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最下層階級の絶望騎士  作者: ぶい


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正義の在り処

「こいつ、中々能力を使いませんね」

 モニター眺める白衣の人たちは、そこを流れる映像にそんな感情のない感想を抱く。

「流石に中学生、高位能力者ともなると、我々が何をさせようとしているのかも察しがついてしまうのでしょう。賢いというのは時に残酷です。素直に従っていれば、苦しむことはなかったでしょうに」


 秋は白い壁、白い天井、目を傷めるような眩い光を放つライトが、各所に設置されている部屋に、手足を特殊合金の鎖で壁に固定されて、動けない状態で閉じ込められていた。

 目の前には、高さ3メートルほどのゴリラのような形状のロボが、拳を上げて佇んでいる。

「さあ、能力を使え」

 そう言われるも、それが目的だと初めから気付いていた秋は、何がなんでも使わないと、敵意を露わに抵抗する。

 抵抗といっても、できることは能力を使わないでいることだけだが。

 そんな秋の鼻先を掠めるように、その拳が振り下ろされる。

 白い床を強く叩くも、それで地面が揺れることはない。

「これでもダメですか……」

 そんなロボットを睨み返した秋に、少し苛立った様子の声の主。

「仕方ありません。頑なに拒むのなら、多少の痛みはやむなしです」

 ロボットのデコピン。

 人間の拳より硬く大きいそれは、秋の頭を強く打ち付けて再びそれを準備する。

 意識が飛びかける秋、しかし苦痛に喘ぎながらもなんとか意識を保ち続ける秋。

 鼻血を垂らし口を切らして、額を赤く腫れ上がらせても、能力の使用を拒み続ける。

 能力を使わせることが目的なら能力を使うまでは殺せないはず、そう考える秋は痛む口角を上げて、無理矢理に笑ってみせる。

「こいつ……!」

 それが気に入らなかったのか、声の主はその声に怒りを乗せる。

 ロボットの手の向きが変わり、今度は側頭部を指ではねられる。

 一瞬意識が飛ぶ。

 髪飾りが弧を描いて、地面に小さな音を立てて落ちる。

 その音に秋は目を向ける。

 髪飾り、広人に買ってもらった髪飾りだ。

 その視線に気付いた声の主は、その髪飾りに目を向ける。

「これは何でしょうかねぇ?」

 興味深そうにそう言うと、ロボットがそれを確認しようと近づいていく。

「……めて」

 ロボットがそれを間近で確認すると、少し荒くなった息遣いが聞こえる。

 それは声の主のものか、秋のものなのか。

「この際暴走してしまっても構いませんね」

「やめて……やめてぇぇ……」

 問答無用とそれを叩き潰すロボット。

 秋は顔を背けようとして、しかしその音が、拳が地面に叩きつけられる音が、秋の耳を打ち視線を引きつける。

 目にしたのは、地面から上げられた拳、そこからパラパラと落ちていく破片。

 髪飾りは見る影もなく、あるのはただのプラスチックと金属の欠片のみ。

 秋の中で何かが切れた。

 縋り付くものを壊された気がして、弾けた。

 風が吹き荒れる。

 ちょっとした小屋くらいなら根こそぎ吹き飛ばしてしまうような、そんな暴風が吹き荒れて、それをロボットが突き出した右手が、その手のひらの円盤が、取り込み別の風を生み出し打ち消す。


「成功だ!黒相当でも問題なく機能するぞ!」

「やった!あとは白を残すのみですね!」

「いや、まだ機能実験は終わっていない。どの程度のものなのか操れる規模を確認しなければ」

 別の部屋で白衣たちは喜んでいる。

 そんな中、緊急警報のアナウンスが鳴り響く。

 そして白衣たちが注目したモニターには、一人の青年の姿があった。



 俺は山に入っていくと、センサーの間を潜り抜けて所内への侵入を果たす。

 しかし、初めから警報が鳴っているのはどういうことだ?

 まさか何かが脱走したとかかな?

 だとしたら結構な緊急事態だな。

 場合によっては利用できるが、場合によっては鎮圧に回らないとならなくなる。

 世界終了もののオブジェクトが収容されていないことを祈るしかないな。

 センサーの反応を抜けて、瞳に赤い線として映る秋が運ばれた経路を辿り、かなりの地下深くまで下りていく。

 いくつもの部屋の横を通り過ぎていく。

 施設に入った時からずっと、トラウマが頭の中で暴れまわっている。

 それが進めば進むほど、より強く不可能を主張してくる。

 諦めろと、お前には何も守れやしないと、あの日仲間たちを失った光景が、頭に染み付いて離れない。

 いや、まだだ……

 まだ、秋は死んでない!

