第20話 アザラク・ガードナー
消失した重力が戻ってくるような独特の感覚。
二度の経験を経て、スペルフィールドを行き来することにも少しずつ慣れてきた。
「終わり」
淡々としたウイカの言葉に目を開くと、そこは建物の中だった。
全面青白い壁に覆われた大きな部屋。そこから続く同じ色の廊下以外は四方すべて壁や天井に囲まれていて、外を見ることはできない。
ここがアザラク・ガードナーの施設か。無機質で冷たい印象、というのは先入観から来るものだろうか。
と、そんな俺の耳にざわざわとした声が聞こえてきて周囲を見渡す。
人だかりが、こちらを遠巻きに囲んでいた。
年端も行かない小さな女の子から、俺たちよりも少し上の年齢と思われる人まで世代はバラバラ。国籍や人種も別のようで、聞こえてくる言葉は日本語ではない。
分かることと言えば、見える範囲には女の子しかいないということと、全員が俺を警戒した目で見ていることぐらい。
動揺する俺を余所に、ウイカは黙って歩き出す。急いで後を追った。
「ウイカ? あれってみんな魔法少女なのか?」
「……」
こちらを振り返ってもくれない。戦闘後で体調が優れないのだろうか。
何度か右へ左へと曲がりながら、ずんずん廊下を突き進む。各所に部屋の扉があり、今通った場所だけでも施設の広さを想像させた。
どれぐらい歩いたのか、やがてウイカはひと際大きな扉の前で立ち止まった。
自動ドアらしいそれが左右に開く。
「うお、なんだここ……」
中には管制室のような大きな画面と、せわしなくパソコンを操作する人たちの姿があった。先ほどまでとは違い大人もいるし、性別も男性が含まれている。
魔法の組織だというからファンタジーやオカルトなものを想像していたが、機械も働く人も現代的かつ近未来チックだと思った。
部屋は奥へ行くにつれて段々と高くなっており、ウイカは上層へ向かって階段を上っていく。俺も背中を追いかけて奥へ奥へ進んでいくと、最上階に一人の男が立っていた。
ウイカが端的に述べる。
「ジェラルド司令。荒城くんを連れてきました」
「ああ。ウイカは一度下がって検査を受けろ」
「はい」
男が言うと、ウイカは俺に一瞥もくれず、今来た階段を下っていく。
俺がついて行く必要はなさそうだ。目の前の男がこちらをまっすぐ見据えている。
壮年の男性。白髪をオールバックにしていて、顔には渋く深い皺が刻まれている。かっちりとしたスーツ姿も相まって威厳を感じる風貌で、足が悪いのか右手には体を支える杖が握られていた。
俺がじろじろと様子を見ていると、男は厳かに声を発した。
「荒城勇人くんだな」
「は、はい!」
名前を呼ばれて俺は裏返った返事をしてしまう。正直、かなりの威圧感で怖い。
「私はジェラルド・バックランド。この獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”の司令を担当している」
挨拶されて、改めて実感した。ついに来たのだと。
ウイカのことも組織のことも、これまで知らない内容が多すぎた。断片的に話は聞いてきたが、司令と名乗るこのジェラルドさんは全てを知っているはず。彼から話を聞くことで、俺の疑問はいくつも解決するに違いない。
彼は冷静に、かつ穏やかな口調で話し始める。
「聞きたいこともあるだろう。疑問には出来得るだけ答えさせてもらうが、その前に。我々のことを知ってほしい」
「我々のこと?」
「そうだ」
遥かな昔話を、ジェラルドさんは語り始める。
突如、現実世界とは全く異なる摂理を持つ怪物が現れた。彼らによってある都市は壊滅状態となり、ある地域は一夜にして滅んだ。
人類には一切太刀打ちできない強大な暴力。何が起きているのかも分からず、人々は蹂躙されるしかなかった。
彼らにどれだけの理性や知性があって、どのような生態系を持っているのかは謎が多い。だが確実なのは、人間を餌として捕食する本能があるということ。
