命の在り方
術式反転!炎弾!
それは風に火の尾を揺らされながら、真っ直ぐ、ロボットめがけて進む。
暗技で読み切った。
あれは定期的に風を吸い込んでいる。
それはつまり、一度吸い込めばそれが永遠に使える、というわけではない、ということ。
立ち位置が変わり、俺が風のほとんどを打ち消しているからこそ、発見できたことだ。
さて、能力ではないこいつだが、どう対処するのだろうか?
俺の炎弾はかなり効くぞ?
「そんなものが……効くか!」
右腕を突き出したことで、炎がその腕に吸われていく。
「自分の技で死ねえ!」
言葉遣いから必死さが伝わってくる。
俺の技をそのまま放ったそれが、どこから放ったのかが明確になる。
俺は秋の能力への対処を緩める。
たったそれだけで炎へ対処する。
再び風を魔力で抑える。
「ああそうだ。能力なんか使ったところで、私を倒せるはずがなかったんだ」
能力ではない。
これは魔法、しかし、それを取り込み使用してくるそれを取り込んでくるとは思わなかった。
ならば対処は……
簡単だ
「ははは……あなたには驚かされましたよ。しかし、これで終わりです。さあ、焼け焦げてしまいなさい!」
何度も放たれる炎弾を、魔力を弱めることで払う。
しかしこれは自分が風の影響下に曝される、博打の一面がある回避方法だ。
だが、圧倒的に魔力が足りない俺にとっては、最も合理的な方法と言えるだろう。
魔法が効くなら、相手が黒だろうと問題なく叩き潰せた。
魔法が効かないのなら、鬼門に頼る必要があった。
魔法を取り込み、術式をそのまま行使するなら、これほど楽な対処もない。
「特大なのをいきますよ!」
秋の風に掻き消されないほどのを撃つらしい。
だがな、炎弾はそんな威力にはなり得ないんだ。
術式ごと取り込みその術式を使用する仕組みではな。
俺の炎弾はかなりの威力をほこるが、根本的なところ、つまりは術式そのものが、超高威力に耐えられない構造になっているんだ。
たとえそのオブジェクトに威力を増大させるような異常性があったとしても、それはある程度までで、限界というものが存在することを、誘拐された子どもたちの階級が示している。
そう、階級は上がっていった。
それは火力増幅の限界を示すものに他ならない。
放たれた炎弾は、しばらくは風に対抗するも、やがては届かず消されてしまう。
術式を編む。
本来なら絶対に使用することのない術式を。
「大した威力の出せない能力ですね。実は階級低いですね?あなた?」
風に抵抗していることが、階級が高いと思わせる要因だ。
しかし実際は紫、最底辺の無能力者だ。
やはり人間が魔法を使うとは考えられないようだな。
「そうか……あなたは異常性を持っているのですね。だから風に抗えるのでしょう」
鋭いが見当違いだ。
異常性は持っているがだから風に抗っているわけじゃない。
さて、術式は完成した。
あとはあれに取り込ませて、使わせられればそれで終わりだ。
術式に名称はないし、今後使うことがないからつける必要性もない。
強く地面を蹴り、風の防壁を張れない懐へと潜り込む。
こうなれば取れる対処は一つだけ。
案の定右腕を、そこに備え付けられた円盤を向けてくる。
それがお前の敗因だ。
「絶望を知れ」
お前ら科学者が俺たちに見せた絶望を、今度は自分たちで味わえ。
発生した魔法は出たところから全てまるっと吸収されてしまう。
そのオブジェクトが、取り込んだ能力の、或いは魔法の、本質的なところを増幅させるのだとしたら、つまりは、風を操ること、火の玉を飛ばすこと、そういったことを増幅させているのなら、俺のこの術式、その本質も再現してもらおう。
「この距離なら躱せないでしょう!さあ、自らの炎で血肉を焼きなさい!」
その円盤から発生した炎は、俺には向かず瞬く間に機械全体を包む。
「な、なんですか、これは!」
威力を増幅させて使ったんだろうな。
「できれば避けたいよな。焼死、なんて死に方は。安心しろよ。そいつは地獄の業火じゃない。お前の罪を焼きはしないよ。だから安心して、地獄に落ちるんだな」
全てを焼くまで消えることのない炎、忌炎。
