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言葉に出せない感謝をいつかあなたに

 あれからマリアは忙しい日々を送っていた。

 まずはイリアードに色々事情を問い詰められたり。

「先行してくれたのは助かるが、何も伯爵を殺すことはないだろうが! 重要参考人だったんだぞ!」

 オラルド伯爵は悪魔と契約したことにより、予め潜入していた悪魔祓いファルドに殺された、ということになっている。

 冤罪もいいところだが、あの場に神聖言語ホーリーワード遣いがいたことに対する辻褄合わせとしてはそうするしかなかった。

 そしてファルド自身はレティーに記憶操作され、自分が使命のためにオラルド伯爵を殺したと思い込んでいる。

 しかしイリアードには分かっていた。

 オラルド伯爵を殺したのはマリアだと理解している。

「ごめんごめん。キリエ司祭の仇だって聞いたときからちょっと我慢できなくなってさ。まあ個人的な仇討ちに利用させて貰ったってことで許して♪」

 そして対するマリアの態度は呆れるぐらい軽かった。

「……キリエ司祭の仇って、マジか?」

 脱力しつつイリアードが問いかける。

「んー。多分ね。本人がそう言ってたし。あたしもあれを聞いてから頭に血が昇っちゃったから真相とか割とどうでもいいってゆーか」

「いや、どうでもよくないだろ」

「まあよくないけどさ。あの伯爵なら有り得そうだから結果オーライってことで」

「オーライじゃねえ! 罪状も明らかに出来ないまま貴族を殺してどうするんだ!」

「まあまあ。悪魔の仕業だったから余罪なんてとっくに証拠隠滅されてるだろうし、今回は子供達が助かっただけで良しとしようよ」

「む。そりゃあ子供達を救えたのはもちろん喜ばしいことだが」

「でしょ?」

「後始末を人に押しつけやがって……」

「ごめんってば。オラルド伯爵殺害に関してはどう考えても不味いって思ったから、あたしはあの場にいない方がいいと思ったんだよ」

「不味いなら自重しろ」

「無理。あんなことを聞いて黙ってられるほどあたしにとってあの人の存在は軽くない」

「………………」

 その言葉だけでマリアがキリエをどれだけ大切にしていたかが理解できる。

 守りきれなかったことをどれだけ悔やんでいるのかも。

「それに有耶無耶で良かったと思うよ。オラルド伯爵の余罪なんて調べ上げるだけ無駄だし。仮に調べ上げたとしても気分が悪くなるようなものばかりだと思うし」

「む」

「不老不死になりたいって言ってた。あの儀式で子供達の命を吸い尽くして、自分の寿命を延ばすつもりだったんだろうね。冗談じゃないけど」

「確かに冗談じゃないな」

「あのお菓子も自分の屋敷に誘導するための魔法が込められてたみたいだね。そっちは悪魔の仕業だろうけど」

「つくづく何でもありだな、悪魔って」

 イリアードが呆れた溜め息をつく。

「そりゃあ悪魔だからね。願いを叶えるのが悪魔の魔法だから、契約者が願えば基本的には何でもできるんだよ。命を弄ぶのが悪魔の本質だから」

「最悪だな」

「そうだね。最悪だ」

 マリアは苦笑して同意した。

「?」

 イリアードはどうしてマリアがそんな顔をするのか分からず首を傾げてしまう。

「まあ事件の真相が闇に葬られるのは珍しい事じゃないし、今回もそこまで面倒なことにはならないでしょ?」

「まあな。ロードレック侯爵もオラルド伯爵については深入りするなと言っているし、調査は打ち止めだろうな」

「意外なところで繋がりがあったりして」

「きな臭いことは確かだが、侯爵を下手に刺激したらこっちの命が危ない。やるなら決定的な証拠を掴んでからでないと」

「その前に殺されるのがオチだね」

「言えてる」

 貴族の恐ろしさを理解しているイリアードにしてみればそれは冗談では済まない予感だった。

「さて。じゃあ話も一段落したところで俺は退散するよ」

