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戦場に求むるは勝利

「どうして君がっ!?」

 死んだと思ってるよな、そりゃ。

 あの傷は助かりようがないと、普通はそう思う。

 俺じゃなければ死んでたかもな。

 本来なら、即死していなければおかしいんだ。

 即死してなきゃ奏未がどうとでもできるわけだが、黒白凰からしたら、心臓を潰したその実感も感触もあったはずだ。

 そりゃあ死んだと思うだろう。

 俺は今までそうやって死を偽装したことが何度もあったし、今回もその例に漏れなかったわけだが。

 俺にはよくあることでも、相手からすれば異常事態だろう。

 黒白凰から困惑が伝わってくる。

 心臓を貫いた、そんな相手が生きていたのだ。

 俺の体質による再生を一時的に止めるほどの能力だ。

 他の能力を寄せ付けないような攻撃だったのだ。

 その手で殺したと思うのも無理はない。

 だが、傷の再生を抑えたところで、俺は死なない。

 俺は不死身だ。

「さて、どうしてだろうな?」

 相手に疑問を抱かせるように回答する。

 主導権は握らせない。

 相手の能力、体質に干渉するなんてこと、そう簡単にはできないはずだし、俺だってもうさせない。

 まあ、黒白凰の能力は、相手への干渉が主ではないだろうからな。

 それが真ならこちらに干渉するには何かしらの条件があるはずだ。

 それはおそらく、空間の支配。

 相手の意思の根底に、勝てない、という意識を植え付けること。

 動きを止めるのも同じ条件だと推測する。

 後は直接接触することだろうか。

 黒白凰が目を細めたから、その予想はどうやら当たっていたらしい。

 以前できた空間支配が、今はできないことへの戸惑いを感じられる。

 前回も油断していたわけではないが、黒白凰に空間を掌握されてしまった感は否めない。

 しかし、今回は俺がはじめから守りを目的とした空気感を作り出し、相手の干渉を完全にシャットアウトするように感覚を研ぎ澄ませている。

 だからだろうか、暗技でここまで感情が読めるというのも珍しいくらいに読み解ける。

 殺しから捕獲に任が変わったなら、動きを止めることが最も楽で最良の方法だ。

 殺さなくて済むし、何よりも黒白凰は相手に干渉さえできれば、その動きを完全停止させる事ができる。

 これほどに捕獲に向いた能力もそうはないだろう。

 しかし、それをできないと悟ってか、少しの焦りが見え始めた。

 できれば殺したくないくらいには考えていそうなものだし、その焦りは黒白凰の視線の動きに明確に表れている。

 ともあれ、俺と奏未に関しては、殺してしまっても構わないはずだが、殺すこと自体自ら進んでしていたことではないから消極的だろうし、それは明確なつけいる隙になる。

 これで前回より幾分かは戦い易くはなったか。

 とはいえ、感情が読めても戦いに関しては、流れは全く読めないから、戦いやすくなったとはいえ微々たる影響かもしれないが。

 いや、干渉が減るのはかなり助かるところではあるか。

「君がなぜ無事だったのかは分からない。でも、君は一度僕に敗れ、死を演じる他なかったことは事実だ。そんな君が再び僕に挑んで、勝てるとでも思っているのかい?」

 思ってなければここにいない。

 でなければどうしてここにいる?

 正義感?

