第16話 踏み出す時
翌日、ウイカは何事もなく学校へ復帰した。
大袈裟にも真凛が抱きついて喜ぶ。たった一日欠席しただけだったが、怪我の件もあったし俺以上に心配していたのだろう。
温かく出迎えられたことで、無表情に見えながらもウイカの表情は柔らかくなった……気がする。
――変わらない日常に戻った。
そう感じるということは、既にウイカがクラスにいることを当たり前だと思っている証だ。
けれど俺の心境は変化しつつある。
これまでは、俺たちの日常に彼女がどう混ざっていくのか、馴染んでいくのかばかりを気にしていた。
でも今は、俺も彼女の日常を知りたいと思っている。
「荒城くんを連れていく許可が下りた」
昼休み、体育館裏でウイカがそう言った。
内緒の話があるたびに此処でコソコソ話しているが、これはこれでそろそろ怪しまれているような気がする。特に、普段は一緒に昼飯を食べている真凛と幸平は何かを察しているかもしれない。
とにかく、彼女の戦いに同行したいという提案に対する答えが返ってきたらしい。
正直、意外だった。
「アザラク・ガードナーだっけ。許可出るんだ」
「うん。荒城くんがどうしてフィールドに入れるのか、部隊もまだ把握できてない。自分から入ってくれるのはむしろ好都合だって」
「そう言われるとそうか……」
ウイカのことを知りたくて同行を申し出たが、向こうからすれば実験用のモルモットが自ら檻に入ってきたようなもの。
うーん、そう言われるとなんだか複雑な気分。
「ま、許可されたならいいか。無理やりにでも付いていくつもりだったし」
俺が言うと、ウイカは改めて疑問を呈してくる。
「なんで私を心配してるの?」
「なんでと言われても。友達だから?」
真面目に聞かれると難しい問いかけだ。
確かに最初は監視する者とされる者で、正直ウイカという存在とどう関わっていくべきか図りかねていた。得体の知れない組織の子と、なんとなく成り行きから彼女を見守るようになった俺。
親戚だとか適当な設定を作りつつ今日までやってきたが、それは建前でしかない。
けれど一緒に過ごせば過ごすほど、彼女は普通の女の子だった。常識知らずで危なっかしいところはあるが、思わず助けてあげたくなる不思議な魅力の少女。
それを同じクラスの友達として大事に思うのは、特別なことではないと思う。
「ともだち。私と荒城くんが?」
「なんで聞き返すんだよ。とっくにそうだろ」
「そう。……ともだち」
あまり分かってなさそうな顔をしていたウイカだったが、しばらく言葉の意味を考えてからゆっくり飲み込む。
「それで。反応予測によると、放課後に早速戦うことになるかも」
「マジで早速だな。そういうの事前に分かるものなのか」
ウイカは頷いた。
「フィールドに入った後、荒城くんは隠れて欲しい。獣魔は本当に危険」
たしかにそれはそうだ。
勇み足で同行を申し出たものの、俺が戦ったり、彼女をサポートしたりはできない。むしろ前に出れば出るほど邪魔になるだろう。できることと言えば、少し離れて様子を見るだけ。
我ながら情けない話だが、こればかりは仕方ない。それでも彼女の日常を知りたいと言ったのは他でもない自分だし。
次にウイカは、いつもの巾着袋に手を入れて何かを取り出した。
「これ。持っていて欲しい」
「なにこれ?」
チェーンにペンダントトップがぶら下がった金属製のアイテム。ネックレスといって良いだろう。丸い円の中に星――これは五芒星というやつか――が象られている。
俺が以前渡したよく分からないキャラクターのストラップに比べると、かなり上等なアクセサリーをプレゼントされた。
ウイカは星の意匠を指差しながら言う。
「これに私の魔力が含まれている。強力ではないけれど、少しは獣魔の攻撃を防いでくれるはず」
