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最下層階級の絶望騎士  作者: ぶい


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斬撃と掌撃の激突

 空は曇り、今にも降り出しそうな雰囲気だ。

 できれば降り出す前に倒したいが、間に合うか?

 バスの中からリーラとフロストが覗いている。

 輝咲も乗っているんだが、顔を見せないってことは、きっと眠っているんだろうな。

 さて、男は俺の動きに集中しているが、それはおそらく鬼門のことを本当に知っているからだ。

 最大開門を倒したことが嘘ではないとは分かっているが、そう思い込んでいるから嘘だと見えなかっただけという可能性を否定できなかった。

 しかし、それが本当ならば、鬼門の力だけでは勝てないだろう。

 俺が動き出すと同時に男は剣を振るう。

 かなり早く駆け出したため、敵の攻撃は当たらなかったが、男は当てるつもりがなかったのだろうな、表情に変化が全く見られない。

 おそらく今のは何かを測るためだろう。

 俺は地面を強く蹴り、男に土を飛ばして視界を塞ごうとする。

 しかしその程度の攻撃が通じるはずもない。

 俺はめげずに飛び回り、地面を抉り土を飛ばす。

「何度やっても無駄だ!オマエでは俺を倒せない!」

 何度か直接仕掛けてみるが、当然当たることはなく、諦めて元いた位置に戻る。

 バスの中からフロストが心配したように、リーラは相変わらず無表情に見つめてくるが、大丈夫だ。

 なにせ俺は死なないからな。

 自分の心配をしているのなら、それはかなり微妙なところ。

 俺が勝つのは確実だが、男が俺の意図に気付いて、バスに狙いを戻す可能性がある。

「どうした!もう終わりかよ!人の思いってのは、その程度のものなのか!」

「いや、まだまだだよ。人の力を見せてやる」

「何を見せる?能力か?大した能力も使えないくせによお!」

 やはり気付かないか。

 リーラも俺と男に注目するばかりで、気付いていない様子だな。

「一つ言い忘れていた」

「何だ?」

 静かに腕を持ち上げて、その術式を発動させる。

 そこでリーラはその術式に気付いたようだ。

「俺が扱うのは人間の思いだけじゃない」

 分からないと眉をひそめる男。

 そうだろうな。

 俺が理解できているのだから、理解できないことはないはずだが、常識では考えられないようなことを、俺はやろうとしている。

 つまりは、この時代の人間ではとても理解の及ばない、人間の理解を超えたことを為そうとしている。

 当然男に理解はできない。

 これは悪魔の領域だ。

 しかし、人間も扱える技術だ。

「人間の思いの結晶が鬼門だ。そして、俺の費やした時間が、思いが、今、悪魔の思いを束ねる!」

「何をする気だ?」

「そこにいると危ないぞ」

 俺は手を開いたまま、腕を横へと振るう。

 この行為に、人間であれば当然疑問を浮かべる。

 そんな余裕など残されていないというのに。

 さっきまでの攻撃は地面に術式を描くためのもの。

 空気中から掻き集められた魔力が術式によって形を与えられる。

 ここは寒いからな。

 少し温めてやろう。

「熱き炎が縛り焼き尽くす。炎鎖(えんさ)

 口の中で小さく呟く。

 術式によって魔力が消費され、現れた逆巻く炎が男を覆い隠す。

 その炎は男を縛り焼き続ける。

 中級魔法だ。

 完全に不意をついたが、こんなことで倒せるとは思っていない。

「今のがオマエの切り札か?」

「やっぱり無事か」

 上級魔法が使えればよかったんだが、残念ながらここに漂っている魔力だけでは足りない。

「今のが悪魔の思いを束ねた一撃か。俺の能力の前では無力だったな。しかし今ので、オマエが口先だけの雑魚だって証明されたわけだ」

 俺が口先だけ?

