それはどこまでも連れ添う呪い
なるべくしてなった。
彼はもう限界が近いだろう。
それは戦っている僕にひしひしと伝わってくる。
しかし、彼の目から闘争心が消えることはないし、彼自身まだ勝てると思っているようだ。
奥の手を残しているのかもしれないね。
それなら僕は、変わらずヒットアンドアウェイを繰り返し続ければいい。
彼がどんな秘策を残しているとしても、使わせなければいいだけだ。
接近戦において、彼は僕にどこか強気に仕掛けてきた。
しかし、回避に集中した僕に決定的な一撃を入れることができず、こうして限界近くまで戦い続けてしまっている。
僕の戦い方は最善だろう。
しかし、彼からは底知れない闇のような何かが漂っている。
圧倒的に不利な状況だというのに、薄っすら笑みまで浮かべている。
彼では僕には届かないはずだ。
その結果として、当然のものとして、彼は限界を迎えている、はずだ……
そう、全てはなるべくしてなったのだと、そう自分に言い聞かせて、それでも彼を怖いと思う。
僕は同じように戦い続ければいい。
この状況をひっくり返せるはずがないじゃないか。
そう、大丈夫だ。
大丈夫だ……
あーダメだ。
全くと言っていいほど勝てるビジョンが浮かばねぇ。
まさか警戒され過ぎて、逃げに徹されるとは思わなかった。
いやー、参った参った。
はっはっはっ
微弱でも能力があれば違ったんだろうけど、無い物ねだりしても仕方がない。
自分にあるもので戦おうにも、こうも逃げられるとなんともならない。
鬼門だってもうすぐ閉じる。
極式を使うか?
いや、その選択肢はないな。
街中で極式なんて使ったら、家をいくつか倒壊させることになる。
「涼しい顔をしているけど、限界なんじゃないかい?」
さすがに分かるか。
分かったなら警戒を解いてほしいところだが、やはり手を抜いたりはしないようだな。
これでは、せっかくこれまで委員長から盗んできた闘技が生かせないな。
さて、勝つ算段を立てないとな。
奏未が、随分と疲弊しているようだが、こちらへ向かって来ている。
やはり、こっちを使うしかないようだな。
詰んでるなら仕方ない。
手を出すなと言ったが、手伝ってもらうことになって申し訳ない。
後は奏未がちゃんと俺の意図を読み取ってくれるかどうかだが……心配だな。
分かりやすいように、一発入れておこう。
広人の姿が見えてきた。
あれと戦って未だに立ってはいるが、おそらくは劣勢ね。
力尽きたのか前屈みになる広人に、あの日と同じように、黒白凰は技を仕掛ける。
広人は繰り出された腕を紙一重で躱し、軽く握った拳を振るうが、あまりにも不自然な動きで躱されてしまう。
しかし、その後に銃の発砲音のような音が響き、黒白凰の身体が何かにぶつかったかのように吹き飛ぶ。
「な、にが……っ⁉︎」
戸惑う黒白凰と倒れゆく広人。
広人の全身から血が噴き出す。
広人が負けた。
奏未ちゃんは、真っ直ぐ黒白凰へと向かう。
光の槍を展開し黒白凰を空へと打ち上げ、しかしすでに調子を取り戻した敵は、奏未ちゃんへと矛先を変えて、その速度に対応する。
上空で繰り広げられる攻防。
圧倒的力同士のぶつかり合い。
私程度では介入すら許されないような、まさしく別次元と言うにふさわしい戦い。
私の取り柄の速さでも、あの二人には追いつけない。
これが、階級最上層同士の、ほぼ最高位同士の戦い。
広人はあんなのを相手にここまで粘っていたの?
