第一話 互いの目的
ちょっとサスペンステイストな作品を書いてみました。読んでいただけると幸いです。
放課後…外からは運動部の声が聞こえ、音楽室からは吹奏楽部の奏でる演奏が校舎に響き渡る。
そんな中、教室の片隅では三人ほどの女子が少し季節外れな怪談話で盛り上がっていた。
「…すると後ろに血まみれの女がーー」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
「アハハ、あんたってホントに怖がりだね」
叫んだ女子生徒は涙ながらに友人二人に訴える。
「だって怖いもんは怖いから仕方ないじゃん!それに怖がりは生まれつきだし…」
「アッハハハ!可愛いー!」
「わっ…笑わないでよ!」
女子生徒はため息まじりに呟く。
「あーぁ、怖がりって治らないのかなぁ…」
すると一人の女子生徒が携帯を取り出しながら言う。
「あんたのその願い事…叶えられるかもよ?」
「…え?」
女子生徒は二人にあるメールのURLを見せながら、静かに微笑んだ。
「ねぇ…《Lost:Game》って知ってる…?」
夕方の商店街は学校帰りの学生や惣菜を買う主婦など、たくさんの人々で溢れていた。
そんな賑やかな空間の中を一人無気力に歩く男がいた。
彼の名は小鳥遊 亮。
東京都出身で現在一人暮らしの23歳である。
だが、これ以上の事は彼自身にも分からなかった。何故なら彼はここ5年間の記憶が綺麗に無くなっていたからだ。
高校三年の秋からの記憶が全く無かった。
携帯も無くなってしまい、きっと居たであろう友人に連絡すら取れない。
就職したのか、はたまた進学したのかも分からない。なので今はいわば無職だった。
だが自分の講座にはかなりの額の貯金があった。恐らく宝くじでも当てたのだろう。
だから今の所は家賃も払えてはいるが、いずれは貯金も無くなるに決まっている。
そう思いパチンコをして来た帰り道である。
「…チッ」
盛大に舌打ちしても騒がしい商店街では誰も反応してはくれなかった。
5年の記憶が無くなっただけで一気に自分が自分じゃないような感覚がした。世界が変わって自分だけが取り残された気分だった。
「…死にたいな…」
そう呟いて角を右に曲がった時だった。
「…きゃっ」
目の前の少女が尻餅をついた。人にぶつかった事に気付いた小鳥遊は慌てて謝る。
「すっ…、すいません!大丈夫ですか⁉」
そういって手を差し伸べた時だった。小鳥遊はある事に気付く。
(…この娘…、影が無い…)
今は夕方で辺りは真っ赤に染まっている。
小鳥遊の影は日の関係上真後ろに長く伸びていた。だがこの娘には影が無かった。
影が出来るであろう位置に影が存在しなかったのだ。
「…見ましたね」
少女は立ち上がると小鳥遊に背を向け、その場から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
小鳥遊は少女を呼び止め、続ける。
「キミ…まさか《Lost:Game》に参加したのか…⁉」
「…!!」さっきまでうつむいていた少女が顔を上げ目の色を変えた。
「あなた…、《Lost:Game》を知っているんですか?」
小鳥遊はコクリとうなずいた。
「ちょっとそこで話さないか…?」
「…ほら」
小鳥遊は少女に缶コーヒーを手渡した。
「あ…、ありがとうございます」
少女は両手で缶コーヒーを包み込む。いくら10月とはいえ、夕方は少し肌寒かった。
二人は近くの公園のベンチに座っていた。
缶コーヒーを数口飲んだ後、小鳥遊が話をきりだした。
「えっと…、俺は小鳥遊 亮。…キミは?」
「音無 奏17歳です」
音無 奏と名乗る少女は、小柄で童顔のせいか年齢のわりに幼い印象を受ける。
小鳥遊は続ける。
「…いきなり本題に入るけど、キミの影が無いのは《Lost:Game》に参加したからなのか?」
「…はい」
音無はうつむきながら答えた。
「私は去年…、高校一年生の時にメールに添付されていたURLから《Lost:Game》に参加しました。ですがその時に優勝出来ず、結果影を失ってしまったんです。」
《Lost:Game》…ネットなどでよく知られる都市伝説で、ある日突然差出人不明のメールが来る。そこに添付されているURLを開くと《Lost:Game》に参加する権利を得られる。
