4.全員集合
かくして大して広くも無い木製のリビングには、俺とエンペラー、ディン、リキュールとテンパレンス……それから、アスキーとデスまでもが顔を並べて立つという異様な光景が展開する。
「……………………」
『………………』
無言のアスキーと、それに倣っているのか元々無口なのか、同じく無言で奴の後ろに控えているデス。
場は異様な空気に包まれていた。
緊張と不安が織り成す居心地の悪さと、それから殺気。
なんとも居心地が悪い。
『なんじゃいおぬし等ノリが悪い』
不穏な空気の中、中心でブーブーと茶々を入れるのは、杖の上で胡坐を掻く猿爺だ。
『おまえなぁ……』
『貴方の事ですから訊かずとも察しているでしょうに……』
エンペラーとテンパレンスのげんなりした声が聞こえてくると、やはり猿爺はそっぽを向いた。
『知らん』
おにょれ猿爺……。
「なぁ。エンペラー。いまさらだけどこの猿爺、本当にすごいのか?」
『こりゃ! 猿爺とはなんじゃ猿爺とは!』
『まんまだろ。……まぁ、悔しいがすげーのは認める』
エンペラーが言うのだから本当だろう。こいつは嘘がつけない性質だ。
エンペラーの発した、どこか悔しげな言葉に、得意げに鼻を鳴らす猿爺。
「どうすごいんだ?」
『ハーミットの知識と知恵、洞察力はアルカナ随一です』
『爺がいなきゃ、俺様達はフールに挑むという事はしなかっただろうな』
「……フールを叩けって嗾けたのは猿爺だってのか?」
『嗾けた、とはまたひどい言い草じゃの。儂ゃ、訊かれん事には答えん主義じゃ』
猿爺がそっぽを向く。補足するように、傍らで猿爺を睨んでいたデメテルが口を開く。
「こいつの持つ知識と知恵は半端ないからね。人間には毒なのさ」
「毒?」
「過分の知恵は、やがて破滅を招く。あたしだってこの言葉をこの猿に……」
『誰が猿じゃい!』
「……聞いた時は目が点だったさ。でも余分な知恵を手に入れたが為に破滅する奴を何人も見てきたしね。おかげで街から離れたこんな山奥で隠居生活をするハメになっちまった。ま、こいつが憑いた時点で既に街中には住めないし、今じゃこの不便な生活も、結構気に入ってるしでね」
かかか……と笑うデメテル。
そういえば古時計の奴も未来を読む事が出来るのだが、それを人に教える事を禁じられていると言ってた。それと同じ事なのだろうか。
「それにこの猿、出不精だしね」
『誰が猿じゃい!』
「でぶしょう?」
「いつもあたしの影に隠れてさ。人前には出てこないんだよ」
『馬鹿者。儂ゃ暗い所が好きなだけじゃ』
「最初姿が見えなかったのは、デメテルさんの影に隠れていたから?」
目を丸くするリキュールに、杖ジャンプで嬉しそうに近づく猿爺。
『そうじゃ。儂ゃ明るい所や騒がしい所は嫌いなんじゃ。繊細だからの。今回だって、お主やテンパレンス、それにデスが居なけりゃ出てきとらん』
「……だってよ、ディン」
「…………………………………………」
ディンは相変わらず無言で仁王立ちして一歩後ろから状況を眺めている。……が、そこに不穏な気を纏っているように見えるのはきっと俺だけではないはずだ。
『な、なんじゃいおぬし、不景気そうな面しおって』
ほら。エロ猿爺がビビリだした。
「生死を共にしたかつての仲間そっちのけで女の尻を追っかけてるからだろう、ハーミット」
「ねぇテンパレンス。貴女も姿を隠す事ができるの?」
一人無邪気なリキュールが自分の背後に控えているアルカナを振り返る。
『わたしには彼のように身を隠す事はできません。せいぜい気配を最小限に留める、くらいでしょうか』
「そうなの?」
黒い髪を揺らし、小首をかしげる。
『ええ。身を隠す能力は恐らく彼……ハーミットの特殊能力の一種でしょう』
『身を隠すといっても儂のは適格者の影に入るだけじゃからの。こやつと一心同体になる故、かえって適格者の身が危うくなる』