 そう自分を言い聞かせ、長い廊下を走り抜ける。

 頑丈な扉、どうやって抜ける?

『ここから先は、階級(クリアランス)黒のセキュリティカードが必要です』

 セキュリティカード?

 そんなものは持ち合わせていない。

 ここで足踏みしている暇はない。

 だが、ここで扉を破壊したのでは、博士たちに侵入がバレる恐れがある。

 ……迷っている暇はない。

 俺は拳を叩きつけ、その特別製の分厚い扉をぶち抜く。

 歪んだ枠、ひしゃげて転がった扉、一層強く鳴り響く警報。

 だが、そんなことより秋を助けるのが先だ。

 先にはいくつかの部屋があるが、それらには目もくれず一番奥の秋のいる部屋を目指す。

 さっきの扉よりさらに重そうな扉。

階級(クリアランス)白のセキュリティカードの認証が必要です』

 だからそんなもの持ち合わせてないって言ってんだろ!

「喰らい尽くせ!絶望!」

 扉を表面から炙るように絶望を這わせ、塵に変えて道を開く。

 絶望の膜の向こうには、二足歩行のゴリラのような風貌の何かが、薄っすらと見えてくる。

 しかしそんなものはどうでもいい。

 扉を喰らい尽くし、絶望がその膜を薄くしていくと、内側から吹き付ける風に吹き飛ばされそうになる。

 それに抗い室内に入ると、その風の主、秋が、俺に苦痛に歪んだ表情を見せてくる。

「お兄……さん?」

「おや?あなたが侵入者ですか?」

 そんな声がゴリラ風のロボットから聞こえ、俺はそちらに視線を戻す。

 秋の能力は暴走している。

 大して深い間柄ではないが、俺は秋と話をして、秋と一緒に買い物をして、ほんの一部かもしれないが、俺は秋を知ってしまった。

 失いたくない。

 そんな秋を奪おうとするこいつらへの怒りが、憎しみが、身体の奥底から溢れでてくる。

 だが、俺が暴走するわけにはいかない。

 俺は理性を保ち戦わなくてはならない。

 秋を死なせないために、奴らを殺さなくてはならない。

「ちょうどいいですね。試させてもらいましょう。この力がどれほどのものなのかをね」

 俺で試す?

 いいだろう受けてやるよ。

 怒りは瞳の輝きを強め、同時に魔力を巡らせる。

「力を試す?俺にぶっ殺されるの間違いだろ?」

 好戦的に返した俺は、魔力を風を押し返すように放出する。

「そうですか。では、こちらも存分に振るわせてもらいましょう」

 そう言ったロボットに向けて地面を蹴って飛びかかる。

「絶望を知れええええ!」



 さっきから警報がうるさいな。

 落ち着いて廊下を歩く。

 あの事件の模倣、目的が別でも手段が同じなら俺にはそれを見過ごせない。

「組織の連中に話したら、バカバカしいとか言われるんだろうな」

 そんな一人言を呟きながら、広い施設内をさまよう。

 どこに行けばいいのか分からないが、少なくとも下に行けばいいのは分かる。

 その下に行くための階段、もしくはエレベーターが見つからない。

 だが、慌てて探したところで、どこを通ったのか分からないのでは意味がない。

 俺は壁を叩き割り、自分が通った道だと印をつける。

 つけるのは常に右の壁。

 できれば壁を傷つけるのは避けるべきなんだが、まあ地上に近ければ近いほど危険度も下がるってものだ。

 特別問題はないだろう。

 しかし、分かりにくい構造してるな。

 こんなぐるぐるしてるんじゃあ、俺でも迷子になっちゃうじゃん。

 あ、ここがエレベーターね。

 分かりづらい場所にあるなぁ。

 その扉を破壊して、下の階まで飛び下りる。

 下にはエレベーターの天井、ついでに叩き壊す。

 天井を破り床に下りたら、扉を壊して外に出る。

 あらゆる道のシャッターが降りている。

 ふーん……奥には行かせないって?

