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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第五章 女神の彫像】
41/47

〔5〕

 館山に在る大貫の会社『バウスピリット』へと向かう車の中では誰も、口を開こうとしなかった。

 何を言っても全て、大貫を犯人と決定付ける証拠になりそうだからだ。

 十五時を少し回った西の空には、最後の輝きを長い波長に乗せた太陽が物憂げに輝き、東の空には存在を忘れられていた昼間の月が、自分の出番をじっと待っている。

 神崎は、バックミラー越しに学生達をうかがい見た。

 秋本遼が窓を少し開け、髪を乱される事も構わず冷たい風に顔をさらす。

 その迷いの無い瞳は、この先、何が待ち受けていようとも全て受け入れる覚悟を決めたものだった。

 篠宮優樹が、無言で手を重ねる。

 胸に痛みを感じながら、神崎自身も覚悟を決めアクセルを踏んだ。

『バウスピリット』に着いて正面の来客用駐車場に車を止めた神崎は、三人と連れだって事務所に向かった。

 濱田からは、もう少しで着くと連絡があったが、事情を聞くだけならば待つ必要はないだろう。

 しかし事務所に大貫の姿はなく、受付の女性社員によると数分前までここにいたとの事だった。

「先ほど田村さんとお出かけになったんですが……すぐに戻られて、暫く留守にするからと仕事の指示をされていました」

「暫く留守に? 大貫氏は、どこに行かれたか解りませんか?」

 神崎の顔色が変わる。

「外洋クルーズに、出かけられるのだと思いますよ。オフシーズンはそれで一ヶ月ほど留守になることが良くありますから。ああ……でも、まだ準備で自宅かガレージにいらっしゃるかも……」