 いや、そう言われても仕方がないか。

 俺の攻撃はいとも容易く凌がれてしまったんだから。

 しかし……男ががっかりしているように見えるのは、どうにもそれだけが理由じゃないような気がするんだよな。

「どうしてそうなるんだ?」

 こいつはおしゃべりが好きらしい。

「オマエは魔法を使った。つまりは悪魔と契約している。思いだ何だと語っておきながら、オマエは与えられた力を我が物顔で振りかざすだけの愚かな人間だった。オマエには失望した」

 理由を訊ねると不機嫌にそう答えた。

 なるほど。

 この男は俺に何かを期待していたということか。

 失望するということは、何かを望んでいたということだもんな。

「失望するのは勝手だが、一つ考えを改めてもらおうか」

「改める?何を?」

「俺は悪魔と契約していない」

「はっ!何を言うかと思えば、白々しい嘘なんか吐きやがって」

「嘘ではない。ここは悪魔の領域が近く、普段から悪魔が通っているのだろう、不燃魔力が濃い」

 正しくは濃かった。

「不燃魔力ってのは、悪魔が魔法を使う際に用いる術式に無駄がある時に発生し、その無駄分多く使用した魔力が消費されずに空気中に残ってるものだ」

 人間である男には理解できないか。

 バスの悪魔二人はその意味を理解している。

 フロストは俺の謎知識に免疫がついてしまいもう驚いてはいないが、リーラは無表情のまま驚いている。

 普通に驚くより難易度高そうだ。

「その魔力は特定の術式を組むことで、集め魔法に使用することができる。俺はそれを理解し扱う。与えられた力?笑わせるな。これは俺の研究成果だ。さっきの術式だって、俺自ら組んだものだ」

 俺の努力の賜物である術式をあっさりと躱してくれたから、でかい口は叩けないがな。

「そうか。つまり、オマエの思いは俺に届かないってことだな」

「そうかな?」

「どういうことだ?」

 分かってないな〜

 いや、分かっていて分からないふりをしているのか?

「俺は魔法を使った。さて、あといくつ術式を仕込んでいるでしょうか?」

「はあ?」

「さっき使った魔法を、たしかにお前は躱したな。だが、次からは俺の攻撃を躱しながら魔法にまで対処しなければならない」

「だったらどうした?使わせなければいいだけだ」

 自分の魔力を使わない場合は術式詠唱が必要だ。

 使わせないなんてことは容易。

 そもそも仕掛けている術式はゼロ。

 不燃魔力だって残っていない。

 だが、可能性が提示されれば相手はそれを考慮に入れて戦わなくてはならなくなる。

 それが未知の力であればなおのこと警戒が必要だ。

 体もこの力に完全に馴染んだ。

 もう暗技なしでも制御できる。

「もう一つおまけに教えてやる。鬼門はその得られる力が故に、始めのうちは力を制御できない。お前が倒したそいつが使っていたのが最大開門なら、そいつは力を使いこなせなかった。だからお前に負けた。鬼門は鬼門だけでは完成しないんだよ」

「なんだと?」

 これで俺がまだ強くなる可能性も提示できた。

 さて、これでこいつは勝ちを急ぐはずだ。

 来るか?新たなる力(ネクストドア)


 淀川から分岐した安治川を超えた先にそびえる、背の高い氷のバラに近づくと、麓に一つの大きな病院を見つける。

 そしてそこに向かう一台の車(?)を発見する。

 あれは何だろう?

 悪魔が魔法で何かしているのか?

 しかしここは死者の領域だ。

 悪魔とは考え難いね。

 死者があんなことできるとは聞いたことがない。

 とすると、移動中のブルグルフの可能性が高い。

 もう少し近づいてみようか。

 少し高度を落とすと、だんだんとその全貌が明らかになってくる。

 それは車だが車ではなく、鎖がそれを形どりけたたましく走っているという、あの男からの逃亡の時に日溜君が使っていた能力に酷似しているものだ。

 じゃああれは日溜君かな?

