夫は、基本的にはしくじらない限りはという注釈つきだった。

「お?その目は疑ってやがるなぁ?」

「これまで幾度となくそう言われ、危ない場面に遭遇してきた。結果的に大丈夫とは言えない事態になったことだって何度もある」

「だがお前は無事だぁ。それを大丈夫だって言うんだ。安心しろ。今回もお前がしくじらなきゃぁ、最悪の事態だけは避けれるからよぉ」

 最悪の事態だけはってなんだ⁉︎

 それじゃあまるで、最悪とまではいかないまでも悪い事態にはなるみたいじゃないか!

「その通りだあ!」

「心を読むな!」

 頭をがしがしと力強く撫でてきて、それから手をひらひらとさせて去ろうとする。

 なんだよ、呼び止めておいて何もなしかよ。

「ああそうだ、一つ言い忘れてた」

 立ち止まって振り返った親父が、真剣な顔をして雰囲気を作る。

 そしてマジトーンでその言葉を発する。

「さっさと孫の顔を見せろよぉ?」

「はぁ?」

 マジトーンで何言ってんだこいつ?

「じゃあなぁ」

 あいつは何言ってるんだ?

 ふざけたことをぬかした親父に、俺は頭に手を当て大きな溜息をこぼした。

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