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途中  作者: 古江 門
第一部

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第十二話 消してほしい記録 (一)

一 手を貸す人


 佐伯が相談室から戻ると、案内端末の前に、予備の椅子が一つ置かれていた。


 そこには年配の女性が座り、画面をのぞき込んでいる。


 隣に立つ男性が、女性の指した場所へ手を伸ばした。


「こちらを押すと、今日の相談内容だけが表示されます」


「前に相談したことは、消えないんですか」


「消えません。今は表示されていないだけです」


 女性は安心したようにうなずいた。


 受付にいた水野が、佐伯に気づく。


「二時に予約されている片桐さんです。少し早く来られました」


 男性が振り向いた。


 五十歳を少し過ぎたくらいだろうか。短く切った髪に、白いものが混じっている。


「勝手に触ってしまって、すみません」


「いえ。助かりました」


 佐伯が答えると、男性は小さく頭を下げた。


「待っているあいだ、何もしていないのが落ち着かなくて」


 年配の女性が礼を言って立ち去る。


 男性は椅子を元の場所へ戻そうとした。


「そのままで大丈夫です」


 水野が言った。


「次の方も使われると思いますので」


 男性は椅子から手を離した。


 それでも座ることはせず、今度は少し傾いていた案内板の端をそろえた。


 佐伯は受付の端末を開いた。


「片桐修一さんですね」


「はい」


 予約内容には、活動記録に関する相談、とだけ書かれていた。


「こちらへどうぞ」


 佐伯が相談室を示したとき、入口の扉が開いた。


 若い男女が入ってくる。二人は受付へ向かいかけ、片桐を見て足を止めた。


「片桐さんですか」


 男性のほうが声を上げた。


 片桐は一瞬、返事をためらった。


「そうですが」


「北側地域の共同配送をまとめていた片桐さんですよね」


「以前は、関わっていました」


「やっぱりそうだ」


 若い男性が、隣の女性を見た。


「今、僕たちも似た活動をしているんです。小さい活動を一つにまとめるか、それぞれ残すかで意見が分かれていて」


 片桐は肩に掛けた鞄の持ち手を握った。


「申し訳ありませんが、私はもう、その活動から離れていますので」


「もちろんです。少しだけ聞かせてもらえませんか」


 若い女性が端末を開いた。


 画面には、地域ごとに分かれた経路図が表示されている。


「全部を一つにしたほうが、無駄は減りますよね」


 片桐は画面を見た。


「扱っている物は同じですか」


「だいたいは」


「急ぎのものは?」


「活動によって違います」


「保管場所も別でしょうか」


「はい」


 片桐はしばらく経路図を見ていた。


「一つにまとめる前に、急ぎのものだけ分けて考えたほうがいいと思います」


 若い男性が、すぐに端末へ書き込む。


「運ぶ仕組みを一つにしても、判断する場所まで一つにする必要はありません。全部をまとめるか、全部を残すかの二つにしないほうがいいでしょう」


「なるほど」


「保管場所を減らすなら、受け取る側にも確認してください。運ぶ側からは同じに見えても、受け取る側では違うことがあります」


「ありがとうございます。相談してよかったです」


 二人はもう一度礼を言い、受付の奥へ向かった。


 片桐は、その背中を見送った。


「少し見ただけで、すぐに問題が分かるんですね」


 水野が言った。


 片桐は笑わなかった。


「こういうことを、やめたいんです」


 水野の表情が止まった。


 佐伯は相談室の扉を開け、片桐が入るのを待った。


 三人が席につくと、佐伯は予約情報を相談用の画面へ移した。


 片桐修一。


 名前の下に、過去に参加した活動が並ぶ。


 地域配送の再編。


 災害時の物資経路整備。


 小規模活動間の共同保管制度。


 活動終了後の運営移行支援。


 画面には、まだ下へ続く印が出ていた。


「本日は、記録内容の修正をご希望でしょうか」


 佐伯が尋ねた。


「記録を消してもらえますか」


「どの活動の記録ですか」


「全部です」


 相談室が静かになった。


 片桐はすぐに言葉を足した。


「活動がなかったことにしたいわけではありません」


 画面の一番上には、十五年前の日付が表示されていた。


「私が関わったことも、そこで決めたことも、残しておく必要があると思います」


「では、何を消したいのでしょう」


 片桐は画面から目を離した。


「その記録から、今の私へ来られないようにしてほしいんです」

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