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そして彼は偉大なる者に挑む

 グレインがスポットライトを振ると、それは剣へと変わってしまう。

 これは……能力?

 あたしと戦った時には使っていなかった。

 あたし程度では能力を使わせることさえもできなかったということ。

 自分の未熟さを痛感させてくれるね。

 あたしも負けじと力を高める。

 おそらくグレインならこの二人を倒すことは容易。

 それでもあたしをここに呼び寄せた理由は、ここで起こることをあたしで隠そうとしているからかな?

 あたしの火力ならグレインがいた痕跡は消せるけど、それだけのためにここまで回りくどいやり方をするのはおかしいよね?

 何か敵を見据えているんだと思うけど……

「アニキ!やっちゃってもいいか?」

「構わんぞ、弟よ」

「よっしゃ!いっくぜー!!!」

 何をするつもりなんだろ?

 お兄ちゃんがいたら何が起きるかくらいすぐにわかるんだけどなー。

 あたしも研究を手伝うべきだったかな?

 そんなことをしても、魔法を使いこなすことはできないと思うけど、対悪魔としては有効だよね。

「あなたも派手に暴れてくれ。そうしてもらえた方が、私としても好都合だ」

 やっぱりあたしで存在を隠すつもりなんだ。

 でも、何か引っかかる……

 とりあえず今は戦いに集中しよう。

「食らえ!超魔法!」

 超魔法⁉︎

 きっと凄い技が飛んでくるに違いない。

 咄嗟にそう考えた私は、光の槍で迎え撃つ。

 ヴァイス弟が放った光弾を、光の槍で振り払うと、爆煙に隠れヴァイス弟は姿を消していた。

 そんな小細工はあたしには通じないんだよ!

 って、どこも超魔法じゃないじゃん!