 もしかすると、彼はもうブルグルフに倒されて、呪いの力で操られているのかもしれない。

 学校をものの数分で破壊した、そんな能力者が簡単にやられるとは考えられない。

 しかしここは僕が試した場所よりさらに寒いはずだ。

 そう考えると、彼が簡単に負けてしまうことも起こりうるだろうね。

 寒さがブルグルフに影響があるのかは分からないから、とりあえず今はないことを前提にしておくべきだろう。

 さて、彼が操られているのかどうか、僕には判断方法がないからね、こんな短時間ではブルグルフと遭遇すらできないだろうと考え、日溜君が日溜君であることを信じようかな。

 彼まで敵に回して勝てると思えるほど、僕は浅はかではないからね。

 僕は鎖の車と並び、中の日溜君に声をかける。

 日溜君は僕に視線を送り、何も言わずに前方に視線を戻すと、速度はそのままで、その車体を大きく弾ませて、倒れた街路樹を飛び越える。

 その先の角を曲がり、僕らは病院の駐車場に着く。

 ブルグルフはいない、か。

 当然なんだけどね。

 僕らがここにいるから表に出てくるなんて、そんなことは殺してくださいって言ってるようなものだ。

 鎖の車が消滅し、日溜君は鎖の鎧を纏って、足裏のローラーを回転させて、こちらに向かってくる。

「止まって」

 声はちゃんと届いたようで、日溜君は僕から少し距離のある場所で止まった。

 どっちか見極める必要がある。

 奇襲なんてされたら僕まで呪いを受けることになってしまう可能性があり、そんなことは妹のためにも絶対にできない。

 日溜君は鎖鎧の中で何やらもぞもぞと動き、一枚の紙を取り出した。

「俺が操られるわけねーだろ?俺たちには派世が渡してくれた、このお札があるんだぜ?」

 派世広人君にもらった紙か。

 正直に言えば疑っている。

 そんな効力を持つお札なんてものを、いくら妹が巫女とはいえ、作れるはずがない。

 自分のお札を取り出してまじまじと見つめていると、病院から歩み出てくる影一つ。

 僕はお札をしまい、そちらに振り向く。

 そう、一つ。

 ブルグルフ一人が、うんざりとした様子で現れる。

 一人……

 静かに殺気を張り巡らせ辺り一帯を支配下に置こうとするも、ブルグルフからの圧力で思った通りにはいかない。

 ブルグルフが一人で出てくるはずがない。

 どこかに死体を潜ませているはずだ。

 地中?木の上?

 空を飛ぶのもいそうだね。

「お前はたしか……そうだぁ。先日手合わせしたクソ雑魚じゃねぇか」

「病院から出てきたのはいい判断だぜ。俺の破城槌(シェーヌマルトー)を受けずに済むからな」

 この病院にも学校にしたように、あの技を使うつもりだったようだね。

 たしかにそれなら楽に、安全に炙り出せる。

 技名まで知っているとなると、操られていないと判断しても大丈夫そうだね。

 判断材料がなくても、彼を気にして勝てる相手だとは思っていないからね。

 僕は彼が操られていないことを前提に戦うしかなかった。

「もう一人は時間遊戯(タイムチェンジャー)かぁ?そっちにいるのはどういう了見だぁ?俺が人間を信用できなくさせてやったはずだろおがよぉ?」

 その通りだ。

 僕は彼のせいで人間が信用できなくなった。

 そしてそれは今も変わらず、僕は人間を信じることに抵抗を覚えてしまっている。

 人間だけではない。

 悪魔だって信用には値しないし、自分以外のほとんどのものは信用できなくなってしまった。

 それら全て、ブルグルフたった一人の、たった一度の絶望によって。

 しかし、僕には信用できる唯一の存在がある。

 僕がどれだけ荒んでも、僕がどれだけ人を嫌い恨んでも、僕がどれだけ人を殺しても、僕には絶対に捨てることのできないものが、僕の中の絶対の存在がある。

 輝咲が僕の絶対。

 そんな輝咲を助けてくれた彼なら、僕は信じることができる。

「君と戦うのに、誰かを信じる必要はないよ。でも、ここで君と僕とで戦うためには、邪魔者を排除してくれる存在が必要だ。だから僕は、僕の絶対を守ってくれた、僕の生涯唯一であろう心を許せるかもしれない人間に、協力を頼んできた」

「お前の絶対ぃ?バーカ!お前の妹はあの日跡形もなく消し飛んだはずだぁ!」

「はずだね。でも、輝咲は生きてる」

「バカな」

「だから、生涯で唯一の人間なんだよ」

 僕は彼に、罪と恩義がある。

 だから、僕が彼を嫌うことはできない。

 しかし僕は簡単に誰かを信用できない。

 たとえ罪悪感や恩義を感じていたとしても。

 フロストから聞いていた。

 彼という存在が、派世広人という存在が、いったいどういうものなのかを。

 それはひどく不気味で、義理堅く、己の言葉に忠実な存在だそうで、だから僕を助けたのだろうと言っていた。

 フロストを信用しているかと言われれば、即座に頷くことはできないし、そのフロストの言葉が彼を信じることに至るかと言われれば、当然僕は首を横に振る。

 ならどうして彼を信用しているのか。

 なぜ彼に輝咲を任せたのか。

 僕は利害の一致でもしない限り、誰かを信用することなんてできない。

 そしてそれは一時的なものでもある。

 そう信じて疑わなかった。

 たしかにそれは今までは当てはまった。

 じゃあ今は?