 それこそありえない。

 俺は正義感なんていう曖昧なもので動くほど、愚かではないんだよ。

「お前は、以前と状況が大きく異なることを理解すべきだな」

 こちらの人数が減った。

 単純な戦力ダウンと思うのが普通である。

 しかし、そうではないのだと。

 そう自信を見せつける。

 勝つためには、相手に不安を抱かせておかなければならないのだ。

 根拠のない自信じゃない。

 ちゃんと根拠のあるように見せなければならない。

 出し惜しみをさせるんだ。

 切り札は最後までとっておくものだが、それを撃たせないことこそ勝機だ。

「俺は前回、一度だって能力を使用してない」

 敵に判明している能力は、奏未と日溜のものだろう。

 今の目的がフィリアの捕獲だから、フィリアの能力が大したことないことも知ってるだろうな。

 だが、俺は紫の無能力者だ。

 リストにも載ってなかったし、俺が紫であることを知っている者もいないだろう…………そう思いたい。

 相手にとって、俺という存在は未知であるはずだ。

 そして、人は知らないものを怖れる傾向がある。

 つまり、それっぽい口ぶりで話せば、勝手に強力な能力だと思いこむ。

「お前のおかげで、俺はお前に勝てるようになった」

 黒白凰が最後にした質問、それに対する答えへの反応が、黒白凰の現状を語った。

 八田月の情報とも相違ないし、人として至極一般的な感性も持っていることが分かった。

 罪悪感、それは拳を鈍らせるには十分すぎる理由だろう。

「こうしてここに俺がいるのは、お前を倒す準備ができたから、ということだ」

「そうか……僕の攻撃が、君の能力の発動条件を満たしてしまった、ということか。それは、まずいね」

 発動条件の厳しい能力は強力である。

 順位や階級の差くらい、軽く埋めてしまうほどには。

 そしておそらく、黒白凰は俺の能力の発動条件は、死に至るほどの攻撃を受ければ使用可能になる、もしくは死んだ時に死ぬ代わりに使用可能になる、だとでも思っているのだろう。

 それくらいに厳しい条件の能力でなければ、白に届くほどの能力にはならない。

 それこそ、俺は殺す人物リストに名を連ねていないのだから、階級は緑以下という予想になるはずなのだ。

 それだけの階級差を覆す能力である、そう警戒させることはできただろうか。

「君は彼女たちの相手でもしていてくれないかな?できれば離れた場所でお願いしたいね」

 奏未と戦って長引くのを嫌ったか、或いは俺を相手にできるのは自分だけだと判断したか。

 しかし奏未の相手を任せるとは、あの悪魔、相当信頼されているようだな。

 強いのは分かる。

 分かるがあいつは……いや、なにも言うまい。

 ともあれ、八田月が情報を持っているわけだ。

「そうさせてもらおう。なるべく早くけりをつけろ」

「その子も危険だからね。終わり次第向かうよ」

 人の妹を指して危険だなんて、失礼しちゃうなぁ。

 そういえばと、日常的に凶器振り回している姿をふと思い出して、言われてみれば危険は危険かと内心で納得する。

 ともあれ、そんな危険な奏未が、あの悪魔がいくら強かろうと負けるわけがないので、フィリアもついでだ面倒見てくれと目配せ。

「悪魔の方は任せた」

 元々俺が黒白凰の相手をする予定だったので、奏未とフィリアは移動する悪魔を追っていく。

 罠かもしれないが、奏未がいるなら問題ない。

 そもそも、あれは敵じゃないしな。

 罠があったとして、それで二人を危険に曝すようなことはしないだろう。



「ここら辺でよいだろう」

 悪魔を追っていたら、広人から結構離されてしまった。

 広人は心配だけど、これではすぐに戻れない。

 どうしてここなのか、周りに他の悪魔がいるわけでもなく、ただ遠くに来ただけのようね。

 罠……もなさそう?

 奏未ちゃんも首を傾げているから、本当になにもなさそうだ。

「あなた、何を企んでいるの?」

 こんな質問に、敵が真面目に答えるはずがない。

 そう思いながらも、訊ねることを止められない。

 はぐらかすか嘘を吐くか。

「悪いが、答えるつもりはない」

 丁寧に断られた。

 こんな敵は初めてね。

 いや、敵、なの?

 不思議なことに、彼からは敵対心が感じられない。

 私たちと敵対するつもりがないならまだしも、そもそも敵だと見られていない、相手にされていない可能性もある。

 私たちを取るに足らない相手とみくびってくれていればいいんだけど。

「さて、今の構図は俺としても都合がいい」

 今の構図?都合がいい?どういうこと?

 この悪魔、何かがおかしい。

 ここに来た時から思っていたことだが、その様子のおかしさは、私の想像の及ぶ範疇で測れないものだった。

「あたしを前にして都合がいいなんて、よく言えたね」

「お前がいるから都合がいいんだ」

 奏未ちゃんが狙い?

 それならどうして、奏未ちゃんは笑っているの?

 奏未ちゃんと悪魔は、2人して向き合って不気味な笑みを浮かべている。

 私を捕まえることが目的だったはずなのに、悪魔が狙うのは奏未ちゃん。

 私を狙うのとは違う意味を含んでいそうだけど、どういうつもり?

 この悪魔が何者で、目的は何なのか、だんだんと不鮮明になっていく。

 力は中級悪魔程度しかなくて、奏未ちゃんのことを知っているようで、奏未ちゃんに勝てないことは分かっているはずなのに、それでも笑っていられる。

 他に悪魔はいないのに、どうしてそんなにも自信があるの?