既存の上級魔法を改良し、対象を自分に向けた。
耐熱性が高いのだろう、ロボットはまだ原形を留めている。
しかしそれがもう動くことはない。
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!死にたくないいいい!」
「ファラリスの雄牛に入れられる気分、分かったか?」
「熱い熱い熱い!た゛す゛け゛て゛!」
焼け壊れてしまうオブジェクト。
だが、それよりも燃え続け苦しむ中の人物に目がいく。
魔力をほとんど通していなかったが、やはりここまでの威力にまで増幅してしまっている。
なんとも恐ろしいな。
そのその内側の酸素も無くなってきただろう。
俺はロボットに細い希望の槍で空気穴を開ける。
せいぜい長生きするんだな。
魔力を緩めると暴風がロボットを吹き飛ばし、そしてロボットは壊れた壁の向こう側にいってしまう。
あとは秋を止めれば終わりだ。
俺はさっきから痛みに堪え続けることしかできなくなっていた秋に駆け寄る。
すぐに助けてやる。
やり方は分かっているからな。
魔力で風を防ぎながら秋の元まで辿り着く。
「秋!」
「お兄……ッつ!」
声を発しようとして能力の暴走が響いたか、その血を垂らした顔を歪める。
とりあえずは……
「読み解き打ち消せ!解錠!」
秋に手を触れ解錠を使うだけで、能力は収まり容態は安定する。
やはり希望の魔力でも使えるんだな。
魔力で拘束を消し去り、ボロボロになった体を受け止める。
「心を落ち着かせるんだ。能力の暴走は心的要因が大きい」
「はぁ……はぁ……」
「呼吸を整えろ。深呼吸だ」
「すぅ〜……はぁ〜……」
薬か、それで能力を暴走しやすくされていたのか。
だがこの傷を見るに、能力を使わせることが目的だと気付いて抵抗したらしい。
「お兄さん……ごめんなぁ。こんなことに巻き込んでしもた」
「もともとこれは俺のヤマだ。お前が捕まっていなかったとしても、明日にでも攻め込みに来ていたよ。だからそんなこと気にするな」
「そう言われて気にしないほど気楽な性格に見える?」
「まあ無理だろうな。社交辞令だ」
「それ直接言うん?」
「言っちゃったものは仕方ない」
絶望の魔力を秋に流し込むことで、暴走抑制のための自我の確立を促進させる。
この魔力には二つの性質、精神を殺す性質と、精神を確立させる性質の二つがある。
それを利用して秋自身を固めていく。
「もう一つ謝らなあかんことがあんねん」
「なんでも言ってみろ」
「髪飾り、買ってくれたやん?」
そうだな。
ほんの数日前だ。
「あれ、壊されてしもた。せっかくもろたのに、壊されてしもた。ごめん……」
なぜ謝るんだ?
別にお前に非があるわけじゃないだろ。
「そんなに気に入っていたのか?」
頷くことはないが、ここで頷くのが気恥ずかしいのだろう、頭の動きが誤魔化そうとしているのを物語っている。
「壊れてしまったものは仕方ないよ……なあ、明日、時間あるか?生還祝いに何かを贈ろうかと思ってるんだが……やっぱり贈り物は、自分で選んでこそだと思うんだよ。な?俺に贈らせてくれ」
「……」
体にコツンと頭を打ち付けて答える秋。
溜め込んでいた涙が溢れてきているな。
しばらくこうしておいてやるか。
さて、逃げる準備は整っただろう。
博士たちは彼らで何かしようとしていたようだからな、さて、自分たちが最も安全に逃げる方法はなにか、答えに辿り着いたかな?
色々とこちらから見えないように動き回っていた彼らだ、さて、期待通りに動いてくれることを願うよ。
その触手は臭かった。
その臭いを俺は、知っているような気がした。
それがなんなのか、多分かなり身近なもののはずだ。
「この触手の前ではあなたも無力です。たとえObject-116を破壊できるほどの力を、有しているとしても、ね」
言葉はもう必要ない。
全てを打ち壊す最大の一撃を、味わわせてやる!
片方の触手を伸ばしてくる。
それを躱して突っ込んでいく。
もう一本が守りに徹する。
攻防一体の触手は、相手にするには厄介なんてものじゃない。
だが、どんな壁があろうと俺は突き進んでいく!