 鋭い一撃を打ちつけるも、シャッターはビクともしない。

 まあ、階下へ進めばこうなるよな。

 昔の研究所とは結構変わっているようだな。

 上の階は似たつくりだったが、この廊下の長さ、前より広いんじゃないか?

 先に何かがいるのが見えるが、あれは……人?

 人型の何かが道の先にいるのが見える。

 それが攫われた子供か、博士の誰かなのか、遠目では分かりづらいが、大人サイズではなく、かといって誘拐された大半を占める小学生と言うには大きいサイズなのは分かる。

 博士たちが子供を野放しにしているとも思えないし、博士自ら出向くとも思えない。

 俺に差し向けたとするならば、可能性として一番あり得るのは、あれが人型オブジェクトの可能性だ。

 これは厄介だ。

 勝つにはあれの異常性を見極めて、さらにはそれに対処できるだけの力を俺が有している、という二つのことが成り立つ必要がある。

 だがなぁ……俺は細々と考えることが苦手なんだ!

 ざっくりと大雑把にいくしか、能がないんだよ!

 力一杯駆け出す。

 俺の前に連れ出すということは、人に危害を加えるオブジェクトか?

 異常性は色々な可能性が考えられるが、とりあえずブン殴る、考えるのはそれからだ!

 急接近したそいつを殴ると、それは勢いよく地面に激突してそのまま弾んでころころと転がっていく。

 硬いとまではいかないな。

 プラスチックを殴った感触に近い。

 地面にぶつかり色々な物が転がっているが、それほど汚いという印象は受けない。

 この状況を誰かが見たのなら、慌ててそれを立て直すだろう。

 地面に転がる赤い物や黒い物は、吐き気を催すような物ではなく、それは当然忌避するような物でもない。

 そういった状況を見て、俺はゆっくりと顔を上げる。

 目の前に転がる()()が今にも立ち上がろうとしていたからだ。

 子供が()()を見たらどうするだろう?

 驚きはするだろう、しかし泣くだろうか?喜ぶだろうか?怯えるだろうか?

 そこから先が分からない。

 子供を例えに出したのは、()()が、子供の方が馴染みのある物だからだ。

 地面に転がっていた様々な物が震え出し、()()へと引き寄せられていく。

 立ち上がった()()は顔をゆっくり、軋むような音を立てながら、そして唐突に速く、ぐるりと180度回転させる。

 顔の左半分は皮膚、右半分は筋肉。

 転がっていた物がカチャッとはまると、曲がらない背を起こし体がくるりと回転して俺を向く。

 人体模型、それが不気味な様子で俺の前に立っている。

「理科室もないのに人体模型模型を置いとくなんて、いや、ここはどこも理科室のようなものか」

 理科室にあれば自然に感じられただろう。

 しかし別の場所で見たのなら、誰しも不気味と感じるのではないだろうか?

 足が地面の上を滑り、体の全てが俺に向く。

 ドクンと心臓が跳ねる感覚。

 目と目が合うと、それは笑ったように見えて、実際にはそれは一切の表情を動かしてはいない。

 そう感じただけだが、その不気味な頭がぐるりと回ると、俺の視界が唐突に切り替わり、それまでの不気味さや視界の変化など気にならないほどの、忘れてしまうほどの痛みが、首から体を突き抜ける。