 広人のように、死なない、という確信でもあるのだろうか?

「さて、派世奏未、お前は俺をどこまで楽しませてくれるのかな?」

 笑顔でそう挑発する悪魔。

 奏未ちゃんも笑顔で応戦する。

「楽しませるつもりはないよ。ただ、可及的速やかに排除する」

 愛らしい顔からは考えられないような、殺気。

 小さな体から発せられたそれは、想定外だったこともあり、私を震え上がらせるのに十分すぎた。

 まさか、ここまでの殺気を放てるとは思わなかった。

 この子も戦い慣れている、やはり広人の妹なんだ、と実感させられる。

 私が驚くほどの殺気を浴びて、悪魔は表情を変えることはなく、むしろどこか高揚感さえ感じさせる。

 本当に中級悪魔なの?と思ってしまうほどに、肝が座っている。

「簡単に言ってくれるな。これは楽しめそうだ」



「少し、話をしないかい?」

 黒白凰にそう持ちかけられる。

 奏未を危険とか言っていたが、それが分かっているなら早く向かおうとすると思ったんだがな。

「呑気に話していていいのかよ。お前は奏未の力を分かっているんだろ?」

 あの悪魔を信頼してのことか、それとも悪魔をどうでもいいと思っているからか、何にせよ黒白凰は悪魔を放置している。

 何か考えがあるわけでもなさそうだ。

 いや、放置せざるを得ないという心情なのかもしれないな。

 俺に思考を誘導されて、実際は無能力者であるが、強力な能力者だと思わせられて、隠してはいるものの動揺しているのかも?

 或いは殺しても死ななかった俺の殺し方を模索中なのか。

 考えてもキリがないからこれ以上は考えないものとする。

「そうだったね。それなら、これだけは言わせてもらうよ。君の妹、奏未ちゃん、を危険と言って、すまなかった」

 俺の気に障ったと気付いていたか。

 黒白凰にも妹はいるし、兄の気持ちは分かるのかもしれないな。

 俺のそれは兄のそれとは少し違うかもしれないけど、さておき。

「いいさ。今回だけは許してやるよ」

 少し上からの物言いだが、相手に余裕を見せ続けなければ、能力が使えないのかも、という疑念が生まれかねない。

 その可能性を見出されてしまえば、戦況は一気に不利に傾く。

 言葉にも細心の注意を払わなければ、一言が死に繋がる場合だってある。

 口は災いの元だ。

「今回?それってつまり、次回もあるかもしれないってことかい?」

 そこ気付いちゃうかぁ。

 黒白凰は俺が生き残るつもりでいると思っているのかもしれないが、黒白凰を殺すつもりもないと判断していた場合、この戦いは泥沼化するかもだな。

 耐久戦になると、タイムリミットのある鬼門では厳しい。

 始めのうちは使わずに、なんて余裕もないけど。

 まあ最悪、あの力があるか。

 最悪奏未が上手くやってくれる。

「まあそれは君次第だから、僕は僕の思うようにやらせてもらうよ。僕には、どうしても引けない理由があるからね」

 ふむ、どうしても引けない理由ねぇ。

 そこまで思っているのなら、俺の言葉はきっと、絶大な効果を発揮してくれるだろうな。

 しかし、おいそれと使っていい手ではない。

 今使ったところで、大した効果は見られないだろう。

 追い込まれてる時こそ、最大の威力を見せてくれるに違いないからな。

 言葉は弱っている者にかけてこそ絶大な効果を発揮するものだし、彼は追い詰められているが、まだ敵の説得に心を揺さぶられるような段階ではない。

「それじゃあ、お前のやり方ってやつを、見せてもらおうか」

 できれば開きたくなかったが、他に方法も思い浮かばないので使うしかない。

 さて、俺は固く閉ざされた内なる門を押し開き、その先へと進んで行く。

 さて、気合い入れて、行くぞ!

 二段開門!!!