 煙から飛び出してきたヴァイス弟。

「隠れてドーン!」

 そう言って向かってきたヴァイス弟を、光の槍で適当にあしらおうとして、突如としてあたしの背後から現れ腕を振るってくる。

 あたしはそれをなんとか躱して、槍をそちらに向けると、元々いた方のヴァイス弟の拳を受ける。

 そうして飛ばされたあたしは、突如として現れた方のヴァイス弟の体をすり抜け、空中で態勢を整え、ヴァイス弟に槍を投げる。

 それはヴァイス弟の額を掠め、小さな傷をつける。

 相手は戦い慣れているようだね。

 今のはまんまと踊らされたよ。

「オレに傷を……アニキの言った通りだ!骨のある相手だぜ!」

何が嬉しいのか、楽しげに兄に報告しに行くヴァイス弟。

「弟の一撃に耐え、さらには弟に傷をつけたか。ふむ、予想以上の相手であったようだ」

 傍観しているヴァイス兄は、あたしのことを冷静に分析している。

 ああいうタイプが一番厄介だって、学校でも実家でも、もちろんお兄ちゃんにも言われてきた。

 兄の方を先に倒す。

「ふむ。私もいろいろと試させてもらうぞ」

 あたしの横でそう言ったグレインは、髪を薄っすらと紅く輝かせる。

 すると剣にまでその光が宿り、グレインがその剣を振りかざしただけで、紅い尾を引く斬撃が放たれる。

 ヴァイス弟はそれを危なげなく躱したが、今のはただ構えただけで、振り下ろしはまだだ。

 その斬撃はヴァイス兄の横を通り抜け、窓とカーテンを斬り裂き外へと飛び出していく。

 あたしはグレインから距離を取る。

 今回は味方でよかった。

 ヴァイス兄弟も慌てて距離を取る。

 そしてグレインはその剣を振り下ろす。

 真っ紅に輝く剣から放たれた斬撃が、暴風を携えて人間の可聴域外の低周波音を響かせて、ヴァイス兄弟に迫る。

 人間の可聴域外なら、おそらく悪魔も可聴域外の音だが、可聴域外の低周波でもあまりにも大きい音ならば聞こえることがある。

 あたしは神の力を宿しているから聞こえるし、身体に影響はない。

 でも、あの兄弟には相当な負担としてのしかかっているはずだ。

 そしてその斬撃は、ヴァイス弟の前で……

……消失した。


「今日も休みか」

 委員長こと逆見(さかみ)蓮葉(れんは)は、普段と変わらない調子でそんなことを言う。

「少し元気ないな。派世くんがいないからか?」

 そんな蓮葉に声をかけたのは、このクラスの本当の委員長、中木湧太だ。

 蓮葉はそんな様子を微塵も見せていないが、そんな微妙な変化すら読み取れる中木の洞察力は、このクラスでも広人に次ぐくらいには鋭い。

「夜遅くまで勉強していたからな」

「なるほど」

 〈紫〉である二人は、テストで点数を稼がなければ、学校にはいられない。

 最下層階級だから仕方ないのだが、やはり二人は納得できない様子で勉学に励む。

 一教科でも満点を取れれば、それで補修も留年も免除という制度があるが、一教科だけでも満点を取ることは簡単ではない。

 もし一つの教科に全振りしたら、一問のケアレスミスで補修もしくは留年が決定する。

 そんなリスクを背負ってまで行うことではない。

 だから二人ともテスト前は必死だ。

「ちなみに、夜遅くっていつまでだ?」

 目の下にクマすらできていない蓮葉を不思議がってそう質問した中木。

 中木は別の理由で元気がないのだと予想していたから、身体的変化がないことからその線を疑っているのだ。

「12時だ」

「遅くないじゃないか!」

 普段中木が寝る時間に寝ていた蓮葉に、意外そうに目を剥く。

「?」

「いや、だから、全然遅くないって!」

 何を言っているんだ、と疑問を浮かべる蓮葉。

「お前は普段何時に寝てるんだ?」

「9時だが?」

「はえーよ!」

 あまりの早さに驚く中木。

 自分もテスト勉強で疲れていた中木は、自分の席に腰を下ろす。

 蓮葉も席に着くと、ぐったりと机に伏せる。

 しばらく休んだ二人は、ノートを取り出しテスト勉強を再開させる。

 そうこうしていると、教師が教室に入ってきて授業を始める。

 元々は八田月の授業だったが、八田月が欠席のため別の授業が始まる。

 五人の生徒が休んでいるので、教師が問題の解答者に指名してくる回転も速い。

 しかし学力は二人ともあり、すらすらと解答していく。

 蓮葉は現在空席になっている後方の席に目をやる。

 今までに何度もこんなことがあった。

 広人がいない時は決まって、何か危険なことに首を突っ込んでいる時だ。

 そしてその時、たまに広人は仲間を連れて行く。

 蓮葉はこれまでの経験からそう知っている。

 そして今回は五人。

 これまで広人は基本一人で休んでいた。

 だから蓮葉は、さらに強く心配してしまうのだ。

 そして、不満も抱いてしまうのだ。

 自分よりも後に出会ったはずのフィリアと輝咲が、広人と一緒に行ってしまったことに。