これが俺の選んだ道だからだ!
鬼流・音速 灼熱腕!
この熱は人間が耐えられるものじゃない。
黒い触手にぶつかると、それは熱で溶かされ、拳に作られた気流に流され、濁流のごとく勢いで博士に襲いかかる。
顔にかかり喉にかかり、声も出せないままに苦しみながら転がり続ける。
「ああ!分かった!これゴムだ!」
今更気づいたところでって話だが、これでモヤモヤが一つスッキリした。
てか、こいつぶっ倒すために角まで生やして戦ったけど、さすがにこれはオーバーキルだったか?
いや、こいつらにはどれだけのことをしてもオーバーキルにはならないか。
なにせ自分たちも、同様に酷いことをたくさん行ってきているのだから。
さて、他の博士を根絶やしに行かないとな。
そう考えて歩き出そうとしたところで、所内放送がかかる。
『この研究所がレベル5の緊急事態だと判断されました。当研究所は15分後に爆破解体を行います。速やかに回収部隊が向かいますから、施設内避難案内に従い、所定の避難所への避難を開始してください』
「いやいや!そんなことってある⁉︎」
俺はただ一つオブジェクトぶっ壊して博士一人ぶっ殺しただけだぞ?
レベル5緊急事態の判断速すぎだ!
「だいたい爆破ってなんだよ!15分ってなんだ!爆風の範囲から逃げられないだろ!」
避難所って言っていたな。
そこに博士たちは逃げるんだ、だったらそこで一網打尽にすればいい。
さて、施設内避難案内ってどこにあるんだ!
それが見つからないんじゃどこに行けばいいのか分からねーよクソ!
とりあえず……
「脱出だああああ!!!」
来た道を駆け戻り、エレベーターの天井を突き破って、壁を蹴って駆け上がり上の階を目指す。
爆破ね。
まあ、ここまで危険な機関なら、その処理が最も合理的と言えるだろう。
オブジェクトの脱走を起こしてしまうよりは、そうして処理できる範囲でも処理してしまった方がいい。
さて、どうやら俺の望み通りにことが運んでいるようだ。
俺が破った扉から、何人もの子どもたちが流れ込んでくる。
「この子たちは?」
博士たちは、自分たちが逃げる時間を稼ぐために15分の時間制限を設けて、人質とするかのように子どもたちを放った。
秋を助けに来た俺なら見捨てられないとそう踏んだんだな。
「最近の行方不明事件、その被害者たちだ」
子どもを連れて来たのは、その中でも一段とやつれて見える少女。
まだ希望を捨てていなかったようだな、しかしその後ろの少年は、もう助からないと虚ろな瞳で俺たちを見つめている。
どうせ助からない、そう思っているのだろう。
まあ、爆破する、なんて聞いたらそうなるよな。
「お兄さん?みんな連れて生き残れる?」
「どうだと思う?」
「どうだとって……そりゃ、生き残れるんちゃう?これは自分のヤマや言うんやから、こうなることも考慮しとった思うけど……」
その推測は概ね正しい。
俺は実際準備していた。
敵に襲われた際には施設を爆破する、それが最も合理的だと分かっていたからこそ、俺は入念な準備をしようとしていた。
しかし実際には、準備が完了する前にここに来てしまった。
そう、つまり今の俺は無策状態でここに突っ立っているわけだ。
倒されたロボットを見て少女はしばらく呆然としているも、すぐ気を取り直して質問してくる。
「わ、私たちにできることってありますか?」
ないことはないな。
確か一人赤がいて、そいつは防具を作りだす能力を持っていたはずだ。
そしてその人物とはおそらく、目の前のこの少女のことだろう。
「俺のそばに集まれ。一応お前は鎧を展開していてくれ」
「え?どうして私の能力知ってるんですか?」
「まあ、気にするな」
「うちも手ぇ貸すわ」
「暴走はするなよ?」
「言われんでも気ぃつけるわ!」
悪魔の力を使えばどうとでもできるが、それはこの子たちに良い影響をもたらさない。
だからここは今のままで乗り切るしかない。
集まってきた子どもたちを、大きめに展開された鎧が覆う。
この部屋の壁は核の直撃にも耐える強度らしいが、それを期待することはできないか。
おそらく爆発する際に、自動で壊れるように設計されているのだろう。
壁に数多の亀裂が走る。
さて、残りの魔力で守りきれるだろうか?