紅い空が暗く染められていく。
そうなってくると、神々しい輝きを放つ奏未ちゃんが目立ってくる。
私はそれを呆然と見つめることしかできない。
絶対的力の前では人間は無力な存在だと、そう実感させられる。
まさか奏未ちゃんのような無邪気な子に、自分の弱さを再確認させられるとは思わなかったわね。
冷静になった今だからこそ分かる。
奏未ちゃんでは彼には勝てないと。
ただでさえ弱っていた奏未ちゃんは、少しずつ光が弱くなっていく。
それを黒白凰が見逃すはずもなく、奏未ちゃんから何かが落ちてくる。
それは狙ったかのように広人の頭の少し前に落ちる。
奏未ちゃんの……腕?
広人が生きていることが分かってて、見せしめのつもりでそこに落とした?
そんなことより、腕が落ちて来たってことは……
「奏未ちゃん!!!」
追撃を受け落下してきた奏未ちゃんを受け止める。
「奏未ちゃんっ⁉︎」
ないはずの腕はすでに治っている。
広人が奏未ちゃんを連れてきたのは、死なないことが分かってたからだったのね。
奏未ちゃんは体を起こすと、私に大丈夫だと笑ってみせる。
「諦めてその子を差し出してくれないかい?僕は君を殺したくない」
奏未ちゃんはまだ戦うつもりのようだけど、私のせいで死なれるのはやっぱり嫌ね。
奏未ちゃんの前に立つ。
このままだと、奏未ちゃんが……
私の腕を奏未ちゃんが引く。
「これ以上、戦わせるわけにはいかない」
「違うよ。あたしは戦わない。戦うのは」
そう言って、奏未ちゃんが指を差す。
「諦める気になったかい?」
「残念ながら、そのつもりはないわ」
「そうかい。それは残念だ」
せめて最後まで抵抗する。
わたしは殺してはいけないから、黒白凰でも簡単ではないはず。
「仕方ないから、その子には死んでもらうよ」
「誰を殺すって?」
黒白凰の腕が乱雑に引きちぎられる。
すぐに腕は元に戻るが、余裕がなくなり表情が崩れる。
とび散る鮮血が、朱き光によってその色を引き立たされる。
「どうして……どうしてまだ動けるんだい?」
表情を作って見せるが、私でも分かるほどに焦りが滲み出ている。
「どうしてだと思う?」
そこには広人が、右目を朱く染めた広人が、悠然と構えていた。
「まずは奏未にくれた分だ」
奏未の血を使うのは初めてだった。
同じ親を持つのだから反応しない可能性も考えてたが、ちゃんと反応してくれてなによりだ。
しかし、今まで使ってきた力とはまた随分と異なった力だ。
魔力の性質がまるで違う。
驚いたな、普段は絶望の魔力だが、今回のは希望。
術式はなんとかなりそうだが、使ったらフィリアに見られてしまうし、まあ、この力を見せるだけでも色々と困るんだが。
しかし、希望の魔力は身体への負担が大きいな。
やはり天使の使う力と言われるだけあって、普通の人間では耐えられそうもないな。
母が母だったおかげもあって、神聖な力?への耐性があるから俺には問題ないが、この力は人間を狂わせるには十分すぎるほどの力だ。
少量の血でここまでの力を得られるという点で考えると、コスパは最高だな。
ここまでの力といっても、鬼門のせいで動かなくなった体を魔力で強引に動かして、初段開門と同等くらいまで動け、さらに魔力による攻撃も可能ってくらいだ。
黒白凰が冷静なら、簡単に対処されてしまう程度の力だが、まず腕を引きちぎってやることで、その冷静さを打ち壊した。
次はこれまで仕込んできた分だな。
冷静を装おうとしているが、人間急展開には付いて行けないもので、落ち着くには時間も必要で。
俺は黒白凰との距離を詰め、これまでと同じように拳を繰り出す。
違うのは、拳から魔力を砲弾のように飛ばす、というところくらいだ。
これまで通り黒白凰は躱そうとするが、それでは法撃は避けられない。