 蓮葉はそんなやるせない気持ちを抱えて、授業を受け終える。

 そうして休み時間に入って、真っ先に中木に向かう。

 何か知っている様子の中木は、やはり何か知っているのだろうと、蓮葉は闘技も使わず判断する。

「中木湧太。知ってることを洗いざらい吐いてもらうぞ」

 広人、優日と、今や親友とも呼べるほどには仲の良い中木は、優日が用事で休む際にはその用を聞いていることが多い。

 今回に関しては盗み聞きだが、蓮葉の判断はさすがだと、中木は内心感嘆する。

 蓮葉は今か今かと待ち望んでいるが、中木は解答を渋る。

 答えれば、蓮葉にいらぬ心配をかけてしまう。

 しかし言わなければ、それはそれで心配し続けてしまう。

 広人に何も言われていない以上、自分で考えて答えるか否かを決めなければならないが、内容が内容なだけに悩みどころだ。

 そうして迷っている中木の様子に、さらに心配を膨らませる蓮葉。

 それは仕方のないことなのだ。

 蓮葉にとって広人はただの友人ではない。

 蓮葉の初めての友人であり、自分の透明感のある深緑の瞳を美しいと言ってくれた、自分の気にしていたことを許容してくれた存在だ。

 気になるし心配する。

 中木は蓮葉の様子からそこまでをすぐに察して、広人に口止めされていなかったこともあり、あっさりと話すことを決定する。

「ここで話すようなことじゃない。場所を移そう」

 その言葉は、蓮葉をさらに不安にさせる。

 ここで話せないということは、それだけ大変な事態に置かれているということだ。

 不安と不満を募らせて、蓮葉は屋上へと足を運ぶ。

「それじゃあ話すけど……おれに怒らないでくれよ」

「なぜ私がお前におこるのだ?」

 間違いなく八つ当たりされるだろうと予測して、それでも中木は広人を想う友人のために全てを話す。

「中木湧太!なぜだ……なぜ私に話さなかった!」

 中木の予測した通りに、中木は胸ぐらを掴まれ怒鳴りつけられる。

 冷静であること。

 それが中木の信念のようなものだ。

 だから中木は、あらゆる情報を精査し、最適解を導き出す。

 常にそうしてきて、今回の一件でもそうしたのだ。

「それはおれに言うべきことじゃないよな?」

 中木にそう言われた蓮葉は、掴んでいた服を放す。

 中木は話を聞いていたが、蓮葉が広人から何も言われなかったのだから、中木が勝手に伝えるべきではない。

 だから中木は広人が出発するまで、情報を誰かに教えることはなかった。

 今こうして蓮葉に伝えたのは、今からではどうしようもないから。

「どうしてなんだ……どうしてあいつは、私を頼ってくれないんだ……」

 そう言って、目尻に涙を浮かべる蓮葉。

 蓮葉はどんなことでもいいのだ。

 どんな些細なことでも、自分を頼ってほしいのだ。

 少しでも広人の役に立ちたいのだ。

 そう切に思っているのだ。

 それに気付いている中木は、広人のことを他人事だからと大変そうだなぁなんて思いながら、少しフォローを入れておく。

「今回のことはさ、日溜くんの家庭事情も関わってるんだ。だからあまり他の人を連れて行きたくないんだと思う」

「それでも……それでも私は、あいつに頼ってほしいんだ……」

 どうして彼の周りはこんなにも一途なんだ、そう中木は思った。

「彼は常に冷静だ。おれ以上にな。だから、彼の判断を、彼らの帰還を、おれたちは信じて待つべきだ」

 そうは言うが、中木は自分の言ってることの滑稽さに自嘲する。

 自分たちにはそれしかできず、だからそれをすべきなんだと、なんともバカげた話だ。

 連れていってもらえず、そんなことばかりを思うなんて、情け無いことこの上ない。

 連れていってもらえるような、広人にとってそんな存在になれなかったことが、すでに自分たちの失態なのだと、中木はそう結論づける。

「まったく……素直に気持ちを彼に伝えればいいものを。とんだポンコツっぷりだ」

「うるさい!そんな簡単に話せていたら、こんな苦しい思いはしてない……」

 声がだんだんと小さくなり、最後は中木の耳にすら届かないほどだ。

「やっぱりポンコツなんだよなぁ」

 中木も心配して、広人たちの帰りを待つ。


「お主はこの先、何をするつもりじゃ……?」

 あまりに漠然とした質問で、どう答えるべきか分からない。

「お主の生き方、或いはその目的じゃよ……」

 生き方、目的、そういったものを明確に定めている人は、そうはいないだろう。

 私もその例から漏れず、特にこれといった目的を定めて生きているわけではない。

「特に何も……模索中よ」

 新人類だから一般社会で生きていけないのは間違いない。

「ふむ……そうじゃのう……ならばお主は、あの少年と一緒におると良いじゃろうのう……」

 あの少年?

 広人のことかな?