 微かな頭痛とともに額の皮膚を突き破りながら、髪で隠せるほどの短い一本の角が生えてくる。

 鬼へと近づいている証拠だ。

 人道から大きく外れた、仙道と逆位置に存在する道へと、俺は確かに進んでいるようだ。

 今まで何度か使ってはいるが、まだ使い慣れてはいない。

 というか、急激な身体能力の変化があるため、慣れる気がしない。

 暗技がなければまず制御できないだろう。

 それだけの力を使っても、正直倒せるかどうかは微妙なところだ。

 とはいえ、こんな住宅街で三段開門なんてするわけにはいかない。

 家を吹き飛ばしてしまうだろうからな。

 二段開門だって、家を破壊することくらい、流れ弾でだってできるのに。

「警戒を強めたな」

「そうだね。まさかこれほどまで強力な力を持っているとは思ってなくてね」

 さすがに分かるか。

 鬼門を開いたことで、流れが俺に支配されつつある。

 単純な火力の水増しと能力の影響力の停滞、その両方を鬼門一つで兼ねている。

 それだけじゃない。

 俺は前回、暗技にこだわって戦っていたが、今回は始めから闘技の戦略を取り入れていく。

 暗技は流れに潜れないと、なかなかどうして使いにくいものがあるからな。

 今回はかなり有利にことが運べるだろう。

 さて、まずは肩慣らしに……

 俺は直線的な動きで黒白凰に向かい、繰り出される反撃に対して一撃を叩き込む。

 弾かれた右腕を引くと同時に、左拳を射出する。

 それは先の一撃より鋭く、そして早くなり、慌てて防ごうとする黒白凰の腕の守りをすり抜け、その額を叩き割る。

 はずだったが、黒白凰が不自然な体勢で素早く退避して、俺の拳は空を切る。

 黒白凰は空振った俺に攻撃を仕掛けるのではなく、その俺の様子をじっと観察している。

「直線的だからと油断していたよ。本来そうした攻撃は、読まれやすいもので、熟練者ほど使わないものなんじゃないのかい?」

 バカな。

 そんなはずないじゃないか。

 直線的な攻撃は進行方向やタイミングこそ読まれやすいが、例え読めたとしても、対処出来なければ意味がない。

 そもそも不意をつけばいいだけの話。

 それに、今回のようにもできる。

 読まれやすいということは、逆説的に相手の動きを読みやすくもなるということだ。

 闘技の基本戦略だな。

 相手がこっちの動きに合わせてしたと思っている反撃に対して、こちらが合わせて反撃を入れることで、相手のペースをこちらが取り込んでしまうのだ。

 流れを作ることこそが、闘技の本質である。

「お前は俺の攻撃が読めたか?」

 カウンターを合わせたから読めたと言えよう。

 しかし、そのカウンターに合わせられ、やり返されたのだから、読めてないとも言える。

「まったく、君には驚かされてばかりいるよ」

 口の端がひくついていることから、どうやら痛みは感じてくれるようだ。

「俺も驚いたさ。お前の動きにな」

 黒白凰の動きは、相変わらず読めないままだ。

 闘技を使ってもやはり掴めない。

 それなら、動きの選択肢を潰してやればいい。

 思考を誘導してやればいい。

 今度は鬼門の脚力を使い、最高速度で迫りながら、暗技を用いて相手の意識の流れに潜り込もうとする。

 しかし左の拳を振るうところで気付く。

 そこに黒白凰はいない。

 背後回り込まれただと?!

 なんて速さだッ!俺でも気付くのが遅れるほどとは!

 突き出された腕を体の向きを変えつつ払って、そのままの流れで拳を繰り出す。

 この時少しずらすことで、相手の移動先を誘導できる。

 が、黒白凰にその戦い方は通じない。

 無駄に慎重になってくれてる黒白凰は、素早く俺から距離を取る。

 そんなことをされては闘技が使えないので困る。

 くッ……

 このままでは持久戦になってしまう。

 なんとか、しないとな。

 俺は秘策であり奇策とも呼べる一つの手段を思いつく。

 問題は奏未が気付いてくれるかどうかだ。

 しかし、警戒させすぎたな……

 もったいぶりすぎたか。

 冷静に分析している当たり、やはり焦るようなものでもないようだと、さらに冷静になるものだから、ほとほと自分に呆れてしまうが、反省は次に活かせばいい。

 とりあえず今は、思いつきを実演してやらないとだな。

 元々決まっていた覚悟とは別の覚悟を決めて、俺は拳を血が滲むほどに固く握りしめた。



 おかしい。

 2人がかりで攻撃してるのに、攻撃が掠りもしないなんて……!

 この悪魔は戦い慣れしすぎている。

 中級悪魔にしては、魔法の使い方が絶妙すぎるのだ。

 その上、熟練の戦士であるかのようで、その戦いっぷりはどこか指導的だ。

「2人ともなかなか筋がいい。これほどまでとは思わなかった。隊長や(つづみ)の巫女と同等かそれ以上だ」

 “包”、だなんて……また珍しい名前が出てきたわね。

 隊長というのは、悪魔の秩序(レッドポリス)の隊長だろうか?