そんな彼らに対抗する研究を始めた者たちがいた。
獣魔と呼称されるようになった怪物たち。彼らによる被害は日に日に増えていったが、ある時、研究者たちは命からがら敵の細胞サンプルを採ることに成功した。
そこから、獣魔の生態系や対抗策の研究は一気に進むことになる。
獣魔たちは大気中の元素をエネルギーに変換し、爆発的な攻撃を可能にする性質を持っていた。一見何もないところから発動する獣魔の力は魔力と呼ばれ、その発動方法や効果の分析は続く。
そして、遂に獣魔の魔力を人間に転用する方法を編み出した。
長い年月をかけて敵に一矢報いることが可能になったのだ。
「それが、魔法少女の始まりだ」
ジェラルドさんは淡々と説明する。
浮世離れしているエピソードに、俺は理解が追いつかない。
「全然分からねぇ。どうにかして獣魔と戦えるようになったって事だよな……?」
以前から聞いていた話が補強された面もある。
獣魔が遥か昔から存在していたという話はウイカから聞いていた。先ほどまで戦っていたミルメコレオも、中世ヨーロッパで最初に確認されたとかなんとか。
獣魔たちを放っておくと現実世界に飛び出してくる可能性があるというのも再確認された。
しかし、人間を捕食することそのものが目的だったとは。こちらを餌と見なしていると知れば、先ほどまでの戦闘がより恐ろしい出来事だったんだと身に染みる。
だが、それ以上に気になるのは魔力の話だ。
元々獣魔たちが持っていた力? それを転用した?
「荒城くん。君が魔力を扱える理由についてはまだ調査中だ」
「あ、ああ……。でも、ウイカたちが魔法を使える理由は何なんだ?」
ふと、ドロシーさんの言葉が頭によぎる。
ちょっとズルをして、魔法を使えるようにしているとかなんとか。
「続きを話そう」
獣魔の力を転用する術について、ジェラルドさんはさらに話し始める。
敵の細胞を分析したところ、それは現実世界の生き物と組織構造の近いものだと分かった。研究を続けるうちに、獣魔の細胞を移植されたいくつかの実験動物が微量ながらも魔力を扱えるように変化したのだ。
そして、それは――人間にも適応可能だった。
獣魔の細胞を埋め込む手術を行うと、人間でも魔法を放つことができるようになる。
自由に魔力を操れるようになるには訓練が必要で本人の適性にも左右されるが、結果として獣魔に対抗できる圧倒的火力を生み出せるものも現れた。
研究は成功した。
「待てって! 獣魔の細胞を……ウイカも?」
「そうだ。獣魔の細胞と同化することで、彼女らは魔法を扱える」
感慨もなく答えるジェラルドさん。
傍から聞く限りでは、怪しい人体実験にしか聞こえない。
「そんなの! 危険じゃないのか?」
「危険だ。何しろ未知の研究なのだから」
悪びれる様子もなく言う。
「だが、人類が獣魔に対抗するために必要なものだ。莫大な予算と、国家を越えた地球全体の最重要課題として研究が続けられた」
善悪で言うならば、人間の世界を獣魔から守るために必要な正しい研究なのかもしれない。放っておけば、俺たちの世界はあの化け物に滅ぼされてしまう可能性がある。
筋は通っている。
けれど俺はどうしても理解を拒んでしまった。
だって、俺と同い年の少女が実験によって魔力を与えられ、強制的に戦わされているんだぞ。
こんな話、はいそうですかと聞けるわけがないじゃないか。
「非人道的だと思うかね?」
「……ああ。正直気味が悪い。ウイカがじゃないぞ、この組織がだ」
「そう思うのも無理はない」
ジェラルドさんの表情は変わらない。無理はないという言葉も同情ではなく、本当にただ感想を口にしただけのようだ。
俺は恐怖や怒りが綯い交ぜになりながらも、視線だけは外していけない気がしてジェラルドさんを見据える。
「だが君も今や当事者だ。すべてを知る必要がある」
彼は容赦なく次の説明を始めた。