「あの少年って?」

「あれじゃよ……一緒に大阪に来た不死身の少年じゃ……」

 いくら新人類といえど、そんなことまで見抜ける力は持ち合わせていない。

 それにおじいさんはここから出られないはずだ。

 直接会うことなく広人の秘密を暴いてしまうなんて、そんなの兄さんでもできない……と思う。

「どうしてそのことを?」

「そんなことは気にせんで良いのじゃ……お主はあやつを信用しておるかのう……?」

 愚問ね。

「当然でしょ?」

「そうじゃろうな……信用しておるのなら、あやつと一緒におるべきじゃよ……」

「どういうこと?」

「お主は……兄を探して日本に来たのじゃろう?」

 それはまだ広人にも話していないこと。

 それをこのおじいさんは知っている。

「そうね」

 驚いていては話が進まない。

 きっとそのうち分かることだろう。

「あれは追うだけ無駄じゃよ……新人類すらも超えようとしておるからの……」

 新人類すら超える?

 どういう意味なの?

 新人類、それは完成した人間と呼ばれ、その力は神にも迫る。

 身体構造を神に近づけ、人間離れした身体能力を得て戦う。

 その新人類を、超える?

 そんなの……

「ありえない、かの……?」

 おじいさんの言葉に、ビクリと肩が跳ねる。

 心を読まれたような気がした。

 そしてそれが、とても心地良いものではなかった。

 真っ白の髪が風もなく揺らめく。

 それがあまりにも不可解で、それが他の不自然なことに、私を気付かせた。

「おじいさん、あなたいったい、何歳なの?」

 疑問が質問となって、口から溢れ落ちた。

「名前も知らない人にいきなり年齢を訊ねるのは失礼だよー」

 そう夢花が囁いてくるが、そんなことは今はどうでもいい。

 おじいさんは新人類だ。

 それは新人類であれば誰だって分かること。

 そして新人類のみが知ること、それは……新人類は年を取らないということ。

 一定の年齢に到達すると、それ以降老けることは今まで確認されていなかった。

 私の父も祖父も、未だに若い姿のままだ。

 私と並んでいれば誰もが、「お兄さん?」と、訊ねてしまうであろう。

 第二次世界大戦を経験したのが私の祖父。

 そんな年代の人が、私と並んで兄妹に間違われるような容姿をしている。

 そう、老けないのだ。

「今は何歳だったかのう……百を過ぎてから数えるのをやめたからのう……」

 百過ぎで数えるのをやめたってことは、それからさらに年月が経っているってことよね?

「えっと……いつ頃から生きているの?」

 新人類の寿命は明らかではない。

 少なくとも私が知る限りでは、ユスティリアに百過ぎの人はいない。

「いつ頃か……そうじゃのう……フビライがなくなった時にはもう新人類として生きてあったからのう……」

 まさかの元の時代⁉︎ということは……13世紀から生きてたってこと⁉︎

 今21世紀だから、七百年は生きてるってことでしょ?

「何を驚いておる……?アダムは900年生きておるのじゃぞ……?」

 たしかに聖書だとそうなってるけど……

「儂ら新人類は神に近づいた人間じゃ……寿命も神に近くなる……つまりはアダムやノアに近づくのじゃよ……」

 初耳だ。

 新人類は、完成した人間は創世記にまで到達していたなんて。

「お主ではそこまで生きれんがの……」

 どういうこと?

 私だって同じ新人類であるはず。

 それなら、同じ力を持っているなら、私の寿命も創世記に匹敵するほどの寿命のはず。

「儂の髪は白いじゃろ……?」

「そうね」

 本来紅であるはずの髪だが、おじいさんの髪は白。

 しかしそれだけ長く生きていれば、紅い髪が白くなっていてもおかしくはない。

「それがどうかしたの?」

 夢花に視線を送ると、夢花は知ってか知らずか、笑い返してくる。

 頼りにできそうにない。

「儂はお主ら新人類が想像もつかんような道を通ってきたのじゃ……儂がしたことと同じことをすれば、お主とて長生きは可能じゃよ……」

 おじいさんがしたこと?

 夢花に視線を送ると、再び笑い返してくる。

 あ、これは分かってますね。

 でも私には教えるつもりはない、と。

「お主もいずれ答えを掴める……それまではあやつと共におるがよい……」

 また広人。

 広人といて見つかる答えって何?