 今の僕には、立って、話して、笑って、泣く。

 そんな輝咲が、寝たきりではない輝咲がいる。

 彼は輝咲に信用されている。

 だから僕は、彼を信用して、いや、信用しようとしているのだろう。

 僕は彼を信用したいから信用してると言ったんだ。

 それは僕が、きっと変わろうとしている、ということなんだろう。

「君は一瞬にして、僕から多くを奪い去った。でもね、彼はそんな僕を、彼自身自覚しているかは分からないけど、変えようとしているのさ。妹を救うことでね」

「妹を救ったぁ?バーカ!そんなことあるわけないだろぉ!」

 自分の力に自信があったらしいブルグルフは、輝咲が死んだことを疑っていなかったらしい。

 実際爆発は起きたわけだからね。

 死んだと誤認しても仕方がないね。

「あの時人型のものが空へと打ち上がっていったぁ!そして大爆発だぁ!間違いなく消し飛んだはずだぁ」

 彼はここまで計算に入れていたのかな?

 ……さすがにないね。

「彼が妹を救った。だから僕は彼を信じたい。君の植え付けた人を厭う気持ちに打ち勝つためにもね」

「彼ってのは誰だぁ!」

「答えるわけないよね?ばーか」

 僕の返しに日溜君が大爆笑。

「ば、はーかって……」

 思い出したのか、再び笑い転げる日溜君。

「日溜君」

「……ふー。分かってるぜ」

 日溜君の周囲の地面にヒビが入って、死体が血を吐きながら飛び出してくる。

 ブルグルフが顔をしかめる。

 死体はすでにやられていて、それがなぜか地中から何かに突き上げられるかのように飛び上がった。

 ブルグルフは日溜君の能力を知らない。

 だから迂闊に踏み入れてしまった。

 地中という、日溜君の領域に……

「なんだぁ!何が起きたぁ!!!」

「そう猛るなよ。先に仕掛けてきたのはそっちだぜ?今回攻撃を仕掛けて来たのも、佐鳥さんを攫ったのも、黒白凰の時も、大阪の時も」

 日溜君、怒り心頭って感じだね。

 ここまでの力を発揮できるのも、彼自身の思いの、努力の賜物だろうね。

 何体かの死体が病院から飛び降りて、途中で何かに引っかかり、そこで全てすり潰される。

 これが日溜君の力か。

 地上は僕とブルグルフがぶつかり合う。

 だから日溜君は地中と空中を支配した。

 まったくどうして、彼の周りの人たちはデタラメだね。

 殺しても死なない彼含めてね。

 相手も僕含めて随分とデタラメなようだけどね。

 さて、僕も僕でデタラメな敵さんを倒さないと、彼に笑われてしまうだろうね。

 僕らが入ってきた側から、何体かの死体が現れる。

「ようやくお出ましか……」

 日溜君のそれを心待ちにしていたような口ぶりから、きっとあの死体が、日溜君の父親の体なのだろう。

「お前はそいつの力を身をもって味わったはずだぁ。怖くねぇのかぁ?」

「怖い?ありえないぜ!ようやく取り戻せるんだぜ?むしろ興奮が止まらないぜ!」

 そんな調子の日溜君が気に障ったらしく、どうにも苛立っている様子のブルグルフ。

 自分が仕掛けたものがことごとく処理されているからね、仕方ないね。

 辺りに霜が降りる。

 それはあの死体が起こしていることなんだろうね。

「お前たちはきっと後悔することになる。なにせ、死ぬより恐ろしい体験をすることになるんだからなぁ!」

「僕たちが勝つからそんなことにはならないよ」

「はっ!身の程知らずのクソ能力者がぁ!俺様のモルモットにしてやるよぉ!」

 そして数多の死体が、病院の門を通って僕たちに向かってきた。


「終わりだ」

 来るのか?

