決意
小園井 side
いつも通り薄暗い店内、
雪さんが訪れる24時近くを目処に
店に来ているなんて、
彼は一生気づかないのだろう。
出会いは、雨上がりの匂いが色濃く残る、
なんだか気分の下がるような日だった。
何連勤かも分からないほど働き詰めで心身ともに
満身創痍となった俺は、
適当に入った店で酔い潰れたようだった。
______エンジェルキス、お願いします
聞き心地の良いテノールが、俺の目を覚ました。
痛む頭を抑えてのそりと上半身を起こし、
声の方へ目を向けた。
雪のように白い肌、
ふわふわな黒髪から覗く瞳がちらりと自分を
一瞥した。
その一角だけ、
まるで映画のワンシーンのようだった。
彼は、息を飲むほど綺麗な人だ。
酒を飲んでいる間だけ、
俺は雪さんと話すことが出来る。
連絡先を聞く勇気なんて無かった。
彼の瞳はいつも僕を捉えることはなく、
カクテルのピンク色を見つめては、
通知の来ない液晶画面を寂しそうに眺めていた。
そんな夜を幾度か過ごした後に、
珍しく雪さんが酔っ払った日があった。
「かおるさんおれ、
きょういっぱいのめる日だわ。」
「その自認間違ってますよ雪さん。」
「小園井くん今日も残業してたの~?
おつかれだね~。」
「薫さんも、あんま飲ませちゃダメですよこの人。」
「え~!
だって雪さん酔ってるとこみてみたかったし~」
にやにやと小悪魔な笑顔を浮かべる薫さんに
小さく溜息を着く。
この人可愛い顔してるけど、
人が吐いたり飲みすぎて苦しんでる時に
いちばんいい笑顔になるんだよな…
「あ、チーズ切らしちゃったみたい。
ちょっと買ってくるから
小園井くん店見ててくれない~?」
「薫さん僕、ただの客なんですけど…。」
「1杯サービスするからさ~?」
数多の客をその甘いマスクで落としてきた
ようで、薫さんはこちらが断るとは
全く思っていないようだ。
俺の返答を待つこと無く店番を任され、
薫さんは足早に店を出た。
俺と雪さんしかいないからいいか、と
なんとか自分を納得させる。
静かな店内。
薫さんの趣味であるジャズピアノがゆったりと室内を
流れている。
「…おれさ、こいびとがいるんだよね」
誰に聞かせるでもないか細い声で、雪さんが呟いた。
一番聞きたくて一番聞きたくなかった言葉。
心臓がぐっと苦しくなるのを隠すように、
薄っぺらい笑顔を貼り付けて、
なんて事ないかのように応答する。
「そうだと思ってましたよ!
雪さんなんでも顔に出るからな~。」
「んー?バレてたかあ」
雪さんの細い指先がカクテルの柄をさすり、
揺れるピンク色が彼の瞳を彩る。
「…もうずっと、触れ合ってないんだ。」
ピンク色を見つめていたはずの彼は、
いつのまにか僕を捉えていた。
「いい歳してこんなことで悩んで、
苦しんで、
馬鹿みたいだよな。」
言いたいことはズバッと言い切る、
少し口が悪いが自信のある雪さんが好きだ。
いつもどこか寂しそうに誰かを想う雪さんが嫌いだ。
でも、一番憎くて嫌いなのは、
貴方に、そんな顔をさせるその男だ。
「どうしようも無い馬鹿ですね、雪さんは。」
「…っふ、情け容赦ないよなお前。」
「貴方のことが
好きで好きでたまらない相手に
気づかないなんて、貴方は本当に馬鹿だ。」
雪さんの顔は見られなかった。
酔った勢いでさえ、
彼に選んでもらえないことが怖かった。
彼に渡すはずだった水入りのグラスを
握り締める。
「!?なに、何するんすか、ゆきさんっ!??」
「小園井おまえ、良い奴だな~~~」
彼の白くてまろい手のひらにぐしゃぐしゃ頭を
かき混ぜられる。
雪さんこの人、力が強い。
人の頭はそんな強さで
もみくちゃにしていいもんじゃない。
反撃してやろうと彼の腕を掴んで、
「…そういうとこ、昔のあいつとよく似てる。」
_____その一言で動きを止めた。
「…″颯太さん″の代わりでもいいですよ。」
勝手に唇が動いた。
アルコールに溶かされて、
ぼんやりとした雪さんの瞳が俺を捉える。
…身代わりでいいだなんて、嘘だ。
その瞳の中に俺の立ち入る隙間があるのなら、
少しのチャンスだって無駄にしたくなかった。
その瞳に捉え微笑むのが、
いつかの日、俺になってくれれば良いと思った。
雪さんの唇が震える。
「っおれ、は________
「ただいま~!あれっ!
この短時間でイメチェンしたの?小園井くん。」
「………ちがいます。」
薫さんの脳天気な声で、意識がパッと引き戻された。
「そうそう~、鳥の巣みたいでかわいいでしょ。
俺のおかげ。」
「当たり前に違いますからね本当に。」
掴んでいた彼の腕をパッと離し、
何事も無かったかのように言葉を紡ぐ。
ふわふわと、いつもよりも
アルコールに浮かされたのか彼はよく笑う。
俺の一世一代の告白も、
よく分かっていないのだろう。
安心したのか、はたまた落胆したのか、
自分でも分からなかった。
俺の頭を鳥の巣みたいにして愉快そうに笑う
雪さんはやっぱり可愛くて、
それだけでいいような気がした。
もしもまた、
雪さんが俺を必要としたその時は_____




