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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第二章 太陽と叢雲】
12/47

〔3〕

 この学園の卒業生だという神崎に、優樹は少なからず好意を持ち始めていた。

 他の刑事に比べ、年齢や階級が下の者に対しても居丈高なところがまるでない。優樹や遼と話すときも、きちんと対等に話してくれた。

 細身で仕立てが良いグレーのスーツに、派手ではないが明るめの細いネクタイが品よく似合っている。

 優樹には姉が一人いるが、こういう兄がいたなら良かったのにと思う。

 神崎に話したことは直接事件とは関係のないことであったし、誰にも聞かれなかったため優樹は、敢えて言う必要はないだろうと思っていた。

 取り立てて、やましいことをしていたわけではないのだが……。

 放課後、優樹は友人で部員である岡田と連れ合って写真部の部室に顔を出した。

 給湯設備の整った広い部室には、歴代部員の作品が飾られている。

 その何人かは名の知られた写真家となり、報道機関大手で活躍する者も多数いるため、この部は由緒ある写真部として学園からも一目置かれていた。

 現部員は十五名ほどだが、いつも部員以外の男子生徒が数人たむろして好きなように時間を過ごしている、学年を超えた交流の場となっていた。

 優樹はカメラを磨いたり、データやプリントの整理をしている部員の机から離れ、真っ直ぐ窓際に向かった。

 パイプ椅子を数脚並べ、顔に白いハンカチを載せて寝ている学生がいる。

 二人は並んで、その前に立った。

「アキラ先輩すみません、俺のせいで……」

「うん、何の事かなぁ?」

 優樹の言葉に、寝ていた学生はそのままの姿勢で答える。

「あの、刑事が来ませんでしたか、先輩のところに」

「おまえ、面白いもん見つけたんだって?」

 須刈アキラは、顔の上からハンカチを持ち上げニヤリと笑った。優樹はアキラの言葉に少し、顔を顰める。

「そんな顔することたぁないだろ? 刑事ならさっき部室に顔出したけど、何も聞かれてないぞ。なんだ、エロ本見てたことばれたのか?」

 きまり悪そうな優樹に、アキラが笑った。

 三年生のアキラは、本来ならば今年この学園を卒業しているはずだった。

 それが出来なかった理由は、三年生の夏休みに撮影旅行の目的で訪れたアメリカから帰国予定日を過ぎても帰らなかったためである。消息も掴めないまま年が明け、この春ようやく帰ってきたのだが、今までどうしていたのか両親をはじめ誰にも語ろうとはしなかった。

 友人達には「異星人に拉致されていた」と答えているようだが、もちろん信じる者などいない。

 パイプ椅子から身体を起こしたアキラは、胸ポケットの眼鏡を掛けてからゴムで結わえた長い髪を結びなおした。

「秋本は一緒じゃないのか?」

 優樹に付き合い何度か顔を出してるうちに、遼もすっかりこの部室の常連になっていた。

「秋本は、暫く休むかもしれません」

 優樹に代わって、岡田が答える。

 岡田と優樹は中学時代から一緒で、互いに悪友と自認している仲だ。

 優樹を一番良く解っているからこそ余計なことは何も言わず、遼のことに触れられたくない気持ちを助けてくれたのだ。

 あまり遼との付き合いを快く思ってはいないようだが、だからといって、つまらない軽口を叩いたり詮索したりしない。優樹にとって大切な友人だった。

「ま、一杯飲んでけよ」

 アキラが、自らコーヒーを沸かすために立ち上がった。

 須刈アキラが、アメリカで知り合った友人から送ってもらっているキューバ産コーヒーは、酸味や癖が少なくほのかに甘い。

 このコーヒーのファンは教師の中にもいるくらいで、譲って欲しいと言われれば誰にでも気前よく豆を譲っているようだ。

 アキラ自身が他人にコーヒーを入れてくれることなど滅多にない。しかしそれは、誰にも真似できない特別な味と香りで、心の奥底まで癒やされた気分にさせてくれるのだった。

 優樹は熱いコーヒーを口にして、背中がふっと軽くなった気がした。

 いつもミルクと砂糖を入れる事を以前、岡田から聞いていたアキラは「用意が無くて悪いね」と、少し薄めに入れてくれていた。

「先輩……俺、遼に悪い事したと思ってるんだけど……なんかさ、関係ないって言われたんだ。それで……」

「あー、面白くないんだ?」

 普段から二人の関係を見ているアキラには、土曜日の事件がどういった波紋を彼らに起こしたのか用意に推察できたらしい。意味深に笑われて、優樹は動揺した。

 優樹自身、何故自分が面白くないのか解っていても、どこかでそれを認めたくはなかったのだ。

 いつもなら叔父の田村が話し相手になってくれるのだが、今回のことで遼の話を切り出すのは躊躇われる。

 しかし誰かに話さなければ、絡み合った様々な感情が整理できそうになかった。

「で、おまえはどうしたいんだ?」

「どうって言われても……」

「アイツの力に、なりたいんだろ?」

 言われたとおりだが、遼から拒否されているのだ。返答できずにいると、アキラが困ったように肩をすくめた。

「ホント、篠宮は気が短いねぇ。もう少し秋本が落ち着くまで待ってやれよ。そしたら自分に何が出来るか、アイツがどうして欲しいか、見えてくるんじゃないか?」

「でも……」

「やれやれ、暗い顔は篠宮らしくないぜ? 少し身体、動かしてこいよ。おまえに必要なのは、まず自分を取り戻すことさ」

 確かに、考えていても仕方のない事だった。

 何をしたいのか、何が出来るのか、わからない。でもきっと、力になれる時が来ると思い至って、優樹はカップを置き席を立った。





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