 しかし、悪魔の秩序の隊長にそれだけの実力があるのだろうか?

 それほどの実力者なら、隊長が自らこっちに出向けばいいのにと思わないでもない。

 いや、そもそも広人や奏未ちゃんが私の護衛をしていることを向こうは知らなかったのか。

 それにしても、これだけの腕を持っていて、上級悪魔じゃないなんて、この悪魔は一体……

 謎は深まるばかりね。

「ああぁぁあ!!!イライラする!!!」

「それでも狙いがブレることはないか。教育がいいのかセンスがいいのか、はたまた経験の賜物か」

 話している悪魔の背後から斬りかかるも、さらりと受け流されてしまう。

 かれこれもう1時間はこうしているだろう。

 一向に解決の糸口は見えてこない。

 日は沈み始めて、悪魔はだんだんと強くなっている。

 奏未ちゃんの放つ光線も、最小限の魔力で、どんな悪魔でも使えるような簡単な魔法で、防がれてしまう。

「民家に気を使っているから、俺を倒せないんだよ。俺は大技を見たいんだが?」

 あれで力を抑えていたの?

 舗装された道路を穴だらけにしておいて、それが限界じゃないなんて、どこまで常識外れなのよ。

 力を凝縮して、触れたらそこから侵食して死に至らしめるだろう攻撃をしておいて、そんなことある?

 悪魔に指摘されてか、奏未ちゃんは宙に浮かび上がって、いくつもの光の輪っかを作り出す。

「まだ民家を気遣うか。それも良いだろう。俺の楽しみが増えるというものよ」

 悪魔はそれを見てもまだ足りないと言うが、あの輪が何をするものなのか分からない。

 分からないが、もしあれら一つ一つから先程の光線が放たれるのならゾッとする。

 まだ民家を気遣うのかという悪魔の発言から、おそらく同じ技を使うんじゃないかと思うけど。

「さあ来い!」

 ニコりと奏未ちゃんが笑う。

 私も一緒に攻め込むべきか判断に迷う。

 光の輪が回り始め、中心に粒子が集まり出した。

 やはり光線を連続照射するつもりか。

 私にはあれに合わせるだけの技量はない。

 だから眺めていることしかできないが、なかなかに酷い光景だ。

 奏未ちゃんは空を自由に飛び回り、輪っかを敷き詰めて逃げられないようにしている。

「いっけええぇぇぇええええ!!!!!」

 そしてまさかの、悪魔の真下から黄金に輝く光の柱が、悪魔を呑み込みそびえ立つ。

 その柱は空高くまで昇る。

 奏未ちゃんのあの輪っかは囮だった!?

 私は完全に意表を突かれているのだが、悪魔も確かに飲み込まれたかに見えた。

「今のは見事だ」

 気配を感じ取れなかった。

 新人類であり、感知能力に秀でた私が、全く気付けなかった。

 いつのまにか私の隣にいた悪魔が、奏未ちゃんに拍手と賞賛の声を送る。

 気付くと同時に剣を振るうも、悪魔に剣が届くことはなく、悪魔は民家の屋根に腰を下ろし、頬杖をついて奏未ちゃんを見上げる。

「飛ぶことで視界を上へ向けた。そもそも地中で構えていたから気付き辛い。それだけでなく、大技の準備をすることで、地中からの攻撃へのカモフラージュを同時に行った」

 悪魔は冷静に分析している。

 あれを見ても落ち着いているように見える。

 でも、その分析結果を口にする必要はないし、あえて口にしたということは、何か意味があるはず。

 常に思考、か。

 どこかで広人が言っていた気がする。

 広人はこんなことをずっとしてたのね。

 本当に、彼は強い。

「良い兆候だ。お前にはそれしか出来ないと、ようやく理解したか」

 なぜ民家の屋根に登ったの?

 確実に私を倒せるタイミングで、どうして何もしなかったの?

 どうして屋根に腰掛けて、私を見下ろして笑っているの?

 そしてどうして、今の言葉を私に向けて言ったの?

 奏未ちゃんが口を動かす。

 上空、普通の視力では口の動きなど追えない。

『もう終わりにするね』

 しかし、私の目は普通ではない。

 確かにそう動いたのを捉えた。

 そして悪魔は、残念そうにしてはいるが、苦笑いで頷き返している。

 待って、どういうこと?

