優日と広人
広人が悪魔の村に行った翌日のこと。
「アニキ、どこか行くん?」
「ああ。ちょっと友人と待ち合わせにな。先に病院に寄っていくぜ。何か持っていく物があるなら持ってくぜ?」
「後でどうせ行くからええよ」
「そ」
財布だけ持って出発する優日。
「行ってきます」
それに返事が返ってくることはなかったが、気にせず出発する。
途中で果物を買って、病院の受付に向かう。
「あ、日溜さん。春さんでしたら、今リハビリ中ですよ」
「ありがとさん。それじゃあ奥の部屋だな」
「はい」
すでに顔馴染みとなっている優日は、看護婦さんにすぐに気付いてもらい、あっさりと通される。
優日はそこですぐに母を見つける。
「あんまし無理したらあかんよ?」
懸命に歩こうとする春。
優日の声に気付いて、自力で向かおうとする。
一歩、また一歩。
そうやって、自分の足で、ゆっくりでも、愛する息子を目指していく。
まだ腕だって満足に動かせない。
それでも、手すりに縋り、なんとしてでも自分の力で辿り着こうとする。
こけそうになり、優日は慌てて支えに入る。
「ダメや!私が自分の足で行かなきゃ、意味がないんや」
ひしがれた声で、振り絞った精一杯の声で、優日の動きを抑圧する。
手すりを使って体を起こすも、その足は震えており、とても歩けるような状態じゃない。
「母ちゃん……」
医者が見守る中、その体をなんとか自分で支え、小さな一歩を、重たい重たい小さな一歩を踏み出す。
「母ちゃんの様子、どうですか?」
「はは……困ったものです。リハビリというものはとても時間のかかるものです。私も言い聞かせてはいますが、どうにも焦っているようで……」
中学生の娘がいて、高校生の息子がいて、二人の子供に支えられている状態で、本来あるはずの親の威厳がない。
支えるはずの者に支えられている。
そんな状況だから焦る。
疲れて眠ってしまった春を病室に運んだ優日と医者は、病室の外でそんなことを話している。
「しかし、こちらの想定以上の回復を見せているのも事実です。食事も少しずつですが、取れるようになってきているんです」
「食事が……」
「彼女が言っていました。今は何よりも、子供たちと話したいって……」
「母ちゃん……」
「そのために、口をたくさん動かすようにしてるんです。すごいですよ、あの人は」
自分がイギリスで戦っている間、母も戦い続けていたことをきかされる優日。
イギリスから帰ってきて、しばらく戦いはないだろうと思っていた優日。
しかしその間も、春はこうして戦っていた。
「俺に、何かできることはありますか?」
「そうですね……いま一番の助けになることは、必要としてあげること、じゃないですかね?」
医者の自身のない回答。
「すみません。これは体に起こっていることですが、心が密接に関わってくることなので、明確な回答はないんですよ。ただ、必要とすること。存在を必要とすることは、春さんの心を勇気付けることになると思います」
「そうですか……そうですね。他のことを提示されても、多分俺にはできないことばかりですし、俺にできることはそれくらいですしね。よーし!俺も一緒に戦うぞ!」
「病室内ではお静かに」
優しく医者にそう言われ、さっきまでの勢いはどこへやら、今度は反省し謝っている。
「さて、ミキサーを持ってきます。あなたの持ってきた果物でジュースを作りましょう。皮をむいておいてください」
「あ、はい。分かりました」
優日は約束の時間のことを忘れ、しばらく母についていた。
優日は約束のことを思い出し、急いで駅に向かう。
時計台の下、そこで待ち合わせだが、そこには誰もいない。
スマホを病院に入った時のままにしていたのを思い出し、すぐに電源を入れる。
メッセージや不在着信がいくつか。
(これは参ったなぁ〜どうやって詫び入れるか……)
そして再び着信がある。
それに優日はすぐに出る。
「も、もしもし」
『やっと繋がったわ』
「悪い悪い。呼び出しておいて忘れていたぜ」
『忘れるって、何かあったの?』
「病院に行ってた」
『ああ、お母さんの……』
「そうだぜ。結構回復しててさ、お医者さんとお話ししてたんだ」
『それじゃあ、怒るに怒れないわね』
「怒ってもいいぜ。呼び出したのはこっちだ。すっぽかしたのもこっちだ」
『もういいわよ。それより、話があるんじゃないの?』
「ああ。今どこだ?帰っちゃったか?」
『集合場所の近くにいるわよ』
「そうなのか?」
『時計の見えるカフェにいるわ』
「そっか。なら、俺がそっちに行くぜ」
『それなら、私は別の店に移動するわ』
「いや、なんでだよ!」
『なんとなくよ。あなたがすぐに来るという保証もないし』
「待たされたこと根に持ってる?」
『そこまでお人好しじゃないわ』
「持ってるのか……すぐ行くから待っててほしいぜ」
移動しながらそう言って、そのカフェに入る。
(紅い髪紅い髪……いた!)