 何かが折れる音が聞こえ、俺は仰向けに地面に倒れた。



 突き刺すような風が吹き付け、拳は届かず押し戻される。

 反対に攻勢に出るロボは、風をムチのようにして俺へと何度も叩きつける。

「お兄さん!避けて!」

 暗技でどう来るのか予測はできる。

 しかしかといって躱せるかといえばそんなことはない。

 一回、二回と躱してみるも、続く三回目で擦り、一瞬の乱れに四回目がぶつけられ、そこからはただ打ち付けられるムチに耐えることしかできない。

 ムチに対して解錠(キー)を使ってみるも、予想通り分解することはできない。

 やはり一回異常性を経由されると、俺の術では対処できないようだな。

 元々これは、能力と魔法、そして呪いを解析分解する術式だからな。

 異常性、相手にすることは想定していたが、いざ相手にしてみるとこれほど厄介な相手はそうはいないだろう。

 強く叩きつけられて、俺の体が跳ね上げられる。

 そこへ強烈なのをもらい、鉄より遥かに硬い壁にぶつけられる。

 首を掴んだ風のムチが、俺を勢いよく高い天井めがけて投げ飛ばす。

 ここがおそらく戦闘の別れ目だ。解放された今のうちに思考を巡らせるしかない。

 暴走する能力、なぜその中で平然としていられるのか。

 あれの異常性は、おそらく風を操ることではないだろう。

 ならなぜ風を操っているのか、それはおそらく風を操る力を能力による攻撃を吸収することで得ているから。

 これまで何人もの子供を攫ったのは、様々な系統の能力を取り込みどれほどの種類、力までなら取り込めるのかを試すためだろう。

 まあ、これは仮説の一つに過ぎないが。

 他にも、能力を受け流すような異常性や、能力の制御権を奪うような異常性が考えられるが、間違いないのは、能力に関係したオブジェクトであること。

 最悪なのは制御権を奪うものだが、風は秋から発せられ、一度あの右腕に吸い込まれていっているから、そうだとは考えづらい。

 秋の能力の発動が必須なのは間違いないだろうし、そうなると秋の暴走を止めることが最優先だな。

 だが、そうしようとすればあれは間違いなく妨害してくるだろう。

 かといって秋を放置すれば、あれの破壊は厳しいし、何より秋の身がもたない。

 背中から打ち付けて、その衝撃に耐えられず骨が折れて内側から皮を突き破る。

 ぼたぼたと血を垂らして、ゆっくりと落下していく。

 しかし魔力で意識だけは保ち、倒すべき敵を見据えたまま思考を続ける。

 ロボットは俺に背を向けて、今度は秋へと拳を向ける。

 俺が死んだと思ったのか、それなら用のなくなった秋はいらないだろう。

 放っておいても能力の暴走で、その体は長くはもたない。

 それは彼らからすれば優しさのようなものなんだろう。

「お兄、さん……」

 目を大きく見開いた秋は、悲しそうな、苦しそうな表情で、ロボットではなく俺に目を向け続けている。

 そんな秋の目を見た瞬間、思考をやめて体が勝手に動いていた。



 気を失っていた?

 いや、死んでいたんだ。

 地面にできた血溜まりを見てそう考える。

 首に痛みがあったから、多分首がへし折られたかぶった切られたかだな。

「へえ。面白いことしてくれるじゃんか?」

 まだそこにいる人体模型に声をかける。

 それに反応はない。

 立ち上がって首を鳴らす。

 棒立ちのそれを見ていると、自然と殺意が湧いてくる。

 ブチ殺してやる!

「くらえ!音速(マッハ) ブン殴り!」

 音速に達した拳がその模型の額を凹ませる。

「さすがにこれならぶっ壊れただろ?」

 地面を跳ねたそれは、再び立ち上がって首を一回転させてから俺に体を合わせる。

 凹んだはずの頭は戻っているな。

 ドクンッ、と心臓が跳ねる。

 またこの感触。

 バラバラと模型から臓器が落ちる。

 カランカランと音を残したそれは、またあった位置へと戻っていく。

 しかしそんなことよりも、俺は全身を駆け巡る激痛に喘ぎ、骨を、皮膚を突き破って地面に落ちた()()の上に膝を落として、再び意識を失っていく。


 まさか臓器の落し物をすることになるとはな。

「ったく……初めての経験だらけだな。俺はこれでも精一杯生きてるんだよ?あっさりと殺すのはどうかと思うんだ。もっとこう敬意を払ってだな……」

 またまた立ち上がる俺。

 当然のように無傷だ。

 相手も傷がすぐに直ってるんだから、これならおあいこさまということになるだら?

 さて、よく分からないが、あの心臓が跳ねる感覚の後に俺は死んでるらしい。

 なら、それが来る前にブチ殺せば問題ないな!

 無性にぶっ壊したくてたまらないそれに、さっきよりも強烈なのを撃つ。

「死ねえ!音速(マッハ) (ちょう)ブン殴り!」

 さっきの2倍の威力の拳、それは顔が原形を留めないほどの一撃だった。

 少し息を切らして、しかし確かな手ごたえとともに相手を確認する。

 ドクンッ、またこの感触。

 頭も直ってしまっている。

 俺はその回転しようとする頭に、すかさず拳を叩き込む。

 結果回転は加速して、勢いがついて何周も回る。

 そして俺の首がねじ切れ、千切れた体が視界に映る。

 なるほど、バカな俺でも理解できた。


 再び起き上がる俺。

 傷はどこかに置いてきた。

 よし、俺は今落ち着いている。

 落ち着いて、これを全力でぶっ壊す。

 なるほど、簡単だ。

 やってやるよ!