 全て、この二人は示し合わせて戦っていたというの?

 どういうことだろう?

 どこからだろう?

 もしかして、悪魔の秩序の狙いも、奏未ちゃんが誘導したものなの?

 それじゃあ広人は?

 疑問が尽きない。

 尽きない疑問と、募る不信感。

 しかし、明らかなことが一つ、広人と黒白凰帝が敵対しているということ。

 完全に悪魔の秩序と繋がっているわけではない。

 それどころか、この悪魔は私を軽く捕まえるだけの力を持っているだろうし、奏未ちゃんが悪魔側ならすでに向こうの思うがままだというのに、私は未だに無事である。

 どちらかといえば、あの悪魔が私たちに味方しているように感じる。

「さてと……見たがってた大技見せて、終わらせてあげるね」

 そう言って奏未ちゃんは、小さな一枚の鏡を具現化させる。

「さあ、来るがいい!」

 その鏡が輝き出して、反射的に腕で目を覆って防ぐ。

 それでも防ぎ切れない光。

 瞼を閉じても全力で俯いて頭全体を使って、体で目を覆うようにしても、決して防ぎ切れない光。

 例えるなら小さな太陽。

 それほどの熱を持ち、それほどの輝きを放つ、鏡。

「痛ってぇ……」

 悪魔はそれでも生きていた。

 新人類の私でも、直撃して生きていられる自信はない。

 どうやって生き残ったの?

「クッソ、好き勝手してくれやがって!」

 不思議に思ってチカチカする視界を凝らして、よく悪魔を観察する。

 なんだか様子がおかしい。

 さっきまでとは随分と変わっているようだけど、あの光が何かしたのだろうか?

 なんだか、先ほどまであったプレッシャーも完全に消し去っているようで、人が入れ替わったかのような、そんな印象を受ける。

「魔力もほとんどねぇし!だあクソッ!やるしかねぇか!」

 奏未ちゃんが隣に降り立つと、悪魔はギラギラした鋭い目をさらにつり上げて私たちに向かってくる。

「くらいやがれぇぇ!これが俺の最後の魔法!絶望の弾丸だ!!!」

 魔力がないと言っていたが、その悪魔からは黒く小さな、バレーボールほどの大きさの球体が放たれる。

 悪魔はその裏で消滅していく。

 絶望の弾丸と言っていたが、黒騎士が使っていたそれとは、サイズがまるで違う。

 黒騎士の使っていたものと比べれば、一回りも二回りも小さく、それでいて魔力(?)の濃度もかなり薄い。

 それでも危険な魔法であることは、本能でわかる。

 人間の衰退した動物本能でも危機を悟るほどの魔法、そんなものを使うということは、やはり相当の使い手だったのだろう。

 奏未ちゃんはお疲れの様子だから、私がどうにかしないと。

 私は剣に力を集中させて、ただそれを斬ることだけを考える。

 感覚が研ぎ澄まされ冴え渡っていく。

 剣と一つになったような錯覚を覚える。

 否、錯覚などではない。

 これこそが新人類の真骨頂である。

 紅く輝く刀身、抜き身の魂を振りかぶる。

 獲物を見据え、ただ鋭く素早く、斬る!

 真っ二つに割れたそれは、空気に解けて消えていく。

 奏未ちゃんは無事かと振り向くと、驚きに満ちた表情で、私の顔を見上げている。

 私からしたら奏未ちゃんの方がビックリ人間だけど。

「ぜ、絶弾を、斬った?」

「そんなに驚くことなの?」

「驚くことって、絶弾は触れたものを塵にするんだよ?その剣がどんな素材でできていようと、斬れるはずないのに!」

 この兄妹、2人とも悪魔に詳しいのね。

「そんなことより、奏未ちゃん、さっきの鏡は?」

「ああ、あれ?あれはどこにでもある普通の八咫(やた)の鏡だよ」

 どこにでもないよ!

 この子はとんでも発言ばっかりね。

 ツッコムつもりはないけど。

「奏未ちゃん、動けそう?」

「うん!すぐにでも動けるよ!早くお兄ちゃんのところに行かないとね!」

「そうね。急ぐわよ!」

 すぐに元気になった奏未ちゃんと、広人の元へと急ぐ。


 1時間と40分ほどか?

 鬼門の限界が近い。

 これほど長引くとは思わなかった。

 あちらさんは余裕綽々、一発入れてもすぐ元通りじゃあ、二段階でもどうにもできないか。

 ああ、これは詰みだな。

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