「もう帰るの? お茶ぐらいは出してあげるよ」

「遠慮しておく。マリアの出すお茶は不味い」

「……はっきり言ってくれるじゃない」

 料理お茶くみは苦手なマリアだった。

 以前マリアの淹れてくれたコーヒーを飲んだイリアードは、それを残さず飲み干すのにそれなりの忍耐を必要としたものだ。

「そうだ、あの男はどうしてる?」

「あの男って、レティーのこと?」

「ああ」

「今頃はどこかでごろ寝してるんじゃないかな。どうして?」

「いや。あの男はここの居候なんだろう?」

「そうだけど」

「実はこれも侯爵から伝えておくよう言われたんだけどな」

「?」

 イリアードは何故か言いにくそうに頬を掻いた。

「今度、新しい司祭がこの街に赴任してくるらしい」

「………………」

 マリアが数秒ほど固まってしまう。

 悪魔の居候する教会に新しい司祭。

 どう考えても波乱の予感しかしない。

「キリエ司祭以来、お前さんはことごとく新しい司祭を追い出してるだろ?」

「まあ、ね」

 それは仕方がない。

 新任の司祭はすぐにこの街の悪徳に染まってしまうのだから。

 マリアとしてはそんな聖職者を許しておくわけにはいかない。

 キリエから託されたこの教会に、そんな汚物をのさばらせておくことは出来ないのだ。

「だが今回だけは大人しくしておいた方がいい。やってくるのは中央からの肝いりだ。教皇の覚えもめでたいスペシャルエリートらしい」

「……待った。どうしてそんなエリート様がこんな街にやってくるのさ!?」

 どう考えてもおかしい。

 ここは中央協会からも見捨てられた退廃の都のはずだ。

 だからこそ今まで放置されていた。

 マリアもその状況を利用してレティーを召喚したのだ。

「まあ中央の考えは俺にも分からん。ただ、面倒な予感がするだけだよ」

「面倒な予感というか、嫌な予感しかしないよ……」

「マリアとは反りが合わないかもしれないが、くれぐれも下手な真似をするなよ。俺達まで巻き込まれかねない」

「まあ、出来る限り自重するよ」

「……なんとも頼りないお言葉で」

 マリアの短気さを理解しているイリアードにしてみれば、それは出来なければ堂々と暴れるとしか聞こえない言葉だった。

 まあ、マリアが怒るときは相手が間違っていると理解しているからそこまで責めるつもりはないのだけれど。

 イリアードはマリアの真っ直ぐさを知っているし、その性分を好ましく思っているのだから。

「……新しい司祭、か」

 イリアードを見送ってからマリアが深いため息をつく。

「どうした?」

 いつの間にか背後からレティーが抱きついてきた。

「ちょっと面倒な話を聞いただけ。今度新しい司祭が来るんだってさ。教皇の肝いりらしいよ」

「へえ」

 焦ったような反応を見せてくれればまだ可愛げがあるのに、レティーは愉快そうに口元を歪めるだけだ。

「心配しなくても一般人に俺の正体は見破れない。見破られたとしても記憶を操作してしまえば大人しくなる。精々遊んでやるさ」

「不敵だねぇ」

 しかしレティーのそういうところは嫌いではない。

 傲慢とも言える自信の表れは、どこか清々しいものを感じるのだ。

 マリアは台所へと移動して、腕まくりを始めた。

「何をするつもりだ?」

 背後から眺めていたレティーが首を傾げる。

「ティム達にお菓子を持っていってあげようと思って」

「ふうん。何故腕をまくる? 魔法で出してしまえばいいだろう」

「手作りに挑戦しようと思って」

「………………」

「何よその沈黙は」

「いや、別に」

 黙り込んでしまったレティーを睨みつけるマリア。

 マリアと一緒に過ごすようになってからその手料理を食する機会があったのだが、その出来映えは言うまでもない。

 マリア自身は平気で食べているのだが、あれは他人に振る舞うような味ではない。本人が平気なのは単なる慣れなのか、それとも致命的な味オンチなのか、真相は定かではないが。

