〔2〕
職員室の隅にある応接スペースで、ポケットのタバコを取り出そうとした神崎は思いついて手を止めた。
元海軍士官学校だった学園の性格上、叢雲学園は生徒に厳しい校則を課していた。特にタバコに関しては容赦なく罰せられ、退学も辞さない。そのため教師も学園内では喫煙を許されず、当然職員室も禁煙だった。
しかし、厳しいとは言っても大概は学生の自主性に任せられており、生徒は伸び伸びとした学園生活を送ることが出来るのだが。
手持ちぶさたに溜息をつき、改めて職員室を見渡す。
学生時代と変わらない職員机の配置、壁に掛かった絵画と書、そして空気。
懐かしくもあり、いま自分がここにいる理由を考えると複雑でもあった。
思えば卒業以来、一度も訪ねていないと、苦笑する。
「あの、俺に何か用ですか?」
頭の上から声を掛けられ、反射的に神崎は立ち上がった。
そして相手の顔を確かめるため、少し顔を上げる。
篠宮優樹という少年は、神崎より背が高い。気にはならないが話しにくいと、向かい合ったソファーを勧めた。
「何度もすまないね、優樹君。実はあの石膏像の事なんだが……夏休み前は美術室になかったらしいんだ。どうやら夏休み中に、誰かがあそこに置いたらしいんだけど……」
「俺じゃないですよ」
慌てる優樹に、神崎は笑った。
「君と遼君を疑ってるわけじゃないが、確認は取っておかないとね。それから土曜日、部活は確か午前中で午後からは自主トレだったそうだね」
しまった、という表情を、神崎は見逃さない。
「君は二時半頃まで確かに武道館で自主トレをしていたそうだが、その後、遼君を迎えに行った五時までどこで何をしていたのかな? 何か……隠し立てしなければならないようなことでも?」
刑事の顔で問いつめられて、優樹は観念した。
「あー、えっと。その……写真部の部室で、読書……のようなことを……それから剣道部の部室に荷物を取りに戻ってから美術室に行きました」
ああ、と、神崎には思い当たることがあった。
彼が学生の時から写真部の部室は男子学生の溜まり場で、先生に隠れて持ち込んだグラビア雑誌を見ていたものだ。
第一発見者とは親しくなれ、と、濱田は神崎によく言っていた。それは第一発見者がそのまま容疑者になる場合が多いことも理由だが、他にも、その者だけが感じた何かがある可能性が否定できないからだ。
感覚、匂い、第一発見者だけにしかわからないもの。
それらを思い出してもらうには何度も足を運び親しく話せるようになることと、現場の記憶を常に忘れないようにさせることが肝心である。
「彼らは何かを隠している」
濱田は神崎にそう言った。
その言葉を思い返しながら神崎は、この少年が手掛かりになることは無いだろうと考えていた。
「誰か、一緒だったかな?」
「同じクラスで写真部の岡田と、三年で部長の須刈先輩と一緒でした」
友人に迷惑を掛けることが気がかりなのであろう、意気消沈している優樹が神崎には可笑しかった。
初見では大人びているように思えたが、こうしてみると、ごく普通の高校生である。
裏をとるまでもないだろうと神崎は、早々に優樹を解放した。
彼が今日この学園に来たのは、あの石膏像が誰の手で造られ運ばれたのか、そして何故今になって見つかったのかを調べるためであった。




