表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/4

ep.4 憧憬

颯太 side



作曲依頼が立て込んでいて、


作業部屋に缶詰状態を1週間ほど続けた後の


会議だった。


思考停止しそうな脳みそをフル回転させて、


なんとか3時間の会議を乗り切った。


寝不足で酷使した目にコンタクトを


入れられず、


かといって牛乳瓶の底のような分厚いメガネを


常時かけるのも恥ずかしくて、


鞄の中にメガネを押し込む。



会議室を出て、かたまった首や肩を回して


大きく息を吸い込む。



「っわっ!すみません…、!」



背中に軽く衝撃を受け振り向くと、


スタッフさんがぶつかったようだった。



「すみません、


私ちゃんと前見てなくて_____、



ぐらりと彼女の身体が傾く。


咄嗟に手を伸ばして彼女の身体を抱き留めた。



「っぶな、だいじょうぶですか…?」


「……すみません、体調ずっと悪くて、」



俯いて自分の下腹部をさする彼女をみて、


なんとなく合点がいった。



「……僕、鎮痛剤持ってますよ。飲みます?」



「っ!え、でも申し訳ないです……!」



「最近頭痛が酷くて、


沢山持ち歩いてるので大丈夫ですよ。」



自分と同じように体調の悪い彼女をみて、


何だか同情してしまう。


スタッフさんを自販機の横の椅子に座らせて、


水と薬を渡す。



「…颯太さんって優しいですね。」



「体調悪いのはしんどいですからね…。」



「…薬が効くまで、横に居てもらえますか?」



「……あー、大丈夫ですよ。」



動けないくらいに痛いのだろう。


倒れでもしたら大変だ。


…ところで誰なのか分からない。


コンタクトをしていないため、


顔がぼやけて明確でないのもあるが、


正直僕は雪さん以外の人間に興味が無い。


数分適当に会話をしていたが、


スマホを会議室の鞄に入れていたため


手持ち無沙汰で、さすがに痺れを切らし、


会議室へ戻ろうと立ち上がった。



「あ、そろそろ戻られますか??」


「この後用事もあるんで、


会話も出来るくらい元気になってきたようだし、


僕そろそろ失礼しますね。」


「じゃあ私も戻ります!」



自分自身体調が悪いため、


今すぐにでもベットで寝てしまいたい。


よく知らない人とのコミュニケーションで、


より体調が悪くなった気がする。



「颯太さんって彼女いそうですよね~」



「…あー、はい。


……………………はい!?!?


いないです、いないですよ!」



「いないんだ……。


なら、連絡先教えて欲しいです! 」



至近距離で見た彼女の瞳が欲に濡れて、


期待したように此方を見つめていた。


血色の良い顔に、


先程まで体調が悪かったとはとても思えない。


もしかしたらぶつかってきたのも


ワザとなのかもしれない。


この女、


こんなに意地の悪い顔をしてたのか。



あー、メガネかけたままでいれば良かった。


そうしたらこんなのに引っかからなかったのに。


善意を自分の欲望のためにと利用されたようで


気分が悪い。


ただでさえ痛む頭がズキズキとリズムを刻む。



スタッフさんと歩いていると、


急いだ様子の雪さんが正面から向かってきた。



「あ、雪さん!」


「……なにしてたの。」



なんと言えばいいのか。


正直に彼女が生理だなんていうのは、


さすがに憚られる。


いや、おそらく演技だった訳だが。


ああ、頭が痛い。


胃も心做しか気持ちが悪い。



「体調悪そうだったのが気になって


声掛けたら、


外の空気吸いたかったみたいで。」



「…外の空気吸っただけで


体調良くなったんだ。」



刺々しい声色で責め立てるような彼の言葉に、


それまで貼りつけていた笑みが、


すっと消えた。



「…女性には女性特有の体調不良だってあるでしょ。


動けないくらい体調悪そうだったので


僕が薬渡しただけですよ。」



頭が割れるように痛い。


俯いたままの彼を置いて、


会議室へ歩を進める。



僕がずっと作業詰めで息つく間もないくらい


忙しいことなんて、


彼が一番よく知っているのに。


そんな状態で浮気なんてする訳が無い。


自分を気遣うどころか有り得ない想像をする


雪さんに腹が立った。


4年も付き合ってきて


それなりに信頼関係を築けてきたと思っていた。


狭い窮屈なベットで身を寄せあっていた


あの頃から、


今は誰もが憧れるような広い家と、


地位を創り上げてきた。



元々は何処にでもいるような大学生だった。


音楽が好きで、


インターネットに自分の歌を投稿して、


少しの反応に浮き足立つような可愛らしいもの


だった。


内気な自分だったが、


インターネットの中では徐々に友達も出来て、


段々と自分を評価する声が増えてきた


そんな時だった。


いつものように曲を書いて歌ったものの、


思い描いていた世界観に


自分の歌声がうまくハマらなかった。


そこで友人に相談したところ、


雪さんを紹介してもらった訳だ。



あの日を、今でもよく覚えている。


待ち合わせ場所のカフェで、


先に着いたらしい彼は


ケーキを2つも頼んでいた。


日差しに透けた白い肌に黒髪が良く映えていて、


キョロキョロと動いていた瞳が僕を見つけると


焦ったようにケーキを咀嚼する彼がとても


可愛らしく思えた。



合流して世間話も程々に、


雪さんは早々に音源を要求してきた。


無愛想な彼に苦手な雰囲気を感じながらも僕は


言われるがままに音源を差し出した。



「…あー、なるほど。」



雪さんは僕の曲が流れるイヤホンを


片耳に差したまま呟いた。



「お前、歌下手だな。」



「…………………………はい?」



初対面、出会って数分で


めちゃくちゃ失礼だなこの人。



「でも____________」



彼の瞳が、初めて僕を捉えた。


そして、形の良い唇が緩やかに弧を描く。



「ちゃんと痛いから、お前の曲は好き。」



雪さんが軽く息を吸う。


そしてメロディを確かめるように、


ワンフレーズだけ口ずさんだ。




「─────────────────*」




時間が止まったみたいだった。


雪解け水のように透き通っていて、


泣きそうなくらい儚い彼の歌声に


一瞬で魅せられた。



それからというものの、


僕は2人の曲を沢山書いた。


いつも凛とした彼と肩を並べたくて、


僕を頼って欲しくて、


がむしゃらに詩を書いて歌ってきた。


彼の隣に居たくて、必死だった。


乱雑に椅子を引き、


会議室の無機質な机に身体を預ける。


すると、すぐに眠気がきて意識が霞んでいく。



謝らなきゃ、なのに____________



意識が途切れる直前思い浮かんだのは、


僕の言葉に唇を結んで俯いた、彼の姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