案の定それを受けるが、一度空気の弾をぶつけたことから、一応警戒していたようだ。
それでも、暗技で行った空気の弾丸、迫撃よりダメージは大きいだろう。
「これで分かっただろ?お前に逃げの選択肢はない。俺の攻撃を受け、その上で俺を倒さなくてはならないと」
冷静な判断はできない。
俺がそう誘導した。
迫撃を使ってこなかったのも、このための布石。
迫撃を使い慣れてないからってのもあるが……
「くっ……どうやら、それしかないみたいだね」
奏未とフィリアが俺たちの戦いの邪魔にならないよう、距離を置く。
そろそろ言ってもいいだろう。
黒白凰から距離を詰められ、俺は攻撃をいなす。
逆に俺の攻撃は黒白凰に綺麗に入って、黒白凰は悶えながらも俺へと拳を振るっている。
そんなヘナチョコパンチが通じるはずもなく、拳に頭突きで対処して滅慟を腹に打ち込む。
拳を受けるのは危険と判断したか、俺の攻撃を左右に躱すようになった。
やっぱりそうなるよな。
そうなるように誘導してたわけだし、そうならないと困るが。
拳も法撃も、左右になら避けられる。
それも俺の狙いだ。
そのための闘技。
流れが読めないから暗技は真価を発揮できない。
しかし、闘技は流れを読むのではなく、己の拳で相手を誘導し、流れを作り出すもの。
委員長から闘技を盗んだのは、流れを読めない相手を倒すため。
「お前、妹がいるんだろ?」
動きを誘導しながら、まずは確認から。
「どうだろうね。敵の質問に律儀に答えると思うかい?」
黒白凰の足払いする足を踏みつけ、拳を顎を叩きつける。
足を放して後ろへとよろよろと下がったところで、今度は俺が足払いを仕掛ける。
拳と同時に出したことで、相手は拳にばかり注意がいって、足元がお留守だった。
足払いが先に入り、守備が緩んだところに拳を叩き込み、アスファルトの地面に後頭部をぶつける。
俺は横たわった黒白凰の腹に膝を落とす。
「お前の妹は、何か危険な状況に置かれている。そして、悪魔に保護をされている」
「なぜそれを!」
大体予想はつく。
こいつほどの力があれば、悪魔王がトップの組織以外ならほとんどは力でねじ伏せれるだろう。
つまり、こいつの妹は捕まっているわけではなく、構成員リストに名前がなかったことから、悪魔に保護されているが、正式に所属してはいない。
「お前の妹は悪魔の秩序に保護されている。そしてお前は、その妹のために戦っている」
「違う!僕は僕のために戦っているんだ!」
黒白凰に押し飛ばされ少し距離が離れたところで、黒白凰自身も理解しているだろう現実を押し付ける。
「お前がそう言い張ったところで、お前の妹は自分のためだと思うだろうし、自分のせいでとも思うだろうな」
妹のためと言わないのは、人を殺したその事実を一人で背負おうため。
妹のためなんて言ったら、その大切な妹に、人を殺した責任(?)を背負わせることになる。
しかしそれは、黒白凰の自己満足でしかないのだと。
何と言ったところで、妹は自分のために行われたことだと思うだろうし、自分が黒白凰に殺させたと思うだろう。
そして、未だにこうして言いなりになっていることを考えると、妹を救う手段が見つかってない、もしくは組織がその手段を行使しないということ。
「こんなことを繰り返して、お前の妹は救われるのか?」
黒白凰に事実の再確認をさせるため、敢えて疑問形で投げかける。
「分かってる!分かってるよ!!!そんなことは僕が一番分かってる!こんなことを続けても呪いを解く方法なんて見つからないって!でも、仕方ないじゃないか!こうしなければ妹は呪いで死んでしまうんだからさあ!生きていなければ助かることだってないんだからさあ!」
呪い、興味深い単語が出てきたな。