「護身用ってことか。ありがとう」
「でも油断は禁物。敵が強いと守り切れない」
だとしても心強い。本当に何もない丸腰に比べれば、鬼に金棒だ。
さらにウイカは諸注意を続ける。
「フィールドに侵入する道は私が開くけれど、やり方をしっかり見ていて欲しい。荒城くんは私の魔力に共鳴しているみたいだから、たぶん私の傍なら自力でゲートを開けるはず。本当に危険な時は現実世界に戻ってほしい」
「なるほど。邪魔になるよりはその方がいいな……」
危なくなったらウイカを置いて帰る。尻尾を巻いて逃げることを心掛ける。
……言われれば言われるほど、何もできなくて情けなくなるな。
しかし偶然迷い込んだことがあるとはいえ、フィールドと現実世界を行き来する道を開くことなんてできるのだろうか。ウイカの手を煩わせないよう、きちんと学んでおかないといけない。
これで大体の話は終わったようだ。ウイカは水筒から飲み物を取り出して一息つく。
「このネックレス、事前に準備してくれてたのか? 話もかなりスムーズだったし」
「うん」
「色々準備させちゃったみたいで悪いな」
昨日の今日で連戦になるであろうウイカに、さらなる負担をかけてしまったかもしれない。俺のワガママに付き合わせて申し訳ない。
だが、逆にいうとそこまでしてもらったんだ。ここから先は危険があっても自己責任。俺は覚悟を決める。
ウイカは俺の顔を真っ直ぐ見つめていた。この子は話をする時に必ず相手を正面から捉えるが、整った顔立ちで真剣に見つめられるとこっちが照れる。
「荒城くん」
「は、はい!」
その眼差しで名前を呼ばれると、かなりドキッとするぞ。
彼女は不安そうな目で俺にこう言った。
「死なないように」
「あ、ああ。もちろん!」
死を口にされると俺も怖気づくが、なるべく心配をかけないよう元気に返事をした。
その言葉をどう受け取ったかは分からないが、ウイカはボソりと伝えてくる。
「獣魔との戦いは本当に危険。これまで何人も戦闘員が命を落としてきた」
「ま、マジか……」
死と隣り合わせの世界、か。
彼女が戦って怪我をしているのは知っている。安全な場所のはずがないのも理解しているつもりだった。
それでも、人が死ぬという事に何処か実感が湧かない。ありがたくもこの国は平和そのもので、そうした命のやりとりを肌で感じることが少ないからだろう。
それをウイカはこれまで見届けてきたんだ。同い年の少女が、何人もの犠牲を目の当たりにしながら歩いてきた。
「私たちはそういう存在。犠牲を悲しんだり、悔やんだりすることはなかった」
戦っている少女たちが、命を賭しても仕方ないと教え込まれているアザラク・ガードナーという組織。
やっぱり恐ろしいものに思える。倫理観が違いすぎておかしくなりそうだ。
ウイカは伏し目がちに思いを吐露してきた。
「けれど、分からない」
「えっ?」
「私は自分の命を惜しまない。でも荒城くんが犠牲になるのは……怖い」
それって、どういう……。
「これが、ともだち? 私――荒城くんに死んでほしくない」
彼女が知っている危険な戦場。そこに俺が同行するということは、当然俺が死ぬ可能性を高める。
これまで数多の犠牲を見てきたウイカが、それでも俺に死んでほしくないと伝えてくれているのだ。
そこまで思ってくれているなんて考えていなかった。お節介なクラスメイトで、ただの監視対象な俺を気にかけてくれているなんて。
安心させることができるとは思えないが、せめてもの笑顔で俺は意気込む。
「約束する。ウイカと一緒に、無事に帰ってこよう」
「一緒に? ……うん」
もとより死ぬ気なんてない。
軽く見ていたわけではないが、彼女がここまで俺を守ろうとしてくれているならなおさらだ。俺だって答えてみせる。




