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第9話 帰還



 気絶した三人組の服を咥えて引きずりながら運んでいた(から)獅子(じし)が立ち止まる。

 唐獅子の後ろをついて歩いていた壮太郎(そうたろう)(じょう)は目の前にあるものを見る。


 廊下の柱に隠れるようにあった黒い扉、『一番目、怪異に繋がる怪異』は異様な雰囲気を醸し出していた。


「窓があるのに真っ暗だ」


 扉の上部の窓ガラスが黒く塗り潰されているのを見て、丈が呟く。


 壮太郎が銀色のドアノブを回すと、軋む音を立てて扉が開く。

 丈が息を呑む。扉の向こう側の景色は真っ黒に塗り潰され、床があるのかすら分からなかった。


「怖い」

 怖気付く丈に、壮太郎は呆れる。


「怖いとか馬鹿正直に言わない方がいいよ」

「何で?」

「悪意を持った人間が、君の弱さを利用しようとするかもしれない。他人に弱みを見せちゃ駄目だよ」


 壮太郎の言葉を真剣に考えた後、丈が口を開く。


「俺はピーマンは食べられるけど、実はトマトが苦手なんだ」

「へ?」

「そして、俺の班にはトマトは食べられるけど、ピーマンが苦手な子がいるんだ」

「んん?」


「給食は苦手な物も無理して食べないといけない。俺達は互いに給食同盟を組んでいて、苦手な物が出たら、こっそり交換しているんだ。おかげで今の所、嫌な目に遭わずに済んでいる」


「……へ、へー」

 話の意図が全く掴めず、壮太郎は間の抜けた相槌を返す。丈は笑みを浮かべた。


「弱い部分を見せたら、助けてくれる人も見つける事が出来たんだ」


 壮太郎は固まる。丈は微笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。


「悪意を持った人がいるのは、この三人を見て分かったよ。でも、やっぱり『皆』じゃない。俺や壮太郎君の弱さを分かってくれる人もいると思う。そんなに人を怖がらなくても、きっと大丈夫だよ」


 丈は情けない顔をして、壮太郎に手を差し出す。


「悪いけど、怖いから手を握って一緒に前へ進んでくれない?」

「……怖がらなくていいって言った癖に、説得力ないよ」

「さっき言ったのは人の事だよ。真っ暗闇は誰でも怖いよ」

「……今回だけだからね」


 丈が壮太郎の手をギュッと握る。

 握っている手の温かさが、胸の中まで広がっていくような不思議な感覚がした。

 どうしてなのか理由を考えるのを放棄して、壮太郎は口を開く。


「行くよ。せーの」

 

 二人で一緒に前に踏み出す。

 気味の悪い感触に包まれたと感じた瞬間、周囲の景色が歪む。


 扉が閉まる音がして振り返ると、黒い扉が消え、白い壁が広がっていた。


 壮太郎は周囲を見回す。

 少し薄暗く、三方を壁に囲まれている。壁がない部分は廊下に通じており、廊下の先から数人の話し声が聞こえてきた。


 壮太郎と丈は壁に隠れながら廊下の先を覗き見る。

 壮太郎達から少し離れた場所に、ニ年生のクラスを示すプレートが見えた。二年生と思われる人達が掃除をしている。


 壮太郎達は、本校舎の三階にいた。無事に現実世界に戻る事が出来たらしい。


「まだ掃除の時間なの? もっと時間が経っていてもおかしくないのに……」

「あの空間は特殊だから、時間の流れが現実世界と違うんだと思うよ。……さて、この三人はどうしようかな?」


 壮太郎は気絶している三人組を見て考える。唐獅子に現実世界まで運んで貰ったが、これ以上、三人組の為に何かしたくない。


「俺が二年生の人に声を掛けてくるよ。三人を運ぶのを協力してもらおう」

「バカなの? 事情を聞かれて面倒な事になるじゃん。君は大人しくしてて」

 壮太郎は丈の襟首を掴んで止めた後、唐獅子を見下ろす。


「唐獅子。三人が壁にぶつかったと思うような音を立ててくれる?」

『坊ちゃん。注文が面倒すぎます』

「お願い」

 少し困った顔をして頼む。この顔に唐獅子が弱い事を知っている。案の定、唐獅子はやれやれと溜め息を吐いた。


『わかりましたよ。仕方ない坊ちゃんですね』

「ありがとう! 唐獅子、大好き!」

 唐獅子は満更でもない顔で『はいはい』と言う。


(大好きって言えば大抵許してくれるから、唐獅子の事は大好きだな)