「そうじゃ……訊き忘れておったわい……」

 何かを思い出して、ゆっくりと立ち上がるおじいさん。

「お主はあやつに、その背を見せたことはあるかの……?」

 私はあまりの驚きに、つい剣に手をかけてしまったが、落ち着いて姿勢を戻す。

 どうして背中の傷を、このおじいさんが知っているの?

 私は誰にも話していないし、知っている()がこの世に存在するはずがない。

 この背の傷を知っている者も、人前に簡単に姿を見せるような者ではなく、誰かに話すなんてことはおそらくしない。

 それなのに、どうしておじいさんがこの傷のことを……

「それはあやつが知っておくべきこと……お主はあやつと共にいろ……あやつは必ず、お主に答えを示すじゃろう……」

 おじいさんは壁にかけてあった通信機を手に取ると、ここからの避難を呼びかけて、通信を終了させる。

 なぜ避難を呼びかけたんだろう?

 そんな風に思っていると、夢花が私の腕を引っ張り、部屋の隅に移動させられる。

「迷え!若人よ!」

 おじいさんは声を張り上げそう叫ぶ。

 次の瞬間には、爆音と視界を覆い尽くすほどの土煙が襲い掛かった。


 いやー、やっぱり暖房の効いた車内は暖かくて落ち着くねえ。

 奏未が握った小さめのおにぎりを飲み込みながら、俺はそんなことを思う。

 まさか七月に暖房のありがたみを再確認する機会が訪れるとは思わなかったよ。

「広人さん、すごい戦いだったですね」

 五つ目のおにぎりを手に取ると、リーラがそんなことを言ってくる。

 すごい戦い、ね。

 日溜やフィリアだと多分全く別の感想を述べるだろうな。

 戦闘員と非戦闘員では、やはり戦闘の見方や考え方が大きく異なるようだ。

 俺がおにぎりを口に運ぼうとすると、リーラの目がそれを追う。

 俺がおにぎりを持つ手を下げると、それに釣られるようにして、リーラの視線も付いてくる。

 右へ左へと動かすと、やはりリーラの視線は付いてくる。

 何この可愛い生物。

 リーラの様子を眺めていると知能が著しく低下しそうで怖いな。

 どうやら腹が減っているようだ。

 俺は奏未が大量に作ったおにぎりを取り出し、リーラに分け与える。

「腹が減っては戦はできぬ。お前も食べるといい」

「戦はしないですが……いいのです?」

 俺は何も答えずにおにぎりを頬張る。

 その様子を眺めていたリーラも、やがておにぎりを食べ始める。

 フロストの期待には添えたかな?

 そんなリーラに微笑みかけているところを見ると、おそらくご希望通りだったかな。

 輝咲は極式(ごくしき)の爆音で目覚めて、今は俺たちと食事中。

「あの人を本当に倒せた……と言って良いのでしょうか……?」

 満足げにおにぎりをいただくリーラを眺めていると、そんなことをフロストが言い出した。

 それはかなり微妙なところだな。

 手応えはあった。

 極式で手応えがあったのなら、よっぽど生きてるなんてことはないが……

「何しろ相手が新たなる可能性(ネクストステージ)だからな」

 新たなる可能性(ネクストステージ)のことは悪魔でも有名らしく、それを言ったことでフロストは急に不安になってしまったようだ。

 それも無理はない。

 フロストは黒白凰をよく知っているだろう。

 その黒白凰よりデタラメな力を持つ人間ってことだからな。

「ねくすとすてーじって何なのさ?兄さんより強いのさ?」

 そんなことを輝咲に聞かれる。

 どうだろ?