奥の席を取っている。
優日は店員に適当に注文して、それを持ってフィリアが座るテーブル席、その向かいに座る。
「悪い、遅くなったぜ、フィリアさん」
「一時間以上も遅刻するなんて思わなかったわ」
「ごめんって!」
「はぁー……それで、話って?」
「ああ、それなんだが……ちょっと話しておこうと思ってさ」
「話す?何を?」
「俺と派世のことだぜ」
不思議な関係の二人。
二人の関係を計りかねてたフィリアは、いつか聞きたいと思っていた。
しかし広人は口が固く、自分から明かしてくれることはないと、聞いても答えてはくれないだろうと確信していた。
そして今回優日が持ちかけてきたことで、フィリアはどうしてそう確信していたのかを理解する。
これは優日に大きな関わりがあると、広人が気安く語れることではないと。
「これは俺の黒歴史。きっと俺が嫌いになる。きっと派世が好きになる。そんな俺たちの問題だ。聞いてくれるか?」
「そう改まって言われると、なんだか聞きたくなくなるわね……」
「仲間には話す、そう決めて、先生や委員長、中木に話してきた。お前にも、話しておきたい。いや、話さねーといけない気がする」
優日の真剣な眼差しが、フィリアには何かに駆り立てられているように感じた。
それが何かは明確には分からず、聞くことに気が引けてしまう。
優日は力強く目を合わせる。
「どうしてそんなにも話したいって思うの?あなたはいったい、何にそんな駆り立てられているの?」
「なんとなく……なんとなくそんな気がするんだ。なんとなく話さなきゃならない、でも、そう感じるってことはそうするべきだってことなんだぜ。俺はかつて、このなんとなくを無視し続けて、大失敗をしたからな」
静かに荒々しくそう告げた優日には、後悔の滲む笑顔が浮かぶ。
「……話して」
優日が話すと決意して、仲間たちはそれを聞く覚悟を決めた。
(私も覚悟を決めよう)
フィリアも意を決する。
優日の告白、それを聞き届けると。
俺と派世は小学五年生の時に出会った。
夏休みが終わってしばらくして、9月も下旬に差しかかろうという時だ。
「日溜や。よろしゅう」
無愛想な挨拶。
興味深そうに見る他の生徒たちの中で、一人くだらないと吐き捨てるような視線を向けていたのが派世。
そんな派世に申し訳なさそうにしていたのが佐鳥さん。
俺はそんな派世が気になって、声をかけた。
「おはようさん。なんや、お前さん、えろう機嫌悪そうやな?」
俺はすぐに近付いた。
そりゃ近づくだろ。
俺にはなんとなく分かったんだ。
そいつが苦しんでるってことにさ。
気さくに何があったのかを聞いてみた。
だが、出会って間もない俺に答えてくれるはずもなく、無言を返されてしまった。
なにかが違うと思った。
こいつはもうガキじゃないと思った。
「なんや、これ?」
似合わないだろうランドセルからはみ出た紙を取り出した。
それはビリビリになった教科書だった。
いじめ。
これが原因か?