 基本的に人間の食事を必要としないレティーは、それ以来マリアのふるまう食事を拒否し続けた。

腹を壊すような代物でこそないにしても、残さず食べろと言われたら躊躇うようなものだと表現すれば分かり易いかもしれない。


 それからマリアが四苦八苦しながらぐちゃぐちゃのマフィンを完成させるまで見守り、

「ま、まあ胃袋に入れば一緒だよね、お菓子なんて……」

 とマリアが気まずそうに言うのを聞いて、

「マリア。あいつらを泣かせたくなければ大人しく魔法を使った方がいい」

「なっ!」

 と警告をして、

「それは『お菓子』ではなく『失敗した材料の塊』という方が表現としては正しい」

と諭してから、

「………………」

 涙ながらにマリアが魔法でそれを『お菓子』に変化させる事になった。

 ちなみにこれは悔し涙である。

 悪魔に諭されたことと、失敗した材料の塊扱いされたことがよっぽど堪えたらしい。


 結果として、魔法を使った方が子供達に喜ばれた。

 ティムもセレナも無事に戻って来ており、廃墟で元気に暮らしている。

 セレナの方も酒場の仕事に少しずつ慣れてきて、屈強な男共を軽口と一緒にあしらえるたくましさを見せてくれた。

 なかなか頼りになるウェイトレスだと黒鹿亭のマスターも喜んでいた。


 その帰り道、パトロールしながらマリアはレティーに問いかけた。

「ねえ、レティー。契約の刻印があたしを支配するまで、どれぐらい猶予が残されてるの?」

 あの時は命懸けで刻印の侵蝕を受け入れたが、それも今はすっかり元に戻っている。左胸に刻まれた刻印は、マリアの鳩尾まで伸びているだけだ。

 予想以上に侵蝕が早い。

 もちろん、一度は暴走させたのだからこれぐらい当然なのかもしれないが、それでもマリアは自分に残された時間というものをきちんと把握しておきたかった。

「そうだな。このまま人助けにのみ魔力を消費していくのなら五年といったところか。今回侵蝕が早まったのは暴走の影響だ」

「そっか。まああれで終わっても構わないって思ったからこの程度のリスクは受け入れないとね」

 五年。

 少なくとも今いる子供達の成長を見届けるには十分な時間だった。

「しかし今後もああいったトラブルに首を突っ込み続けるのなら、その侵蝕は早まるだろう。もしかしたら二年も保たないかもしれない」

「………………」

 思ったよりも短い。

 しかし悪魔の力を使う代償としてはその程度は当然なのだろう。

「後悔しているのか?」

 レティーと契約したことを。

 後悔しているのかと問いかける。

「………………」

 たとえ出来ることは限られていても、人間のままでいたのなら、時間の心配をしなくてもすんだ。

 無力さを味わいつつも、結果的には多くの人たちを守れたかもしれない。

 そんな後悔を、マリアは振り払った。

 一度だけ目を閉じて、レティーを振り返る。

 そして背伸びをしてから、今度は自分からレティーにキスをした。

「っ!?」

 一瞬だけの口づけ。

 しかしレティーを戸惑わせるには十分だった。

「後悔はしない。自分で選んだことだから」

 目の前には満足そうに微笑むマリアがいた。

「それに……」

「それに?」

「……やっぱり内緒」

「?」

 マリアは悪戯っぽく笑ってからレティーの前を歩き始める。


 マリアが道を踏み外したからこそ生まれた出会いがある。

 その出会いを否定したくなかったし、後悔もしたくなかった。


 あの時。

 オラルド伯爵を殺した時、マリアはもう終わってしまうのだと思っていた。

 一人きりで昏い場所に堕ちてしまうのだと思っていた。

 そうなっても仕方がないと諦めていたし、受け入れていた。

 自分は精一杯やったのだから、後悔はしていない。

 だけど、支えてくれる手があった。

 引き上げてくれる光があった。

 その光が悪魔だというのはとんでもない皮肉だと思うけれど、それでもマリアにとっては温かい光だったのだ。

 いつか自分が終わってしまう時が来ても、傍にはレティーがいてくれる。

 一人きりで終わることはない。

 それが分かった時、マリアは自分でもどうかと思うぐらい嬉しかったのだ。

 縋りそうになるのを自制しなければならないぐらいに、救われた気持ちになった。


 レドラウス・ペンドラゴン。

 貴方と出会えたことを、あたしは運命に感謝する。


 いつになるか分からないけれど、その言葉を伝えよう。

 今は口に出せない気持ちを胸に抱えて、マリアは一歩を踏み出した。



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