「最大の技で葬ってやる!鬼流(きりゅう)音速(マッハ) 地獄殴り!」

 何もしようとしていないそれに、音より速い拳を連続で、それはもう途方もない回数の拳を浴びせる。

 それが頭も胴も腕も足も、心臓も腎臓も肺も胃も、筋肉だって破壊し尽くす。

 バラバラにして、粉々にして、ピクリとも動かないように粉砕する。

「……さすがに、ここまでしたら動かないか……」

 ああ、俺じゃなかったら多分倒せない相手だった。

 小妖(シャオヤオ)じゃあ絶対に勝てないな。

 多分倒せるだけの火力がない。

 俺の所属する組織、九鬼仙(ジゥグゥシィェ)の中で倒せるのは、きっと俺と火风(フオフェン)だけだろうな。

 さすがは俺だ。

 さて、帰ろ帰ろ……って、こいつ倒しただけで満足してんじゃねえ!

 自分にツッコミを入れて、壁に拳で衝撃を走らせる。

 ん?

 そこのシャッターの向こうに誰かがいるな?

 すぐ近くのシャッター、その向こうに、俺唯一の空間把握方法に引っかかった誰かが、いる!

 それを確信した瞬間に、俺はシャッターを思いっきり殴る。

 今日はひたすらに殴っているな。

 それでこその俺、だがな。

 シャッターはひしゃげはしたが壊れはしなかった。

 音速の拳が壊せないとは、これは驚きだ。

 よーし、もう一度……そう思って拳を構えると、シャッターがゆっくりと上がっていく。

 俺はまだ一度しか殴ってないんだが……

 シャッターの向こうから姿を現したのは大人、白衣に身を包み俺に殺意を向ける、博士。

 その顔には、直感的に恐怖を抱く笑顔を貼り付けている。

「お見事です。そしてさようなら。死んでください」

 博士の服の下から伸びてきた黒い触手、それをブン殴り、しかし博士が仰け反ることはなく、俺だけが弾き飛ばされる。

「簡単には死なないみたいですから、死ぬまで殺し続けてあげますよ」

「殺す……やっぱりお前らは簡単に人を殺せるんだな。なら、やってみろ。殺してみろよ!もう一度、俺を殺してみろよ!だがな!俺が殺されるのよりも先に、お前がお陀仏だ!お前にやられるほどヤワじゃねんだよ!俺は!」

 いよいよ本命。

 鼓動が早まり、体温の上昇は著しい。

 気分は上々、最っっっっっ高のぶっ殺し日和だ!