《Lost:Game》にはいくつものゲームがあり、それらをクリアして最後の一人になれば優勝…好きな願いが一つ叶えられる。
だが逆に優勝出来なければ、自分に関係するものを一つ失ってしまう というものだ。
音無の話を聞いて小鳥遊は一つ疑問に思った。
「何でただの高校生のキミが、そんなリスクの高いゲームに参加したんだ?それほど叶えたい願いでもあったのか?」
音無は少し躊躇いながら答えた。
「私は…五年前に兄を強盗に殺されたんです。」
小鳥遊は少し罪悪感を覚えた。聞いてはいけない事を聞いてしまった…と。
「だから去年《Lost:Game》のメールが来た時はチャンスだと思ったんです。これに優勝すれば兄を殺した犯人を捕まえられるって…でも…」
「…そういう事だったのか」
音無も小鳥遊に違和感を感じた。
「何で小鳥遊さんはそんなに《Lost:Game》に詳しいんですか?ネットでは願いは叶っても何かを失う事は書いてないのに…」
小鳥遊は答える。
「俺も一ヶ月前…《Lost:Game》に参加したんだ」
小鳥遊は5年間の記憶が全く無い。
だが《Lost:Game》に参加した事だけは覚えていたのだ。
「参加した事だけは覚えてる…、でも結果は優勝したのか負けたのか覚えてないんだ。まぁ、記憶を失ってる時点で優勝出来なかったのは丸分かりだけどな」
音無は自分と同じ境遇の人間に会えて、不謹慎だが少し嬉しくなった。
「でも…小鳥遊さんは何で《Lost:Game》に参加したんですか?」
「俺には妹が居たみたいなんだ」
小鳥遊は続ける。
「高校三年の秋までの記憶では確かに妹は居たんだ。でも一ヶ月前記憶を失ってから役所に妹と両親の事を聞いたら、みんなもう死んでたらしい」
「…じゃあ小鳥遊さんは記憶を失う前、ご家族の死の真相を知るために《Lost:Game》に参加した…、という事ですか?」
「多分な…。でもそれで結局記憶失ってたら意味ないよ。けど確実に記憶が無い5年間に何かがあったはずなんだ…!」
小鳥遊は拳を握りしめる。
それを見た音無は決心し、小鳥遊にある事を提案した。
「小鳥遊さん…、《Lost:Game》のメールってまだ残してありますか?」
「…?あぁ、一応残ってるけど…」
「私と…、もう一度《Lost:Game》に参加しませんか⁉」
小鳥遊は困惑した。まさか音無からこんな提案を出されるとは思ってなかったからだ。
「…何で俺も誘うんだ?こんな言い方したらアレだけど、キミが一人で受ければいいんじゃないのか?」
「記憶が無い小鳥遊さんには分からないと思いますが、《Lost:Game》には確かペアを組んでするゲームがあったんです。私はそこでペアの人に裏切られて負けてしまったんですが…」
なるほど、つまり始めからグルになっておいて一緒にペアを組もうというわけか。
「無理を言ってるのは分かります…、でも私はどうしても兄を殺した犯人を知りたいんです!」
「仮にキミが優勝しても、俺は敗北者だろ?何かを犠牲にしてまで出るメリットはあるのか?」
「優勝者には副賞に一千万円が与えられるんです。ですから私が優勝したらお金はすべてあなたに差し上げます。どうですか?」
一千万という額に小鳥遊の心は揺らぐ。
「だがもちろん俺も優勝を狙っていって構わないんだよな?」
「はい、裏切らない限りそこは他の参加者と一緒で構いません」
「…なら契約成立だ」
二人は堅く握手をする。そして《Lost:Game》のメールに添付されているURLを開いた。
数分後、二人の元には《Lost:Game》の承認メールが届いた。
《小鳥遊 亮サマ
アナタノ《Lost:Game》ヘノ参加ヲ承認シマス。詳シイ会場、日時ナドハ下のURLカラ確認クダサイ。》
《音無 奏サマ
アナタノ《Lost:Game》ヘノ参加ヲ承認シマス。詳シイ会場、日時ナドハ下のURLカラ確認クダサイ。》
「じゃあまた連絡するよ」
「はい、お願いします」
二人は連絡先を交換して別れた。木枯らしが吹き、枯葉が散っていく。
一人は兄を殺した犯人を知るために。
一人は無くなった記憶を取り戻し、家族の死の真相を知るために。
得る物は大きいが、失う物も大きい。
そんな己の全てを懸けた《Lost:Game》が今始まろうとしている。