 女性社員がデスクの電話に手を伸ばしたとき、話が聞こえたのだろう営業から帰った男性社員が駆け寄ってきた。

「社長なら従業員用駐車場で、車に荷物を載せていましたよ。これからマリーナに運ぶんじゃないかな? 裏の階段から行けば多分間に合うと思いますが」

 指し示された非常口に向かい、神崎は走った。

 階段を降りて駐車場に出ると、ステップワゴンの荷台に荷物を積み終えた大貫が丁度運転席に乗り込むところだった。

「大貫さん! ちょっと、お話を伺いたいんですが!」

 神崎が呼び止めると、大貫は運転席のドアを開けたまま振り返った。

「やあ、これは……今日は何の御用ですか? 生憎、私はこれから出かける所なんですよ。前もって御連絡いただければよかったのですが、ちょっと今、急いでいましてね」

「……お時間は取らせません。ところで田村さんが、こちらにいらしたはずですが」

「ええ、先ほど帰りましたよ。私がいつもの外洋クルーズに出かけると聞いて、激励に来てくれたんです。シャンパンを持ってね」

 笑顔で答えた大貫は、助手席からシャンパンの瓶を取り神崎に見せた。

 だが刑事としての経験が、神崎に大貫の危険性を伝える。

「申し訳ありませんが大貫さん、お出かけになるのは少し先に延ばしていただけませんか?」

「困りますね、それは。海上の気圧配置を見て出発を決めているものですから……。警察とはいえ、理由もなく個人を拘束する事は出来ないでしょう?」

 神崎は、ゆっくりと間合いを詰める。

「確かに、おっしゃるとおりです。しかし、その人物が重要参考人となれば話は別ですよ」

 大貫の親密な笑顔が、冷たく歪んだ。

 右手に持ったシャンパンの瓶が、神崎の側頭部めがけ振り下ろされる。

 咄嗟に避けた額をかすめ、瓶はコンクリートの上に砕け散った。

 ひるんだ神崎の脇をすり抜け距離をとった大貫は、上着のポケットからシースナイフを取り出し構える。

「やめてください、叔父さん! そんなことをしたら、貴方が犯人だと証明するようなものだっ! 嘘……でしょう? だって、そんなはずが……!」

 遅れて駐車場に出てきた遼が叫んだ。

 大貫に向かって歩み寄ろうとする肩を、優樹が掴んで止める。

「だめだ……遼! あの人は俺達を、田村の叔父さんを裏切ったんだ」

 ナイフを下ろし、大貫は遼に向きなおった。

「……優樹君の言うとおりだよ。江里香を殺したのは私だ。殺して……生かした、つもりだがね。理由を話したところで、君達には、わかってもらえまい」

「人殺しの理屈なんて、わかりたくもねぇよ!」

 遼を突き放し大貫に殴りかかろうとした優樹の腕を、咄嗟にアキラが掴んで払い倒す。

「よせっ! おまえでも素手は危険だ、神崎さんに任せろ!」

「クソッ! よけいなお世話だ! 放せよっ先輩、俺は許せねぇ! よくも遼の前で、そんなことを言えるなっ!」

 なおも立ち向かおうとする優樹を抑えるのはアキラに任せ、神崎はホルダーから銃を取り出した。

「警察で、聞かせてもらえませんか? その理由を。ただその前に……来栖君の行方を御存じでしたら教えていただきたいですね」

「あの少年なら、ガレージ二階のアトリエにいますよ。しかし、もう何日も様子を見に行っていませんから、既に生きてはいないかもしれませんね……それとも、まだ息があるか? どちらにせよ、急いで助けてあげてください。成田さんの時もそうでしたが、むやみに命を奪うのは本意ではない」

「成田知子の件についても、詳しく伺う必要があるようですね」

 銃を構え、神崎はじりじりと大貫に近付く。

 が、不用意にも先に砕けたシャンパンの瓶の破片を踏み、一瞬視線を外してしまった。

 その機を逃さず、大貫は呆然と立ちつくしていた遼の背後に素早く回り込み、喉元にナイフを突きつけた。

「すまんな、遼……こんな事はしたくないが、警察で惨めな姿をさらしたくなくてね。傷つけるつもりはない、ただ少し付き合ってもらうよ」

 大貫は遼を助手席に押し込み、車を発進させた。

「くそっ! 海に出られたら追えなくなる!」

 急いで正面駐車場に戻ろうとした神崎の前に、タイミング良く濱田の車が止まった。

「濱田さん! 大貫はマリーナに向かったと思われます。おそらく船で海に逃走するつもりでしょう。遼君が人質に取られていて、犯人の所持する凶器は小型のナイフ。ガレージに、来栖君が監禁されているようです」

「神崎、すぐに追うぞ! 店からマリーナに詳しくて船舶免許のある者を連れてくるんだ。大貫さんのクルーザーを追いかけることになるかもしれん」

「私が、行きます」

 その時、濱田の背後から現れた田村に神崎は驚いた。

「田村さん! 大貫が貴方は帰ったと……」

「ガレージに閉じ込められたんですが二階に上って非常階段の鍵を壊し、出る事が出来ました。二階の大貫のアトリエに、学生が一人監禁されています」

「恐らく来栖君でしょう、彼は生きているんですね?」

「ええ、元気な様子でした。ただ手錠のようなもので繋がれていて、私には外す事が出来なかったんです。それで、助けを呼ぶまで待つように言ってあります」

 来栖に危害が加えられていないと知り、神崎は安心した。

「濱田さん、来栖君をお願いします! 自分は田村さんとマリーナに大貫を追いますから、応援を寄越してください!」

「よし、わかった! 頼んだぞ、神崎!」

 普段から、犯人を追うのは体力のある神崎だ。

 以前所属していた機動隊では狙撃班だったため、銃の腕も信頼されている。

 神崎に追跡を任せ濱田は、急いで来栖の救出に向かった。

 田村を助手席に乗せ、濱田が乗ってきた警察車両を出そうとしたとき、後部座席に優樹が飛び乗った。

「俺も連れてってくれ!」

「子供の出る幕じゃない!」

 神崎の叱咤を、田村が制す。

「優樹を、連れて行ってください。お願いします」

 これ以上やりとりで時間を無駄にするわけにはいかない。

 神崎は無言で車を発進させた。

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