 ここにいたあいつはおそらく、黒白凰を倒せるだろうな。

 俺の知る他のネクストステージでも、間違いなく黒白凰を倒せる。

 だが、全部が全部ってわけじゃないだろうな。

 能力にも相性がある。

「順位は上だが、戦ってみなければ分からないな」

 おにぎりを食べ終えた輝咲は、俺の返事を聞かずに窓の外を見ている。

 夢花以上にマイペースだな。

 仕方ないとは思うけどな。

 今までは動くことも話すことも食べることもできなかったのだから。

「彼が戻ってきたら、また戦うですか?」

 あいつがネクストステージと聞いて生きている可能性を考慮したリーラが、俺も考えいたもしもの話を振ってくる。

「当然戦うだろうな。だが、そうなった場合はもう俺の勝ちが決定している」

「どうしてですか?」

「どれだけ強力な能力を持ったところで、心の脆さは変わらない。例え戻ってきたとしても、さっきまでの覇気はない」

 一度負ければ相手を恐れるし、それが己の目を曇らせ、俺が暗技を使えず弱体化していることを、覆い隠してしまうだろう。

 それに、一度提示された攻撃の可能性を拭うことは出来ず、常にそれへの警戒をしなければならなくなる。

「ちなみに俺は戻ってきてほしいと思っている」

「どうしてでしょうか?」

「利用できそうだからな」

 中途半端に戦力が集まると、(いくさ)の悪魔王がどう出るのか分からないからな。

 予防線を張っておきたい。

 鬼門はまだ1,2時間は持ちそうだ。

 極式の影響で暗技は使えないから、まともに戦えば負ける。

 あいつが折れていてくれればいいが……

 食べたら眠たくなったのか、それとも安心して疲れが襲ってきたのか、或いは両方か、リーラは眠たげに目をこすっている。

 あれと対峙したんだもんな。

 あれの殺気は非戦闘員にはキツイよな。

 おしぼりで手を拭いて口元を拭う。

 はい、食事終了。

「疲れているなら寝たほうがいいぞ」

「私なら大丈夫です」

 どこか必死めいたところがあるな。

 フロストに目配せすると、フロストは頷きリーラを引っ張り後部座席に連れて行く。

「横になるだけでも多少疲れはとれる。休める時に休まないと、身体が持たないぞ?」

「広人さんがそう言うなら……」

 そしてようやく休息を取るリーラ。

 どうにも期待に応えたいという意思が先走ってるところがあるな。

 リーラにばかり目を向けていると、急に冷たい風が吹きつける。

 車内でどうして……って、

「ちょッ⁉︎お前何してんのッ⁉︎」

 俺は輝咲に駆け寄り、その体を窓から離させ、開いた窓を閉める。

「さ、寒かったのさぁ……」

「開けるなって二人に言われただろ⁉︎」

「するなって言われるとしたくなるのさ!」

 なぜ胸を張る⁉︎

「はぁ……」

「どうして溜息つくのさ!」

 頰をぷくっと膨らませて怒る輝咲。

 溜息をつくのは失礼だったな。

 誤魔化すために頭撫でとこ。

 すると表情が和らいでいく。

 いや、怒った顔も可愛かったけどさ。

 輝咲はどんな表情にも子どもらしい無邪気さが残っているからホント可愛いんだよな。

 癒されるなぁ〜

 輝咲の頭を撫でながら、あの男のことに思考を巡らせる。

 食事を摂ったし男のところに向かうか?

