〔7〕
いま一歩のところで間に合わなかった。
フロントガラスの向こう、桟橋から離岸していくクルーザーを見て神崎は、小さく舌打ちした。
大貫の船は、徐々にスピードを上げている。濱田が既に海上保安庁に連絡を入れたはずだが、外洋に出る前に追いつかないと捕まえることが出来ないだろう。
このあたりの海に、大貫は詳しいはずだ。
一度見失えば、岩礁に姿を隠しながら浅瀬を選んで上陸し、陸に逃走することなど容易に違いない。
「神崎さん、この艇を借りましょう!」
田村が近くの係留所でナイトクルージングの用意をしていたクルーザーの持ち主に、話をつけたようだ。係留ロープを外し、フェンダーと一緒に取り纏めて既に艇に乗り込もうとしている。
「助かります、田村さん」
「なに、餅は餅屋ですよ。この艇の持ち主は大貫と私の知人なんです。どうしても彼を捕まえたいが、無線が通じないと言ったら快く貸してくれました」
優樹も神崎に続いて艇に乗り込んだが、神崎はもう何も言わなかった。
「この艇はツインエンジンで足が速く小回りも利きますし、フライブリッジですから大貫の船も見つけやすいはずです。すぐに追いついてみせますよ……少し荒っぽい操縦になりますから気を付けてください。船は平気ですか?」
田村の横で、神崎は自信なさそうに頷いた。
実は、この手の小型艇に乗るのは初めてなのだ。
確かに甲板から高い位置にあるフライブリッジは、見通しがよい。しかし船の揺れに慣れていないので、振り落とされないかと心配だった。
甲板を見下ろせば優樹が、バウスピリットで姿勢を低く固定し今から揺れに備えている。
犯人を追うのは自分の役目と自らを叱咤し、神崎は遠ざかりつつある大貫のクルーザーを睨んだ。
離岸し、係留されている他のボートから離れると田村はすぐに加速し、既に内湾を抜けようとしている大貫のクルーザーとの距離を徐々に縮めていった。
神崎はホルダーから銃を取り出すと、照準を定めるため左手をハンドレールに固定し右手を添えた。
「神崎さん、大貫の艇は旧型のガソリンエンジンです。船外型ですから、当てたら爆発するかも知れませんよ」
エンジンを狙うであろう神崎に、田村は先に忠告する。
「それは……まずいな。遼君に怪我をさせるわけにはいかない」
「船外に見えるプロペラ周辺を狙えば、停船させられるかもしれません」
目を凝らし、神崎は大貫のクルーザーのエンジンを見た。
激しく波立つ中に上下して見え隠れするプロペラを、この銃身の短い銃で狙うとなると、いくら腕に自信のある神崎でも無理な相談だった。
誤ってエンジンに当たれば、38口径の銃弾が爆発を誘発する可能性は大きい。
「難しい事言うなぁ……他に停船させる方法はないんですか?」
田村は暫く考えてから、「神崎さん、銃の腕に自信がありますか?」と、正面を向いたままで尋ねた。
「自慢じゃないが、以前いた機動隊狙撃班ではライフルだけじゃなく短銃の腕前も信頼されていましたよ」
「では……急所を外し大貫を撃ってください」
「しかし、相手は無抵抗だ」
神崎に応える田村の声は、何かを決意したように低く硬かった。
「気が付きませんか? 大貫は、叢雲学園方面の岸壁に進路を取っている。あの周りは岩礁です。大貫が自分だけならともかく、遼君を危険にさらすとは思えませんが座礁の危険性があります。傷を負えば、操舵が思うようにならずにスピードを落とすでしょう。そうすれば、前に回り込める。最悪の場合……遼が、ある程度操船出来ます」
狂気に支配された大貫が、遼の身の安全を計るとは限らない。
親友と、大事な友人の息子を救うため、田村は苦渋の決断をしたのだ。
「任せて下さい、必ず右肩に当てて見せます!」
意を汲んで神崎は、慎重にコクピットの大貫を狙った。