俺、秋、鎧、三つの防壁でどれだけ勢いを削げるか、それが子どもたちを守れるか守れないかを分ける。
「秋、お前も鎧に入っていろ。俺の力は内側から外に出すことはできない。だが、お前はたとえ鎧の中からでも外の風を操れるだろ?」
「操れる、けどそれにはかなり集中する必要があるわ。それは今のうちには厳しい。内側に張るには狭いし、暴走せん確実な方法は、外で操作することや」
たしかにその通りなのかもしれない。
だがそれでは、秋だけリスクが減らない。
合理的だが好ましくない。
「あんた一人で体張らんといて!うちだってあんたを守りたい思てるんや!うちにも体張らせて!」
ここまで言われると流石に断れないよな。
薬さえ持ってきていれば不足分の魔力を補えたんだが、持ってきていないのだから仕方ない。
全く……困ったものだよ、保険が保険として機能しないってのはさ。
「なら、突破されないように足掻けよ。俺だって、痛いのはごめんだからな」
鎧に張り付き二人して防壁を展開する。
内側に風の膜、外側に希望の魔力、さらにその外側に絶望の魔力で壁を作る。
どこから衝撃がくるのか分からないので、形は当然球体になる。
さて…………
時間だ。
衝撃波が一番外側に張られた希望の魔力の防壁にぶつかる。
ここでどれだけ勢いを削げるのか、それが肝になってくる。
俺の血との適性は高い。
だからこの魔力に出せる力のほぼ全てを預ける。
絶望の魔力はある分だけだが、希望の魔力は血である程度強化できるからな。
分厚い壁だった希望の魔力もジリジリと減らされて、すでにかなり薄くなってしまった。
各方向から衝撃が加わる。
広い研究所だ、爆発も各地で行われることも予想済み。
しかしだからと対処できるわけじゃない。
鼻血が垂れて、耳からも血を流して、それでも力を送り続ける。
「くっ……ああああああ!」
追加された衝撃に壁が耐えられなくなり、ついには突破される。
次の絶望の魔力は勢いを削ぐものではない。
触れた物を塵にすることがメインだ。
喰らい尽くせ、絶望!
全てを飲み込む闇と呼ばれるそれだが、しかし人が作り出している以上、飲み込む量に制限が出てくる。
あと少し、耐え凌げば……
「……ッらああああ!!!」
ダメだ……食い、切れない……
魔力の壁が突破され、秋の張る風の防壁に衝突する。
「うぐぅ……重いなぁ……」
各方向でまた何度か爆発が起きたのがかろうじて分かる。
魔力がなくなって感知が効かなくなってきやがった。
だが、秋はもたないだろうってことは察した。
「我が血を以って力と為す……」
魔力を血から生み出す。
変換効率が悪いから使いたくないんだよな。
それでも緊急時にはありがたい。
スズメの涙ほどかもしれないが、それだってつもりに積もれば川となろう。
再びドーム状に魔力の壁を作る。
それは内側から風の壁を後押しするように、そして健闘したそれを労うように、優しくその役目を交代する。
「お兄さん……まだそんな力残っとったんか……」
「もう限界だがな。これは搾りかすだ。だが、ないよりはマシだろ」
秋を背で押し、鎧の中に押し入れる。
少し開けておいてくれて助かったぞ、少女よ。
鎧は完全に閉じられて、それと同時に魔力の防壁が破れる。
熱と風の暴力が俺たちを飲み込んだ。
何とか脱出した。
勢い余って木を倒しながらだいぶ山を下ってしまった。
しかし、これは派手な爆発だな。
地面が爆発で剥がされて、土砂が滝のごとく勢いで地上に降り注いでいる。
爆破処理……多分もう一人侵入者がいたんだ。
入念に準備していた、この施設の破壊を目的としていた人物が、きっといた。
そいつに追い詰められたんだ。
だから爆破処理なんて最終手段に乗り出した。
攻めているとしたら、それはきっと広人だろう。
広人は不死身だ、だからこの程度は問題ないはずだ。
心配なのは攫われた子どもたち。
彼らが広人と会えているなら、助かる可能性もあるが、この規模の爆発の中、助けるなんてのはスズメの涙ほどの可能性もないだろう。
たとえ子どもたちにも特殊な力があって、協力していようとも、袖のシミを作ることさえできない。
かつてと同じ、生き残りは広人と俺だけ。
第四研究所、やはりここは再開させるべきではなかった。
地下施設の爆破解体を眺めていた俺は、気を取り直して逃げているはずの博士を追う。
この爆発で俺も広人も死んでると思われているだろう。
だから多分一緒に逃げているはず。
移動の便利な街の方に逃げているはず。
しかしそれなら可能性のある方角は二つ。
どっち側へ逃げているのか……考えて分かるかあ!