 あいつの能力なら、向かうとすれ違う可能性がある。

 それなら待っていた方が得策か。

 しかし、もしもさっきの極式で倒せているのなら、ここで待っていてもあいつは来ない。

 そうなったら俺はここにいるより街に出向いて戦った方がいい。

 みんなが心配だからな。

 さて、どうしようか……

 暗技も使えないし、ここで待っていよう。

 輝咲のご機嫌とりを終えると、リーラはスヤスヤと眠っていることに気付く。

 やっぱり疲れていたんだな。

 魔力もかなり使っていたし、帰りのためにも休んでもらうのは必要だ。

 俺も今のうちに休んでおこう。

 また戦うことになるかもしれないからな。


「やっぱり問題はあの死体だね」

「だな。あれは俺がやるぜ。お前は」

「ブルグルフだね。そうは言っても、僕らはもうほとんど動けない」

「それだよなー。動くには動くが、ほとんど動きが停止してやがるぜ。声も伝わるのが遅いみたいだし」

 日溜君のその声が聞こえた時には、体はほとんど動かなくなってしまっていた。

 音は空気を振動させ伝導する。

 その機能を空気が失いつつあるということは、おそらく今この場所は……

         絶対零度

……だろうね。

 僕はもう動けない。

 そしてそれは日溜君も同じ。

 呪い対策のお札では、この力を跳ね除けることはできない。

 この身で技を受けてみてようやく理解した。

 この街に突き立った氷のバラは、この死体が作り出したものだ。

 今は夏。

 悪魔たちの慣れた様子から、あのバラはかなり昔に建てられたもの。

 そして夏場にこれだけの効力を発揮し続けていることから、あれを作った能力者はネクストステージ以外にないだろう。

 つまりあれは、新たなる可能性(ネクストステージ)の死体。

 あの状態で新たなる力(ネクスト・ドア)が使えるかどうかは分からないけど、一応警戒はしておくべきかな?

 というか、僕の能力でも動けないってどういうこと?

 日溜君が生きているのも気になる。

『どうしたぁ?動けないのかなぁ?』

 ブルグルフの口の動きからそんなことを言っていると分かる。

 言われたままなのは悔しいけどね、物理的に言い返せないんだよね。

 あーあ……

 せっかく輝咲が目を覚ましたのに、僕は兄らしいことをなにもしてあげられなかったなあ……

 僕らの敗戦ムードが漂い出した戦場で(漂わせてるのは僕)、日溜君が行動を起こす。

 この動けるはずのない世界で、日溜君が行動に移ったのだ。

 一歩、また一歩。

 日溜君は死体へと歩みを進める。

 日溜君からは気迫のようなものが立ち上り、日溜君の体が数多の鎖で覆われていく。

 その最中に、日溜君の頰に亀裂が走るのを僕は見た。

 見間違いがいかなと思うが、鎖に覆われていて確認できない。

『なぜだあ!なぜお前は動けるんだあ!!!』

 ブルグルフが叫んでいることが分かる。

 しかしどれだけ叫んだところで、絶対零度の世界では人に声は届かなーー

「なぜだと?そんなことも分からないのか?」

 届いた⁉︎

 どういうこと⁉︎

 僕にもたしかに声が届いた。

 なんで⁉︎

 ここは絶対零度の世界のはずだ!

『ふざけるなぁ!物理法則を無視だと?人間にそんなマネ、できてたまるかぁ!』

 彼から立ち上っていたオーラが、彼を守っているのかな?

 だとしても声が届くのはおかしいね。

「分からないか?これが人間の持つ最高のそして最大の力、愛の力だぜ」

 愛の力で物理法則を無視できるなら、恋愛脳の少年少女みんなが物理法則を無視できてしまう。

 愛の力でここまでの力が出せるわけがない!

 ブルグルフが気迫に圧され、数歩後ずさる。

「つっても、ただの愛じゃないぜ?」

『どういうことだ?』

 ただの愛じゃないって……家族愛は最強とでも思っているのかな?

「俺のは底なしの家族愛。親友の言葉を借りるなら、絶望による愛、だぜ」

 絶望による愛?

 親友は多分派世広人君のことだ。

 しかし……絶望による愛ってどういうことだろう?

『絶望……そんなものでそれほどの力を手にできるはずがないだろ!』

「悪いが、事実俺には宿っているぜ。俺の絶望が引き立てた、底なしとなった家族愛によってな!」

 絶望が引き立てた?

 自分に当てはめて考えると、いくつか合点のいくところがある。

 僕も家族を失った。

 残ったのは呪われた妹と絶望のみ。

 その時から、僕の能力は今の能力になった。

 もしかすると絶望が能力と関係するのかもしれない。

「絶望が俺に力をくれた!」

 僕が未だに動けない中、日溜君はどんどん死体に歩み近づいていく。

 鎖の鎧を纏った日溜君。

 黒騎士を意識しているのだろう、頭を兜で覆い隠している。

 騎士の姿を借りたのは、きっと勇気が欲しかったから。

 相手は自分の父親だ、思うところはあるだろうね。

 日溜君は勇気を振り絞って叫んだ。

「俺から奪ったもの、返してもらうぜ!!!」

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