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新しい仲間と、すれ違う歯車

ギルドを出たルークとレイナは、並んで石畳の街路を歩いていた。


「……えっと、その……改めて、ありがとうございます」


レイナが小さな声でそう言う。目は伏せられたままだが、声には少しだけ安心が滲んでいた。


「こちらこそ。僕もソロは初めてで不安でした。誰かと一緒に行ける方が、心強いです」


「ふふっ……なんだか、変ですね。私も同じこと考えてました」


互いのぎこちない笑みが重なる。

明日からの討伐依頼を前に、ふたりは買い出しと情報確認のため、市場と資料館を巡った。


レイナは薬草と簡易ポーションの鑑別に詳しく、控えめながらも丁寧に説明してくれる。


「牙獣ラットって、出血毒があります。包帯じゃ止まりませんから……消毒薬、多めに持っていきましょう」


(……詳しいな。やっぱり、ただの回復役じゃないんだ)


一方でルークは、武器や道具を次々と《無限インベントリ》に収納して、移動の負担を大幅に減らしていく。


(役割がはっきりしてる。僕が持って、彼女が癒す。……それだけでも、ちゃんと“チーム”になれる)


夕方、別れ際。


レイナは少し勇気を振り絞るように、ルークを見上げて言った。


「……あの、明日……集合時間、早めに来ててもいいですか?」


「もちろん。僕も、早く準備して行きます。心配事があるなら、何でも言ってください」


「……はいっ。ありがとうございます、ルークさん」


その笑顔はどこか不器用だけれど、心からのものだった。


ルークはその背を見送りながら、ふと思った。


(人と組むって、こんなにあたたかいことだったんだな……)


――そしてその頃。


探索開始から、四日目。

高難度指定ダンジョン《黒鉄の深廊》十三階層――

魔物の密度も瘴気の濃度も、一気に上がり始める危険地帯で、《白銀の牙》の四人は焚き火を囲んでいた。


リーダーのヴェルト、魔術師アゼル、斥候のカイル、回復役のリーネ。

それぞれが黙々と休息を取っていたが、その表情には疲れだけでなく、どこか不安の色が浮かんでいる。


「……よし、そろそろ飯にしよう。アゼル、頼む」


ヴェルトの一声に、アゼルが小さくうなずいて立ち上がった。

ポーチに手を差し込み、収納魔術で保管していた食料を取り出す。


「……っと、まかせとけって。肉も野菜パイも、まだ沢山あるぜ……」


そう言って、最初の包みを開けた瞬間――


「……うっ、マジかよ……!」


アゼルの表情が一気に歪んだ。

鼻を突く腐臭が辺りに広がる。中の焼き肉は黒ずみ、ぬめりすら浮いていた。


「おいおい、腐ってるじゃねえか!」

カイルが眉をひそめ、別の包みを手に取る。

「こっちの野菜パイもだ……カビだらけだぞ!」


リーネも顔をしかめ、手を口に当てた。


「信じられない……まだ四日しか経ってないのに……」


「……ルークがいた時は、食材が腐るなんてこと、一度もなかった」


その一言に、場の空気が固まる。


「そういえば……」

カイルが、思い出すように呟いた。

「あいつが出してくるスープ、いつも作りたてみたいに温かかったよな……中で時間が止まってるんじゃないかって思うくらいだった」


「水も常に冷たくて、パンも焼きたてみたいだった。……当たり前だと思ってたけど、あれって普通じゃなかったんだな」


アゼルは苦々しく唇をかみしめた。


「俺の収納魔術……空間にしまうだけで、時間は止まらねぇみたいだ。全員、止まるもんだと思ってたが……違ったんだな」


「……よりによって、今になって気づくなんて……」


リーネがつぶやき、沈黙が落ちる。


食料の大半は使い物にならなくなった。

これからの階層攻略を考えれば、これは明らかな致命傷だ。


「……仕方ない。予定を前倒しするぞ。目的の魔物を仕留めて、急いで帰還する」


ヴェルトの言葉に、全員がうなずくしかなかった。



数時間後。

十五階層の中心――薄暗い洞窟の奥で、目的の魔物が姿を現した。


それは巨大な《クラック・オーガ》だった。

二本の棍棒を構えた巨体の魔物は、咆哮と共に突進してくる。


だが、《白銀の牙》も高ランクパーティー。

連携のとれた立ち回りで、オーガの動きを封じ――

最後はヴェルトの剣が、首元を貫いた。


「……倒したか」


「ったく……さすがに疲れたな……」


「でも、無事に済んでよかった……」


一息ついたその瞬間だった。


「アゼル、収納頼む」


「……ああ。わかった。……って、でかすぎるだろコイツ!?」


アゼルがオーガの死体を見て叫んだ。

「俺の収納魔術、そんな大きさに対応してねぇぞ!重さも限界超えてる!」


「えっ、じゃあ分解して持ち帰るしか――」


「分解? おいおい、俺の収納魔術にはそんな便利機能ついてねーよ。ルークの《無限インベントリ》じゃあるまいし!」


嫌な沈黙が走る。


「……つまり、これ担いで帰れってのか?」


「誰が持つんだよ、こんな重いもん……俺は無理だぞ! 足やられてんだ!」


「私も回復に集中しなきゃ。バランス崩したら、帰る前に倒れちゃう」


「……カイル、お前が――」


「は!? ふざけんなよ、俺だけ罰ゲームみたいに! そもそも、収納できるって言ったからルークを追い出したんだろ!」


険悪な空気が流れる。

仲間だったはずの彼らの視線が、互いを責めるものに変わりはじめていた。


「……じゃあ、全員で少しずつ持てばいいだろ……!」


「バラして持ち運ぶって? オーガの死体をか? 冗談じゃねえ!」


「でも、持って帰らないと報酬出ないよ……証明になる素材、要るでしょ?」


「……あああ、もう面倒くせぇ!」


アゼルが苛立ちを露わにして、オーガの腕を蹴った。


(……ルークがいた頃は、こんなことで争うなんて、なかった気がする)


ルークがいれば――

誰かが、ふとそう思ってしまうほど、目の前の現実は不便で、苛立たしく、そして――後悔に満ちていた。


こうして《白銀の牙》の四人は、かつての“荷物持ち”の偉大さを、ようやく痛感しはじめていた。

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