勘だ!こっち!
適当に走っていると、木々の隙間から道路が見えてくる。
そこへちょうど車が差し掛かったところだった。
山から下ってきた車だ、中に結構な人数がいる。
遠目に見ても独特な服ですぐに分かる。
あれは博士だ。
俺は車の前に飛び出して、体を張って止めようとする。
速度を落とすどころか、むしろ轢き殺そうと上げてきた。
対応が酷いな。
「音速 ブン殴り!」
真っ直ぐ俺を目指して進むそれを上に飛ばすように拳を出して、そんな危険運転なそれを宙へ打ち上げる。
空中でくるくる回ったそれは、屋根から落下し扉がひしゃげる。
少し開いた扉を力でなんとか開けた博士の一人が、車から這い出そうとしている。
「どんな気分だ?爆殺したと思っていた相手が、自分たちより先に脱出していて、無様にもそいつに殺されるってのは?」
「た、頼む!見逃してくれ!他の博士はいい。私だけ、見逃してほしいんだ!家族が、家族がいるんだ!」
「へぇー家族がいるねぇ。そういえば、お前ら誘拐してたらしいな」
「あ、ああ……それがどうかしたのか?」
「そいつらにも、大切な家族がいるんだろ?なら、それを無理矢理離れ離れにしたお前は、お前らは、それを理由にしちゃいけねえ。俺の言ってること、分かるか?」
しゃがんでその目を覗き込むようにそう言うと、そいつは怯えるような目で見上げてくる。
救いを求める哀れな子羊のような、そんな瞳……ああ、やはりこいつらはこうなんだ。
行動するということを、少し履き違えているようだ。
「一度人に酷いことをしたのなら、それは同時に自分がされることも認めていることになるんだ。安心してくれ。俺は最低のクソ野朗だが、一回しかお前たちを殺さないからさ」
その博士を車内に蹴り戻し、今度は絶対に抜け出せないように扉を無理矢理閉じると、車を殴って完全に開けないようにする。
「あー油臭え。時間調整終了。はいはい退散退散」
少し離れた場所から投げ出さないように監視する。
気絶してる博士たち。
一人の博士が他の博士を起こそうとしている、どこからか出ようと探している。
しかしそんな猶予はない。
祈りは済ませたか?