呪いのせいだというのなら、たしかに救う手段は限られてくる。
悪魔も人間も呪いへの対処法は持ってないからな。
できてせいぜい起動を遅らせるくらいのもだろう。
呪いの術式を理解すれば、別の場所に移すことができるということも、ほとんどの者は知らない。
「だったら殺してもいいのか?」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!!」
責めるような言葉を使っているが、そんな俺の姿は浅ましく滑稽だな。
「君に、僕の何が分かる!!!」
ムキになって俺へと突進してくる黒白凰。
ゴクリと生唾を飲みながら静観する奏未とフィリア。
だんだんと瞳の朱が薄れているが、ここで終わらせれば済む話だ。
黒白凰が拳を振るう。
ここまですればさすがに読める。
その拳に俺の拳を合わせ、相手からの力を滅慟で反射する。
この時滅慟を空撃ちさせておくのがポイントだ。
空撃ちした滅慟の力の壁に黒白凰は拳をぶつける。
本来敵に向かうはずだった拳にあったエネルギーは、向きを逆転し己に牙を剥くことになる。
そこに滅慟の相殺できなかった分の力が乗り、予期していないタイミングで攻撃を受ける。
これが、暗技音境・満月。
時間を戻し傷や痛みを消したところで、自分が受けた痛みを脳が忘れることはない。
黒白凰が放つ攻撃は、簡単に読めた。
自分が一番使い慣れた技を使用すると、分かっていれば対処はできる。
こいつの能力は強力だが、その分脳への負担も大きい。
だから、処理に慣れた技を使用するほかない。
「お前の負けだ」
仰向けに倒れた黒白凰にそう告げる。
何かが接近してきているので右目の光を抑える。
魔力を一部放出し、気付かれないことを祈る。
フィリアを手招きし、側に立たせる。
「予想より早く結果がついてるなぁ」
嫌な感覚を覚えるやつだな。
何者だ?
「き、みは……」
「やあやあやあ、我こそはと名乗りたいところではあるが今から死ぬ者に名乗るのもなんだ、と言うわけだから、プレゼントをくれてやるよぉ」
そうして後ろから出てきた男が、抱えていた少女を放り投げてくる。
それを受け止めると、何者かは『あばよ』と言って連れを率いて去っていく。
黒白凰が驚いたような目を少女に向けている。
きっとこいつが妹なのだろう。
たしかに呪われているな。
俺が少女を地面に寝かせると、黒白凰が体を起こして様子を伺ってくる。
奏未が駆け寄ってきたのは、この少女が呪いを受けているのに気付いたからか。
「まずいよ。このままだとっ!」
「そうだな。このままだとこいつは死ぬ」
「えっ⁉︎どういうこと?」
この呪いはなんらかの作用で発動が遅れているようだが、このまま放っておくとあと数分で俺たちを巻き込んで死ぬな。
「お兄ちゃん、この人の呪い解けそう?」
「無理だ。この呪いを発動までに解くのは間に合わない」
「……分かってた。どうにもできないことは分かってた。どんな呪いかは分かってるから、この子は僕が遠くまで連れていくよ」
せっかく救えるのに何を言う。
「お前は運がいいな」
呪いはすでに理解できた。
方法も一応あるにはある。
だが、俺も痛いのは嫌だ。
「運がいい?僕をバカにしているのかい?」
こいつをこのまま行かせると、この子と一緒に死ぬことを選んでしまうだろう。
黒白凰を止める、フロストと約束したからな。
「俺たちに任せておけ。俺と奏未ならどうとでもできる」
「さっき無理だって……」
俺が無理だと言ったのは、呪いを解くことだけだ。
他にもいくつか方法はあるが、この子に一番負担の少ない方法でいくなら、この方法だろうな。
「まあ見てろって」
奏未は降ろして準備完了の様子。
フィリアも止めてくることはない。
さて、迅速かつ丁寧に、やってやるぜ!