しかし、なんとなくそんな気はしない。
俺は他のクラスメイトの誘いを全て断り、派世に話しかけ続けることにした。
しつこい、鬱陶しい、何度もそう言われ、言われるたびに意思を固める。
頑固親父とか、頑固ジジイとか、そういう言葉が存在するが、子供も負けず頑固なものだ。
俺は佐鳥さんに近付いた。
派世のことを聞くためにだ。
だが、それだけで派世は動いた。
佐鳥さんは、派世を唯一動かす方法だった。
それまで佐鳥さん以外とは話さなかった派世が、ついに口を開いたんだ。
「やっと口開いてくれたわぁ」
「なんなんだよ、お前……」
「俺は日溜優日っちゅうモンや」
「なんで俺に何度も話しかけてくるんだよ」
「それはお前が気になるからや」
「そうかよ」
「せや」
「うっぜ」
「まさか面と向こうて言われる思わんかったわ」
「いい経験ができたな」
「せやなぁ……珍しい経験させてもろたわ」
「……お前、変わってるな」
「地域性の違いや」
俺は暗い派世にユーモアで返した。
当時の俺は、母が倒れて、自分でなんとかできないとっていう意識が強かった。
俺は派世も同じなんだと思った。
だから近付いた。
だが、実際話してみて、派世は俺なんかよりずっとずっとすごいやつなんだって知った。
クラスでいじめを受けていた派世、それは佐鳥さんを守るためだった。
佐鳥さんがいじめられていて、それを止めるために声を上げた。
そしていじめを受け、それをなんでもないことのようにあしらっていた。
挙句、俺の心配なんてする始末だ。
一緒にいるといじめられるぞ、と言われ、余計なお世話や、と返す。
二人は強かった。
お互いにお互いを庇い合い、支え合っていた。
守られてばかりじゃない佐鳥さん、守ってばかりじゃない派世。
小学校を卒業する時には、派世も俺に心を開いてくれた。
いや、もともと閉ざしてなんていなかったんだ。
俺が勝手に閉ざしていると、距離を置かれていると感じていただけ。
そして俺たちは、公立の同じ中学に進んだ。
「お、広人ぉ!同じクラスだな!」
関西弁がかなり抜けた、中学最初の挨拶。
「耳元で騒ぐなよ、優日」
「また一緒だね。ヒロ君」
「ああ」
俺の時とは明らかに違う対応、優しく頷き頭ぽんぽんって、お前ら付き合ってるだろ!
派世はずっとこんな態度だった。
佐鳥さんと付き合っているようで付き合っていないという不思議な関係。
いじめだって終わったはずなのに、まだ佐鳥さんは派世に申し訳なさそうにする。
佐鳥さんの派世への想いは、間違いなくそれなのに。
気付かない派世も派世で問題があるんだが。
「ここが俺たちの教室か」
中からは机がひっくり返る大きな音がして、嫌だなぁと思いながらもその扉を開ける。
「テメェもういっぺん言ってみろやあ!」
「何度だって言ってやる。吠えるな愚民」
「コンヤロォ……ぶっ殺してやる!」
「わかんねぇかなぁ?」
派世が佐鳥さんを庇うように後ろにやる。
俺もこの時は今ほど扱えなかった鎖で、俺の前に壁を作っておく。
黒い手が、影のようなものでできた手が、騒ぐそいつの体を叩き、俺たちの方へと吹っ飛ばす。
「お前より俺の方が上だ」
かなりの勢いがあった。
飛んできたその男の体を、派世が受け止め衝撃を受け流す。
「おいおい、これはいったい、何があったんだ?」
俺が吹っ飛ばされたそいつに聞くも、そいつは意識を失っていて答えられない。
容赦なくいったが、あいつ、なんなんだ?
他の生徒たちが怯えてしまっているが、そんな中に気にせず派世は入っていく。
「俺の席はここか」
「いやいやいや!お前何平然と入っていってんの!」
「あ?」
「こんな気まずい空気の中に、さも当然であるかのように入んなよ!」
「いや、ここ俺の席だし。俺が座るのは当然のことだし」
「そうじゃなくて!」
「ごちゃごちゃ騒いでんじゃねぇ。テメェらもそいつと同じようにされてぇのか?」
俺たちは中学では静かにしていたいと思っていたので、小さく会釈して席につく。
何やら派世と佐鳥さんがコソコソと話していると、何が気に入らないのか、そこにも文句をつける。
要するに喋るなってこと。
雲行きの怪しい学校生活だ。
中学初の能力測定。
俺は安定と信頼の赤だ。
能力は数値化し出され、俺の数値では黒にはまだまだ遠い。
派世は圧倒的紫だった。
「ダメだなぁ〜もっと精進しろよ?」
「能力値じゃあ人は測れない」
「負け犬の遠吠えだ。能力こそ人の全て。つまりは俺こそが最強。わかるか?愚民共ぉ?」
なんだこいつ?