爆発する。
電気とガソリンで動くタイプの車だからそれほど大きな爆発じゃないが、それでも人を殺すくらいのことはできる。
断末魔をあげる間も無く息絶える。
全員が死んだことを確認して、すぐにその場を離れる。
これだけ何度も爆発が起こっていると、やはり野次馬や警察が来てしまう可能性がある。
山の木々の深い方へと進み、元来た場所へと戻っていこう。
幸い、俺がいた証拠は爆発が全て吹き飛ばしてくれたからな。
「熱っっっつ!」
爆風で鞭打ちにされたが、服は残っているし、体も火傷打撲骨折程度の傷だから問題なさそうだ。
収まったことが分かったのだろう、鎧が消えて秋が涙を流しながら俺を見る。
消滅した施設、その跡には幾重も起こった爆発で抉られた地面がある。
土が降り注ぐ地上で、当たり前のように生きている俺を、ボロボロの体で、腫れている顔を歪めて、よろよろと歩いてきてポカポカと優しく叩く。
「バカ……あんた、他人を守ることに必死すぎや。自分が死ぬかもしれへんのに、何当たり前のように庇っとんねん!」
「そりゃ庇うさ。お前はただでさえ重症なんだから」
俺は秋を背負い、子どもたちを引き連れて比較的安全な場所に進む。
「まさか、本当に助かるなんて……」
今でも理解の追いついていない少年。
自分たちはもう助からないと、そう思っていたんだ。
「どうだ少年?生き残った感想は?」
「……死にたいです」
だよね。
絶望、それはその人から生きる力、意思、そういったものを奪い去ってしまう場合がある。
少年の様子を見ていて分かった。
この少年は死にたがっている。
まあ、そういうことに対応するのは俺の役目ではないから今のところは何も言うつもりはない。
この少年を助け出すこと、教師たちとの約束だが、絶望から救うのは彼らであり、医者であり、家族である。
俺はそれを知り、先へと進んできた。
自分で気づくのが一番望ましい。
まあ、教師が心許なかったら俺が手伝っても構わないが。
施設の瓦礫や土砂が降っている中、上への這い上がり方を模索する。
せっかく爆発から生き残っても死んじゃうかもしれないからな。
子どもたちをもっと安全な場所に送ってから、諸々のことは考えよう。
少し体力を回復した秋の力で、俺たちを道路へと戻す。
「助かった」
「ええよ。うちにはこれくらいのことしかでけへんし」
山の中の道路、施設のためのものだ。
「君!」
そう声のした場所を向くと、いつぞやの教師が車から降りてきたところだった。
「どうしてここに?」
「車の中から君の姿が見えて、それでその方角に向かったら、爆発が見えて、もしかしたら、と思いまして……」
こんな状況で動揺しない方がおかしい。
しかし教師は、そうでありながらも状況が分かるように話す。
「せ、先生?」
打ちひしがれていた少年は、死にたいと願う少年は、その教師の声に驚いている。
まさかこんなところに来るとは思わなかったのだろう。
「笠寺くん!」
駆け寄り抱き寄せる教師。
しかし少年の方に喜びの表情はない。
人が絶望と感じるものには様々なものがある。
その中でも、永遠のトラウマを、逃げることのできない苦痛を与えるものを、少年は経験したんだ。
「先生、死にたいです」
「はい……はい?」
「だから、死にたいです」
「な、何を言っているんですか⁉︎」
「死にたいって言っているんです」
少年は2日、研究所にいた。
初日から実験が行われていたのは誘拐の間隔が短いことからも容易に想像できる。
今日の秋のような状態を、最低でも2日は、感情や精神の発展途上にあるこの時期に、廃人になったって自殺願望を持ったって仕方ない。
俺が被害にあったのも、大体こんなものの年の時、その俺を例にあげるなら、その記憶に今でも苦しめられている。
しかしそれは悪い影響ばかりではない。
それに少しでも気付いていれば、それで大分変わってくる。
「僕はそこの研究所で、無理矢理能力を使わされました。体力がなくなるまで搾られて、枯れたら薬を打ち込まれて、それでまた能力を使わされる。何回も能力が暴走して、その度に身体が僕のものじゃないんだって思い知らされる」
能力の暴走を俺は知らない。
だが、体が自分の自分のものじゃない感覚、それ自体はよく分かる。
「休まされている間も、また暴走するんじゃないかって、ずっと怯えてた。助かった今でも、能力を使うのが怖いって思ってるほどです。時間の感覚が消えて、左目が見えなくなって、呼吸もしづらくなりました」
全部気付いていた。
少年は気管支が焼けてボロボロになっている。
今こうして話していることさえも、苦痛でならないだろう。
しかし泣き出さないのは、言葉を止めないのは、きっとそんなことはもう、諦めてしまっているからだ。