「どういう意味だ?」
『姿は隠れど、気配は殺せん。現におぬし等は隠れ家を難なく突き止めた。テンパレンスが儂の居所を感知したんじゃろ?』
『身を隠したが最後、適格者自身からアルカナの気配がぷんぷんするってこった』
腕を組み壁に凭れたエンペラーが大げさな素振りでやれやれと首を振る。
『聖職師が近くにいる時には離れていた方がまだマシだな。適格者が直で狙われるしよ、戦闘じゃどうしたって爺足手まといだし……』
『なんじゃその言いぐさは! 貴様過去どれだけ儂の機転によって救われたと思っておる! 儂がおらんけりゃ間違いなくおぬしら、道半ばで全滅しとったんじゃぞー!』
『ばかいえ爺! 俺様の強さが道を切り開いてきたんだろーが、自分の手柄にしてんじゃねー!』
『単細胞な貴様が単独で突っ込んでいった所で、盛大に自爆してそれまでの苦労が水の泡になるのが関の山じゃったわい!』
「……仲、悪いんですか?」
「あいつらなりのコミュニケーション方……ってとこかね?」
苦笑するデメテル。
「……本題に入っていただけませんか?」
その時、ずっと部屋の隅で直立不動してやり取りを眺めていたアスキーの声が静かに場を切り裂いた。
「用があると言われて招かれたはずですが。奴と同じ室内で長時間不毛な会話を耳にするだけ……というのは、正直堪えます」
アスキーは涼やかなアイスブルーの瞳を閉じてゆったりと言葉を口にする。
それでも全身から滲み出る殺気が俺に付き纏っていて、俺だってさっきから落ち着かない。
「アスキー……」
リキュールは走り寄ると氷の彫刻のようなアスキーの横顔を見上げた。
「楽しくないの?」
「…………ええ」
「仲間なんだよ? エンペラーも……エビルも」
「残念ですが姫。私は一度たりともそう思った事はありません。思えません。当然の仕打ちをしたのも、責務を私に課したのも、彼等ですから」
「でも……!」
「リキュ、いいから」
困った顔で説得しようとしているリキュールを呼んで制止させる。
「事実だよ。こいつの言ってる事は」
俺の言葉に、アスキーの切れ長のアイスブルーが開く。
綺麗な二対の、殺意と憎しみと蔑みの結晶が俺を捉えた。
その視線を、なんでもないように受け止める。
でも、本当は逸らしたくてたまらない。
アスキーはああ言ったけど、この場から一番遠ざかりたいのは間違いなく自分だと思う。
「……エビル、でも……!」
『その井手達を見てもしやと思っておったが、おぬし。カルブンクルスの者か』
リキュールの声遮るように、杖の音が響く。
猿爺はアスキーの前で動きを止めた。
『確か名を……』
「…………ええ。アスキー・ボー・カルブンクルスと」
『そうじゃったそうじゃった。しかし時の流れとは早いものよの。あの小童が随分立派になったもんじゃ』
「おじいちゃん、アスキーを知っているの?」
『デメテルと、カルブンクルスを訪れた事があっての』
リキュールに訊かれ、懐かしそうに目を細める爺。
『カルブンクルスは剣の精製が盛んな活気あふれる国じゃったの。カルブンクルス製と言えば結構なブランドで今でも値が張る。それら名品を世に生み出す民の目もそりゃあ真っ直ぐでの~』
「恐れ入ります」
『しかしあの時のおぬしには、まだ剣先を思わせる銀の光が残っておったもんじゃが。錆びてもうたか。いや、無理も無い事じゃ』
「…………」
『王の名を継ぐにはまだ見なければならんものがたくさんあるようじゃの』
「……私は」
「ハーミット。この子のいうとおり、無駄話が過ぎるんじゃないのかい?」
デメテルの声に猿爺は「そうじゃった」と全員に向き直った。
「さて。用件は『聖職師にバレぬようフォンスに入る方法』じゃったか。策を授けてやる。それには先にも告げたようにカルブンクルスの子とデスの力が必要不可欠じゃ」