 壁に激突するロボット。

 怒りが体を動かしたのか。

 しかし今は意識がはっきりしている。

 暴走はしていないようだ。

「!」

 驚いている秋、しかしすぐにロボットが起き上がったため、俺は秋に注意を向けることができない。

「お兄さん……あんた、生きて……」

 俺が不死身だと知らない秋は、俺が無事だったことに安堵して泣き出してしまう。

 それでも暴走している能力、秋の体は限界が近い。

 だが、それを抑えるにはあのロボが邪魔だ。

 怒り、それに一時的にだが支配された自身を、確かめるように腕を持ち上げて視界に入れる。

「あれでもまだ生きていますか。なんだか姿も変わっていますね。そうでなければ、実験の成果が得られないというものです」

 自分の今の状態、理解した。

「少し待ってろ。すぐにケリをつけてくる」

 なるほど、これが怒りによる変化か。

 体内には荒れ狂う二種の魔力。

 黒騎士になる時、右の指先から黒く染まっていく。

 しかし今は全く違う反応を示している。

 体の中心、心臓のあたりから右の指先にかけて黒いヒビのような線が走っている。

 怒りによって悪魔の力に目覚めた。

 怒りは俺に力をもたらしたが同時に、罪と後悔、一生癒えることのないトラウマをもたらした。

 そして今回は、さらに別の力を呼び覚ましている。

 さて、他に何をもたらしているのか。

 混ざることのない二つの魔力、それが俺の中に存在している。

 俺は思い出したかのように服の下からお札を取り出す。

 血で真っ赤に染まったお札。

 一部は初めからそれを想定して作ってあるから問題ない。

 風を希望の魔力で打ち消して、絶望の魔力を保持しておく。

 どっちの魔力でもいい、解錠(きー)を使えるだけ保持していれば、秋を助けることはできる。

 ロボットを倒すことが優先だ。

 秋の能力を止められればあの異常性による攻撃は弱体化するだろう。

 しかし秋の身柄の安全は保証されなくなる。

 秋の能力が発動していて俺が生きているならば、敵は秋を殺すことはできない。

 今の俺なら階級黒くらいなら力で押し潰せる。

 前後から俺にぶつけられる風、家を引き剥がして空へと巻き上げるくらいのことはできそうな風だが、俺を飛ばすことはできない。

 秋の風に札を乗せる。

 それは俺の魔力が及ぶ範囲まで、風に乗って進んでいく。

「何ですか?それは?」

 真っ赤に染まった札には、黒のインクで文字が書かれていた。

 飛ばした3枚の札は、それらで術を発動させる、俺の術の中でもかなりの高威力の術だ。

神法(しんぽう) (あまの)輝螺(かぐら)

 かつての作りを踏襲しているのなら、きっとそこにあるはずだ。

 扉を壊した俺を警戒して、一切近づけることをしなかったその場所に、その方角に!

 3枚の札から伸びた朱い光は、それら三本で螺旋を描いて、鋭いその先をロボットにかすめながら壁を目指す。

 大きな音と共に壁の一部が剥がれ落ちて、さらにその先へと飛んでいったらしい穴と、たくさんの機械が並べられた部屋、複数の博士が露出する。

「ば、バカな……核爆弾の直撃にだって耐えられる構造のはずなのに……」

 相当な性能だとは分かっていたが、まさかそれほどまでの技術を備えていたとはな。

 まあ、博士たち自身に大した力がないから、技術だけなら対処は容易い。

 博士たちは慌てふためいている。

 そんな様子からも、彼らに戦う力がないことは明白。

「倒せ!何がなんでも、そいつを倒せ!」

 博士の一人がそう叫ぶが、今の一撃を見てお任せをとはならないよな。

 さて、他の札は全部血文字の札だ、血で染まってしまっては使えない。

 天輝螺を当てられれば良かったんだが、俺自身にこっちの適性がなさすぎるせいで、大雑把な方向しか制御できないからなぁ……

 いやはや、やはり運任せでは上手くいかないものだな。

「くっ……そう簡単に……やられてたまるか!」

 突風が巻き起こる。

 博士たちは見えない位置に移動したようだが、その部屋にはいるようだな。

 風を避けるためか。

 外に出ないのは……侵入者が他にもいるからだな。

 さて、彼ら博士たちを庇いながら戦うのか、それとも見捨ててしまうのか……これで状況は俺に近くなった。

 風の威力がかなり落ちている。

 秋の吹かせる風に、威力が減衰させられているんだな。

 なるほど、おそらくだが、あれは取り込んだ能力を使う代物なんだろうな。

 なら秋を止めれば、簡単に処理できる。

 しかし銃でも備えつけられていれば、秋が撃たれてしまう可能性が高い。

 それは困るな。

 やはり能力は発動していてもらった方が安全か。

 そうなると、あれの守りをなんとかして抜けないといけないな。

 さて、それなら魔法で戦うか。



 素早く機敏に動く触手。

 硬い。

 参ったな……殴って壊れないんじゃあ、俺にはどうすることもできないじゃんか!

 って、触手が無理なら本体狙えばいいじゃんか!

「やはり、そうきますよね。ですが……」

 広くない通路で立体的に動くも、結局触手に阻まれる。

 弾力があり、硬く、衝撃が全て吸収されてしまう。

 だが、博士の性格なのか、攻撃した後で引くのが異様に早い。

「私に攻撃を届けることはできません。あなたでは私には勝てない、それはあなたも理解しているのでは?」

 そんなわけないじゃん。

 試してみりんやってみりんが俺のモットーなんだ、簡単に諦めはしないし、客観的に見たとしても、絶望的状況下に置かれているわけではない。

「角、ですか……鬼門でしょうか?しかしどれほど強い力を発揮したところで、私の触手を突破するには至らないでしょう」

「うっせ!この俺のトキントキンに尖らせた角の威力、実際に見てから言うんだな!」

 触手に音速の頭突きを繰り出す。

 立派な一本の角、それは触手に衝突すると、触手の上を滑ってそのまま博士へと進む。

 しかし博士の懐から、もう一歩の触手が伸び、俺は再び弾かれ壁に背を打つ。

 体を起こして、不思議と追撃をしてこない博士を睨む。

 あの触手、溶解液とか出さないよな?