「大曽根だったな?なんなんだよ?急に?」
「うっせえよ。貧民」
「なんだよその言い方!」
「見ろ。俺は黒だ。つまり俺がこのクラスの王だ」
「よかったな」
派世は挑発的に返す。
小学校から上がってきたやつもいるから、派世が怒らせると危険だと知っているやつもいる。
いじめていたやつらは派世に返り討ちにされたからそれをやめたんだ。
「派世だったな?テメェ、死ぬか?」
影の手が出現する。
「殺せるのか?お前に?」
笑ってそう言う派世、舌打ちして去っていく大曽根。
やたらと派世に突っかかる、そんな印象を覚える。
「情けないやつだな」
「よかったじゃねーの。殺されなくてよ」
「殺せるなら殺して欲しかったよ」
不思議なことを言う派世だが、その言葉に佐鳥さんが顔を伏せる。
二人の関係が分からん。
「しっかし、お前も無茶するよな〜」
「何がだ?」
「無能力者なのに黒に逆らうなんて、無茶でしかねえぜ?」
「あんななんの覚悟もないやつに、俺が負けることはない」
自意識過剰な派世は、相手が小学校の時のような低層階級じゃないと分かっているのか?
相手が黒では、死ぬことだって普通に起こり得るのに……
「ヒロ君なら大丈夫だよー」
「いやいや、なんでそう思えるんだよ……」
「それはもちろん、ヒロ君だからだよー」
「はぁ……」
ダメだこいつら……
俺がしっかりしないとなぁ……
「おはようさん。お前らほんと仲良いな。本当に付き合ってないんだよな?」
「何度も言ってるだろ?付き合ってないって」
「怪しいぜ」
「あまり見ないでほしいなー」
「お、悪い」
二人とも少し汗をかいているが、汗をかく気候ではないし、二人で運動でもしてたのかな?
「何かしてたのか?」
「日課だ。朝は二人で軽くジョギングしてるんだ」
「それでか……」
「まあ、からだは鍛えておいて損はないからな」
絶対理由はそれだけじゃないよな。
「本音は?」
「玉の汗がキラキラと眩しい夢花は、色っぽくて匂いが俺を昂らせる。つまりはその長い髪に顔を埋めてクンカクンカしたい」
「そんな風に思ってたんだー」
「あ、待って、夢花、引かないでー!」
「引かないよー」
「人前でイチャつくな!てか、付き合ってもないのにイチャつくって何⁉︎」
これで付き合ってないって、冗談だろ?
だが、派世が嘘を吐かないことは、これまで過ごしてきてよく知ってる。
「騒いでんじゃねぇよ。殺すぞ、愚民」
俺たちの後ろから声がする。
大曽根だ。
「どけよ。靴が変えられねぇ」
派世は無言で場所を開ける。
というより、履き替えたから移動するって感じの方が近い印象を受ける。
背中に舌打ちを受けるが、大曽根が何かしてくることはない。
幅きかせているが、実は悪いやつではないんじゃないか、そんな風に思い始めていた。
しかしそんな感情は、すぐに打ち砕かれることになった。
ある日、教室に入ると、派世の机だけがなかった。
誰が犯人だ?
俺はすぐに声を上げたが、その声に応える人はいない。
「お前らなあ!自分がやってることがどんなことなのか、分かってんのか!」
「やめろ優日。言ってもムダだ。それが分からないからやってるんだぞ?」
派世はやはりつまらなそうに、そんな現状を俯瞰している。
なぜそんな風になれる……!
お前は当事者であるはずなのに……!
なんで!