 新たなる力(ネクスト・ドア)が。

「ネクスト……」

 俺は男の目をしっかり見据えて、そのタイミングを計る。

 すると男が緩やかに息を漏らしていき……俺は大量の血液を吐き出すと同時に倒れゆく。

「オマエが俺に新たなる力(ネクスト・ドア)を使わせようとしていたのは分かっていた。悪いが俺はそんなことをしなくても、オマエを殺すぐらいは朝飯前なんだよ。やはりオマエも口先だけなんだな」

 男はその手に握るまだ鼓動している心臓を握り潰そうとして、俺の異常さを目撃することになる。

 普段俺の体の残骸がどうなっているのか。

 その答えを、男はその手で体感する。

 鼓動していた心臓が大量の血を吐き出すと、静かにさらさらと灰となって消えていく。

 そして俺が起き上がることで、男は慌てて刀を構え直す。

「どうして無事なんだ?って顔だな?」

「普通の人間なら死んでいた。なんなんだ、オマエ」

 なんなんだって……不死の力は俺にも正体掴めてないんだよなぁ。

「さあ?なんだろうな」

 バスの中の様子を探ると、悪魔たちが驚きのあまり固まっていた。

 リーラは変わらず無表情だが、多分驚いて固まってるんだと思う。

「それで、もう終わりか?」

 俺は男を挑発すると、男にすぐに火がついて、また技の準備をする。

「できれば、さっきのようなことはもうやめてほしいな。こいつらはまだ若い。悪影響がでても困るからな」

 俺も俺でなんかそれっぽい構えを取る。

 これは技を使おうとしているわけではない。

 こうして構えることで、敵は何かをするんじゃないか、という疑問を、相手に植え付けることができる。

 その疑問があれば十分倒せる。

 なにせ、俺の目的はバスを狙わせないことだからな。

 これでもバスを狙ってきたら、この状態から鬼門と暗技で飛び出し、バスが破壊されるより先に討つ。

 ただそれだけだ。

「バスを狙う余裕なんてないっての!」

 男が刀を振り下ろすと、刃が俺の体内を斬り裂き、俺の体から血が吹き出る。

「だーかーらー!教育に良くないって言ってるだろーがッ!」

 鬼門のおかげで再生能力が格段に向上しているからな、すでに体内の傷は塞がり、必要のない血液を排出して元通りだ。

 しかし、俺が構えた理由を即時に理解してしまったのか。

 なかなかの戦闘センスだ。

 少し直情的なところを改めれば、もっと冷静に戦いを進め、俺に切り札を使わせることも容易だっただろうな。

 俺が一直線に男へ向かおうとするが、その距離はなかなか縮まらない。

 力を抑えてはいるが、こうまで縮まらないのはおかしい。

 すり抜け、縮まらない距離、いったい何を操る能力なのか……

 俺は攻撃をやめ、横に跳んで振り降ろされた刃を躱す。

 俺の攻撃は届かない距離。

 しかし男の攻撃は届く。

 俺はまた、攻撃を受ける。

 躱したはずだが当たっていた。

 まったく、何が起きているのか分からないな。

 能力が何か分からないなら、そして攻撃が届かないのなら、俺は切り札とまではいかないが、奥義と呼ぶにふさわしい技を、使うことを強いられているようだな。

「簡単には倒せないことは分かった。だがそれは、オマエが力に恵まれたから。反吐が出るな!初めから力に恵まれていたやつが、力のない者たちの思いを語っていたなんてなあ!」

「面白いことを言うな。俺が恵まれていたなんて、本当にそう思うのか?」

「心臓を抜かれて死なずにいる。これを恵まれていると言わずしてなんと言う?」

 この体質が痛みも消してくれると思っているのかな?

「お前は心臓を抜かれたことがあるか?」

「あったら今ここにいない」

「だろうな。じゃあ分からないよ。これがどれだけ辛いことかなんてな」

 この体質で能力があったなら、きっと恵まれているとも言えただろうな。

 だが、大した力のなかった俺にとって、この体質は苦痛でしかなかった。

 どれだけ苦しくても死ねず、様々な痛みをこの身に受けた。

「死なないことが辛い?笑わせるな。死なないなら何度だって挑戦できるだろ。大切な人が死なないのなら、これ以上の幸福はない」

 この口ぶりだと、この男は大切な人を失って、今こうして何か目的のために人間の敵をやっているのだろう。

「人は死なないことをいいことのように言う。だが、死ねないってことは、お前が思っている以上に苦しいことだ」

「何をバカなことを。果てない体に鬼門の力。オマエを恵まれていると言わず、誰を言うんだ?」

「さあな。そんなことは俺が知ることじゃない。しかし、俺を恵まれていると言ってくれるのはやめてもらいたいな。たしかに俺はちょっとやそっとのことでは死なない。だが、痛みはある」