たとえ気管支が完全に壊れてしまっても、少年にとってはどうでもいいのだ。
「だから僕は、全部諦めてしまったんです。何を望んだって仕方ないって、そう思ったんです」
そんな生徒の声に教師は涙を堪えられず、抱き寄せた少年の服を濡らしている。
「辛かったよなぁ……でも、もう大丈夫だ。辛い日々のことは忘れて、これからは幸せな毎日を送ろう?な?」
そんな言葉が少年に届くはずもなく、教師は絶望を知らないのだと分かる。
それが悪いというわけではないがな。
「苦労した分だけ幸せはやってくるんだ!」
楽観的で希望的な発言だ。
絶望してる人はそう考えられないから絶望してると言えるんだ。
だからこそ、もっと別の言葉を投げる必要がある。
「少年、苦しいか?死にたいか?楽になりたい、当然の感情だ。たとえ今後こうした経験をしないとしても、今回の経験はトラウマとして何度だって思い出され、お前の心を蝕み続ける」
てっきり俺が励ますものだと思っていた人たちが、驚き俺を注意しようとする。
しかしそれは秋が止めてくれる。
俺を信じてるって顔だな。
話を続けよう。
「当然俺は、忘れろ、なんて言うつもりはない。むしろ、忘れるな。苦しみ続けろ」
直球で苦しめと言った俺を、やはり教師は止めようとしてきたが、秋がそれを掴んで止める。
「だが、苦しいからという理由で死ぬな。それがお前の望みなのか?お前はそれを経て、どうなりたい?どうしたい?死ぬのは逃げだ、なんて思っちゃいないが、怠慢だとは思っている」
「だったら僕に何ができる!どうなりたい?どうしたい?僕は無力だ!そんな僕が、何になれる!何ができる!」
言い終えると咳き込む少年。
分かっているじゃないか。
「少年、お前は自分が無力だと気付いている。そう知っているからこそ、お前は何にでもなれるんだ。なんでもできるんだ。無力だからこそ、やりたいことを見つける必要があるんだ。自分がしようと思ったこと全てをこなせないからこそな」
絶望に殺されるか、育てられるか、それは結局そいつ自身に委ねられる。
少年にこんな選択をさせるのは酷だ。
しかし、こればかりはどうしようもない。
「誰だって、過去を振り返ることでしか、自分の道を決めれない。自分とは何かを理解しなければ、何もなすことはできない。お前は自分が無力だと知っている。それはスタートラインに立ったってことだ。一度自分が何を望んでいるのか、本気で考えてみるといい。それでも自分は死を望んでいると結論を出したのなら、その時こそ死ぬ時だ」
「死ぬのは認めるんやな」
「それが本当に望むことなら、だがな」
少年は俺の言葉を真剣に聞いた後で、俺の瞳に焦点を合わせる。
「あなたの言葉には、不思議な説得力がありますね」
「そうか?まあ、俺も研究所に攫われた経験はあるからな。そのせいかもしれないな」
「その時あなたは?」
「抗う力のない俺は、なすすべもなくモルモットとしての日々を消化するだけだったよ。大体半月くらいだったかな?体感では永遠にも感じられたが」
「そう、ですか……そう、だったんですね……」
少年は少し前向きになったように感じる。
「さて、俺は逃げた博士たちを追うよ」
少年はもう問題ないだろうと判断した俺は、他の子どもたちをぐるりと見回してそう告げる。
他の子どもも問題なさそうだ。
少女も大丈夫そうだし、秋は言わずもがな。
子どもたちは教師に送り返してもらおう。
子どもたちに手出しさせないように釘を打っておく必要もあるな。
「うちも行ってええ?」
「ダメだ。お前もう限界だろ」
「やっぱそうなるか〜」
「当たり前だ」
「しゃーない。ほんじゃ、また明日」
「ああ。また明日だ。朝9時半、校門前でいいな?」
「ええよ」
ちょっと嬉しそうな秋。
こんなにプレゼントを楽しみにしてくれるとは思わなかったよ。
「さて、先生、子どもたちを街まで送って行ってほしいんだが……頼んでもいいか?」
「任せてください。と言っても、私にはこれくらいのことしかできませんがね……」
「できなくていいんだよ。できないことは別の誰かに任せてしまっていい。できることを精一杯すればいい」
「あはは……私の方が年上のはずなのに、君には助けられてばかりいるね。情け無い」
「俺はそうは思わないよ。お前はこれほどの穴ができるほど大規模な爆発を目にしても、ここに向かってきたんだ。それはとても勇気のいることのはずだ。立派だよ、あんたは」
そう言って俺は石垣がいるって言われた場所を目指す。
夢花と顔合わせしているはずだからな、あの爆発を見て調査を開始しているだろう。
夢花からは逃げられないだろうから、あまり急ぐ必要はないと思うが、俺はそれでも木々の中を駆け抜ける。
秋たちを苦しめたんだ、絶対に生かしておかない。