「俺の机だけがないのは、なんだか俺がいじめられているみたいだな」
「いや、実際これはいじめだろ!」
「いや、まさかこのクラスにいじめなんてことが起こるなんてことあるわけがない」
「いや、実際起きてるんだろ?」
「誰かが誤って机を紛失してしまったんだろ」
「そんなこと起こらねーよ!」
「机が一つ足りないから変に見えるんだ」
「いや、たしかにそうだが……」
派世は自分から一番近い机に拳を突く。
するとその机は木っ端微塵になってバラバラの破片を周囲に飛び散らす。
それはクラスを震え上がらせるのには十分だった。
能力なんて使っていない、ただ純粋に拳だけで、机を破壊しだす。
「いやお前、それ器物破損だから!」
「何言ってるんだ?どこに無能力者が殴っただけで木っ端微塵になる机があるよ?これは不良品の危険物だ。即刻処分するに限るな」
ポコポコ殴って壊して回る派世。
そんな様子を、クラスのみんなが、そして大曽根が、目を震わせて、しかし体を動かすこともできず、ただ見守っている。
なんなんだ、これ。
「なんだこの騒ぎは!」
教師が駆けつけその現場を目の当たりにする。
「君ぃ、何をしているのかね!」
「お、先生。いやぁ〜無能力者の俺が軽く殴っただけで木っ端微塵になる机があってさあ〜だから、他の机もそうなのかなぁ〜って試して回っていたところだ。生徒が安全に勉強できる空間が必要だからな」
教師もそんな回答がくるとは思わず、というか本当に粉々な机の残骸に、どうしていいのかわからない様子。
「派世とか言ったなぁ。テメェ、いい加減にしろよ?それ以上無能力者演じるなら、俺がテメェの化けの皮剥がしてやるよ」
「何をバカな、俺は正真正銘の無能力者だ」
「検査の時、使わなかっただけだろ?無能力者の周りに人は集まらない。だがお前の周りには、いつも仲良しお二人さんがいる。人が周りに集まるのは、高位能力者だって決まってんだよ」
そろそろドンパチ始めそうだな。
派世は短気ではないが、売られた喧嘩は買うタチだ。
「能力検査で使われる機械は、能力を使う際に人間が発する『何か』を計り数値化するものだ。それは通常時でも一定量放出されているらしい。その量が一定の数値に満たないもの。それが階級紫だ」
そんな情報どこで仕入れたのか、教師も知らなかったようで、派世はやはりつまらなそうな目を向ける。
「小学校の延長でしかないもんな。中学ってものもこんなものか。くだらないな」
「広人、そろそろ落ち着こうぜ?」
ずっと落ち着いている派世を宥めようと声をかける。
派世が周囲に当たるのは、佐鳥さんに矛先が向かないようにって意図が強いだろう。
お淑やかで優しく、見目麗しい佐鳥さんだ、妬みの対象になりやすい。
しかもそれをおごることもないのだから、男子からの人気は高まる。
女子だってそういうことを気にするやつばかりではないが、誰だって劣等感を抱いてしまうほどの少女なのだと、俺でも思う。
小学校ではそれが原因でいじめが始まったらしいしな。
「俺は常に冷静なんだが?」
「これだけのことをしておいて、そんな言い分が通ると思うのか?」
派世は佐鳥さんの机を殴る。
それは壊れず、痛々しい音が響くのみ。
「紫って階級は、能力検査で絶対に能力を持たないと判断されたから紫なんだ。意図してなれるものじゃないんだよ」
先生は今残っている机を数え、クラスの人数からそれを差し引いた数の机の注文を急いだ。
そりゃそうするだろうな。
これだけの机の損失、かなり大きなものだ。
紫だから許されることって、あるんだな。
派世は賢い。
入学早々に行われた試験、生徒たちから非難の声が上がったが、それでも行われた試験で、派世は堂々たる一位。
数英国の三教科の満点が効いてるな。
しかし、満点なんてそう取れるものじゃないぞ、すごいな。
そう俺が感心していると、なぜか誇らしげに佐鳥さんが胸を張っていた。
こうしてみるとなかなか発育のいい……
しかし俺は佐鳥さんに心を寄せているわけではないので、すぐに派世に関心を移そうとして、佐鳥さんのテストが目に入る。
学年三位だ、優等生じゃねーか!
学年一位と三位がこんな身近にいる俺ってなんだよ?
というか、間の二位は誰だよ?
