表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

決意

小園井 side



いつも通り薄暗い店内、


雪さんが訪れる24時近くを目処に


店に来ているなんて、


彼は一生気づかないのだろう。



出会いは、雨上がりの匂いが色濃く残る、


なんだか気分の下がるような日だった。


何連勤かも分からないほど働き詰めで心身ともに


満身創痍となった俺は、


適当に入った店で酔い潰れたようだった。




______エンジェルキス、お願いします




聞き心地の良いテノールが、俺の目を覚ました。


痛む頭を抑えてのそりと上半身を起こし、


声の方へ目を向けた。


雪のように白い肌、


ふわふわな黒髪から覗く瞳がちらりと自分を


一瞥した。


その一角だけ、


まるで映画のワンシーンのようだった。


彼は、息を飲むほど綺麗な人だ。




酒を飲んでいる間だけ、


俺は雪さんと話すことが出来る。


連絡先を聞く勇気なんて無かった。


彼の瞳はいつも僕を捉えることはなく、


カクテルのピンク色を見つめては、


通知の来ない液晶画面を寂しそうに眺めていた。





そんな夜を幾度か過ごした後に、


珍しく雪さんが酔っ払った日があった。



「かおるさんおれ、


きょういっぱいのめる日だわ。」



「その自認間違ってますよ雪さん。」



「小園井くん今日も残業してたの~?


おつかれだね~。」



「薫さんも、あんま飲ませちゃダメですよこの人。」



「え~!


だって雪さん酔ってるとこみてみたかったし~」



にやにやと小悪魔な笑顔を浮かべる薫さんに


小さく溜息を着く。



この人可愛い顔してるけど、


人が吐いたり飲みすぎて苦しんでる時に


いちばんいい笑顔になるんだよな…




「あ、チーズ切らしちゃったみたい。


ちょっと買ってくるから


小園井くん店見ててくれない~?」



「薫さん僕、ただの客なんですけど…。」



「1杯サービスするからさ~?」



数多の客をその甘いマスクで落としてきた


ようで、薫さんはこちらが断るとは


全く思っていないようだ。



俺の返答を待つこと無く店番を任され、


薫さんは足早に店を出た。


俺と雪さんしかいないからいいか、と


なんとか自分を納得させる。



静かな店内。


薫さんの趣味であるジャズピアノがゆったりと室内を


流れている。



「…おれさ、こいびとがいるんだよね」



誰に聞かせるでもないか細い声で、雪さんが呟いた。



一番聞きたくて一番聞きたくなかった言葉。


心臓がぐっと苦しくなるのを隠すように、


薄っぺらい笑顔を貼り付けて、


なんて事ないかのように応答する。



「そうだと思ってましたよ!


雪さんなんでも顔に出るからな~。」



「んー?バレてたかあ」



雪さんの細い指先がカクテルの柄をさすり、


揺れるピンク色が彼の瞳を彩る。



「…もうずっと、触れ合ってないんだ。」



ピンク色を見つめていたはずの彼は、


いつのまにか僕を捉えていた。



「いい歳してこんなことで悩んで、


苦しんで、


馬鹿みたいだよな。」



言いたいことはズバッと言い切る、


少し口が悪いが自信のある雪さんが好きだ。


いつもどこか寂しそうに誰かを想う雪さんが嫌いだ。



でも、一番憎くて嫌いなのは、


貴方に、そんな顔をさせるその男だ。





「どうしようも無い馬鹿ですね、雪さんは。」



「…っふ、情け容赦ないよなお前。」



「貴方のことが


好きで好きでたまらない相手に


気づかないなんて、貴方は本当に馬鹿だ。」




雪さんの顔は見られなかった。


酔った勢いでさえ、


彼に選んでもらえないことが怖かった。


彼に渡すはずだった水入りのグラスを


握り締める。




「!?なに、何するんすか、ゆきさんっ!??」



「小園井おまえ、良い奴だな~~~」



彼の白くてまろい手のひらにぐしゃぐしゃ頭を


かき混ぜられる。


雪さんこの人、力が強い。


人の頭はそんな強さで


もみくちゃにしていいもんじゃない。


反撃してやろうと彼の腕を掴んで、




「…そういうとこ、昔のあいつとよく似てる。」




_____その一言で動きを止めた。




「…″颯太さん″の代わりでもいいですよ。」




勝手に唇が動いた。



アルコールに溶かされて、


ぼんやりとした雪さんの瞳が俺を捉える。



…身代わりでいいだなんて、嘘だ。



その瞳の中に俺の立ち入る隙間があるのなら、


少しのチャンスだって無駄にしたくなかった。


その瞳に捉え微笑むのが、


いつかの日、俺になってくれれば良いと思った。



雪さんの唇が震える。




「っおれ、は________






「ただいま~!あれっ!


この短時間でイメチェンしたの?小園井くん。」




「………ちがいます。」




薫さんの脳天気な声で、意識がパッと引き戻された。




「そうそう~、鳥の巣みたいでかわいいでしょ。


俺のおかげ。」



「当たり前に違いますからね本当に。」




掴んでいた彼の腕をパッと離し、


何事も無かったかのように言葉を紡ぐ。



ふわふわと、いつもよりも


アルコールに浮かされたのか彼はよく笑う。


俺の一世一代の告白も、


よく分かっていないのだろう。


安心したのか、はたまた落胆したのか、


自分でも分からなかった。



俺の頭を鳥の巣みたいにして愉快そうに笑う


雪さんはやっぱり可愛くて、


それだけでいいような気がした。



もしもまた、


雪さんが俺を必要としたその時は_____


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