 触手に触れた角を触ってみると、熱い。

 なぜ熱いんだ?

 液がかけられた様子はなさそうだが……って、臭っ!

 手を鼻に近づけてみると、どこかで嗅いだ覚えのある臭いがして、その黒い触手を凝視する。

 なんか分かるような気がするんだ。

「私も必要以上に殺したいとは思わないんです」

「?」

「しかし、侵入したのはあなたですから、あなたは殺されても仕方ないでしょう」

 殺されても仕方ない?

 不法侵入で死刑とは、暴君がすぎるなんてものじゃないな。

「私を殺す、というようなことを言っていましたね。それを可能とする理論があるのでしょう。聞かせてください。あなたが殺そうとするわけを」

「それを聞いてどうするつもりだ?」

「その理論を破壊し、あなたの歪んだ正義を根本から握り潰すのです」

「なら先に、お前の理論から語ってくれよ。そう言うってことは、あるんだろ?お前が人を殺す理論ってものが」

「いいでしょう。私が人を殺すのは、より多くの命を救うためです!悪魔を駆逐し、人々を争いから遠ざける。そのための武力を得る。そうすることでしか人は救えない!目に見える武力の設置、それこそが争いを抑制することができる」

 多くのために少数を切り捨てる。

 合理的だが倫理的ではない。

「そう、倫理が欠けた方法だからこそ、国は極秘裏に進めているのです!分かるでしょう?我々のようなものが存在することで、平和というものが保たれているということは?」

 自分たちがまさしくそうだ。

 こいつは、俺が九鬼仙(ジゥグゥシィェ)の所属だと知っている、のか?

「弱者は淘汰されるだけ、だからこそ、私たちが有効活用しているのです!」

 何を指して弱者と言っているんだ?

 気に入らないなぁ……

「分かるでしょう?国は我々の味方、正義は我らにこそあるのです」

 大のために小を切り捨てるという理論だが、それは自分が切り捨てられることさえも容認してしまう理論だ。

 だが、それを公権力の後ろ盾の存在が否認している。

「さあ、自らの行いを自らが容認し得る、自らの理論を述べてみなさい」

「ねえよ。あるわけがない。俺の持つ意思は結局、親父の受け売りでしかないからな。だが、一つ、お前の理論に意見を言わせてもらうなら、国の指示での行いだと、自分に正義があると、そう言い張っているのは疑問だ。俺はバカだが、バカだからこそ分かることがある。この世界に絶対的な正しさなんて存在しない、ということだ」

「理論のない、そんな言葉は意味をなさない。理論で武装した私には、そよ風にさへ感じられますね」

「理論は理論であって真理ではない」

「……」

「この世界に絶対が存在するというなら、それは真理、或いは神、とでもいうものだろう。だったら、どれだけ理論なんてものを身につけても、裸の王様と変わらないじゃん?真理なんて言葉を生み出した時点で、人間は等しく不完全なものとなったんだよ。お前の掲げる正義ってものも、俺の掲げる正義なんてものもな」

「ならば何かを基準に定義する必要がある。その一つの基準としての、国。そうは思いませんか?」

「必要ないな。真理、そこに至ろうとする活動を妨げる可能性があるからな。それを定めたなら、そこに至ろうとする活動を止めちゃいけない。とりあえずの定義なんて必要ない。必要なのは、膨大な時間とそこで行われる議論だ」

「絶対的な正しさが存在しないからこそ、重要となってくるのは客観的真理だ」

 客観的真理?

 なにそれ?

 分からん!

 とにかく、俺とこいつとが平行線だってことは分かった。

「どこまでいっても平行線なら、やれることは一つになる」

「そうですね。では、どちらが生き残るのか、勝負といきましょう」

「勝負?違うな。初めから勝敗の決しているものを勝負とは言わない」

 呼吸を整え血を激しく巡らせる。

 硬く握った拳は、人体ではありえないほどの熱を持つ。

「お前に希望はない。これが絶望だ」

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