俺はテスト結果をいやらしく佐鳥さんに見せつける。
学年二位の結果を。
ずっと派世のことを見ている佐鳥さんは、俺のテスト結果に目もくれず、ただニコニコ笑顔を浮かべている。
まあ、平均点も高めで、やはり中学最初のテストだから、これくらいの点は取れてもおかしくないということか。
派世もまぐれで取った可能性だってある。
習い始めたばかりの英語は、平均点少し低めだが、問題があまりに簡単だったので、塾に通っている人や、まじめに予習復習している人なら満点は取れる内容だったっていうのもあるな。
まあ、気にしていても仕方ない。
次だ!次!
「ヒロ君、今日どうする?」
「あー……どうしよ?二人とも帰ってくる予定はないし、どうしたい?」
「うーん……それじゃあ、作りに行くよー」
「それなら、帰りに商店街寄ってかないとな」
「そうだねー」
「いや、お前ら夫婦か!」
そうツッコむ俺に、何を今更的な目を向けてくるお二方。
「いやいや、そこは否定しろよ!」
顔を見合わせる二人。
お互い照れることなく、優しい笑顔を向けあう。
「何食べたい?」
「お前が作ってくれるものならなんだっていいよ。特売されてるもので考えよう」
「私の財布のこと気にしてくれてる?」
「俺の財布のことを気にしてる」
所構わずイチャついてんな!
「泊まってくだろ?」
「明日学校だよ?」
「でも?」
「泊まってくー」
「だよな」
「両親いない日に女友達連れ込むなや!」
それってつまり、そういうことだろ⁈
「何か変なことあったか?」
「お泊りなんて毎日のようにしてるんだけどなー?」
「しちゃダメだから!コウノトリさんができちゃったらどうすんの⁈」
「できるのはコウノトリじゃなくて子供な?それと、作らないからな?」
「それを信じろと⁈」
小学校の時そんなこと一切話してなかったじゃねーかよ……
いやまあ、俺が二人に会った時は、なんだか大きな溝のようなものを感じたし、それがあってしばらくしてなかったってことなのかな?
「チッ!」
舌打ちして近付いてきた大曽根。
今度はなんなんだ……
「騒いでんじゃねーよ」
ドスを効かせて睨む大曽根だが、派世は微動だにしない。
「おう。テストどうだった?」
挑発するようにテスト結果を見せびらかす派世。
「広人、あまりおちょくらない方がいいぜ?相手は一応黒なんだから」
「階級なんて関係ないな。そんなもので、人間の何が測れる?」
「存在価値だよ。階級が下の人間は、悪魔に襲われればひとたまりもない。テメェみたいな愚民は、俺のような上層階級のものに遠慮しなくちゃいけないんだよ」
分かるよな?と眉をあげる大曽根だが、そんな言葉を派世はくだらないと一蹴する。
「なに?」
「お前が語っているのは階級だ。そこに人間はない。人間がなすすべなくやられていくだけ、だとでも思うのか?どんな状況であれ、抵抗はする。それにな、お前ら上層階級も、この世界の人間の九割を占める下層階級に支えられている。様々な人がいて、お前たちがいる。それを忘れて階級を鼻にかける。お前は階級の奴隷だよ」
佐鳥さんを守る派世だから言えること。
それを派世は口にする。
「俺は守られるだけじゃない」
強く、熱く、そう告げた派世は、俺の知らない、激しくギラギラした目をしていた。
二人の間にピリピリとした空気が流れる。
一触即発、まさしくこんな状態のことを言うんだろうな。
クラスからの派世を哀れむ視線。
これまで派世が佐鳥さんを守れたのは、相手の階級もさして高くなかったからだ。
しかし今回は黒。
今回ばかりは相手が悪い。
なのにどうして、佐鳥さんは全く心配していない様子だ。
流れた不穏な空気は、しかし大曽根がつまらんと吐き捨てるように言ったことで霧散する。
逃げた、とは違う。
弱い者いじめは主義じゃないのか?
だがあの目、殺意がこもっていた。
何かする気だな。
なんとなく俺が介入すべきだと思う。
だが、俺に何ができる?
俺は何をすればいい?
分からない。
結局、俺は何もせず待つことにした。