「だったらどうした?たとえ痛みがあろうとも、死なないのなら何かを恐れる必要がない」

 再生が速かったから何か思い違いをしているのかもな。

「お前に想像できるか?麻酔をせずに体を開かれる痛みを、つま先からプレスされていく痛みを、己の身をだるまにされる痛みを、灼熱に焼かれる痛みを、お前に想像できるか?」

「オマエは……何を言っているんだ……?」

「それが俺の受けてきた痛み。それで、誰が恵まれているって?」

「……」

「なあ、言ってみろよ。誰が恵まれているかをさあ。恐れる必要がない?面白い冗談だな。この体の性質を、俺の脳は認知している。だから痛みを和らげる快楽物質だって、分泌されることはないんだぞ?」

 生まれ持った力はロクなモンじゃない。

 俺の知る限りでは、だがな。

 まったく、好き勝手言いやがって。

  しかし、今の会話でこの男が利用できることが分かった。

 さて、あとはどうやってそこに誘導するか、が問題になってくるわけだが……

「それに耐え続け、今では心臓を抜かれても平然としている。そうしてオマエは化物になったんだな」

 哀れむような目を向けてくる男。

「俺がすぐに楽にしてやる」

 自分なら殺せると思っているのだろうか?

 俺は簡単には死なないではなく、本当に死なないのだ。

 きっともの凄い再生能力を持っている、と考えているんだろうな。

 今の超再生は鬼門の影響が大きいと知らないからな。

「やってみろ。お前じゃ俺を殺せない」

「いや、殺せるな。俺はオマエをぶっ殺す」

 ようやくやってくれるか。

 男は刀を地面に静かに刺しその目で俺をしっかり捉える。

 能力は体力を使う。

 新たなる力(ネクスト・ドア)の消耗は相当なものだろう。

 痛いが弱らせるためには仕方がない。

「これで終わりだ!新たなる力(ネクスト・ドア)!!!」

 地面から突き上げてきたいくつもの刃が、足を腹を腕を胸を首を、そして頭を貫くと、俺の体を覆うようにいくつもの刃が伸びていく。

 そうして刃の山が築かれた。


 俺はそんな時でも左手首の薬を、なるべく不自然に映らないように守っている。

 しばらくの時間が経過すると、全ての刀が同時に消滅する。

 俺は刃から解放されると、体がぼろぼろだったこともあってぼとりと地面に落ちるが、鬼門で上昇している再生能力で傷をすぐさま修復し、勢いよく起き上がる。

「次は俺のターンかな?」

 今の攻撃を受けた俺が生きていることに納得できないらしい男が、刀を地面から引き抜き、刀を構える。

 俺は少し腰を落として拳を固く握る。

 体の内の力と統率し、本来外側に放つ滅慟(めつどう)を内側に放ち続ける。

 暗技で体内に力の渦を作り、体内のみならず、体外の流れを統率する。

 簡単なやり方だ。

 体内を巡る力の一部を体外に放出すれば良い。

 あれに届くか分からない。

 しかしそれは拳の話だ。

 仕方がないので強引な手段を用いる。

 こいつを使ったら男が死んでしまうかもしれないが、正直こいつが死んだところでって話だ。

 男も身構えている。

 俺が何かをしようとしていると気づいているようだな。

 鬼門の力をフル活用だ。

 全力で蹴り出し男に正面から向かう。

 しかし、なかなか距離は詰まらない。

 二歩。

 少し近づいているような気がするがまだ届かない。

 三歩。

 これ以上は引っ張れないな。

 体内で溜め込んでいた滅慟の力をを解き放つ。

「暗技極式(ごくしき)流閃(るせん)!!!」

 その一撃は男に届いた。

 拳が男の額にぶつかり、腕の周囲にまとわりつかせていた空気と力を全て男に与える。

 男も届いたことが予想外だったようで、俺から渡された衝撃と空気の砲弾で、木々を薙ぎ倒して飛んでいく。

 これは……死んだな。

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