 壮太郎は悪い顔で笑った後、丈と手を繋ぐ。


「僕と手を離さないでね」

 壮太郎の言葉に、丈は素直に頷いた。壮太郎はポケットの中の御守りを握りしめ、三人組のいる場所から離れる。


 唐獅子は尾を揺らしながら壁に向かって歩き、右前足で壁を叩く。

 衝突音に似た大きな音が廊下に響き渡った。


「何!?」

「爆発!? 爆発じゃない!?」

「せんせーい!!」

 廊下が騒つく。好奇心旺盛なニ年生数人が、壮太郎達のいる場所にやってきた。

 二年生達は倒れている三人組を見て、目を見開く。


「おい! 誰か倒れてる!! 先生を呼んでこい!!」

「この子達、一年生だよ」

「どうして一年生が?」

「もしかして、ふざけて壁に頭をぶつけたとか?」


 集まってきたニ年生達が、気絶している三人組を取り囲んでアレコレ推測する。

 壮太郎と丈の姿は二年生達の目には映っていない。


 壮太郎は丈と手を繋いだまま、人にぶつからないように廊下を進む。

 階段で二階まで降りて、廊下の柱に隠れる。周囲に人がいない事を確認した後、姿を隠す術を解除した。


「もう大丈夫だよ」

 壮太郎が声を掛けると、緊張していた丈は息を吐き出した。


「すごいね。誰も俺達に気づかなかった! 透明人間になったみたい!」

 感動している丈に、壮太郎は苦笑する。


「あの三人は大丈夫かな?」

「ただ気絶していただけだし、先生達が病院に連れて行くんじゃない? 四階で起きた事も、頭ぶつけた時に見た夢で片付けられるよ」


 三人組が周囲の人達に必死に説明しても信じて貰えないだろう。壮太郎が女子に取り憑いた霊の事を説明した時のように、鬱陶しがられるか気味悪がられるかだ。

 

「あー! 丈君! やっと見つけた!!」

 丈と同じクラスの子達なのか、男女四人が丈を見つけて駆け寄ってくる。


「良かった。急にいなくなるから、探してたんだ。どうしたの? 何かあった?」

 心配そうに尋ねる子達に、どう説明したらいいか分からず、丈は困った顔で黙り込む。


「僕が具合悪かったから、保健室に連れて行ってくれたんだよ。だから、この子は掃除の時間をサボったわけじゃないよ」

 壮太郎の説明に、丈のクラスの子達は納得して頷いた。


「そうだったんだ」

「サボりとかは思っていないけど、心配してたんだ。丈はいつも怪我するから」

「学校に迷い込んだ猫が溝に嵌って動けなくなったのを助けに行って怪我したり」

「ベランダから落ちそうになった子を助けて肩が外れたりとか」


 和やかで親しげな雰囲気の輪の中に丈はいた。


 人と違う物を同じように持っていながらも、ここまで扱いが違うのかと見せつけられる。人の輪に入れない除け者は自分だけなのだと思い知らされる。


「じゃあ、僕は行くよ。バイバイ」

「あ! 待って、壮太郎君!」

 壮太郎は丈の声を無視して逃げるようにその場を去った。


 誰もいない渡り廊下に逃げ込み、壮太郎は息を吐く。


『ここにいたんですね、坊ちゃん。鬼降魔(きごうま)の子はどうしましたか?』

 隠れて逃げる時に逸れてしまった唐獅子が、壮太郎の元に戻ってくる。


「唐獅子。先に帰って、じいちゃんに怪異の事を伝えて」

『坊ちゃんは?』

「僕も学校が終わったら帰るよ」

 教室に人がいなくなってからランドセルを取りに行き、その後に帰ろうと壮太郎は考える。


 唐獅子は頷いて姿を消した。 


 一人になった壮太郎は膝を抱えて蹲る。

 さっきまで胸にあった温かさは冷え切ってしまっていた。


(……希望なんて持たない方がいい。また裏切られるだけだ)


 友達になれるかもなんて淡い期待を自分から捨てる。

 丈と繋いだ手をぼんやりと見つめていた壮太郎は、渡り廊下の扉が開く軋んだ音にビクリとする。


 担任の女性教師が冷え切った目で壮太郎を見下ろしていた。



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