〔6〕
遼は以前、大貫から聞いていた。
「昼間の月が嫌いだ。日陰者はそのままで居ればいい、他者の力で表に出ようとする姿は見苦しい」……と。
自信家の大貫らしい台詞だと、その時は思った。
羨ましくさえあった。
恐れるものなど何もなく、全てを思い通りに生きてきた人なのだと思っていた。
奥底に、深い闇を抱えているなど想像したこともない。
しかし、完全な人間など存在しない事が解り始めた今ならば、あの時の言葉を別の意味で捉えられる。
大貫は恐らく、何かに苦しんでいたのだ。
頸元にナイフを向けられていても、遼に恐怖心はなかった。
「ナイフを、しまってください。僕は逃げません」
大貫はナイフをダッシュボードに置き、左手だけで握っていたハンドルを両手で持つ。
「悪かった、クルーザーまで付き合ってくれればいい。その先は一人で行く」
「行くって、どこかに逃げるつもりなんですか? 本当に貴方が姉さんを……」
『殺した』とは、どうしても口に出来ない。
信頼していた人物の裏切りと、突き付けられた凶刃にも怖じない言葉に大貫は、意外そうな顔で遼を見た。
「驚いたな……館山で来栖くんに絡まれた時も思ったが、正面から相手に向かい合うことが出来るようになったのか。前は思った事を言葉にするのが、とても苦手だったはずなのに……優樹くんの影響かい?」
質問には答えず、大貫は遼に笑いかけた。
「誤魔化さないでください、僕が聞きたいのは……!」
「必ず優樹くんは、命を賭してでも、おまえを助けようとするだろうね。そんな一途で、自分の気持ちに馬鹿正直な彼を遼……おまえは受け入れ信頼した。だから、自分に自信を持つことが出来たんだろう。だが私には……出来なかったんだよ」
そう言った大貫の横顔は、遼が以前洋上で見た寂しげなものだった。
「田村さん……ですか?」
「由起夫は、本気で私の陰の部分を消そうとしてくれた……。だが、あいつの光の部分を受けるほど、私の陰は深い闇に落ちていった。そこに、いつしか巣くうようになった妬みや嫉み、猜疑心は次第に大きく育ち、あいつを最大の裏切りで傷つけ貶めてやりたいと思うようになってしまったんだ。おまえには俺を救うことなど出来ないのだと、思い知らせたくなった……」
「だから、姉さんを殺したんですか? 叔父さんは、それで何を手に入れたんですか?」
大貫は何も、答えなかった。
遼の胸は、苦しいほどの切なさに締め付けられる。
(光が強ければ強いほど、その闇は深くなる……)
大貫の言うことは理解できた。
しかし、その闇に呑まれてはいけない。
「僕は、貴方にはならない」
大貫の表情が、ふっと、緩んだ。
マリーナに着くと、大貫は遼を車に残し自分が愛用している小型クルーザーに大型のシステムバッグを注意深く運び込んだ。
このクルーザーは大貫が会社を興したときに初めて購入した物で、型は古いがよく手入れされているものだ。
30フィートほどの船体にはフライングデッキが付き、コクピットにハードトップはなかったが、居心地の良さそうな小さなキャビンも付いている。
エンジンは最近になって4ストロークの船外型ガソリンエンジンを付けた為、出力も上がったと田村に自慢していたのを、遼は聞いたことがあった。
出航の準備をする大貫を見ていた遼は意を決し、車を降りてクルーザーに飛び乗った。
既にエンジンはかかっている。
「降りるんだ、遼!」
「……厭だ! このまま叔父さんを行かせられない」
向こうから、サイレンを鳴らし警察車両が近づいてくる。
苛ついた顔のまま大貫はリモコンレバーを前方に倒し、ハンドルを握った。




